27 / 35
26. 謝罪
しおりを挟む
その後のどさくさで、エリックはレオポルトからの告白を聞けなかった。そのまま数日が過ぎたが、その機会を逸し続けている。
だけど聞けなかったとしても、構わないと思っていた。
エリックはどんなことがあっても、レオポルトに着いていくと決めているのだから。
それがあの牢獄から連れ出してもらった恩返しであり、共犯者としての情だ。
ゲスナーは取り調べで、素直に全てを自供したらしい。彼は自棄になっているようだとエリックへ知らせたのは、取り調べを受け持ったヘンケルだ。
「どうしてあんなことをしたのか、自分でも分からないらしい。今は後悔している、と言っていた」
「そうですか」
部屋で療養中のエリックは、設計書を読む手を止めて、ヘンケルの報告を聞いた。実のところ通信網の脆弱性改善のため、休む暇はないのだが、レオポルトからは休むようにきつく言いつけられている。
ベッドに座って、厚手の毛布をかぶりなおした。秋も終わりに近づいて、暖房をつけても部屋は冷える。
エリックは手元の設計書を折りたたんで、膝の上に置いた。目線を下げて、目礼をする。
「ありがとうございます、知らせてくださって」
「いや、まあ。仕事だから、そうするだけだが」
ヘンケルは胸元へ手を当てつつ、どこか気まずそうに目を泳がせた。どうしてだろうとエリックが首を傾げると、ヘンケルが声を張った。
「エリック・クレーバー。貴殿へ伝えねばならないことがある」
なんだろうと戸惑うエリックの前で、ヘンケルが綺麗なお辞儀を披露した。腰の角度は四十五度で、手は体側へぴっちり揃えられている。
「すまなかった」
「ええっ!?」
驚いて声を上げるエリックに、なおも頭をあげずにヘンケルが続ける。
「お前と殿下に、心無いことを言った。殿下には、既に謝罪済みだ」
「え、ヘンケル殿、何か言ってましたっけ」
頭を抱えてうなっていると、ヘンケルはわずかに顔をあげた。口角をさげて、あからさまに沈んだ表情になっている。
「言っただろう。……行きの馬車で、散々、酷いことを」
ああ、とエリックは頷いた。たしかに、あれはなかなか酷かった。
「殿下は、分からないですけど……僕は、まあ、慣れているので大丈夫ですよ」
へへ……と笑ってみせる。ヘンケルは顔をあげて、片膝をついた。大げさな仕草に慌てふためくエリックを置いて、「大丈夫なわけあるか」と怒鳴るように言った。
「私が言うのは筋違いだと分かっているが、お前は私を責めていいんだぞ。むしろ、許さないでくれ」
ふむ、とエリックは顎に手を当てた。しばらく考え込んだ後、にこりと微笑み返す。ヘンケルがそう望んでいるので、最も重たい一撃を繰り出すことにした。
「人に対して、怒るとか責めるとかって、けっこう疲れるんですよね。ヘンケル殿は、僕にそういう負担をかけたいんですか?」
途端にヘンケルは言葉に詰まった。さらに表情が沈んでいくのを見て、エリックはけらけら笑った。我ながら性格が悪いが、責めていいと言ったのはあちらなのだ。
「この言葉でそれだけ喰らってるなら、あなたは大丈夫です。これからは、気をつけてくださいね」
「……かたじけない」
いくつかの言葉を飲み込んだ顔で、ヘンケルが礼を言う。いいえ、とエリックは首を横に振った。
「許さないでくれ、だけは受け取っておきます。次も似たような発言をしたら、無限につつきかえしますから」
「ああ、そうしてくれ」
「僕にもそうしていいですよ。また喧嘩しましょうね」
「お前なぁ……」
それでもヘンケルはやっと、すっきりした表情で頷く。エリックは、しげしげとその顔を見つめた。
「あなたって、本当に、レオポルト殿下のご友人なんですよね。すごく納得しました」
「は? なんでだ」
怪訝な表情をするヘンケルを相手に、エリックは神妙な顔で頷いた。
「そういう妙に生真面目で、肝心なことは誤魔化せないところが、よく似ているので」
ヘンケルは「はぁ……」と、気のない返事をする。
「たしかに殿下には、そういうところがあるが」
「分かります」
エリックが食い気味で答えると、ヘンケルは「いや、その話はやめよう」と手を挙げた。
「友人の恋人と、その手の話題で盛り上がるのは、なんだ。気まずいだろうが」
たしかに……と、エリックも頷いた。二人が黙り込んだとき、扉がノックされる。ヘンケルが立ち上がると、レオポルトが入ってきた。彼は二人をじっくり見比べて、にこりと微笑む。
「お前たち。私の悪口でも言っていたのか?」
からかうような声に、エリックはわざとらしく「違います」とむくれてみせる。レオポルトはエリックのもとへ歩み寄って、隣に座った。
