【本編完結】生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう

鳥羽ミワ

文字の大きさ
21 / 26

21. 生活をがんばりたい漫画家と、その恋人

しおりを挟む
 圭人くんは、僕の担当から降りた。どうやら、彼なりのけじめらしい。
 僕としては仕事がやりやすかったからそのままがいいと伝えたのだけど、彼は「絶対にいやです」と首を横に振った。

「けじめはつけたいんです」

 頑なに主張するので、僕はしぶしぶ担当変更を承諾した。
 その代わり、新しく始めたことがある。

 毎週金曜日の夜、圭人くんは僕の家にやってくる。合鍵を渡してあるから、出迎えは必要ない。
 いつもなら退勤してすぐ来るけど、今日はカウンセリングの日らしい。圭人くんがやってきたのは、午後八時くらいだった。

「お邪魔します」

 圭人くんが来たら僕は作業をやめて、出迎えに玄関へ出る。圭人くんは薄手のコートを脱ぎながら、「こんばんは」と微笑んだ。

 僕もにっこり笑いかけて、「いらっしゃい」と言いながらコートを受け取る。なんだか新婚みたいで、心が浮つく瞬間だ。
 圭人くんのために用意したハンガーにコートをかけて、室内干しの物干し竿にかけておく。
 その間に圭人くんは冷蔵庫を開けて、食事の用意を始めた。

「豚肉とキャベツ、買っておいてくれたんですね」
「うん。圭人くんが、事前に伝えておいてくれたから」

 僕も少しだけ、家のことをしはじめた。まずは頼まれたものを買いに行くことだけだけど、これから少しずつ増やしていこうと話し合っている。
 圭人くんは「よく頑張りました」といたずらに目を細めて、キャベツをまな板へ置いた。

 僕は圭人くんが夕食を作る背中を見守った。ふと思い立って、仕事部屋からグロッキー帳を持ってくる。
 ボールペンでドローイングをしていると、「なんですか」と圭人くんが笑った。僕が「圭人くんを描いてる」と言うと、もう、とあんまり怒ってなさそうな声が返ってくる。

「モデル料取りますよ」
「何で払えばいい?」

 上目遣いで、甘えるように尋ねる。圭人くんは甘ったるい声で言った。

「じゃあ、後で描いた数だけキスしてください」

 そう言って、料理に戻った。僕はあぜんとした。だけどすぐに我に帰って、ペンを持つ。風のような勢いで圭人くんの輪郭を描いていった。

 料理が出来上がる頃には、軽く十体くらいできていた。

「遥さん、ご飯をチンしてください」

 タイムアップだ。僕は大人しくペンを置いて立ち上がった。
 冷凍ご飯を温めて、圭人くんとお揃いで買ったお椀へ盛る。
 側から見たら、僕たちはものすごいバカップルに見えるだろう。僕自身もそう思う。

 圭人くんはといえば、クロッキー帳をちらりと見た。すぐに視線をフライパンへ戻して、野菜炒めを盛り付ける。

 そこからはいつも通りの食事の時間だ。ご飯を食べて、食後は一緒にお茶を飲む。
 そしてお茶を飲みながら、僕はタブレット端末を開いた。

「同人誌の原稿チェック、してくれる?」
「はい。拝見します」

 うやうやしく圭人くんが言う。大袈裟だな、と思いつつも、原稿データを開いたページを見せた。
 最近の僕は、同人誌を描き始めた。自分自身のために、物語を書いてみたくなったからだ。

 圭人くんは目を輝かせて、原稿を見る。こういう時この人は本当に、僕の漫画が好きなんだと実感する。

「……いいですね。相変わらず漫画が上手い」

 うなるように言うから、「もう」と苦笑いした。圭人くんはページを戻して、「少し作風を変えましたね」と呟く。

「あえて流行りは外しましたか?」
「うん。それは僕的に、同人でやる旨みがないから」

 ばっさり言う僕に、圭人くんは口元を歪ませた。笑みをこらえきれなかったみたいだ。

「ふーん……」

 にやにやしている圭人くんをよそに、僕はクロッキー帳を開く。改めて描いた数を確認しつつ、こっそり新しいのを描きたした。
 圭人くんは僕の原稿をひとしきり見た後、タブレットを返す。

