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《第6章》狂乱の獣たち
《最終話》群青に歪む偏愛の獣たち
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《最終話》群青に歪む偏愛の獣たち
右手の中指にルオラの爪。
左手の中指にゼオラの爪。
右手の薬指にシシオラの爪。
そして、左手の薬指にリヒドとお揃いの指輪をはめたリズはロイヤルブルーのドレスに身をつつみ、グレイス城の玉座へ続く道を歩いていた。
「ォォオォォオォォォオオ」
この雄たけびは、言わなくてもわかるだろう。頬ずりをするためにヒゲを剃り、その感情のまま抱き着いてきたモーガン・グレイス伯爵以外に存在しない。
「わしの娘が、わしの娘がぁあぁぁ」
有り余る感動に打ち震えているらしいその巨体は、婚礼衣装に身を包んだリズの全身を往復して見つめた後、問答無用で抱きしめてくる。
「・・・お父様」
モーガンは本当の父親ではない。本当の父親は今もまだ、海が見えるリャシュカの港町のどこかで生きているだろう。酒に浸っているのか、借金で女と遊んでいるのか、それはわからない。知りたいとも思わない。
暴力ばかりの日常は、十四年も前に心の一部と一緒に切り離された。
「ああ、娘の花嫁姿をキキにも見せてやりたかった」
「・・・私も、お母様に見せてあげたかった」
リズはモーガンを抱き返して共感する。
名前のない少女だった。言葉を知らない、感情を忘れた少女だった。
「モーガン、なんて可愛いリズなの」
初めて、このグレイス城に足を踏み入れ、ベッドに座っていた女性の第一声は忘れたくても忘れられない。
「おかえりなさい」
キキ・グレイスにかけられた言葉は、名前を与えられたばかりの少女を正式にリズ・グレイスにした。
その日からグレイス城はリズの家になった。読み書きを覚え、お菓子の味を知り、ドレスの好みができ、ダンスを踊れるようになり、人を好きになった。
名前をくれたモーガン。居場所をくれたキキ。子どものいなかった夫婦の養女として、グレイス伯爵令嬢となれたおかげで、婚約者もできた。
それが、リヒド・マキナ。長い間、グレイス家とマキナ家の婚姻を認めない動きが強かったが、クリス王子が二人の婚姻を強く願ったことでついに実現するときがきた。
「これからもリズが歩む道は人とは違う」
腕の力を緩めたモーガンの身体が離れて、息を吐いたリズの肺に酸素が戻ってくる。
「フォンフェンの森の門番として、リエント領を治めるグレイス家当主として、初めて群青兎=ブルーラビットとの婚姻を公式に歴史に残す者として、困難は立ちふさがることだろう」
真面目に語る瞳の圧力にリズも吸い込まれる。出会った頃よりも年を重ねた顔には、シミもシワも多くみられるようになった。いつまでも元気でいてほしいと思う。大切な家族として、恩人として、モーガンに出来ることは何だろう。
「わしは、リズの味方だ」
ならば、リズも味方でありたいと思う。モーガンが生きる国を大事にしたいと思う。これからも、一人じゃなく、愛してくれる彼らと共に。
「さあ、行こう」
改まったモーガンの姿勢に、リズは笑いをそっと零す。
モーガンの勢いで忘れがちだが、ここは玉座に通じる扉の前。かつてはグレイス王としてリエント国を統治していた由緒ある城。今は領主の居城としての使用が認められているが、今日は大事な式典の会場として設けられている。
扉の向こうには見知った顔ぶれがいることだろう。それこそクリス王子を含め、リヒドに瞳を与えたカイオスまで証人として列席しているに違いない。
「お父様。ここまで育ててくださって、ありがとうございます」
扉が開いて一歩踏み出す直前。リズは静かにモーガンに告げた。
一瞬、モーガンの足が出遅れたのは涙をこらえるため。感情豊かな大の男が唇を噛みしめて花嫁を誘導する姿は、のちの酒の席でよいネタになった。とはいえ、王の椅子に座る人物として導かなければならず、そこで待つ世継ぎたちのところへ向かう時間は止められない。
