野犬公の愛人

鳥羽ミワ

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28. 真夜中

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 満月も高く昇る頃、エリックは目を覚ました。泣きはらしたせいで頭が重たく、目元が腫れぼったい。飲みすぎたせいか、喉が渇く。
 無意識で手が動いて、レオポルトへ抱き着こうとした。しかし掌は空振る。どうやら、レオポルトはベッドにはいないらしい。

「れおぽるとでんか……?」

 重たい身体を起こして、ベッドから降りる。まだ酒が抜けきっていない足元はおぼつかない。でんか、と呼びかけても返事のない広い部屋は、寒々しかった。
 探しに行こう、とブランケットを羽織ったときだ。乱暴な音を立てて扉が開く。驚いてそちらを見ると、まだ礼服を着たままのレオポルトが立っていた。逆光で顔色は見えない。

「でんか」

 エリックが声をかけると、彼ははっとした様子で顔をあげた。歩きながら首元を緩めたのか、タイの形は崩れて身なりは乱れている。いつもきちんとしている人のしどけない姿に、エリックの心臓がどきりと跳ねた。

「エリック」

 レオポルトの声はか細く震えていた。エリックはたまらず駆け寄って、彼に抱き着いた。彼が寒そうに見えたのだ。それにひどく、寂しそうだ。

「さむいんですか……?」

 エリックはレオポルトの背中を撫でる。レオポルトは少しずつ息を吐いて、ずるずるとその場へしゃがみこんでしまった。

「エリック。すまない」

 どうして謝るのだろう。エリックはレオポルトを抱きしめて、背中をさすり、頭を撫でた。レオポルトはエリックをきつく抱きしめて、「俺は」とうめいた。

「俺はお前から、取り上げてばかりだ。お前は俺といる限り、家庭を持つことはできない……父親になる権利を、俺はお前から、取り上げている……」

 それの何が、取り上げているんだろう。エリックはむっとして、レオポルトの背中を軽く叩いた。

「それがなんれすか。ぼくから、でんかを、とりあげないでください」

 まだ呂律が回らない。レオポルトは「そうか」と頷いて、ちいさく笑った。

「……ゲスナーについて、報告があがってきた。ドミニクから渡されていた通信水晶に、攻撃性や自己顕示欲を増す呪いがかかっていたそうだ」

 そうですか、とエリックは頷く。酔いで揺れる頭に、レオポルトの掌が添えられた。
 レオポルトはエリックの身体をひょいと抱き上げて、ベッドへと据わらせる。枕元の水差しをとって、エリックの口元へと当てた。エリックは素直に口を開けて、水を飲む。そうしながら、レオポルトは続けた。

「だからお前は、被害者なんだ。アルベルトが、そう報告してくれたよ」

 アルベルトが。酔いがすっかり覚めてしまって、エリックは目を丸くする。レオポルトは苦笑いを浮かべた。

「許せとは言わないが、アルベルトはお前のことを友人だと思っているんだろう。お前のことをいたく心配していた」

 エリックの唇から、水差しが離れる。レオポルトは枕元へそれを戻して、エリックに向き直った。

「エリック。俺はお前のことがかわいい。愛おしい……」

 そして掌で、エリックの頬を撫でさすった。その手つきの優しさにうっとりしていると、その手はゆっくり離れていく。名残惜しくてそっと捕まえると、指先だけで握り返された。

「だからお前から、可能性を取り上げていると思うと、苦しい。お前に寂しい思いをさせてしまわないか……」

 エリックはむっと唇を尖らせて、レオポルトの唇へ噛みついた。唇を食み、舌で舐めて、犬のように懐く。レオポルトは驚いたのかくぐもった声をあげながら、エリックの身体を抱きしめた。
 しばらく経ってようやく満足したエリックは、口元を拭いながらレオポルトをにらむ。

「さっきも言いましたけど、僕からレオポルト殿下を取り上げないでください。もとから女の人とどうこうなることに興味なんかないし、なりたくもないです」

 レオポルトは「そうか」と呟いた。全然分かっていなさそうだ、とエリックは目を細める。

「そんなこと言ったら、殿下は僕という者がありながら、他の女の人とそういうことをするんですか?」

 その言葉に、彼は目を丸くする。エリックはさらに畳みかけた。

「殿下にだって、父親になる権利があるでしょう。僕はそれを、取り上げているんですか?」

 ここまで挑発的に言っておいて、はっと我に返る。そもそもエリックはただの愛人であって、レオポルトの婚姻に口出しできる立場ではない。急に恥ずかしくなって、うつむいた。
 もしもレオポルトがエリック以外の相手と、そういうことになったら。その相手が女性で、子どもまでできたら。そう思うだけで、エリックの胸は引き裂かれそうになる。

「すみません。忘れて……」

 言いかけたところで、レオポルトがエリックをきつく抱きしめる。一瞬呼吸が止まるほどの強い力だった。レオポルトは「そうだな」と、泣き出しそうな声で言う。

「ああ、そうだ。子どもは愛し合わない両親の間にもできるもんな……家族は特別なことだけど、あまり神聖視してもいけないな……」

 レオポルトの大きな掌が、エリックの背中を撫でる。エリックは身体をそっと倒して、ベッドへと横たわった。レオポルトは身体をどかそうとするが、袖を引いて誘う。
 少し寒くて、ふるりと身体が震えた。心細さをごまかすように、笑ってみせる。

「あなたには寂しい思いを、ちょっとでもしてほしくないです」

 エリックの言葉に、レオポルトはちいさく笑った。ジャケットを脱ぎ、掛け布団の上に放り投げる。

「じゃあ、温めてくれ」

 冗談めかして言うレオポルトに、エリックはキスで応えた。二人は脚を絡ませ合って横たわり、そのまま眠りについた。
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