フランクリン・ヘイズの人生

nekome

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子供時代

No.12嫌いだ

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「痛い」

ヒリヒリとする背中に容赦なく布をあてられて、ゾクゾクとする。

「怪我をしてるんだから我慢しろ」

ゴッダードさんの手から逃れようとしても、ガッチリと肩を掴まれていて動けない。
離れようとする僕を押さえて、ゴッダードさんは僕の体に包帯を巻く。

「あの人、誰だったの?」

しわくちゃの顔をした人は僕を蹴った後、何も言わずに帰ってしまった。

「お前の爺さんだよ、厳しい人だ」

「僕のおじいさん?」

「ああ、正確には、お前の父さんの父さん。お前を連れて行こうとしたんだろうな」

どうして、おじいさんは僕を連れて行こうとしたんだろう。僕はおじいさんに会ったことも、話したこともなかったのに。

「どうして分かるの?僕、おじいさんと会ったこともないし、それに、おじいさん、帰っちゃったよ?」

「今お前、何歳だ」

「六歳だよ」

僕は首を傾げた。どうしてゴッダードさんがそんなことを聞くのか、全くわからなかった。

「早ければそこら辺の子供はもう働き出している頃なんだ。あの爺さんは店をやってるから、お前を連れて行こうとしたんだろ」

働くって何だろう。何をするんだろう。

「じゃあおじいさん、どうして帰っちゃったの?支度してって言ってたのに」

「お前を見て気が変わったんだろ、ついていきたかったのか?」

僕を見下ろして、鋭い目で僕を睨むおじいさんの顔が思い浮かぶ。

「ううん、ただ気になっただけだよ。できればもう、会いたくないかな」

お腹を触ると、まだ蹴られた時の感覚が残っているような気がした。

「だろうな、相当蹴られたんだから」

僕の背中を軽くたたいて、ゴッダードさんは立ち上がった。
包帯を巻き終わったみたいだ。

「そんなに酷いけがじゃないから取れても問題はないが、できるだけ動くなよ」

そんなことを言わなくても、僕は本を読むんだから気にしなくていいのに。

本を抱えて椅子に座ると、キリキリとお腹が痛んだ。
椅子に座ったところで、僕は違和感に気づいた。いつも机の上にあるはずの蝋燭がない。
蝋燭のおかげで照らされていた机の上が、薄暗くて、見えずらい。

「ゴッダードさん、蝋燭ってどうしたの?」

「消した」

淡々と、僕に背を向けながらゴッダードさんはそう言った。

「なんで消したの?僕、本を読みたいから、またつけてほしいな」

薄暗い部屋の奥から、ゴッダードさんが出てきて、僕の目の前へと近づいた。

「すまないな、今から出かけるんだ。今日はもう寝てくれるか?」

いつになく優しい声でゴッダードさんは言う。温かい、ごつごつとした手で僕は頭を撫でられた。

「良いけど、どこに行くの?外は暗くて、もうすぐ夜になっちゃうのに」

「今は教えられない。間違っても外に出るなよ、危ないからな」

そう言ってドアを開け外に出ていくゴッダードさんは、なんだか急いでいるように見えた。

ドアが閉まって、静かな空間に、僕一人。

椅子から立ち上がって、僕はベッドへ向かい、寝転がる。
目を瞑って、暫くすると、すぐに眠ることが出来た。

ーーーーー

大きな音が耳を刺して、僕は目を覚ました。
びっくりして起き上がった瞬間に、さらに大きな怒鳴り声が部屋全体に響く。

頭を左右に動かして、部屋全体を見ようとしたけど、まだ部屋は真っ暗で、何も見えなかった。
部屋の中には誰もいない。怒鳴り声を出している人は、外にいるみたいだ。

静かに起き上がって、恐る恐るドアの近くに駆け寄った。

こっそりドアを開けると、ゴッダードさんの背中が見えた。どうやらこの怒鳴り声は、ゴッダードさんが出しているみたいだ。
もう一人誰かいるみたいだったけど、真っ暗で何も見えない。

何を話しているのか聞こうとしたけど、声が大きすぎて、何を言っているのか聞き取れなかった。

ゴッダードさんに話しかけようとするけれど、怖くてできなかった。

僕は恐る恐る外に出た。

「起こしたか?」

音を出さないように、気づかれないように出たつもりだったけど、ばれてしまった。
僕に話しかけるゴッダードさんはあんな大きな声を出しているときとは違って、とっても小さくて、優しい声。

「うん」

それが何だか不気味に思えて、声が震えてしまう。

「フランクリン」

暗闇の中から、僕の知ってる声が聞こえた。
お父さんの声だ。

「会いたかったよ!元気にしていたか?」

元気にしていたよと返したいのに、声が出せない。

声を出す代わりに、ゴッダードさんのことを掴む。
怖かった。

「どうしたの?お父さん。こんな真っ暗なのに」

「迎えに来たんだよ、お父さんは」

そんなわけなかった。
こんな真っ暗の中、来るわけないんだ。

「さあ、帰ろう?フランクリン、母さんも待っているよ」

暗闇の中から、お父さんの手が伸びてくる。
上を見上げても、お父さんの顔は見えなかった。

ゴッダードさんは、何も言わない。
ただただ、木みたいに立ち尽くしているだけだった。

僕はお父さんの手をまじまじと見る。
細くて、崩れてしまいそうな手だ。

「なんで、こんな夜に来たの?」

「帰りたくないのか?」

話が噛み合わない。胸がドクドクと騒いでいるのが分かる。

「そうじゃないよ、朝でも良かったのに、どうして今来たの?」

「早く会いたくて、だから来たんだよ」
早く会いたかったのなら、この一週間のうちに会いに来てくれたって良かったのに。
僕はゴッダードさんから離れて、後ろへ後ずさる。

「おいで」

お父さんは大きく、僕に向かって手を広げた。静かに、僕はお父さんに近づいていく。

僕の体が、お父さんの手に触れる。
それと同時にお父さんの顔が見えた。

「帰りたくない。僕、帰りたくないよ、お父さん」

別に何にも変わらなくって、少し細くなっただけなのに。
何も変わらないはずのお父さんの顔が、僕は気味が悪くて悪くて仕方なくて、急いで後ろへと下がる。

「フレディの家が、そんなに気に行ったんだな!でも大丈夫だ。またいつでも来れる」

「そういうことじゃないよ!お父さん、僕が聞いたこと、何も話してくれない」

大きく開かれていた手が、暗闇の中に消えた。
僕は頭か真っ白になって、とにかく言いたいことをお父さんへと吐き出し続けた。
お父さんが目の前にいるかもわからないけれど、僕は叫んだ。

「嘘つきなお父さんなんて……」

嫌いだ。そう言う前に僕はゴッダードさんに手で口を塞がれた。

ゴッダードさんは僕の背中に手を当てて、後ろに向かせる。

ドアを開けて、家の中に入る。

家の中に入って、閉まろうとするドアの隙間から見たときに、外には誰もいないように見えた。
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