娘の結婚式。リズは今日から伯爵令嬢ではなく、夫人となる。
指先を飾る爪と指輪を与えてくれた大事な番の元で。
「リヒド・マキナ。ルオラ・グレイス。シシオラ・グレイス。ゼオラ・グレイス。あなたがたはリズ・グレイスを妻とし、いかなる状況や環境下に置かれようと、共に支え合い、愛し尽くすことを誓いますか」
ありふれた誓いの言葉を「何をいまさら」と鼻で笑う態度は想像出来た。
群青兎=ブルーラビットの婚礼の儀は何年も前に済ませた。折られた爪がその証拠。それでもこうして、人間の儀式に付き合ってくれるのは相手がリズだからの一言に尽きる。
「はい、誓います」
代表して答えたリヒドの声が、グレイス城の王の間に響き渡る。この瞬間からリヒドは、リヒド・マキナではなくリヒド・グレイスとして生きていくことが決まった。マキナ公爵家の次男として生を受けたリヒドは、リズの婿養子としてグレイス家に入るのだから当然といえば当然のこと。
急に実感が湧いてきて、くすぐったい気持ちになる。
「リズ・グレイス」
「・・・は、はい」
「あなたはリヒド・グレイス。ルオラ・グレイス。シシオラ・グレイス。ゼオラ・グレイスを夫とし、愛し尽くすことを誓いますか」
その問いかけに体中から音が溢れるのが自分でもわかった。
「はい、誓います」
決まった答えを口にしているだけなのに、神聖なものに誓いを捧げた言葉の威力がこんなにも大きい。これで、もう世界中の誰にも彼らとの仲を後ろ指差されなくて済むのだと思うと、言いようのない感謝と感動がこみあげてくる。
「では、誓いのキスを」
ここでも代表してリヒドが先行を切った。人間のための儀式なのだから仕方がない。眼帯を外した黄金色の瞳が近付いて、赤い唇がほくろをわずかに上に歪める。
「・・・ッん」
唇の色が伝染したのか、急に頬が熱くなる。
いつも交わす深いキスよりも、唇の表面に触れるだけのキスが緊張すると口にすれば、彼らはどんな顔をするだろうか。
「リズ、愛している」
きっと、笑っている。
シシオラが常に告げてくる言葉通り「声の高低、心拍、呼吸の乱れ、平常時と興奮時、それが恐怖なのか期待なのか。われわれ獣亜人のなかでも群青兎は特に聴力に優れておりますので、リズ様が全身で奏でる音のすべてで判断が可能です」というのなら、束の間の緊張などすでにお見通しで、彼らはこの状況さえ楽しんでいると言い切れる。
「私も」
気付けばリズも笑っていた。
笑いかけた先に映るのは、群青色の獣たち。シュゼンハイド王国の人間が大事な式典や儀式で身に着ける服装がロイヤルブルーに指定されているのは、太古の昔より同じ国に暮らす、もう一つの種族への敬意だとリズは知っている。
「愛しています」
この婚姻は、世界各国に広がる全種族に驚きを届けることだろう。そのことが、この世界に存在する二つの種族を結びつける架け橋として、想像もつかない困難に結びつくかもしれない。
人間と獣亜人。二つの種族の間には見えない境界線が引かれ、乗り越えられない壁が存在している。
ゆえに、獣亜人は人間と共存しない。公式に獣亜人が人間と愛を実らせた結果はどこにもない。まして、人間を番に持つことは絶対と言い切れるほどあり得ない。
そう歴史が語ってきた事実に前例が出来てしまった。
「ねぇ、リヒド。もういい?」
「リヒドの許可なんかいらねぇだろ。人間の都合にばっか付き合ってられねぇ」
「まったく。先が思いやられる」
痺れをきらしたルオラの声で、会場の空気は一掃される。モーガンが何か言いたげに額を抑えているが、懐古の友人になだめられて息を吐くだけにとどめていた。
「リズ様、参りましょう」
シシオラの手が仰々しく、目の前に差し出される。
「どこに?」
素直に首をかしげたリズの疑問を受けて、揺れた兎のように長い耳は、黄金色の瞳に狩りの光を宿していた。
「最愛の妻を見せびらかしたい獣の性です」
