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第四章『朝敵篇』
第七十八話『畏影悪迹』 破
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現在・九月七日深夜に時を戻す。
日本国東京、交差点へと出た岬守航と屋渡倫駆郎の前に現れたのは、推城朔馬だった。
武装神為によって形成された槍『菊水龍尾ノ長鑓』を携えており、既に臨戦態勢である。
「なんでお前が此処に居るんだ!」
航は推城に強く問い掛けた。
以前、航は皇國の甲公爵邸で推城と戦っている。
つまり、どういう手段でかこの男は皇國から日本へと渡ってきたのだ。
「甲の邸宅では世話になったな、岬守航」
推城は航の質問に答えない。
その出で立ちから、航にとって良くない動機でこの場に現れたらしい。
巨躯も相俟って、強烈な威圧感を醸し出している。
航は甲公爵邸での対決を思い出していた。
あの時、結果は武器破壊で航の勝利だった。
しかし、実質的には偶々勝ちを譲ってもらった様なものだった。
紙一重の所で槍に貫かれなかっただけだった。
(この男は強い。未だに底を見せていない)
航は全身の感覚が告げる警告に従い、摺足で構えて右手に光線砲ユニットを形成した。
推城が襲い掛かってきた瞬間に迎え撃てるよう、準備は万端だ。
そんな航を余所に、推城は徐に空いている左手を顔の前へと持って来た。
指で作った輪を通して屋渡の姿を覗く。
「屋渡よ、貴様は仁志旗蓮を消した時点で用済みだ。生かしておくのは不安要素が大きかった。今、烏都宮警察署でし損じた始末を付けてやろう」
推城の言葉が終わった瞬間、屋渡は口から血を吐いて倒れた。
「屋渡!? お前、一体何をした!」
「狡兎死して走狗烹らるというだけのこと。同時に、警告も兼ねてある。余計なことを詮索すると、貴様も早死にすることになる。折角泰平の世が来ようというのに、態々杞憂に悩むこともあるまい」
推城は悪びれもせず不敵に笑っていた。
航の胸の内に、何故か怒りが込み上がってくる。
屋渡の為ではなく、「狡兎死して走狗烹らる」などと他人を使い捨てるような言い種が不愉快だった。
それを材料に、明らかに何か不穏な暗躍を隠しながら何事も無いと嘯いて脅しを掛けてきたことも莫迦にしている。
「推城、生憎今は神為を使って日本に脅威を齎す相手と戦うことを仕事にしているんだ。狼ノ牙は全員残らず捕えなければならない」
航は右拳を、光線砲の砲口を推城に向けた。
「お前が狼ノ牙を利用して何か良からぬことをしていたのなら、当然お前もその対象になる!」
「ほう……」
推城もまた、槍を構えた。
「よくぞ言った。貴様がそう来るのなら私も受けて立とう。屋渡の様な殺し方はせん! 武士の作法として、戦にて甲公爵邸での借りを返そうではないか!」
二人の間の空気が張り詰める。
周囲の風が渦巻き、線上の空気を振り撒く。
睨み合う二人の闘気が交錯し、残暑を冷ましていく。
「行くぞ!」
推城は猛然と航に襲い掛かってきた。
以前の戦いの様に、意表を突いた仕掛け方を警戒していた航は正面から向かってきた相手に対して逆に驚かされた。
光線砲の備わった籠手で辛うじて槍を裁くも、顔の横を掠めて切れた茶髪が足下に散らばる。
(疾い! 甲邸の時よりも遙かに!)
一度の刺突で航は察した。
甲公爵邸の戦いで、推城は手を抜いていたのだ。
未だ底を見せていないという航の推測は正しかった。
推城は凄まじい速度で槍の刺突を乱れ打ってきた。
あまりの激しさに、航は防戦一方となる。
捌くので精一杯、反撃どころではない。
航は左腕にも光線砲ユニットを形成したが、攻撃の為というよりは防御の手が欲しかった。
(このままじゃ駄目だ! どうする?)
航はどうにか反撃の糸口を掴もうとする。
しかし、推城という男はただ闇雲に槍の攻撃を繰り出してくるばかりではない。
「フンッ!!」
推城は地面を蹴り、土瀝青の礫を飛ばしてきた。
槍を捌くので精一杯だった航は、礫を一発腹に受けてしまった。
その怯んだ隙を、推城は見逃さない。
槍は真直ぐ、航の額を捕えた。
「むっ!?」
だが推城は目を瞠る。
槍は額を貫けずに止められていた。
間一髪、航は額に小さな鏡の障壁を形成して攻撃を防いでいたのだ。
腹部も鏡の障壁によって礫の衝突から守られていた。
「掴んだぞ!」
航はこの隙を逃さず、右手で推城の槍を取って引き込もうとした。
土壇場まで鏡の障壁を形成する虎駕憲進の能力を隠し、槍の攻撃を掻い潜る千載一遇の機を作ろうとした。
このまま一気に懐に入り、左手の光線砲で推城を撃ち抜く――それが航の見出した策だった。
だが推城はビクともしない。
それどころか、槍を振り上げて逆に航の身体を持ち上げる。
虚を突かれたにも拘わらず瞬時に働かせた機転と、航を全く寄せ付けない剛力――航の策を推城の力量が上回った。
航は槍から手を離し、空中から推城を狙って光線砲を放つ。
しかし推城はこれも難なく躱す――筈だった。
が、推城の足には地面から伸びた木の蔓が絡み付いていた。
光線砲は推城の右肩から脇までを僅かに抉った。
「ぐうッッ!!」
木の蔓に足を取られて躱し切れなかった推城の表情が苦痛に歪む。
航はその隙に釣竿を形成し、釣糸を電柱に絡み付ける。
更に、地面から小さな木を生やして釣糸を引っ掛ける。
航の身体はワイヤーアクションの要領で勢い良く宙を駆け、推城の目の前に降り立った。
「喰らえ!」
そして、射撃。
航の腕から放たれた光の筋が推城の左胸を貫き、夜空の向こうへと駆け上がっていった。
上空へと向ける光線砲は地面に向ける場合と異なり市街地を破壊する危険が低く、気兼ねなく出力を高めることが出来る。
流石の推城も体を宙に浮かせ、後へ飛んで仰向けに倒れた。
(良し……!)