「いや、正直に言ってみろ。本当はなんだったんだ?」
「褒めてただけですよ」
「そうか。かわいいな」
二人のやりとりを眺めながら、ヘンケルがげんなりした顔をする。エリックは見せつけるようにレオポルトへ抱きつき、ヘンケルへ得意げに笑ってみせた。
ヘンケルはますますげんなりした様子で、首を横に振った。それでも、彼の唇には笑みが浮かんでいる。
「……それでは、私は下がります」
「なんだ。用は済んだのか?」
レオポルトの問いかけに、「はい」とヘンケルは生真面目に頷いた。
そうか、とレオポルトは頷く。それだけで、この二人には十分なのだろう。ヘンケルは丁重に礼をして、あっさりと立ち去った。
残された二人は、顔を見合わせる。
「ヨーゼフに、謝罪されたのか?」
先に口を開いたのは、レオポルトだった。エリックは頷いて、「真面目ですよねぇ」としみじみ呟く。
「なんだか、ヘンケル殿は殿下のご友人ということが、身に沁みました」
「どういう意味だ?」
首を傾げるレオポルトに、エリックは神妙な顔で続ける。
「妙に生真面目で、肝心なことは誤魔化せないところが、よく似ています」
レオポルトはぽかんと口を開けて、それからゆるゆると唇を引き結んだ。
「褒めていないな?」
「褒めてます、褒めてますって」
取りなすように言っても、レオポルトは「どうだかな」と言って立ち上がる。そしてすぐ側のソファに座り直したので、エリックも毛布と設計書を置いて後を追った。
「ほんとに褒めてるんですよ?」
「俺はお前だったら、俺の悪口を言っていても許すが?」
「ほんとにほんとに褒め言葉です」
甘ったるいやり取りをしながら、二人の距離が近づいていく。唇同士が触れ合い、やがて離れた。レオポルトが低くうなる。
「ヨーゼフも、なんだ。こんな色ボケした男を捕まえて、あの時は済まなかっただの、なんだの……」
「でも、いい人ですよね」
エリックがそう取り成せば、「浮気か?」と耳元で囁かれる。びくんと震えたエリックの腰を、レオポルトが掴んだ。そのまま膝の上に乗せて、抱き寄せる。さらに顎の下をくすぐられて、エリックはあられもない声を上げた。
レオポルトが、いやにしみじみとした声で言う。
「猫みたいだな」
「にゃに言ってるんですか」
図らずも噛んでしまったエリックに、「かわいすぎる」とレオポルトはうなる。エリックはすっかり恥ずかしくなって、レオポルトの肩に手を置いて腕を突っ張った。
「なんですか、こんな大の男捕まえて、かわいいとか」
ぶつぶつ呟いていると、レオポルトは「すまない」と謝罪する。しかしその顔は、だらしなく緩んでいた。
全然申し訳なく思ってない。エリックはそう確信しつつ、「いいですよ」と抱きつきなおす。
レオポルトは改めて、エリックを抱きしめた。少しずつきつく、きつくなっていく腕の力に、エリックはちいさく笑う。
「不安なことでもあるんですか?」
「……本当のことを言えば、たくさんある」
素直な言葉に、エリックは頷いた。レオポルトはしばらく黙りこくった後、ぽつりぽつりと続ける。
「……お前を、この計画へ、巻き込まなければよかった」
うん、と頷いて、エリックはレオポルトの背中をゆっくり叩いた。彼は前かがみになってエリックを抱き込み、懺悔するようにうめく。
「すまなかった。俺がお前を、こんなところにまで、連れてこなければよかった。俺の個人的な欲望に、他の者を巻き込むべきではなかった」
「レオポルト殿下」
エリックは、咄嗟に名前を呼んでいた。そんなことを言わないでほしい、と強く思う。
「僕は、殿下がいなければ、死んでいたかもしれません」
「しかし俺がいなければ、お前はこんな酷い目に遭わなかった」
レオポルトの声は震えている。エリックはしばらく、レオポルトの肩越しの天井を眺めた。
何度「もしも」を考えても、エリックの中では、これ以上にいい結果は出ない。
「仮にですよ。僕が牢屋へ放り込まれなくて、普通に研究して、正当な手段で、この結果を得られたとします」
訥々と語り始めるエリックの背中を、促すようにレオポルトが叩いた。エリックは頷いて、さらに続ける。唇を舐めて、決してどもらないように、気を払いながら口を開いた。
「その未来と、今を、選べるとします。そしたら僕は、迷わず今この瞬間を選びます」
レオポルトの呼吸が、一瞬止まった。エリックは「ね」と、レオポルトの首筋へ頬ずりをする。
「僕を選んでくれて、ありがとうございます」
大きな身体が震えはじめた。そのちいさな嗚咽に耳を傾けながら、エリックは目を瞑る。
(この人の苦しみを、少しは共有してもらえたのかな)
