日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第七十八話『畏影悪迹』 急

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 その時、土瀝青アスファルトに倒れていたわたりんで血を噴き出した。

わたり!?」

 わたるわたりもとへ駆け寄り、膝を突いて顔をのぞむ。
 息はあるが既にか細く、顔色もあおめていて、見るからに衰弱していた。

こと、救急車を呼んでくれ!」

 わたる如何いかわたりといえども公正に裁かれるまで死ぬべきではないと思っていた。
 それ故、命があるならば可能な限り助けたい。
 しかし、わたりはそんなわたるの手をつかんで首を振る。

「やめろ……。そんなことを……しても……無駄だ……」
「何を言っているんだ!」
「解るん……だよ。おれは……助からん……。何か……死が……死という因果……そのものが……埋め込まれた様な……ぐはっ!」

 途切れ途切れに言葉を紡ぐわたりだったが、それすらも吐血が遮る。
 うつろなには、彼に忍び寄る死の影がおぼろながら確実に宿っていた。

わたり、もうしやべるな! おいこと!」
「もう呼んだわ。但し、わたし達の同僚をね。そいつはもう死ぬ。救急車は間に合わないわ」

 わたりを見下ろすことの眼は冷淡だった。
 憎しみもさげすみも無く、ただ死という現実だけを見据えていた。

 一方で、わたりことの言葉を聞いて安心した様に笑った。
 そしてその眼は、わたるのことをぐに見上げている。

さき……もり……」

 わたりの眼に光が宿る。
 両の瞳にはわたるの姿がはっきりと映されている。
 まるで、さいに見る相手に選んだかの様に。
 彼はわたるの姿に何を重ねているのだろうか。

「……」

 わたりは口をわずかに動かし、何かを言おうとしていた。
 しかし、はや声も出ていない。
 そしてそのまま何かに納得した様に、ゆっくりと目を閉じて動かなくなった。

わたり……」

 わたりりんろうは死んだ。
 この男が居なければ、わたるの運命が回り出すことは無かっただろう。
 六月初旬、彼はわたるを拉致し、わたるや仲間達に様々な理不尽を強い、蛮行を働き、傷付け、辱め、そして犠牲を出した。
 わたるが日本とこうこくの争いに巻き込まれたのは、まさにそれがきっかけである。

 わたりに擁護の余地は無い。
 わたるもこの男にれんびんなどは感じていない。
 だがそれでも、さきもりわたるという人間の人生と運命を語る上で、わたりりんろうを欠くことは出来ないだろう。
 今この瞬間、わたるの人生の一端がしゆうえんを迎えたのだ。

 わたりりんろうの生涯は、愚かなあやまちに満ちたものだった。
 そのどんちょうは、自ら宿敵と定めた男に見守られながら重く下ろされた。



    ⦿⦿⦿



 死の間際、わたりりんろうは答えに辿たどいていた。
 それは、彼が犯した過ちの一つである。

 不可解であった。
 さきもりわたるに対する評価を改めたのは、そのじゆつしきしんが驚異的であったからだ。
 使用経験のある武器を生成する能力――それはどうしんたいの切断ユニットや光線砲ユニットにまで適応され、恐るべき力を発揮した。

 しかし、わたるずみふたの能力やけんしんの能力まで使って見せた。
 これは奇妙なことである。
 武器の定義が広いのは解る、他人の能力を武器判定するのも解る、だがそれらが使用済みであるはずが無い。
 他人の能力を使ったことがある訳がないのだから。

 ……本当にそうだろうか。
 何か一つ、重大な思い違いをしているのではないか。
 武器生成の能力は、わたるじゆつしきしんの本質ではない――そうは考えられないか。
 わたるの真の能力とは、実は他人の能力を使用する方にあるのではないか。

 そう考えたとき、わたりは理解した。
 わたるが自分との戦いで使用し、脅威と認識した能力が、本当は誰のものだったのか。
 どのような条件付けで、わたるに使用出来る他人の能力が決まるのか。

 そうせんたいおおかみきばに入ったる筋の情報にると、けんしんは既に死亡し、ずみふたは戦線を離脱している。
 つまり二人とも、しんを失って自らの能力使用出来ない状態になっている。
 おそらくこれが一つ目の条件だろう。

 では、おりりようはどうか。
 わたるの仲間だったおりは、殺人罪から逃れるべくこうこく内に雲隠れしようとしていたが、策が外れて土生はぶあきと戦うことになった結果、相打ちとなり死亡している。
 そのおりりようの能力を使う気配が無かったのは何故なぜなのか。

けんしんずみふたが満たしていて、おりりようが満たしていない条件……一つ思い当たることがある。あの時、おりだけは自らっていない……)

 そう、もう一つの条件とは、わたるの前で自らの名を言っていることだ。
 拉致被害者は最初の小屋で順々に自己紹介していったが、おりりようだけはその前に正体を明かされていて自ら名告っていないのだ。
 
 もう少し捕捉すると、一つ目の条件である本人の能力使用不能は、わたるがその相手の能力を使用出来るようになるきっかけであって、以降は仮令たとえ本人のじゆつしきしんが復帰しても変わらずわたるにも使用可能である。
 二つ目の条件である名告りは、わたるしんを身に付けるまでに行った者だけが対象になるため、彼がとうえいがんを飲んで以降に名告ったわたりりんろうはたは対象外となる。
 そして、わたるが使用出来る能力は実際に彼が本人の能力使用を見たものに限る。

 閑話休題、話を戻そう。
 では、わたるじゅつしきしんだと思われていた武器生成能力の、本来の持ち主は誰だったのか。
 わたるとうえいがんを飲むまでに自らの名を言い、そして能力が使えなくなった者は誰なのか。

