日本と皇國の幻争正統記・好色秘伝

坐久靈二

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外伝『選良魂殺』

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 たけづきこうこく軍の士官学校に入って数年がった。
 中央から離れた村で全ての可能性をとざされて一生を終えるはずだった少女は、自らの足で運命の箱庭から飛び出した先で、美しく咲き誇ろうとしていた。
 数少ない女子の身ながら動機の中でも三傑と称され、二人の男と首席を争っていたのだ。
 選良エリートとして将来を嘱望される立場になった彼女は、確信を深めていた。

わたしは間違っていなかった)

 少尉待遇で軍に配属された彼女は、格納庫の中で自身に割り当てられた巨大なロボット兵器「どうしんたい」を見上げていた。
 どうしんたいの中でも最大規模の「ちようきゆう」は、彼女が早くも一人前の兵士として認められたあかしであり、初任務を前にした彼女の胸は誇らしさで満ち満ちていた。
 この格納庫には彼女の機体の他にも六機のどうしんたいが配備されている。
 しかし、彼女の機体は他の仲間達からの注目を集めていた。

「我々を差し置いて、新兵の分際で最新鋭機を与えられるとはな」
「まあ、女をういじんで死なせるのは寝覚めが悪いという上の配慮だろう」

 づきは背後で男が話すやっかみのささやき声を聞いて、逆に気分を良くしていた。
 村でもそうだった。
 勉学で、運動で、武道で、けんで、自分にかなわなかった男どもは決まって最後に負け惜しみとして女をするのだ。

(悔しいだろうな。ちらとしてはお前達が嫉妬すればする程に優越感が込み上げて来るよ)

 づきは考える。
 これから自分は軍で多くの戦果を挙げ、前線を退いた後は持ち前の頭脳で軍の中枢を担うのだろう。
 自分にはその素養があった。
 あの日、家の方針に逆らい女として村に埋もれない道を選んだかげで、一人の優秀な人材が国家に功を立てることが出来るのだ。

わたしの決意がこうこくに大きな益をもたらす。逆に、村やたけ家のふるい考えがどれだけの損失を生んだことか。正しかったのはわたしだ。いずれはわたしが社会を正しい道へと導こう)

 づきの前方には夢ばかりが広がっているように思えた。
 これから任務として戦場に出るのに、既に彼女は将来のことを考えて浮かれ気分だった。

たけ中尉、いよいよ初出撃だな」
「隊長」

 そんな彼女に、隊長のおおいし大尉が声を掛けた。
 今回、新型の機体が割り当てられたのはづきと隊長の二人だけだ。

「だが油断するなよ。今回、はんらんを起こした『そうせんたいおおかみきば』はこうこく最大のはんぎやく組織だ。やつらは旧式とはいえどうしんたいを持ち、中には腕利きの操縦士も居ると聞く」
「隊長、わたしは今までただの一度も油断したことなどありませんよ。士官学校の訓練から既に、油断も隙もない相手ばかりでした」

 同期で首席を争った彼女達は、こうこく始まって以来の逸材達と評されていた。
 いわく黄金世代、曰く不世出の三傑。
 彼女が競い合った環境は刹那の油断も許されないものだった。

「そうか、ならばその心を更に研ぎ澄まして挑め。何処どこまで行っても訓練は訓練、実戦とは違うのだからな」
「肝に銘じておきます」

 口ではこう言っているし、頭でも理解はしている。
 しかし、彼女は心の奥底で間違い無く慢心していた。
 それが彼女に取り返しの付かない事態を招いてしまうのだ。

「総員、出撃準備! おのおのどうしんたいに搭乗せよ!」

 隊長の号令で、づき達はそれぞれの機体に乗り込んだ。
 づきは訓練の時と外観が違う真新しい操縦席に胸を弾ませていた。

「これが最新鋭ちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌ……! 十年越しに実用化された皇太子殿下の発案機……!」

 こうこく皇太子・かみえいは不世出の天才であるという。
 その彼が考案したちようきゆうどうしんたい・ミロクサーヌは従来の機体をはるかに上回る性能が期待されていたが、技術的な問題で長らく実用化されていなかった。
 今回、ようやく国家の技術力が天才に追い付き、その緒戦の操縦士としてづきが選ばれたのだ。

これほどの栄誉があるだろうか。わたしは、たけづきは選ばれた存在なんだ!)

