淫の陰陽師—式神と夜の契り—

よしの

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第二十八話 不穏な旅路

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 数時間後、晴人は新幹線のボックス席に座り、ぼんやりと車窓を眺めていた。
 東京を離れ、一時間も走れば、もうそこには田舎を感じさせる風景が広がっている。
 三毛猫の姿で百八を運ぶには、キャリーケースに入れることが義務付けられているため、式神は足元に置かれた狭いケージの中で大人しくしている。

 ——他のみんなは自在に式神を出し入れできるのに、なんでこいつはいつも人間か猫の姿にしかなれないんだ…?

 それが、陰陽師としての力量の差なのか、それともそれぞれの式神固有のものなのかは分からなかったが、正直面倒臭いことは面倒臭い。ミヤビやレイのように、必要な時だけ姿を現してくれたら楽なのだが。

 晴人がそんなことを考えていると、隣に座った一葉が、不意に横からガムを差し出してきた。

「食べる?」

 相変わらず眉間に皺が寄っているが、どうやら彼女にとってそれはデフォルトの表情らしい。

「あ、いただきます」

 晴人は慌てて、ガムを受け取ると、口に入れた。マスカット味。甘い風味が口いっぱいに広がる。
 ちなみに、四人一組になったボックス席の前方には、響とミヤビ。響は、腕を組んだままいびきをかいており、ミヤビは眠っているのかいないのか、目を閉じてうつむいている。リーダーのレイは、通路を挟んだ向こうの席で何やら文庫本を広げているようだ。

「何か失敗したんだってね、初仕事」

 前を向いたまま、一葉が言った。

「ええと…はい…」

「まあでも、敵はツチグモの変異体でしょ?第五位陰陽師のあんたが生きて帰ってこられただけでも、ラッキーだよ」

 ——これって慰められてるのかな、俺?

 晴人は、微かな疑問を感じながらも、ガムを噛みながら静かに頷いた。確かに、奴は強かった。というか、庁舎に現れた鵺の亜種といい、今回のツチグモといい、徐々に敵の力量がレベルアップしている気がする。
 それまで、百八が難なく敵を倒しているのを見てきた身からすると、どうしてももどかしい思いを感じざるを得ない。

「一葉さんは、このグループに入って長いんですか?」

 晴人がそう尋ねると、一葉がドレッドヘアの頭を横に振り、正面を向いたまま答えた。

「私もまだ、一ヶ月程度よ。ていうか、このグループ自体、結成されたのは最近だしね」

 ——…なのに貫禄がすげえな。

 晴人は内心でそう呟きながら、言葉を繋いだ。

「なんかほんと、すいません。自分なんかがメンバーに入って、全然皆さんとレベルが違うのに」

「別に。自分の命が惜しくなけりゃ、良いんじゃない?それに、あの男が考えてることはよく分かんないし」

「あの男?」

「鶴原よ」

「ああ、なるほど確かに…」

 目の奥が笑っていない、あの笑顔を思い出し、どことなく苦々しい気持ちになる。

「ま、晴清さんの名前を出されたら、大抵の陰陽師は黙るしかないわ。多分それも、彼の計算だろうけど」

「あの…うちの父ってそんなに有名なんですか?」

 晴人がそう尋ねると、一葉はさらに眉間の皺を濃くして、こちらを向いた。

「有名なんてもんじゃないわよ。あの人の名を聞いて動じない陰陽師がいたら、そいつは完全にモグリね」

「はあ…そうなんですね」

「彼に憧れて陰陽師になる人間も、少なくないわ。私も、一度で良いからあなたのお父さんが祓うところを見てみたい」

「あ、けど家では母親の方が強いですよ。母には父も逆らえません」

 晴人の言葉に、一葉は初めて笑顔らしきものを見せた。

「そうなの?それあんまり、他の人に言わない方が良いわよ。彼のブランドイメージを保つためにもね」

 少し柔らかくなった表情に、晴人は思わずホッとした。

 ——もしかしてこの人、案外喋りやすいかも?

「あのぉ」

「ん?」

「俺たち、なんで京都に行かされてるんでしょうか?」

「さあ、第4グループの活動は、全部鶴原の裁量で決まってるから。私たちはそれに従うまでよ。あんたもあんまり深く考えない方が良いわ。私たちは、所詮彼の『駒』に過ぎないの」

「『駒』…ですか」

「そう、都合の良いように使われてるだけ。あいつ、しれっとしてるけど自分も第一位陰陽師なのよ。だから動こうと思えば自分でも動けるはずだけど」

「えっ!鶴原さんが…!」

 思わず大きな声を出してしまい、晴人は慌てて口を閉じた。

 ——まあでも祓妖局の局長だしな。当然っちゃ当然か。

「それに、一つ思い当たることがあるとすれば…」

 一葉は腕を組んで、何かを警戒するように一瞬辺りを見回すと、小さな声で呟くように言った。

「私たち、試されてるのかもね…」

「試されてる?」

 ——一体どういう意味だろう?

 しかし、それ以上の質問は受け付けないとばかりに、一葉もまた前の席に座る二人同様、それきり目を閉じてしまった。
 鶴原の、笑っていない笑顔が、再び脳裏をよぎる。晴人はその目の奥に、底知れないものを感じて、不意に不安が心を襲ってくるのを感じた。

 彼は何を考えているのか。まだ陰陽師になったばかりの自分を、このグループに採用することに、どういう意味があるのか。鶴原は、晴人が彼らに加わることには「必然性」があると言った。その言葉の意味も、いまいち測りかねる。

 そんなことをつらつらと考えていると、不意に前方の車両から人々のざわめきが聞こえてきた。その後、数人の乗務員が血相を変えた表情で通路を移動していくのが見える。

 足元に置いたケージの中で、百八が暴れ出す。見ると、さっきまでおのおの静かにしていたメンバーたちが、真剣な表情で顔を上げるのが視界に入った。

 ——なんか、嫌な予感しかしない…

「あの…」

 晴人が口を開きかけた瞬間、前の車両の連結口から、乗客と思われる中年男性が一人、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 彼は、血走った目で一言、こう叫んだ。
 
「逃げろ…もののけが出たぞ!——」
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