元奴隷の治癒師ですが、竜騎士団長に溺愛されて逃げられません

wanna

文字の大きさ
3 / 28
第一章

1-2.ギルド酒場《銀のランタン》

しおりを挟む
 店内には少しずつ、朝の喧騒が入り込み始めた。

 入り口の木製扉が軋み、冒険者たちが数人、どかどかと入ってくる。
 鎧の金属が擦れる音と、豪快な笑い声、油っぽい匂いが一気に流れ込んできた。

「おう、アマネ! 相変わらず綺麗なツラしてるな!」
「おはよう、今日も兄ちゃんか。助かるぜ~、話が早いからなぁ」

 先頭の大柄な男が、見慣れた斧を肩に乗せたまま、アマネがいる受付窓口のカウンターまでずかずかと近づいてくる。
 顔の傷も笑い方も派手な、この酒場の常連──オルドのパーティだ。

「いらっしゃいませ、オルドさん。討伐依頼の達成報告ですか?」
「おう。ほらよ、証拠の魔核だ。……あ、グロいやつは布の中だからな? 嬢ちゃんたちに見せねェように気をつけとけよ」
「この店で今更そこまで気を遣ってくれるの、オルドさんくらいですよ」

 アマネはわずかに苦笑しながら、差し出された布袋を受け取った。
 中身の重さと数を確かめ、事前に登録されている依頼内容と照らし合わせる。

「森外れの魔狼、五体分確認しました。依頼条件達成です。一匹あたりが銀貨五枚で、合計銀貨二十五枚……それと、ギルドからの危険手当として銅貨十枚が加算されています」
「お、危険手当? やるじゃねェかルシアンのやつ」
「近頃あの周辺のエリアは危険報告が上がってるので。王都の方にも、話がいってるみたいだし」
「へぇ、そりゃまた物騒な。まっ、俺たちは稼げりゃ何でもいいけどよ!」

 オルドが豪快に笑うと、その後ろで仲間たちが苦笑まじりに肩をすくめた。
 アマネは受領印を押した紙を渡し、丁寧に頭を下げる。

「お疲れ様でした。またのご利用を」
「おう。今度、嬢ちゃんたちのステージも見に来るからよ。お前もたまにはカウンター出ろよなー、踊り子の格好でもしてよ」
「……それはいいから」

 スカートをつまみあげるような仕草の真似をしておどけて見せるオルドの軽口を受け流していると、別のパーティがカウンターに近づいてきた。

 今度は、まだ若い冒険者たちだ。
 胸元に揃いのバッジをつけている、できたばかりのパーティらしい。

「あ、あの……この依頼、僕らでも受けられますか?」

 差し出された依頼表を見て、アマネは目を走らせる。
 指定場所、採取物、必要人数、最低推奨ランク。

「……森の薬草採集ですね。討伐依頼に比べれば危険度は低いですけど、魔物に遭遇する可能性はあります。パーティランクは条件ギリギリなので……」

 そう言いながら、冒険者たちの装備を一瞥する。
 少し擦り切れた革の鎧、真新しい安物の剣、借り物のような杖。
 一見頼りなく見えるが、本人たちの目は真剣だ。

「格上の魔物と遭遇した時の対処、ちゃんと決めてますか?」
「対処、ですか」
「逃げる時の合図とか」
「えっと……そこまでは……」

 視線が泳いだ。
 アマネは小さく息をつき、棚から薄い紙を何枚か取り出す。

「なら、この辺りの薬草の見分け方と、よく出る魔物の特徴が書かれた紙を渡します。これはギルドからの支給品で、代金はいりません。……あと、森に入る前に、店の表にある掲示板も見ていって。危険情報が毎朝更新されているから」
「い、いいんですか?」
「危なくなりそうなら、ちゃんと引き返してください。……依頼を成功させるより、生きて帰ってくることの方が大事だから」

 そう言うと、若い冒険者たちは息を呑んで頬を赤らめる。
 数度瞬きした後、ほっとしたように笑って、「ありがとうございます!」と何度も頭を下げた。
 その背中を見送りながら、アマネはペンを走らせて受付帳に記録をつけていく。

 ──こういう仕事は、嫌いじゃない。

 何かを命じられるのではなく、自分から言葉と行動を選んで、誰かの役に立てる。
 それだけのことが、まだときどき、胸にじんとくる。

「甘やかしすぎじゃなーい?」

 気配もなく横に立ったギルバートが、カウンターに肘をつきながらぼそりとささやいた。
 血のように赤い瞳が、今出て行った若者たちの背中を追うように出入り口の向こうを眺めている。

