元奴隷の治癒師ですが、竜騎士団長に溺愛されて逃げられません

wanna

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第一章

4-2.リサのお願い

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 その表情の変化を見逃すルシアンではない。
 困ったように肩をすくめると、優しい声で続けた。


「ごめんね。窮屈な思いをさせているのはわかってる。でも、“今は”我慢してほしい。……ほとぼりが冷めたら、また一緒に散歩しに行こう」
「なんでルシアンが謝るの、俺が……」

(俺が全部悪いのに)

「……俺が、“祝福”の力なんて、持っていなければよかったのに」

 ぽつりと漏れた本音に、ギルバートが片眉を上げる。

「出た、アマネの“たられば”病」
「ギル」
「だってよ」

 ギルバートはテーブルから組んでいた足をおろして、身を乗り出した。

「いいか、アマネ。“力”が厄介なのは認める。だがな、厄介なのはお前じゃねえってことは何度も言い聞かせてるよな?」

 言葉は乱暴だが、目だけは真っ直ぐだった。

「お前の扱い方を間違えてきた奴らと、便利な道具扱いする連中が厄介なんだ。“力があるから悪い”なんて理屈は、クソみてえな言い訳だ」

 アマネは視線を落としたまま、拳を握りしめる。

「でも、王都に知られたら、どうせまた道具みたいに扱われる。……王命って、断れないんでしょ」
「建前上は、ね」

 今度はルシアンが、静かに口を開く。

「どこの騎士団だろうが、“力ごとアマネを連れて行こう”っていうなら、話は別だよ。いいね?」

 声は静かだった。
 ただ、その静けさの奥で、鋭い牙の存在を感じる。

 アマネは思わず息を呑んだ。

「噂が流れたくらいで、僕らが怯んだりはしないよ」

 ルシアンの柔らかい声音の裏で、魔力の気配がふわりと揺れた気がした。

「王都や騎士団が何を言ってこようと、“ここにいるアマネ・ヴェール”は、《銀のランタン》の受付であり、僕とギルの保護対象だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……でも、」

 アマネは、恐る恐る口を開く。

「王命で“招集”されたら……断れない、んじゃ」

 つい、昔の感覚が顔を出す。
 命令は絶対。逆らえば罰。逃げ場はない。
 そんな世界で、長い間生きてきた。

 その思考の癖を、ルシアンもギルバートもよく知っている。

「“王命”は、王都にとっての絶対だよ」

 ルシアンは一度だけ認めるように言った。

「でもね、世界には“王都”以外の力もある。ギルも僕も、。……それは、僕たちなりの“覚悟”の証だよ」

 穏やかな物言いなのに、その奥に感じるものは、アマネの想像よりもずっと大きなものだった。

 ギルバートが、窓の外にちらりと視線を流す。

「ま、向こうが喧嘩売ってきたら、その時は"話し合い”だ」

 口元だけがニヤリと笑う。

「ただし、それまではあくまで普通にやる。こっちからわざわざ火種を増やす必要はねえ。……だからアマネ、お前はいつも通り仕事してりゃいい」
「いつも通り……」

 アマネは小さく繰り返した。

 いつも通り、依頼を受けて、報酬を渡して、冒険者たちと言葉を交わす。
 けれどその裏で、誰かが自分の髪と瞳の色を手がかりに、探しているかもしれない。

 世界のどこかで、自分の知らない話し合いが進んでいるかもしれない。
 自分一人がどうにかなる分には問題ない。
 だけど、もし、……ルシアンやギルバートまで、巻き込んでしまったら?

 アマネの能力を隠していた罪は、アマネだけでなく二人にも課せられるかもしれない。
 それは、もう二度と戻りたくないと思ったあの頃に逆戻りすることより、よっぽどアマネにとっては怖い。

 喉の奥が、少しだけ乾いた。

「……こわく、ないの?」

 気づけば、そんな言葉が口から溢れていた。

「噂とか、王命とか。俺がまた“厄介ごと”の種になるかもしれないのに」

 ルシアンとギルバートは、一瞬だけ互いに視線を交わす。
 そして、どちらからともなくぷっと吹き出して、笑った。

「“厄介ごと”なんて、ギルと僕はそれこそ星の数ほど見てきたよ」

 ルシアンは冗談めかして言いながらも、その目だけは真剣だ。

「それに、アマネ」

 指が、そっとアマネのブレスレットをなぞる。

「君の『祝福』は、“呪い”なんかじゃない。……代償がある以上、無闇に使わせる気はないけどね。」

 ギルバートが、ふん、と鼻を鳴らした。

「王都が何を言おうが、“目の前で死にかけてる竜を助けた”って事実は誰にも奪えねえ。……それで十分だろ」

 アマネは唇を噛んだ。
 胸の奥で、ぎゅっと丸まっていた何かが、少しだけほどける。

「……じゃあ、俺は」

 言葉を探しながら、ゆっくりと顔を上げる。

「ネックレスとブレスレット、外さない。森にもひとりで行かない。外出る時は、場所にかかわらず誰かと一緒に行く」

 ルシアンが「うん」と微笑んだ。

「それから?」

 問いかけに、アマネは一瞬だけ迷ってから、続けた。

「……“いつも通り”、受付をやる。ここ銀のランタンで」

 その答えに、ルシアンは満足そうに目を細めた。

「それで十分!」

 ギルバートも、椅子を軋ませて立ち上がる。

「ほら、そろそろ表も忙しくなる時間だ。噂話より、目の前の客だろ」

 軽くアマネの額をこつんと拳で小突く。

「何かあればすぐに呼べ。騎士団だろうが誰だろうが、カウンター越しに喧嘩売りに来た奴は、まとめて俺が外に放り出してやる」
「……物騒」

 アマネは思わず苦笑する。
 その小さな笑みを見て、ルシアンがほっとしたように肩の力を抜いた。

「じゃ、戻ろっか。アマネの“いつも通り”の仕事場へ」

 扉を開けると、外の空気が流れ込んでくる。

 吹き抜けになっている二階には、一階の熱気が廊下にまで漂ってくる。
 冒険者たちの笑い声と、食器の触れ合う音。
 さっきと何も変わらない、《銀のランタン》の日常の喧騒だ。

 アマネは胸元のネックレスにそっと触れた。
 透明な石が、光を受けて小さく瞬く。

(噂は噂。王命は、王命)

 世界のどこかで大きな波が動き始めているのかもしれない。
 それでも、今この瞬間自分が立っているのは、このカウンターの内側だ。

 アマネは、カウンター内のいつもの立ち位置に戻る。

 帳簿を開き、ペンを手に取る。
 カウンターの前に、早速新しい依頼書を持った冒険者が近づいてきた。

「いらっしゃいませ。ご依頼ですね」

 いつも通りの声で、いつも通りに目尻を和らげる。

 胸の奥には、まだ不安の影が残っている。
 それでも今は《銀のランタン》の天井を揺らす笑い声と、二階にいる保護者たちの気配が、その不安を静かに押し包んでいた。
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