淫の陰陽師—式神と夜の契り—

よしの

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第三十八話 疑念

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『誰も信用するな』

 その短冊には、確かにそう書かれていた。頭が混乱し、一瞬視界が暗転したかのように感じる。

 ——一体、どういう意味だ?

 思わず、問いかける視線を父親に送る。しかし、晴人がそれを目にしたのを確認すると、晴清はさっと短冊を懐にしまい、何事もなかったかのように再び歩き出してしまった。あっという間に遠ざかってしまいそうなその背中を、慌てて追いかける。足音の残響だけが、シェルターの内部に響き渡る。

 ——いや、ヒントとかなしかよ…不安にさせるだけさせといて…

 恨めしい気持ちで、淡々と歩き続ける父親の後ろ姿を見つめる。疑問符だけが、絶え間なく晴人の胸の中に浮かび上がる。

 短冊に書かれていた言葉を文字通りの意味に取れば、第4グループ内部に、誰か敵対者がいることになる。あるいは、裏切り者が。
 しかし、そんなことがあり得るだろうか。もののけ側の人間がいるということか?一体何のメリットがあってそんなことを?

 晴人は一番後ろから、メンバーの姿を一人ずつ目で追いかけた。
 レイ、ミヤビ、一葉、響、それぞれ癖は強いが、これまで行動を共にした限り、不審な素振りを見せる人間はいなかったはずだ。もちろん、慣れない任務に夢中で取り組んできたため、彼らの一挙手一投足をチェックしていたわけではないが。というか、そもそもメンバーを疑うなどということを、晴人はこれまで一ミリも考えたことがなかった。

 ——父さん…この逃げ場のない場所で、いきなりそんな爆弾投げられても困るんだよ…

 晴人は思った。この際、一旦自分が目にしたものは忘れて、今はここから無事に生きて帰ることを最優先に考えなければ。自分がそこまで器用な人間ではないことは、誰よりも自分自身がよく知っている。
 今、考えなければならないのは、この先に待つ敵のことだけ——
 気を取り直すように大きく首を横に振ると、晴人は、心を無にして足を動かし続けた。

 ——集中、集中、余計なことは考えない。

 前を向けば、トンネルが、どこまでも深く、闇の奥へと広がっている様子が見える。職員からは、事前に見取り図をもらっていたが、正直なところそれを眺めても、すでに自分が今どこにいるかよく分からない。
 このまま歩き続けて、本当にもののけに遭遇することなどあるのだろうか?

「おっ」

 その時、すぐ目の前で響が小さく声を上げた。思わずびくりと肩を震わせて、彼の視線の先を辿る。

「リーダー、道が二手に分かれてますよ」

 見れば、確かに一行の前には、少し曲がりくねって二つに分かれたトンネルがあった。響の言葉を受け、レイはしばし立ち止まって黙考するように顎に手をやると、晴清の方を振り返って言った。

「どうしますか?ここで二手に分かれるのも手かとは思いますが…」

「うむ」

 晴清がその問いかけに応じる。

「だがまだ、少なくとも私は獲物の『匂い』を感知できていない。この中で、それらしいものを感じ取った人間はいるかな?」

 手を挙げるものは誰もいない。

「あの、一つ良いですか?」

 しばらく沈黙が続いた後、一葉が口を開いた。

「さっきふと思ったんですけど、もし二手に分かれたとして、通信手段はあるんでしょうか?一方が万が一『当たり』を引いた場合、それをもう一方に伝える方法は?」

 その言葉を聞き、ミヤビが「確かに」と頷く。

「それがないと、二手に分かれる意味はないですね。リスクは分散されるけど、どちらかが敵に遭遇した場合のリスクも大きくなる」

「正直、私は自分の『嗅覚』がどこまで働くか、疑問があります。この場合、分かれて行動する意味が果たしてどのくらい…」

 一葉がさらに言葉を重ねようとしたその時、それを遮るように、響が前に出て言葉を発した。

「あるぜ、手段なら」

 全員が、彼に注目する。

「俺の式神を使えば良い」

 響は、そう言うと、笑顔で逞しい両腕を広げてみせた。

「…なるほど、確かにそうですね。片岡さんの式神を使えば、通信手段の代わりになります」

 レイが、響の意図を察したかのように頷く。

「どういうことか…見せてくれるかな?」

 晴清が、二人へ交互に視線をやりながら尋ねると、響がその言葉に頷き、皆の注目を集めるかのように一番前に踊り出た。

「良いですよね、リーダー」

「ええ、お願いします」

「了解っす」

 そんなやりとりが交わされるのを、晴人は内心複雑な思いで見つめる。さっき見た短冊の言葉が、いやでも頭をよぎる。誰も信用するな——疑いたくないのに、彼らの言動が何となく怪しく見えてくる。

 ——ダメだ、やっぱりなんか気になっちゃう…

 しかし、響はそんな晴人の思いをよそに、まるで経を読む僧侶のように胸の前で両手を合わせると、誰もいない空間に向かって深々とお辞儀をした。ふっと彼の周囲を静寂が包み込む。

 しかし、次の瞬間——ザワザワと何かがざわめくような音が、晴人の耳にきこえてきた——
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