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5. 生活能力皆無の漫画家、看病される
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僕はお粥を受け取って、のろのろとマスクを外した。佐原さんはその間に自分もマスクをして、部屋の窓を開けて換気をする。
「おいしい」
お粥は冷たい。この家にお粥を温められるような調理器具はないから、佐原さんはきっと困ったと思う。
「佐原さん、ありがとう……」
もうろうとしながらお礼を言う。感謝の気持ちと申し訳なさがあふれて、「ありがとう」しか言葉が出ない。
佐原さんは「いえ、別に」とそっけない返事をするけど、でも、僕にはありがたかった。
「佐原さんがいてくれて、よかった」
また咳が出る。それでもお粥を食べる。佐原さんは「他の部屋を片付けてきます」と言って、部屋から出ていった。
なんとかパウチを完食すると、佐原さんが戻ってくる。パウチのゴミを回収されて、よし、と僕はうなずいた。
「ありがとう、佐原さん。それじゃ、打ち合わせしようか」
「え……?」
佐原さんが驚いたように目を丸くする。僕はあっと声を上げて、「ごめんね」と縮こまった。
「僕、風邪引いてるもんね。うつすといけないし、今日はリモートにしようか」
「いや、休んでくださいよ」
佐原さんの食い気味の言葉に、んー……と首を傾げる。そういうわけにもいかない。
僕は漫画以外にできることもないし、漫画を描いてないと落ち着かない。
じっと寝ているだけだなんて、つらすぎる。
「でも、描かないと」
四つん這いになって、枕元に起きっぱなしだったクロッキー帳へ手を伸ばす。だけど佐原さんは僕より先にクロッキー帳を取り上げて、「ダメです」と少し強めに言った。
「休まなくちゃダメです。休んだ方が早く元気になるし、最終的には効率がいいはずです」
「でも……」
休むのには罪悪感がある。今は余裕のある状況だけど、もし原稿を落としたら? みんなを困らせてしまう。それは怖い。
「迷惑かけちゃう……」
弱っているせいか、どんどん悪い方へと考えてしまう。締め切りに間に合わなかったらどうしよう。仕事がなくなったらどうしよう。周りから嫌われたらどうしよう。
役立たず、と自分を罵る声が頭の中で響く。悲しくなってうつむくと、そっと布団がかけられた。
「野木先生、とにかく休んでください」
佐原さんは布団越しに、僕の背中を叩く。どこかぎこちない手つきだった。僕はおずおずとベッドへ横になって、布団をかぶる。
見上げた佐原さんは、困ったように眉をしかめていた。
「……そんなにがんばって、どうするつもりですか」
「どうするつもり」
佐原さんの言葉をおうむ返しにして、僕はぼんやり目を瞑る。身体がつらくて、目を開けているのもしんどかった。
どうするつもりと言われると、何も思い浮かばない。
「心配してくれて、ありがとう……」
口から、感謝の言葉が漏れた。
佐原さんは、何も言わなかった。しばらく経ってから足音が遠ざかっていって、佐原さんが部屋から出ていったんだと分かる。
帰ってくるのを待っていようかと思ったけど、それよりも眠気が耐えられない。僕は浅い呼吸のまま、なんとか眠ろうとした。
苦しい。頭が痛い。
眠りたいけど、仕事が心配だ。やっぱり休んでなんかいられない。
でも身体は動かなくて、もどかしい。
じわじわ身体を丸めると、少し呼吸が楽になった気がした。僕は呼吸に集中して、気持ちを落ち着かせようとする。
またドアが開く音がした。佐原さんが「起きてますか?」と遠慮がちに尋ねる。返事をしようと思ったら、咳になった。錠剤の入った瓶と、水の入ったコップが枕元に置かれる。
「これ、食後の薬です。飲んでください」
「ありが、とお」
布団から顔を出して、佐原さんを見上げる。彼はなんとも言えない表情で、僕を見下ろしていた。
僕は身体を起こして、薬を飲む。またベッドに横たわると、佐原さんはぼそぼそと呟いた。
「……あと、職場にリモートの申請を出してきました。俺はここで仕事するんで、寝ててください」
「え……」
どうして、そんなふうにするんだろう。わからなくて首を傾げると、佐原さんは大きなため息をついた。
「とにかく。あなたを放っておくと無理に仕事しそうなんで、監視します。あなたは寝ていてください」
そう言って、ビジネスバッグからノートパソコンを取り出す。床へあぐらをかいてバッテリーを繋ぐ姿を見て、なぜか急にまぶたが重たくなってきた。
人が部屋にいる。その人と僕は全然親しい関係じゃないけど、きっと僕を心配してくれている。
うれしい。心強い。
「ありがとお……」
「いいんですよ、別に」
「ううん、ありがとう。佐原さん、ありがとう……」
嬉しくてたまらない。弱った身体を丸めて、咳き込みながら目を瞑った。
「きっとすぐ、げんきになるよ……これだけ、看病してもらったんだから」
「大袈裟ですね」
無感動な声に、ふへへ、と間抜けな笑い声が漏れた。
「ううん。ぜんぜん、大袈裟じゃない。佐原さん、ありがとう……」
「仕事ですから」
つっけんどんな声だけど、嬉しくて、心があたたかくなる。
「だとしても、僕は助かったから……やっぱりありがとう、だよ……」