エリックのシャツの布地を握って、声を殺して、すがりつくようにレオポルトが泣く。
しばらく、二人はわずかな身じろぎをするだけで、お互いに寄り添い合っていた。やがてレオポルトが泣き止み、身体を離す。
エリックは、その腫れた目元を指で撫でた。レオポルトは観念したように目を伏せて、ため息をつく。
「……俺はよき息子になれなかったが、お前の、よき相棒には、なれただろうか」
その言葉に、エリックは目を瞬かせた。なんのことかはよく分かりませんけどね、と前置きをして微笑む。
「あなたほど最高の相棒は、いませんよ」
だけど聞けなかったとしても、構わないと思っていた。
エリックはどんなことがあっても、レオポルトに着いていくと決めているのだから。
それがあの牢獄から連れ出してもらった恩返しであり、共犯者としての情だ。
ゲスナーは取り調べで、素直に全てを自供したらしい。彼は自棄になっているようだとエリックへ知らせたのは、取り調べを受け持ったヘンケルだ。
「どうしてあんなことをしたのか、自分でも分からないらしい。今は後悔している、と言っていた」
「そうですか」
部屋で療養中のエリックは、設計書を読む手を止めて、ヘンケルの報告を聞いた。実のところ通信網の脆弱性改善のため、休む暇はないのだが、レオポルトからは休むようにきつく言いつけられている。
ベッドに座って、厚手の毛布をかぶりなおした。秋も終わりに近づいて、暖房をつけても部屋は冷える。
エリックは手元の設計書を折りたたんで、膝の上に置いた。目線を下げて、目礼をする。
「ありがとうございます、知らせてくださって」
「いや、まあ。仕事だから、そうするだけだが」
ヘンケルは胸元へ手を当てつつ、どこか気まずそうに目を泳がせた。どうしてだろうとエリックが首を傾げると、ヘンケルが声を張った。
「エリック・クレーバー。貴殿へ伝えねばならないことがある」
なんだろうと戸惑うエリックの前で、ヘンケルが綺麗なお辞儀を披露した。腰の角度は四十五度で、手は体側へぴっちり揃えられている。
「すまなかった」
「ええっ!?」
驚いて声を上げるエリックに、なおも頭をあげずにヘンケルが続ける。
「お前と殿下に、心無いことを言った。殿下には、既に謝罪済みだ」
「え、ヘンケル殿、何か言ってましたっけ」
頭を抱えてうなっていると、ヘンケルはわずかに顔をあげた。口角をさげて、あからさまに沈んだ表情になっている。
「言っただろう。……行きの馬車で、散々、酷いことを」
ああ、とエリックは頷いた。たしかに、あれはなかなか酷かった。
「殿下は、分からないですけど……僕は、まあ、慣れているので大丈夫ですよ」
へへ……と笑ってみせる。ヘンケルは顔をあげて、片膝をついた。大げさな仕草に慌てふためくエリックを置いて、「大丈夫なわけあるか」と怒鳴るように言った。
「私が言うのは筋違いだと分かっているが、お前は私を責めていいんだぞ。むしろ、許さないでくれ」
ふむ、とエリックは顎に手を当てた。しばらく考え込んだ後、にこりと微笑み返す。ヘンケルがそう望んでいるので、最も重たい一撃を繰り出すことにした。
「人に対して、怒るとか責めるとかって、けっこう疲れるんですよね。ヘンケル殿は、僕にそういう負担をかけたいんですか?」
途端にヘンケルは言葉に詰まった。さらに表情が沈んでいくのを見て、エリックはけらけら笑った。我ながら性格が悪いが、責めていいと言ったのはあちらなのだ。
「この言葉でそれだけ喰らってるなら、あなたは大丈夫です。これからは、気をつけてくださいね」
「……かたじけない」
いくつかの言葉を飲み込んだ顔で、ヘンケルが礼を言う。いいえ、とエリックは首を横に振った。
「許さないでくれ、だけは受け取っておきます。次も似たような発言をしたら、無限につつきかえしますから」
「ああ、そうしてくれ」
「僕にもそうしていいですよ。また喧嘩しましょうね」
「お前なぁ……」
それでもヘンケルはやっと、すっきりした表情で頷く。エリックは、しげしげとその顔を見つめた。
「あなたって、本当に、レオポルト殿下のご友人なんですよね。すごく納得しました」
「は? なんでだ」
怪訝な表情をするヘンケルを相手に、エリックは神妙な顔で頷いた。
「そういう妙に生真面目で、肝心なことは誤魔化せないところが、よく似ているので」
ヘンケルは「はぁ……」と、気のない返事をする。
「たしかに殿下には、そういうところがあるが」
「分かります」
エリックが食い気味で答えると、ヘンケルは「いや、その話はやめよう」と手を挙げた。
