【本編完結】生活能力皆無の漫画家、お世話係の遊び人編集者をうっかり沼らせてしまう

鳥羽ミワ

文字の大きさ
22 / 26
番外編

はじめての喧嘩1

しおりを挟む
 圭人くんと付き合い始めて、もうすぐ一か月。
 永井さんから圭人くんと付き合っていることの確認の連絡が来たり、二人が叔父と甥だと僕が知ったり、いろいろバタバタしたこともあった。
 だけど全部、そういうのはチャットアプリのやり取りで完結した。

 圭人くんによると、永井さんはどうやら、僕たちを信用することにしてくれたらしい。

「こないだおじさんと会ったとき、直接遥さんとのことを報告しました。おじさんは、『きみたちもいい大人だから放置しとくね』って言っとりましたよ」

 金曜日の夕食会で、圭人くんがポトフをほおばりながら言う。方言混じりの報告に、僕は「そっかぁ」と、しみじみ頷いた。

「うれしいねぇ」
「はい。嬉しいです」

 のんびりご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドでパジャマを着たままいちゃつく。
 その時、圭人くんが「そういえば」と話を切り出した。

「二月に入ったら、バレンタインが来ますね」
「うん」

 おいしいチョコレートがたくさん売り出されて、たくさん買って少しずつ食べるのが毎年の楽しみだ。時には読者さんからのプレゼントが届いて、それも嬉しい。
 僕がひそかに浮かれていると、圭人くんは真剣な表情で言った。

「遥さんは、手作りと既製品、どっちが嬉しいですか?」
「え……?」

 何の話だ。いや多分、チョコレートの話だ。
 僕は慌てて頷いて、それから勢いよく首を横に振った。

「い、いいよ。既製品で」
「既製品、で……」

 圭人くんの声が、少しだけ沈む。
 何か間違えたか。背筋がひやりとしたけれど、キスされてうやむやになる。

「あ、もう……」

 キスが好きな僕は、それですっかり流されてしまった。
 ちゅっちゅしながら身体をいじられて、二人で気持ちよくなって、それだけで精一杯になる。

 その日の晩もたっぷり楽しんで、土曜日の朝もいつも通り一緒にご飯を食べて、圭人くんはおおむねいつも通りだった。

 だけどひとつだけ、違うことがあった。

「遥さん、おはようございます。起きてください。ご飯はもうできています」

 僕を起こす圭人くんが、訛っていない。
 いつもだったら「ご飯できとります」みたいに言うのに、標準語だ。

「う、うん」

 なんでだろう、不安だ。
 圭人くんはこんなに優しくて、こんなに僕へおはようのキスをしてくれるのに、違和感がある。日本語がきちんとしすぎている。

「どうかしました?」
「う、ううん。なんでもない」

 僕は首を横に振って、起きだした。

 土日は家でのんびりするか、一緒に散歩へ出かけるのがルーティーンだ。
 今日のところは家での過ごすことにして、僕の契約しているサブスクで映画を観る。そのために設置したディスプレイの電源を入れて、最近買った二人掛けのソファに座った。

 だけどなんだか集中できない。圭人くんの言葉遣いひとつが気になって、そわそわする。

 方言だと、圭人くんにすごく気を許されている感じがした。標準語で話されると、逆に、なんというか……。

「遥さん、これ見ましょうよ。次回作の参考になるかも」
「ん、うん」

 そして僕の緊張が伝わってしまっているみたいで、だんだん圭人くんの態度もぎこちなくなってきた。これはいけない。
 せめてと思って身体を寄せると、圭人くんは逃げなかった。

「じゃあ、これ見ましょうか。飲み物取ってきます」

 だけどすぐに席を立つ。逃げたのかな、と思ってしまった。
 いやいや、何を考えているんだ!
 僕は、自分自身に愕然とした。

 今の僕は圭人くんの態度に、不安になっている。
 年上の恋人として、それはどうなんだ?