「よかったです。やっぱり遥さんの作品は計算尽くですけど、面白い」
「ありがとう」

 つんと顎を上げて言うと、圭人くんは軽やかに笑った。

「本当によかったです。これが本になるの、楽しみだな」

 てらいのない言葉に、なんとも言えずむずがゆくなった。
 僕はクロッキー帳を開いて、「十二体描いた」と厳かに言った。圭人くんをじっと見つめる。

「キス、十二回でいい?」

 圭人くんは目を丸くして、僕をまじまじと見つめた。それから挑発するように目を細めた。

「十二回、数えられます?」

 この野郎。
 僕は立ち上がって、圭人くんの側に寄った。膝に乗ろうとすると、圭人くんは少し椅子を引いてスペースを作ってくれる。
 膝に乗って、向かい合わせになる。ちゅう、と唇を合わせた。まずは一回。
 二回目は頬。三回目は鼻。調子よくちゅっちゅと吸い付いていると、圭人くんは僕の頬を掴んだ。

「こっち」

 そう言って、唇を合わせてくる。僕はうっとりとして、口をこすりつけた。

「もっと……」

 柔らかい唇の熱さが、じんわりと全身に広がっていく。もどかしい心地よさに、僕は身体を密着させた。
 圭人くんは僕の唇を何度も吸った。腰の裏側がむずがゆくて、背中が震える。
 ふっと圭人くんが笑って、僕の首筋をなぞった。

「今、何回か分かります?」
「ふえ……」

 せっかくキスへ夢中になっていたのに、急に現実へ引き戻された。恨めしげな視線に気付いたのか、「すみません」と圭人くんは言う。

「じゃあ、数え切れないくらいしましょう」

 それはいい提案だ。僕はすっかり気をよくして、圭人くんへ抱きついた。

 キスの雨を降らせながら、僕たちの熱はどんどん上がっていく。すっかり熱くなった頬を擦り合わせながら、圭人くんがぽつりと言った。

「……お風呂、入れましょうか」
「ん」

 僕のうなずき一つで、圭人くんはさっと立ち上がる。浴室へ向かう後ろ姿を見ながら、ひとりでリビングの椅子に座った。

 圭人くんは相変わらずカウンセリングに行っているし、依存心がなくなったわけではないと言っている。だから制御したいんだとも。

 僕も相変わらず生活能力がない。家事のほとんどを圭人くんに頼っている。

 だけど、このままじゃいけないと決めて、改善のために二人でがんばっている。
 これはきっと、尊いことなんだろう。

 給湯器の電源が入る。圭人くんが戻ってきて、僕をひょいと抱きかかえて椅子に座った。
 とろけるような甘い視線が、僕をねっとりと包む。

「続き、しましょう」

 返事より先にキスをした。圭人くんは「もう」とくすくす笑って、僕の唇へ噛み付く。

 僕たちは決して模範的な関係じゃない。不健全な依存関係で、きっと対等でもない。

 だけどより良い関係であろうとがんばっている。これで明るい未来が開けなかったら、嘘だろう。

「圭人くん、もっと」

 人生でいちばん甘えた声が出た。圭人くんは「お望みのままに」とかっこつけたことを言って、僕の唇へキスをした。



----------------------------

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
面白かったら感想などいただけますと、大変励みになります。
また感想フォームがございますので、もし気になった方は、私のプロフィールをご覧ください。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

BL
 同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…  缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。  30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。  「樹、俺と結婚してほしい」  「樹のことがずっと好きだった」  俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?  立花樹 (30) 受け 会社員  岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め   小説家

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...