(そうだ、あの時自己紹介をしようと言い出したのは……。あの時、崩落する小屋の中で起きたことは……。崩落の結果、く死んでしまったのは……)

 わたりは完全に思い出した。
 崩落する小屋の中、確かに一人の少女の体が光を放った。
 あれはじゆつしきしんる能力発動の光だった。
 しかし、能力は発動したものの何も起こらず、光の主は崩落に耐えられずに死んでしまったのだ。

(崩落で死んだ餓鬼、はらひなはあの時、じゆつしきしんの能力を発動させたのか……)

 かつて聞いたことがあった。
 しんの覚醒は、まれに逆順で起こる。
 通常は第一段階で耐久力が強化され、第二段階で身体能力が強化され、第三段階で異能が発現する。
 しかし、これが逆順になってしまうと第一段階で異能が発現するが、耐久力は常人と変わらないままとなってしまう。

(だから、崩落に耐えられなかった。おれを敗北させた能力は、その時にさきもりわたるへと移ったのだ。おれは、最初に殺し顧みもしなかったはらひなの能力によってたたきのめされた)

 ……いや、違う――わたりは思い直した。
 自分を打ち倒したのはまぎれも無くさきもりわたるだ。
 全てのかけを組み上げ、自分を初めとした汎ゆる困難を打ち倒す力へと完成させたのはさきもりわたるの胆力だ。

 彼にたまたまそれを可能にする能力が備わっていた――それを才能と呼ぶことも出来るだろう。
 多くの偶然が積み重なり彼にそれを可能にさせた――それを運命と呼ぶことも出来るだろう。
 それらの影響も無視は出来ないだろう。
 だが、それらだけでは決してこの様な結果になっていない。

さきもりわたる……貴様は何より、決して諦めない心で運命を引き寄せた。生きて祖国に帰るという、不可能に思える偉業を成し遂げた!)

 わたりいよいよ、死に抱き締められようとしていた。
 そんな中で、最期に思い返す。

 不可能に思える願いを、志を、決して折れない心でかなえてみせる。
 のみならず、信じて従い付いて来た者達をも同じ境地へと連れて行く。
 それこそは、わたりりんろうが嘗て求めた物語そのものだった。
 とどのつまり彼は、自らの父親に「さきもりわたる」であって欲しかったのだ。

(貴様はおれにとって父親の理想像だった……。貴様の様な男が存在するのなら、おれの愛した物語もまたうそではない……。貴様の様な男に出会え、見守られながら死んでいけるのなら、おれの様な男には充分過ぎる最期だろう……)

 そしてわたりの目の前に、男女の幻があらわれた。
 父親と母親である。

(まさか……迎えに来てくれたのか? おれの様な男を、本当の家族としてれてくれるのか?)

 しかし、両親は彼に背を向けてしまった。
 そしてそのまま、二人は別々の方向へと歩いて行った。

(駄目か……そうだよな。おれの家族は壊れていたんだから。おれもまた、家族を壊してしまったのだから。本当の家族を拒絶したのはおれの方なのだから。おれに家族はとっくに居ない。おれは独りで死に、魂は永遠に独りで……)

 わたりの思念はここで途切れた。



    ⦿⦿⦿



    ⦿⦿



    ⦿



 九月七日の朝、きゅうはホテルでさきもりわたるに電話を掛けていた。

「済まない、ついさっきメッセージを読んだ。夜遅くに大変だったな。く対応してくれた。後の処理はB班に引き継がせるから、きみ達A班は他の者の捜索に当たってくれ」

 深夜、のスマートフォンにはわたりとの間に起こった一連の出来事を報告するメッセージが入っていた。
 喜ばしいのは、そうせんたいおおかみきばでもしゆりようДデーに次ぐ実力者・わたりりんろうたおすことが出来たこと。
 それから、つきしろさくと接触して重要な情報を引き出せたことだ。
 ただ、可能ならばわたりのことは生かして捕え、おおかみきばが潜伏する場所の情報を得たかった。

きみつきしろから聞いた情報は参考になる。出張先を追加しなければならないな。日程が延びてしまい、迷惑を掛ける」

 今、は岡山県に滞在していた。
 というのも、おとせいの僅かな手掛かりであるけのひろむしの出身が現在の岡山県和気町なのだ。
 彼は地元に伝わる伝承や、この地ならではの研究を求め、神社や資料館、研究施設に聞き込みを行っていた。

 しかし成果はあまりかんばしくない。
 おとつながる情報は全く得られていない。

「そういえば、こうこくからの和平交渉特使が昨日到着したことは知っているか? そう。その中に、今回の捜査に協力してくれる人材が随伴しているらしい。出来れば今日、ホテルで顔を合わせておいて欲しい。中々に有能な者達らしく、連携が捜査の鍵になってくるだろうからな。ああ、よろしく頼む。また連絡する」

 は通話を終えると、一つ息を吐いた。

けのひろむしが引き取ったという孤児、それを多く生み出したふじわらのなかの乱を追ってみても手掛かりが無かった。ひろむしきよを調べようと思ったが、くないな。まるで雲を掴む様な話だ……」

 今日も既に訪問の予定が入っており、担当者から貴重な歴史的資料について説明を受けることになっている。
 しかし、あまり期待は出来ないだろう。

「此処での予定は明日までになっているから、それが済んだら岡山からは引き上げてつきしろの方を当たってみるか……。氏……ネットでめぼしい訪問先が解るだろうか……」

 はスマートフォンを操作した。

「ふむ、南北朝時代ではくすの氏との縁が言い伝えられているのか……。そこから足を運んでみよう」

 は溜息を吐いた。
 おとつきしろが気にもめなかった影響とぎょうせきかに残されていることを祈るばかりである。
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