「もっと突き放した方が育つこともあるぜ」
「……何も知らずいきなり森に放り込まれても、いいことないでしょ。それにここは、冒険初心者にも優しい、町でも評判の
「ふうん?」

 ギルバートは口元だけで笑った。

「じゃ、アマネも? ”甘やかされて伸びる”タイプ?」
「……誰の話?」
「おまえ」
「別に。伸びない」
「そうかぁ? ……昔に比べたら、だいぶ表情、増えたけどな」

 さらりと言われて、アマネは居心地悪そうに肩をすくめた。
 それを見て、ギルバートはさらに楽しそうに形の良い唇をにやりと歪める。

「そうやって顔に出るようになったから、最近客にもからかわれやすくなってんだよ。自覚しな?」
「それ、アドバイスか何かのつもり?」
「うん。かわいいねってこと」
「それはアドバイスじゃない」

 ため息をつくと、ギルバートはくつくつと喉を鳴らして笑った。
 その笑い声に、近くのテーブルで食器を片付けていたスタッフの女の子たち──リサの同僚、ミラとキャシーが、「何の話~?」と顔をあげる。
 
 夜の踊り子たちによるステージが人気なこの酒場では、踊り子と昼間のウェイトレスを兼任しているスタッフも多い。
 昼の間、踊り子たちはエプロン姿で店内を行き来し、酒ではなく水や軽食を運び、冒険者と笑いながら言葉を交わす。
 夜の艶やかな衣装姿とはまるで別人のような、気さくで素朴な姿だ。

「アマネがモテて困っちゃう~って話」
「全然違うし、モテてない」
「あら、モテてるわよ? 昨日だって“受付の綺麗な子は彼女いるの?”って聞かれたし」
「そうそう! “あの美しい瞳に見つめられたい~!”とか言ってたわね」

 陽気な声のミラがひゅーっと口笛を吹く。アマネは思わずネックレスに手をやった。

 ──“美しい瞳”なんて、ただの作り物でしかないのに。

「……からかうのはやめて」
「からかってないって、ねえ? ギルバート」
「モテすぎるのも厄介ごとを生むからな~、丁寧な接客はいい心がけだが、可愛さ振りまくのもほどほどにしておきな」
「振りまいてないし、俺の意思でどうにかなるなら苦労しない」

 言いながらも、店の空気は軽い。

 受付の前には次々と人が来て、アマネは依頼票と金貨、情報をやりとりして淡々と処理していく。
 討伐報告、護衛依頼、なくし物の掲示、小さな揉め事の仲裁……冒険者たちが口々に愚痴をこぼしたり、冗談を飛ばしたり、時々本音をこぼしていく。

「……ってわけで、また婚約話が流れてよォ!」
「それは完全に、サードさんの自業自得じゃないですか?」
「お前いうようになったな!」

「なあアマネ、こないだの東街道の情報、もうちょい詳しく聞きてぇんだが……」
「ああ、それなら昨日戻った商隊の方が詳しく話してくれました。ここにメモをまとめてあるので……」

 ペンを走らせる手つきはすっかり慣れたもので、帳簿の数字も綺麗に揃っていく。
 視線の動かし方も、声のトーンも、“ギルド酒場の受付”として馴染んでいる。

 依頼主の名前、達成印、報酬額。
 数字と文字を追う作業も、苦手じゃない。客たちの雑な言い方を、ギルドの正式な言葉に当てはめて翻訳するのも、もう慣れた。

 受付の仕事は、嫌いじゃない。

 カウンターを挟んで人と向き合っている分には、距離を保てる。
 なにかあれば、用心棒のギルバートが間に入る。
 この街で顔が広いルシアンは抑止力となっていて、この酒場で好き勝手する輩は基本的にいない。

 触れられない。囲まれない。繋がれていない。
 それだけで、昔とは世界が違った。

 ーーこのままずっと、この日常が続いていけばいいのに。

 暮らしは穏やかになったけれど、自分の中身が変わったわけじゃない。
 
 あの魔法も、この身体も、今も変わらず、“厄介毎”のままだ。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

結婚することになったんだけど、相手が死人でした

河野彰
BL
俺、里見ヒカル。  この度、「死人」の花嫁になることになりました。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...