 僕は三十歳。圭人くんは二十四歳の若者。年が六つも離れている上に、圭人くんは恋愛経験が豊富だけど、僕はといえばそういう経験が一切なくて……。
 これじゃ圭人くんに呆れられてしまう。嫌われるかも。だけどそもそも付き合えたのが奇跡みたいなものだ。それに、圭人くんにとって僕と付き合うメリットってなんだ……。もっと他にいい人がいるはずなのに……。

 ずるずると思考が自己嫌悪へとずり落ちていく。いけない。
 こんなことで、不安になるな。みっともない。

「はい、遥さん。コーヒーです」

 は、と我に返る。それは僕が淹れる係だったはずだ。
 だけど圭人くんは優しく微笑んで、僕の隣に座るだけだ。
 マグカップを受け取って、唇をそっとつける。

「言ってくれれば、僕が淹れたのに……」

 負け惜しみみたいな口調になってしまって、はっとした。圭人くんは「いや」と身じろぎをする。

「コーヒーなんか、俺が淹れても同じですって」

 反射的に、かちん、ときた。眉間に皺が寄る。
 圭人くんが怯んだ顔をした。僕は視線をそらして、「そうだね」とうなずく。

「遥さん。どうかしましたか」
「どうもしない……」

 拗ねてもどうにもならない。それに大人の男が、年下の恋人に当たるのは図式としてキツいものがある。
 なのにどうしてもすっきりしなくて、僕はソファの上で膝を抱えた。

「……ごめんね。観ようか」

 続きを促すと、圭人くんは黙って映画を再生した。

 どうしよう。やってしまった。
 僕はと言えば反省と後悔で頭がぐるぐるして、映画の内容が全然頭に入ってこない。

 今、僕と圭人くんは、静かに喧嘩をしている。普段だったら圭人くんは、僕の耳元で映画にあれこれ茶々を入れるし、僕もそれに甘えて映画そっちのけでいちゃつく。
 なのに僕たちは黙ったままで、映画をじっと観ている。

 どうすればいい。僕は冷めたコーヒーで唇を湿らせながら、考えた。

 謝ったほうがいい。だけど「さっきは不機嫌になってごめんね」と謝るにも、タイミングっていつだろうか。
 それに圭人くんがたまたまそういう、いちゃつくような気分になっていないという可能性だってある。
 怒っていないという可能性だって、ないだろうか。

 そっと圭人くんの様子をうかがう。
 整った横顔は、画面を見つめていた。表情はすとんと抜け落ちて、虚無だ。

 間違いない。圭人くんは不機嫌だ。

「圭人くん、ごめんね」
「何がですか?」

 とっさに謝ったけど、返事は素っ気なく聞こえる。視線も、ちらりとこちらへ寄越すだけ。
 どう考えても不機嫌だ。そうに違いない。

「さ、さっき、ちょっとむってしちゃった。ごめんね」
「いや……いいです。そんなこと、気にしないでいいんですよ」

 いいですって、何が。
 僕はぽかんとして、圭人くんを見つめた。
 いつの間にか映画は終わって、画面が暗くなる。圭人くんは立ち上がって、コーヒーが残っている僕のマグをちらりと見た。
 そして黙って、キッチンへと向かった。

「ええ……」

 どうしよう。
 僕は慌ててコーヒーを飲み干して、圭人くんに続いた。圭人くんはスポンジに食器用洗剤をつけている。

「圭人くん、ごめんなさい」
「いや……遥さん、謝るようなこと、何もしていないじゃないですか」

 困ったように微笑んで、圭人くんが言う。
 ぴしゃり、とシャッターが閉まった音を聞いたようだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

BL
 同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…  缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。  30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。  「樹、俺と結婚してほしい」  「樹のことがずっと好きだった」  俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?  立花樹 (30) 受け 会社員  岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め   小説家

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

『定時後の偶然が多すぎる』

こさ
BL
定時後に残業をするたび、 なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。 仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。 必要以上に踏み込まず、距離を保つ人―― それが、彼の上司だった。 ただの偶然。 そう思っていたはずなのに、 声をかけられる回数が増え、 視線が重なる時間が長くなっていく。 「無理はするな」 それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、 彼自身はまだ知らない。 これは、 気づかないふりをする上司と、 勘違いだと思い込もうとする部下が、 少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。 静かで、逃げ場のない溺愛が、 定時後から始まる。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...