元奴隷の治癒師ですが、竜騎士団長に溺愛されて逃げられません

wanna

文字の大きさ
8 / 28
第一章

3-1.ルシアンの言いつけ

しおりを挟む
 ハーブ畑も抜けて森の中を駆け抜けていると、不意に頭上から影が落ちてきた。

「──っ!?」

 腰をがしっと力強く掴まれる。
 体が前に傾いて転ぶ、と思えば、足元から地面の感触がふわりと消えた。


「アマネ!」

 耳元で、聞き慣れた低い声が弾けた。
 ギルバートだ、と理解するより先に、視界から森の地面が遠ざかっていく。

 体が重力を失ったように軽くなり、宙に浮いていた。

 荷物でも担ぐような仕草で片腕が力強く腰にまわって掴まれる。
 もう片方の腕が背中を支え、体がぐるりと持ち上げられたかと思うと、次の瞬間には木々の梢が足元に流れていた。

 冷たい風が勢いよく頬を打つ。
 全身を包む浮遊感。ギルバートの浮遊魔法だ。

「……っ、ギル……っ?」

 かろうじて名前を呼ぶと、横顔だけがちらりとアマネを見た。
 血のような赤い瞳は、いつもの薄ら笑いではなく、剣のように細く尖っている。

「結界が破れた。嫌な予感がしたから見に来たらよ……森ん中、竜まで落ちてやがる。おまけに人の気配も……おまえ、何があった?」

 低く押し殺した声。
 怒っていると言うよりは、焦燥感や苛立ち、心配をまとめて飲み込み押し殺したような声音だ。

 アマネは口を開こうとして、ひゅっと喉から情けない音を漏らした。

「……っ、は……っ、ちょっと、待っ……」

 うまく息が吸い込めない。
 胸の上に先ほど刻まれた「祝福」の代償である“黒紋”が、じくじくと焼け付くように疼いている。
 熱が血管を逆流し、手足の先までしびれを起こしていた。

 ギルバートの腕の中で、その外套にしがみつこうとして、指先に力が入らないのが自分でもわかる。

「おい」

 短く呼びかけられる。返事をしようとして、また咳き込んだ。
 ギルバートの眉間に、ぐっと深い皺が刻まれる。

「……まさかお前」

 赤い瞳が、アマネの顔から胸元を射抜く。
 シャツの下で、黒い紋様がじわりと熱を持っているのを、アマネ自身もはっきりと感じていた。

「『祝福』を使ったのか?」

 風の音の中でもはっきり聞こえる低い声。
 アマネはかろうじて首を縦に動かした。

「……う、ん……」

 はっ、と呆れたような鼻で笑う音が降ってくるが、対照的にギルバートの眉が厳しく寄せられていることはわかっている。
 それよりも先に、今伝えなければいけないことだけは、どうにか言葉にしなければと思う。

「ごめ……っ」

 唇が震えて舌がうまく回らない。
 頭の中がぐちゃぐちゃなのは、おそらく代償のせいだけではない。

「髪も……目も……みられた……っ」

 絞り出すように吐き出すと、ギルバートの背中に回る腕がグッと強くなった。

 驚愕に見開かれた赤い瞳。
 次の瞬間、焦れたように舌打ちが落ちる。

「……チッ」

 風に煽られていたフードを、乱暴だが慣れた手つきで深く被せ直される。
 黒髪と黒い瞳を覆い隠すように、ぎゅっと前を引き寄せられた。

「誰に」

 短く鋭く問われる。

 アマネは、炎のような赤い髪と、去り際に焦ったように見開かれた浅葱の瞳を思い出す。

「竜騎士団、の……団長……」

 震える唇をキュッと噛み締める。

 ギルバートが何かを思い出すように視線を宙に漂わせる。
 盛大にため息を吐いて、「ロアンの野郎か……」とつぶやいた。

「……最悪だな」

 続いた吐き捨てるような言葉に、アマネの肩がびくりとこわばる。

「……っ、ごめ、なさ……ごめんなさ、い……っ」

 アマネの声色が怯えたものに変わり、切羽詰まったように謝罪を繰り返す。

 するとギルバートはハッと気づいたようにアマネの肩を掴み、正面から向かい合うようにして顔を覗き込むようにした。

「ああ、ちげえよ。お前に言ったんじゃない。よしよし、いいから」

 ギルバートは慣れた手つきでアマネの頭をフード越しに乱雑に撫でた。
 そのまま頭をギルバートの方に押し付けるようにして抱き寄せられる。
 とんとん、とギルバートの手が背中を叩いて、呼吸を整えるように促してくれる。

 強い言葉や失敗を責める悪態は、時にアマネのトリガーとなることがある。

 ──今から6年前まで、この「祝福」の力と容姿が原因で、闇ギルドに奴隷として囚われていたアマネの心には、幾つもの消えない傷跡とトラウマが刻み込まれている。

 ルシアンとギルバート、そして酒場の温かい同僚たちに囲まれて、アマネはこの6年で、たくさんの人と対面するギルドの受付係を難なくこなすことができるくらいには回復した。

 しかし、動揺や混乱している時は、特に成人男性の低い声や怒鳴り声、失敗を責められるような雰囲気は未だアマネのトリガーを引きやすい。

 今回は本格的に“落ちる”前に留められた。
 ギルバートに一定の力で宥められるように背中を叩かれ、アマネの呼吸は徐々に整っていく。

 とはいえ、「祝福」の代償が未だその体を蝕んでいるのは事実だ。

「とりあえず店、戻るぞ」

 ギルバートが、アマネの体を揺れないように外套ごと抱え直す。
 抱っこのような形で片腕で持ち上げられ、アマネはとっさにギルバートの首元にしがみついた。

 先ほどより幾分か棘の取れたその一言と同時に、浮遊の速度がわずかに上がる。

 風が強くなり、森の匂いが一気に遠のいていくのを感じながら、アマネは燃えるような胸の痛みを抱えたまま、そっと目を閉じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

結婚することになったんだけど、相手が死人でした

河野彰
BL
俺、里見ヒカル。  この度、「死人」の花嫁になることになりました。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...