「友人の恋人と、その手の話題で盛り上がるのは、なんだ。気まずいだろうが」
たしかに……と、エリックも頷いた。二人が黙り込んだとき、扉がノックされる。ヘンケルが立ち上がると、レオポルトが入ってきた。彼は二人をじっくり見比べて、にこりと微笑む。
「お前たち。私の悪口でも言っていたのか?」
からかうような声に、エリックはわざとらしく「違います」とむくれてみせる。レオポルトはエリックのもとへ歩み寄って、隣に座った。
「いや、正直に言ってみろ。本当はなんだったんだ?」
「褒めてただけですよ」
「そうか。かわいいな」
二人のやりとりを眺めながら、ヘンケルがげんなりした顔をする。エリックは見せつけるようにレオポルトへ抱きつき、ヘンケルへ得意げに笑ってみせた。
ヘンケルはますますげんなりした様子で、首を横に振った。それでも、彼の唇には笑みが浮かんでいる。
「……それでは、私は下がります」
「なんだ。用は済んだのか?」
レオポルトの問いかけに、「はい」とヘンケルは生真面目に頷いた。
そうか、とレオポルトは頷く。それだけで、この二人には十分なのだろう。ヘンケルは丁重に礼をして、あっさりと立ち去った。
残された二人は、顔を見合わせる。
「ヨーゼフに、謝罪されたのか?」
先に口を開いたのは、レオポルトだった。エリックは頷いて、「真面目ですよねぇ」としみじみ呟く。
「なんだか、ヘンケル殿は殿下のご友人ということが、身に沁みました」
「どういう意味だ?」
首を傾げるレオポルトに、エリックは神妙な顔で続ける。
「妙に生真面目で、肝心なことは誤魔化せないところが、よく似ています」
レオポルトはぽかんと口を開けて、それからゆるゆると唇を引き結んだ。
「褒めていないな?」
「褒めてます、褒めてますって」
取りなすように言っても、レオポルトは「どうだかな」と言って立ち上がる。そしてすぐ側のソファに座り直したので、エリックも毛布と設計書を置いて後を追った。
「ほんとに褒めてるんですよ?」
「俺はお前だったら、俺の悪口を言っていても許すが?」
「ほんとにほんとに褒め言葉です」
甘ったるいやり取りをしながら、二人の距離が近づいていく。唇同士が触れ合い、やがて離れた。レオポルトが低くうなる。
「ヨーゼフも、なんだ。こんな色ボケした男を捕まえて、あの時は済まなかっただの、なんだの……」
「でも、いい人ですよね」
エリックがそう取り成せば、「浮気か?」と耳元で囁かれる。びくんと震えたエリックの腰を、レオポルトが掴んだ。そのまま膝の上に乗せて、抱き寄せる。さらに顎の下をくすぐられて、エリックはあられもない声を上げた。
レオポルトが、いやにしみじみとした声で言う。
「猫みたいだな」
「にゃに言ってるんですか」
図らずも噛んでしまったエリックに、「かわいすぎる」とレオポルトはうなる。エリックはすっかり恥ずかしくなって、レオポルトの肩に手を置いて腕を突っ張った。
「なんですか、こんな大の男捕まえて、かわいいとか」
ぶつぶつ呟いていると、レオポルトは「すまない」と謝罪する。しかしその顔は、だらしなく緩んでいた。
全然申し訳なく思ってない。エリックはそう確信しつつ、「いいですよ」と抱きつきなおす。
レオポルトは改めて、エリックを抱きしめた。少しずつきつく、きつくなっていく腕の力に、エリックはちいさく笑う。
「不安なことでもあるんですか?」
「……本当のことを言えば、たくさんある」
素直な言葉に、エリックは頷いた。レオポルトはしばらく黙りこくった後、ぽつりぽつりと続ける。
「……お前を、この計画へ、巻き込まなければよかった」
うん、と頷いて、エリックはレオポルトの背中をゆっくり叩いた。彼は前かがみになってエリックを抱き込み、懺悔するようにうめく。
「すまなかった。俺がお前を、こんなところにまで、連れてこなければよかった。俺の個人的な欲望に、他の者を巻き込むべきではなかった」
「レオポルト殿下」
エリックは、咄嗟に名前を呼んでいた。そんなことを言わないでほしい、と強く思う。
「僕は、殿下がいなければ、死んでいたかもしれません」
「しかし俺がいなければ、お前はこんな酷い目に遭わなかった」
レオポルトの声は震えている。エリックはしばらく、レオポルトの肩越しの天井を眺めた。
何度「もしも」を考えても、エリックの中では、これ以上にいい結果は出ない。
「仮にですよ。僕が牢屋へ放り込まれなくて、普通に研究して、正当な手段で、この結果を得られたとします」
訥々と語り始めるエリックの背中を、促すようにレオポルトが叩いた。エリックは頷いて、さらに続ける。唇を舐めて、決してどもらないように、気を払いながら口を開いた。