告げられると同時にさらわれた身体が宙に浮く。駆け抜ける速さは人間とはほど遠い。リズはシシオラにしがみつきながら、その感触を強く抱きしめていた。
心臓の音が止んでくれない。
飛び出した城の上空、ゼオラに連れられたリヒドの姿もそこにある。それを確認してから視線を下におろしたリズは、その光景に息を呑んで固まった。
群青色に染まって見えるほどの大群。フォンフェンの森を埋め尽くす群青兎=ブルーラビットの群れが祝福の声をあげて、迎え入れてくれている。
「リズ様、これが貴女の得た領土と地位です」
「心配はいらない。俺たちがいる」
「そうだよ、リズ様。僕たちはずっとリズ様と一緒」
軽々と樹に足をかけて着地した三匹の尻尾が風になびく。
「私、どんどん幸せを与えられていくけど、それが最近、少し怖い」
元は高貴な生まれでも何もない、ただの哀れな少女でしかなかった。運が良かったとしか思えない。名前も、家も、愛も与えられたものでしかないというのに、現実的な大きさを目にすると突然に怖くなる。
「それでも、ルオラ、シシオラ、ゼオラ、リヒド様がいれば、どこだっていける」
多くを望まなかったとしても、欲しいものが当たり前に手の届く場所にあるとは限らない。それをリズは知っている。
偏った愛し方をしているのは、いったいどちらか。彼らと世界を天秤にかけるなら、間違いなく彼らの方を選ぶ。
「連れていって」
どうすれば伝わるのかわからずに、抱きしめて告げた言葉に彼らは当然のように応えてくれる。
あの八歳の夜。無言で掴んだ指先の音と同じ。
「私も一緒に」
囲む四つの気配に腕を伸ばせば、安心できる腕で返してくれる。言葉以上の態度で、溢れる気持ちをひとつ残らず受け止めてくれる雄大な器で、最期の日まで変わらずそこにいてくれると思える力で。
『リズ様の望みのままに』
ルオラの声が高く遠く音を飛ばしていく。その音はさざ波をつれて、リズを深く溺れさせていく。不安も緊張も飲み込んで、安寧を貪る静寂の世界までゆっくりと。
夜に浮かぶ逆さ三日月が眠りにつくまで。
Fin.
右手の中指にルオラの爪。
左手の中指にゼオラの爪。
右手の薬指にシシオラの爪。
そして、左手の薬指にリヒドとお揃いの指輪をはめたリズはロイヤルブルーのドレスに身をつつみ、グレイス城の玉座へ続く道を歩いていた。
「ォォオォォオォォォオオ」
この雄たけびは、言わなくてもわかるだろう。頬ずりをするためにヒゲを剃り、その感情のまま抱き着いてきたモーガン・グレイス伯爵以外に存在しない。
「わしの娘が、わしの娘がぁあぁぁ」
有り余る感動に打ち震えているらしいその巨体は、婚礼衣装に身を包んだリズの全身を往復して見つめた後、問答無用で抱きしめてくる。
「・・・お父様」
モーガンは本当の父親ではない。本当の父親は今もまだ、海が見えるリャシュカの港町のどこかで生きているだろう。酒に浸っているのか、借金で女と遊んでいるのか、それはわからない。知りたいとも思わない。
暴力ばかりの日常は、十四年も前に心の一部と一緒に切り離された。
「ああ、娘の花嫁姿をキキにも見せてやりたかった」
「・・・私も、お母様に見せてあげたかった」
リズはモーガンを抱き返して共感する。
名前のない少女だった。言葉を知らない、感情を忘れた少女だった。
「モーガン、なんて可愛いリズなの」
初めて、このグレイス城に足を踏み入れ、ベッドに座っていた女性の第一声は忘れたくても忘れられない。
「おかえりなさい」
キキ・グレイスにかけられた言葉は、名前を与えられたばかりの少女を正式にリズ・グレイスにした。
その日からグレイス城はリズの家になった。読み書きを覚え、お菓子の味を知り、ドレスの好みができ、ダンスを踊れるようになり、人を好きになった。
名前をくれたモーガン。居場所をくれたキキ。子どものいなかった夫婦の養女として、グレイス伯爵令嬢となれたおかげで、婚約者もできた。
それが、リヒド・マキナ。長い間、グレイス家とマキナ家の婚姻を認めない動きが強かったが、クリス王子が二人の婚姻を強く願ったことでついに実現するときがきた。
「これからもリズが歩む道は人とは違う」
腕の力を緩めたモーガンの身体が離れて、息を吐いたリズの肺に酸素が戻ってくる。
「フォンフェンの森の門番として、リエント領を治めるグレイス家当主として、初めて群青兎=ブルーラビットとの婚姻を公式に歴史に残す者として、困難は立ちふさがることだろう」
真面目に語る瞳の圧力にリズも吸い込まれる。出会った頃よりも年を重ねた顔には、シミもシワも多くみられるようになった。いつまでも元気でいてほしいと思う。大切な家族として、恩人として、モーガンに出来ることは何だろう。
「わしは、リズの味方だ」
ならば、リズも味方でありたいと思う。モーガンが生きる国を大事にしたいと思う。これからも、一人じゃなく、愛してくれる彼らと共に。
「さあ、行こう」
改まったモーガンの姿勢に、リズは笑いをそっと零す。
モーガンの勢いで忘れがちだが、ここは玉座に通じる扉の前。かつてはグレイス王としてリエント国を統治していた由緒ある城。今は領主の居城としての使用が認められているが、今日は大事な式典の会場として設けられている。
扉の向こうには見知った顔ぶれがいることだろう。それこそクリス王子を含め、リヒドに瞳を与えたカイオスまで証人として列席しているに違いない。
「お父様。ここまで育ててくださって、ありがとうございます」
扉が開いて一歩踏み出す直前。リズは静かにモーガンに告げた。
一瞬、モーガンの足が出遅れたのは涙をこらえるため。感情豊かな大の男が唇を噛みしめて花嫁を誘導する姿は、のちの酒の席でよいネタになった。とはいえ、王の椅子に座る人物として導かなければならず、そこで待つ世継ぎたちのところへ向かう時間は止められない。
娘の結婚式。リズは今日から伯爵令嬢ではなく、夫人となる。
指先を飾る爪と指輪を与えてくれた大事な番の元で。
「リヒド・マキナ。ルオラ・グレイス。シシオラ・グレイス。ゼオラ・グレイス。あなたがたはリズ・グレイスを妻とし、いかなる状況や環境下に置かれようと、共に支え合い、愛し尽くすことを誓いますか」
ありふれた誓いの言葉を「何をいまさら」と鼻で笑う態度は想像出来た。
群青兎=ブルーラビットの婚礼の儀は何年も前に済ませた。折られた爪がその証拠。それでもこうして、人間の儀式に付き合ってくれるのは相手がリズだからの一言に尽きる。
「はい、誓います」
代表して答えたリヒドの声が、グレイス城の王の間に響き渡る。この瞬間からリヒドは、リヒド・マキナではなくリヒド・グレイスとして生きていくことが決まった。マキナ公爵家の次男として生を受けたリヒドは、リズの婿養子としてグレイス家に入るのだから当然といえば当然のこと。
急に実感が湧いてきて、くすぐったい気持ちになる。
「リズ・グレイス」
「・・・は、はい」
「あなたはリヒド・グレイス。ルオラ・グレイス。シシオラ・グレイス。ゼオラ・グレイスを夫とし、愛し尽くすことを誓いますか」
その問いかけに体中から音が溢れるのが自分でもわかった。
「はい、誓います」
決まった答えを口にしているだけなのに、神聖なものに誓いを捧げた言葉の威力がこんなにも大きい。これで、もう世界中の誰にも彼らとの仲を後ろ指差されなくて済むのだと思うと、言いようのない感謝と感動がこみあげてくる。
「では、誓いのキスを」
ここでも代表してリヒドが先行を切った。人間のための儀式なのだから仕方がない。眼帯を外した黄金色の瞳が近付いて、赤い唇がほくろをわずかに上に歪める。
「・・・ッん」
唇の色が伝染したのか、急に頬が熱くなる。
いつも交わす深いキスよりも、唇の表面に触れるだけのキスが緊張すると口にすれば、彼らはどんな顔をするだろうか。
「リズ、愛している」
きっと、笑っている。
シシオラが常に告げてくる言葉通り「声の高低、心拍、呼吸の乱れ、平常時と興奮時、それが恐怖なのか期待なのか。われわれ獣亜人のなかでも群青兎は特に聴力に優れておりますので、リズ様が全身で奏でる音のすべてで判断が可能です」というのなら、束の間の緊張などすでにお見通しで、彼らはこの状況さえ楽しんでいると言い切れる。