 づきは胸からあふた誇らしさをむ様に深く息を吸った。
 そして、それを声として吐き出す。

たけ中尉、ミロクサーヌ、出ます!」

 旧型を駆る仲間達に混じり、づきのミロクサーヌが格納庫から大空へと飛び出した。



    ⦿⦿⦿



 づき達の任務は、東北地方で暴動を主導したそうせんたいおおかみきばの本拠地をたたくことだった。
 軍は既に敵が暴動に乗じてどうしんたいを動かし、自治体を占拠しようとしているという情報をつかんでいた。
 そのため、鎮圧に彼女達が向かわされたのだった。

 づき達のちようきゆうどうしんたいは超音速で北上する。
 そんな中、づきは不満を抱いていた。

(遅い……)

 新型機を与えられた彼女の機動力は部隊で頭一つ抜けている。
 隊長機も新型機だが、そちらは火力重視のガルバケーヌと呼ばれる機体だ。
 どうしんたいの操縦士は感覚が機体と接続される為、速度を周囲に合わせている状況に、彼女は身体的ないらちを覚えていた。

 づきが敵影を見付けたのはそんなときだった。
 ちようきゆうどうしんたいどうそうさいのうが備わっており、レーダーをほぼ完全に無効化する。
 それで、操縦士自らの感覚で索敵しなくてはならないのだ。
 彼女のその能力は隊で最も優れていた。

「隊長、敵機を視認しました。ちようきゆう三機です」
『よーし、よくやったたけ中尉! 総員、戦闘準備』

 隊長から戦闘に備えるよう命令が入った。
 しかし、はやづきは我慢の限界だった。
 自分とこの機体なら、高々三機の敵ごとき難なく撃破出来る――その確信があったからだ。

「隊長、此処はわたしにお任せください。敵三機は全てロクサーヌの旧式です。二世代前の機体に負けやしません」
『なっ!? 待て中尉! 早まるんじゃない!』

 隊長の制止を振り切り、づきのミロクサーヌは一気に加速した。
 ミロクサーヌは新式ロクサーヌに代わる新型として期待されている。
 その最新鋭機を駆りながら、今更旧式ロクサーヌに後れを取るとは思えない。

わたしこうこくの未来を背負う選良エリートだ! 叛逆者の落ちこぼれ共に負けるものかよ!」

 づきは自機の拳を向け、腕に備わった光線砲ユニットの砲口の狙いを定めた。
 そして、射撃。
 ミロクサーヌは機動力重視の機体とは言え、火力でも従来の機体とは一線を画する。
 彼女に狙われた敵機ロクサーヌは一撃で胴部を貫かれ、爆発四散した。

あいも無い! このまま一気に全滅してやる!」

 だがその瞬間、敵の一機がすさまじい速度でづきの機体に接近してきた。

「えっ!?」

 づきは虚を突かれた。
 それもその筈、その加速は彼女が旧式ロクサーヌに想定していた挙動を大きく逸脱して凄まじかった。
 ミロクサーヌの周囲を飛び回る敵機に、づきはすっかり翻弄されていた。

『隊長の命令を無視して独断専行……典型的な青二才だな。機体性能は怪物級だが、操縦士が追い付いていない。ならばこのこんごうさとるのロクサーヌ改で充分とせる!』
めるな!」

 づきは機体の右手に日本刀状の切断ユニットを持ち、動き回る敵に振るった。
 しかし彼女の攻撃は難なくかわされ、反対にロクサーヌ改の切断ユニットがミロクサーヌの背中に打ち付けられた。
 敵は此方の浮力と水力の要である飛行具と呼ばれるブースターを破壊するつもりだ。

「うぐっ!」
『切断ユニットの刃が一撃で通らんとは、信じられん頑強さだ。だが、何度か斬れば問題無いな』
「ふざけるな!」

 こんな筈は無い、こんな――良い様にやられているづきは焦り始めていた。
 そんな彼女が闇雲に振るう刃が敵を捕えられる筈も無い。
 敵ロクサーヌ改は回避行動と共にミサイルを発射し、ミロクサーヌの飛行具を爆砕した。

「ぐああああっ!!」

 落下する、撃墜された――平衡感覚を失う中、づきとつに脱出機能を作動させた。
 なおだまと呼ばれる九畳の操縦室が機体から射出され、落下傘をひろげる。

たけ中尉!』

 隊長の呼び掛けに、づきは答える言葉が無かった。
 なんという失態か。
 しかし、事態は更に悪化する。

『残る敵はおれが掃討する。お前は敵のなおだまを回収し、かくれに戻れ』
『承知しました、同志こんごう

 その後、敵のロクサーヌ改はづきの隊を全滅させた。
 二機の敵はそれぞれ新型機ミロクサーヌとガルバケーヌの操縦室を回収し、自分達の隠処へと戻って行く。
 づきの身柄はそうせんたいおおかみきばの手に落ちた。
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