「その未来と、今を、選べるとします。そしたら僕は、迷わず今この瞬間を選びます」
レオポルトの呼吸が、一瞬止まった。エリックは「ね」と、レオポルトの首筋へ頬ずりをする。
「僕を選んでくれて、ありがとうございます」
大きな身体が震えはじめた。そのちいさな嗚咽に耳を傾けながら、エリックは目を瞑る。
(この人の苦しみを、少しは共有してもらえたのかな)
エリックのシャツの布地を握って、声を殺して、すがりつくようにレオポルトが泣く。
しばらく、二人はわずかな身じろぎをするだけで、お互いに寄り添い合っていた。やがてレオポルトが泣き止み、身体を離す。
エリックは、その腫れた目元を指で撫でた。レオポルトは観念したように目を伏せて、ため息をつく。
「……俺はよき息子になれなかったが、お前の、よき相棒には、なれただろうか」
その言葉に、エリックは目を瞬かせた。なんのことかはよく分かりませんけどね、と前置きをして微笑む。
「あなたほど最高の相棒は、いませんよ」
1
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
届かない「ただいま」
AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。
「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。
これは「優しさが奪った日常」の物語。
30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。
凪
BL
同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…
缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。
30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。
「樹、俺と結婚してほしい」
「樹のことがずっと好きだった」
俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?
立花樹 (30) 受け 会社員
岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め
小説家
憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。
Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。
満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。
よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。
愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。
だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。
それなのに転生先にはまんまと彼が。
でも、どっち?
判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。
今世は幸せになりに来ました。
秘匿された第十王子は悪態をつく
なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。
第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。
第十王子の姿を知る者はほとんどいない。
後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。
秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。
ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。
少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。
ノアが秘匿される理由。
十人の妃。
ユリウスを知る渡り人のマホ。
二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる