日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第七十九話『合流』 序

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 九月七日月曜日、朝。
 日本国、都内高級ホテルのエントランスで、四人の若い女が少女の様な風体の女を見送ろうとしていた。
 出迎えにはこれまた高級リムジンが待機しており、出発しようとしているのが重要人物であると、遠目にもうかがることが出来る。

とおどう様、行ってらっしゃいませ」

 見送りの一人・メイド服のはたこうこく六摂家当主・とおどうあやに頭を下げた。
 とおどうはこれから、日本国の首相官邸でしば総理と停戦講和の交渉へと向かう。

「今日、午後に現地の者達と合流する話が付いておる。我は見てやれんが、くれぐれも先方に迷惑を掛けるでないぞ」

 とおどうは特に、見送りの一人・ごくに向かってくぎを刺した。
 相変わらず胴着にスパッツという場違いな格好をしている彼女は、とおどうの前でこそ愛想良く振る舞っている。
 しかし、本性は暴力的且つ身勝手で腹黒く、とおどうの見ていないところでを突然殴ったり、日本国で会うことになる誰かに対して良からぬ事をたくらんでいたり、危うい裏を持っている。
 最高位の貴族として海千山千のとおどうは、そんなの内面を見通しているからこそ、改めて念を押す。

めいひのもとこうこくと同じ日本で、国民性や風俗がよく似ておる。しかし、我らにとってはあくまで外国だということを忘れてはいかん。そのためはんぎやく者の掃討にはどうしても現地の協力が必要不可欠じゃ。下手に先方とめてはならん。誇り高き貴族としてさわしい振る舞いをもつて節度ある接し方をすること、わかっておろうな」
もちろんですよ、とおどう様!」

 く通る大きな声で答える。
 こうしていると、ただの行き過ぎたてんむすめに見える。
 だがとおどうはそんなしばしじっと見据え、そして残る二人の方へと視線を移した。

ひらつじびゆまん、お前達もわきまえるのだぞ。勿論はたも、誰一人として先方といさかいを起こさんようにな」
「委細承知」
わたしも、とおどう様の期待は裏切りませんわ」
かしこまりました」

 とおどうは実質、他の三人にを強くいましめる様に言い含み、リムジンに乗り込んだ。
 発車するリムジンを、四人は笑顔で見送る。

「あー、とおどう様が行ってしまったということは、午後までわたし達だけですね」

 が意味深にほくんだ。
 侮りを多分に込めた横目でのことを仰ぎ見ている。
 の顔が青くなるのを見て、の口角は更につり上がる。

はたさんはちらの連中と知り合いなんですよね? 良かったらどういう人達なのか、お話を聞かせてもらえませんか?」
「それは……勿論……」

 が言葉を詰まらせる理由、それは三人と合流したからの彼女の扱いにあった。
 ごく家は伯爵、ひらつじびゆまん両家は子爵、対してはた家は男爵の家格を持つ。
 つまりはこの中で最も格下である。

 それを良いことに、を使用人の様に扱っていた。
 しかも、気に入らないことがあればすぐに手が出るのだ。
 ひらつじびゆまんれいも、暴力が余程度を超さない限り、基本的にを止めようとしない。
 を統御出来るとおどうはたった今、和平交渉という重要な仕事に出掛けてしまった。

「それにしても、不愉快ですよね」

 エントランスからロビーに戻った四人だったが、が周囲を見渡して顔をしかめた。
 このホテルは彼女達の貸し切りという訳ではなく、ロビーには裕福な者達が今日の予定に向けて出掛けようとしている。
 こうこく臣民の彼女達に用意されただけあって、海外からの客に対し円滑に対応出来る優れたホテルであるらしく、ロビーには外国人の姿も見られる。
 これは、こうこくではあり得ない光景である。

「このわたし達が蛮族と同じ宿泊施設だなんて……」

 こうこくでは日本の国家主義が徹底されており、国内で外国人を見ることはほとんど無い。
 また民族主義故に、日本人以外を蛮族と呼びさげすむ風潮もあるのだ。

「確かに不快」
こうこくでは考えられないことですわね」

 れいに同調する。
 と次の瞬間、は突然の脇腹に肘打ちを入れてきた。

「あぐっ!」
「無視するな。はたさんはどう思うんですか?」
「申し訳……御座いません。びゆまん様と同じく、こうこくでは見ない光景に『外国に来たのだ』と実感しています……」