「私も」
気付けばリズも笑っていた。
笑いかけた先に映るのは、群青色の獣たち。シュゼンハイド王国の人間が大事な式典や儀式で身に着ける服装がロイヤルブルーに指定されているのは、太古の昔より同じ国に暮らす、もう一つの種族への敬意だとリズは知っている。
「愛しています」
この婚姻は、世界各国に広がる全種族に驚きを届けることだろう。そのことが、この世界に存在する二つの種族を結びつける架け橋として、想像もつかない困難に結びつくかもしれない。
人間と獣亜人。二つの種族の間には見えない境界線が引かれ、乗り越えられない壁が存在している。
ゆえに、獣亜人は人間と共存しない。公式に獣亜人が人間と愛を実らせた結果はどこにもない。まして、人間を番に持つことは絶対と言い切れるほどあり得ない。
そう歴史が語ってきた事実に前例が出来てしまった。
「ねぇ、リヒド。もういい?」
「リヒドの許可なんかいらねぇだろ。人間の都合にばっか付き合ってられねぇ」
「まったく。先が思いやられる」
痺れをきらしたルオラの声で、会場の空気は一掃される。モーガンが何か言いたげに額を抑えているが、懐古の友人になだめられて息を吐くだけにとどめていた。
「リズ様、参りましょう」
シシオラの手が仰々しく、目の前に差し出される。
「どこに?」
素直に首をかしげたリズの疑問を受けて、揺れた兎のように長い耳は、黄金色の瞳に狩りの光を宿していた。
「最愛の妻を見せびらかしたい獣の性です」
告げられると同時にさらわれた身体が宙に浮く。駆け抜ける速さは人間とはほど遠い。リズはシシオラにしがみつきながら、その感触を強く抱きしめていた。
心臓の音が止んでくれない。
飛び出した城の上空、ゼオラに連れられたリヒドの姿もそこにある。それを確認してから視線を下におろしたリズは、その光景に息を呑んで固まった。
群青色に染まって見えるほどの大群。フォンフェンの森を埋め尽くす群青兎=ブルーラビットの群れが祝福の声をあげて、迎え入れてくれている。
「リズ様、これが貴女の得た領土と地位です」
「心配はいらない。俺たちがいる」
「そうだよ、リズ様。僕たちはずっとリズ様と一緒」
軽々と樹に足をかけて着地した三匹の尻尾が風になびく。
「私、どんどん幸せを与えられていくけど、それが最近、少し怖い」
元は高貴な生まれでも何もない、ただの哀れな少女でしかなかった。運が良かったとしか思えない。名前も、家も、愛も与えられたものでしかないというのに、現実的な大きさを目にすると突然に怖くなる。
「それでも、ルオラ、シシオラ、ゼオラ、リヒド様がいれば、どこだっていける」
多くを望まなかったとしても、欲しいものが当たり前に手の届く場所にあるとは限らない。それをリズは知っている。
偏った愛し方をしているのは、いったいどちらか。彼らと世界を天秤にかけるなら、間違いなく彼らの方を選ぶ。
「連れていって」
どうすれば伝わるのかわからずに、抱きしめて告げた言葉に彼らは当然のように応えてくれる。
あの八歳の夜。無言で掴んだ指先の音と同じ。
「私も一緒に」
囲む四つの気配に腕を伸ばせば、安心できる腕で返してくれる。言葉以上の態度で、溢れる気持ちをひとつ残らず受け止めてくれる雄大な器で、最期の日まで変わらずそこにいてくれると思える力で。
『リズ様の望みのままに』
ルオラの声が高く遠く音を飛ばしていく。その音はさざ波をつれて、リズを深く溺れさせていく。不安も緊張も飲み込んで、安寧を貪る静寂の世界までゆっくりと。
夜に浮かぶ逆さ三日月が眠りにつくまで。
Fin.
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素敵なお話ありがとうございます(´˘`*)
4人に愛されるリズが羨ましい❤️
あささん!返信が遅れてすみません(T_T)
感想ありがとうございます♡羨ましいと思ってもらえる愛され感を届けられて嬉しいです。