人が助けてくれるだなんて、こんなに心強いことはない。
僕は安心しきって、とろとろとしたまどろみの中に身体を預けた。
「おいしい」
お粥は冷たい。この家にお粥を温められるような調理器具はないから、佐原さんはきっと困ったと思う。
「佐原さん、ありがとう……」
もうろうとしながらお礼を言う。感謝の気持ちと申し訳なさがあふれて、「ありがとう」しか言葉が出ない。
佐原さんは「いえ、別に」とそっけない返事をするけど、でも、僕にはありがたかった。
「佐原さんがいてくれて、よかった」
また咳が出る。それでもお粥を食べる。佐原さんは「他の部屋を片付けてきます」と言って、部屋から出ていった。
なんとかパウチを完食すると、佐原さんが戻ってくる。パウチのゴミを回収されて、よし、と僕はうなずいた。
「ありがとう、佐原さん。それじゃ、打ち合わせしようか」
「え……?」
佐原さんが驚いたように目を丸くする。僕はあっと声を上げて、「ごめんね」と縮こまった。
「僕、風邪引いてるもんね。うつすといけないし、今日はリモートにしようか」
「いや、休んでくださいよ」
佐原さんの食い気味の言葉に、んー……と首を傾げる。そういうわけにもいかない。
僕は漫画以外にできることもないし、漫画を描いてないと落ち着かない。
じっと寝ているだけだなんて、つらすぎる。
「でも、描かないと」
四つん這いになって、枕元に起きっぱなしだったクロッキー帳へ手を伸ばす。だけど佐原さんは僕より先にクロッキー帳を取り上げて、「ダメです」と少し強めに言った。
「休まなくちゃダメです。休んだ方が早く元気になるし、最終的には効率がいいはずです」
「でも……」
休むのには罪悪感がある。今は余裕のある状況だけど、もし原稿を落としたら? みんなを困らせてしまう。それは怖い。
「迷惑かけちゃう……」
弱っているせいか、どんどん悪い方へと考えてしまう。締め切りに間に合わなかったらどうしよう。仕事がなくなったらどうしよう。周りから嫌われたらどうしよう。
役立たず、と自分を罵る声が頭の中で響く。悲しくなってうつむくと、そっと布団がかけられた。
「野木先生、とにかく休んでください」
佐原さんは布団越しに、僕の背中を叩く。どこかぎこちない手つきだった。僕はおずおずとベッドへ横になって、布団をかぶる。
見上げた佐原さんは、困ったように眉をしかめていた。
「……そんなにがんばって、どうするつもりですか」
「どうするつもり」
佐原さんの言葉をおうむ返しにして、僕はぼんやり目を瞑る。身体がつらくて、目を開けているのもしんどかった。
どうするつもりと言われると、何も思い浮かばない。
「心配してくれて、ありがとう……」
口から、感謝の言葉が漏れた。
佐原さんは、何も言わなかった。しばらく経ってから足音が遠ざかっていって、佐原さんが部屋から出ていったんだと分かる。
帰ってくるのを待っていようかと思ったけど、それよりも眠気が耐えられない。僕は浅い呼吸のまま、なんとか眠ろうとした。
苦しい。頭が痛い。
眠りたいけど、仕事が心配だ。やっぱり休んでなんかいられない。
でも身体は動かなくて、もどかしい。
じわじわ身体を丸めると、少し呼吸が楽になった気がした。僕は呼吸に集中して、気持ちを落ち着かせようとする。
またドアが開く音がした。佐原さんが「起きてますか?」と遠慮がちに尋ねる。返事をしようと思ったら、咳になった。錠剤の入った瓶と、水の入ったコップが枕元に置かれる。
「これ、食後の薬です。飲んでください」
「ありが、とお」
布団から顔を出して、佐原さんを見上げる。彼はなんとも言えない表情で、僕を見下ろしていた。
僕は身体を起こして、薬を飲む。またベッドに横たわると、佐原さんはぼそぼそと呟いた。
「……あと、職場にリモートの申請を出してきました。俺はここで仕事するんで、寝ててください」
「え……」
どうして、そんなふうにするんだろう。わからなくて首を傾げると、佐原さんは大きなため息をついた。
「とにかく。あなたを放っておくと無理に仕事しそうなんで、監視します。あなたは寝ていてください」
そう言って、ビジネスバッグからノートパソコンを取り出す。床へあぐらをかいてバッテリーを繋ぐ姿を見て、なぜか急にまぶたが重たくなってきた。
人が部屋にいる。その人と僕は全然親しい関係じゃないけど、きっと僕を心配してくれている。
うれしい。心強い。
「ありがとお……」
「いいんですよ、別に」
「ううん、ありがとう。佐原さん、ありがとう……」
嬉しくてたまらない。弱った身体を丸めて、咳き込みながら目を瞑った。
「きっとすぐ、げんきになるよ……これだけ、看病してもらったんだから」
「大袈裟ですね」
無感動な声に、ふへへ、と間抜けな笑い声が漏れた。
「ううん。ぜんぜん、大袈裟じゃない。佐原さん、ありがとう……」
「仕事ですから」
つっけんどんな声だけど、嬉しくて、心があたたかくなる。
「だとしても、僕は助かったから……やっぱりありがとう、だよ……」
人が助けてくれるだなんて、こんなに心強いことはない。
僕は安心しきって、とろとろとしたまどろみの中に身体を預けた。
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