 の扱いは、昨日からこの調子である。

「ずっと捕虜だった癖に今更ですね。貴女あなたから此方での振る舞い方を教わるようにと言われましたが、頼りないです」
「申し訳御座いません」

 四人はひとず、エレベーターの方へ向かった。
 この後、十四時にさきもりわたる達が彼女達を訪問する。



    ⦿⦿⦿



 十四時少し前、三人の人物がホテルのロビーでソファにすわり待機していた。
 きゅうからの要望で、特別警察特殊防衛課のうち三人がこうこくから送られて来た戦士達と面会することになっていた。

「随分良いホテルですね、びやくだんさん」

 案内されて訪れた当初、わたるはホテルの格に面食らった。
 つい先日までわたる達が滞在していたビジネスホテルとは大違いである。
 今回こうこくから派遣された面々は和平交渉特使も兼ねているので、扱いが丁重になるのも当然だろう。

「SNSじゃたたかれてますけどねー。敵国に良いホテルを用意するのはおかしい、だなんて言われちゃってます」
「やれやれね……」

 うることは溜息を吐いた。

 そんなりをしていると、四人の人影が近付いてきた。
 その中の一人に見知った顔を認めたわたる達は立ち上がる。
 はたと共に現れた三人の女達が、話に効いているこうこくの戦士達だろう。

 と、突如その中の一人が飛び掛かってきた。
 胴着を着た茶髪の少女・ごくが瞬時に間合いを詰め、拳を振るう。
 乾いた激しい音が響く。
 わたるが気付いた時には、の拳がことに受け止められていた。

「一応くわね、何のつもり……?」

 の拳をつかことの眼は鋭い光を宿している。
 すさまじい威圧感に、脇のわたるされていた。
 しかし、相対しているは全く動じていない。

貴女あなたうるの女でしょう? ごく家の敵、この場で始末させてもらいます!」

 は次なる攻撃を仕掛けようと、ことの手を勢い良くほどく。
 いな、振り解こうとした。
 しかしその時、ロビーに嫌な音が響いた。

「あ痛アアアアアッッ!?」

 振り解けなかったのだ。
 ことの握力はそんな生易しいものではなかった。
 は腕の勢いで肩を脱臼してしまい、痛みにつくばっていた。
 勿論、しんって脱臼は程無くして治るのだが、苦痛まで消える訳ではない。

「何やってんだ、この?」

 わたるは勝手に自滅して涙目になっているあきれてつぶやいた。
 そしてふと、彼女の顔付きがどことなくことと似ていることに気が付き、両者の顔を見比べる。
 違いは髪の色と、ことよりも若干丸く垂れた目、それから雰囲気も少し幼い。

びやくだんさん、この知ってます?」
ごくさん、戦争中に急逝したごくやす元遠征軍大臣のお孫さんです。彼はうるさんをごく家に招き入れようとした大叔父でもありますので、彼女はうるさんの再従妹はとこということになりますねー」

 びやくだんあげことから逃れようと必死に腕を引くを横目に、残る二人の紹介を始める。

「あちらの、背の高い金髪へきがんの女性がびゆまんれいさん」
「初めまして、御機嫌良う」
「隣にいらっしゃる猫の縫い包みを抱えたかたひらつじさん」
よろしく。ちなみにわたしは十七歳、が十八歳、れいが十九歳」

 わたるれいに一礼した。

さきもりわたるです。それとこっちは……」

 続いてことを紹介しようとしたが、ちらでは今もいている。
 矢継ぎ早に拳と蹴りを繰り出すだが、全てことに軽々とかわされていた。
 勿論、片手は取ったままだ。

「中々っ……はぁーっ……はぁーっ……やりますねぇっ! しかし……ぜぇーっ……ぜぇーっ……これは……どうですかッ!!」

 は息を切らしながら、ことの力を利用して技を掛けようとする。
 が、ことはそれを見抜いていたかのように手を放し、更にの手首を掴んで逆に関節技を掛けた。

「がああああ‼」

 は極められた腕の痛みにもんぜつする。
 けんを仕掛けるにはあまりにも相手が悪かった。
 は弱々しくことももを叩く。

「痛いイイイイ!」
「そりゃ関節極めてるんだもの当然よね。もっとする?」
「いぎゃああああ無理いいい折れるううう‼」
「折れてもすぐ治るんだから平気でしょ?」
「や、やめっ」
「という訳で一回折っとくわね」
「あぎいいいいいッッ‼」

 の腕から骨の折れる音がした。
 相変わらずことは容赦が無い。
 こうこくの新華族令嬢達はみなそろってドン引きしていた。
 しかし、二人の「じゃれ合い」はなおも続く。

「あギャーッ!! ちょっ、つながった瞬間に折らないでっ……ンギャーッ!! もうやめてもうやめてオギャーッ!!」

 の腕から何度も何度も骨の折れる音が鳴り、その度に悲痛な叫びが上がっていた。
 しんは殆どの損傷をたちまち治してしまうが、逆にそれは同じ部位が短時間で何度でも故障し得るということでもある。
 そして痛みまでは消えないので、場合によってはこういう悲惨な目に遭うのだ。

こと、もう許してあげたら?」

 余りの無体に、見かねたわたるが遠慮がちに声を掛けた。
 すがるような眼で彼を見上げている。
 しかし、ことは繋がったの骨を折りながら、悲鳴を上げる彼女には目もくれず答える。

「許してあげるのもやぶさかではないけど、このにもそれなりの態度ってものがあるでしょう? これから一緒に組むことを考えると、いきなり手を出してくるような不安要素は残しておけないし、ケジメは必要だと思うの」
「まあ言わんとすることは解るけども、ねえ、ほら……」

 わたることに周囲に目を向けるよう促す。
 の大騒ぎによってこの一団は耳目を集めていた。
 しかし、彼女はそれでも首を縦に振らない。

びやくだんさんがいるでしょう」
「はえ⁉」

 指名されたびやくだんは驚いた様子で声を上げた。
 確かに彼女の幻惑能力ならば、この光景を衆目から隠すことが出来る。

「いやまあ、この状況ですし隠しますけど……」
「ありがとうございます。という訳で、心置き無く続けられるわね」
「い、嫌あーっっ‼」

 残酷な宣告と共に、再び乾いた音と絶叫が響く。
 わたるびやくだんは溜息を吐いた。
 に同行してこうこくからやって来たれいなどは立ち竦んで絶句している。

「待っでッ……! 待っでぐだざいっ……!」

 ことの腕折りが一旦止まった。
 は顔を涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃにしながら、濁った声で問い掛ける。

「どおずれば許じで貰えまずがっ……⁉」
貴女あなたね、そんなことも分からないの? ごく伯爵家のりつな親御さんも、それくらい教育してくれたでしょう」
「あ、謝っだらやめでぐれまずがっ……⁉」

 ことはほんの少し眉を顰めて目を閉じ、溜息を吐いた。

「言質を取ろうとするのは気に入らないけど、わたしも鬼じゃないしそれで手打ちにしてあげるわ」

 拘束から解放されたは一瞬顔色をうかがう様な眼でことみことを見上げた。
 そしてすくめるような視線におじづいたのか、すぐに体を丸め、震えながら膝を突き、手と額を地に着けた。
 おそらく伯爵家に生まれ、恵まれた暴力とそれに伴う実績から好き放題してきたが、初めて行うであろう土下座である。

「ごめんなざい。もう二度とじまぜん」
「……別に土下座まで要求したつもりは無かったわ」

 それはどうにか絞り出した涙声の謝罪だった。
 ことにしてみれば言葉さえ貰えれば良かったのだろう。
 しかし、何度も腕を折られるうちに心まで折れてしまった結果、必然そうしてしまったのだ。

「と、とりあえず一件落着ということで、移動しましょうかー」
「移動、ですか?」

 わたるはこの場をさっさと切り上げるようにまとめようとするびやくだんに問い掛けた。

「実はこの後、リモートでさんと繋ぐ様に言われていまして、会議室を取ってあるんですよー」
「へえ……」
「まあ時間はまだあるので、その間に親交を深めてくれれば、と思ったんですが……」

 びやくだんは、れいの二人に支えられて放心状態のに目を遣った。

「……まあ、彼女は参加出来そうにないですね」
「ですねー。自分ので反省しておいて貰いますか……」

 はそのままれいに連れられて客室行きのエレベーターの方へと引っ込んでいった。
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