恐ろしく手強い相手だったが、手応えはあった。
戦場を経験した航は最早止めを躊躇わない。
屋渡の時とは異なり、確実に心臓を狙って仕留めた。
だが航は何故か胸に去来する不安を感じてならなかった。
「ふむ……」
左胸を撃ち抜かれた推城は平然と起き上がった。
口から血を流し、胸に穴を開けながらも不敵に笑っている。
「なっ、嘘だろう?」
「意識の虚を突く駆け引き、多様な手札を切る上での戦略性、刹那の隙を逃さぬ勝負勘、不測の事態の対応力、迷い無く撃つ覚悟……見事なものだ。私が只人であったならば絶命は免れなかったであろう」
言葉とは裏腹に、推城の胸の穴はすぐに塞がってしまった。
航は驚愕を禁じ得なかった。
「推城朔馬……お前は一体何者なんだ……?」
「何を驚いている? 私が八社女征一千の同志であると言うことは既に知っているのではないか? 八社女も私も、死んだくらいでは死なないというだけの話だ」
傷の癒えた推城は再び槍を構えた。
「だから言ったのだ、要らぬ気を起こして詮索すると早死にするだけだと。戦いが始まった時点で、貴様はこの私の『菊水龍尾ノ長鑓』に血を吸われる以外に道は無い」
苦難の末にどうにか勝てたと思っていたが一転、航は勝ち筋を失ってしまった。
如何なる策を的中させようと、相手が不死身ではどうすることも出来ない。
絶体絶命、という他無いだろう。
しかしその時、一陣の風が二人に吹付けた。
何者か、凄まじい強者の気配がこの場に急接近している。
気配の主は空の彼方から二人の間に降り立った。
同時に、推城に向けて拳を振るう。
「ぬっ!!」
推城は拳を槍の柄で受け流した。
だが拳の破壊力はあまりにも大きく、推城は大きく後方に蹌踉めいた上に槍を圧し折られていた。
「貴様は……!」
「私の航を手に掛けようだなんて、良い度胸をしているわね」
そこに立っていたのは麗真魅琴だった。
長い黒髪を靡かせ、堂々たる強者の佇まいである。
突然の来訪者に、推城の笑みが消えた。
一気に分が悪くなったと悟ったのだろう。
「魅琴、来てくれたのか」
「嫌な神為を感じたのよ。間に合って良かったわ」
以前、魅琴は航と屋渡の戦いの場に駆け付け、絶体絶命の危機を救ってくれた。
こと航の身の危険に対しては、魅琴の勘は冴え渡るのだろう。
「四方や二度までも『菊水龍尾ノ長鑓』を折られるとはな。こうなっては流石の私も退却せざるを得まい」
「逃がすとでも?」
魅琴は推城に一歩、躙り寄る。
しかしそれを意に介さず、推城は航と魅琴に背を向けた。
「私が只人として生きたのは後亀山帝の頃。当時の名は、津田左馬権助正熊。調べたとて出て来はしない。事績は津田氏や郎党達と混同されて伝わっていると聞いている」
「何……?」
推城が吐いた突然の言葉に、航は困惑を隠せなかった。
一方で、魅琴は冷静に構える。
「どういうつもり?」
「私を撤退に追い込んだ貴様ら二人に敬意を表し、己の素性を少しだけ話してやったまでのこと。嘗て八社女がそうした様にな」
推城の体が透けていく。
「では、さらばだ」
「ま、待て!」
航の呼び掛けに応じることなく、推城はその場から忽然と姿を消してしまった。
結局、まんまと逃がしてしまった。
しかしそれよりも、二人には気になる事が生じてしまっていた。
「魅琴、後亀山帝って……」
「南朝最後の天皇ね」
「八社女も和氣廣虫がどうのこうのと言っていたな。奈良時代に、南北朝時代か。一体、何がどうなっているんだ……」
通常ならば到底信じられるような話ではない。
だが八社女と推城の不気味な雰囲気と異様なまでの耐久力・恢復力があり得ない様な話にも説得力を持たせてしまっている。
深夜の風が不穏に逆巻く。
深い闇が、影に蠢く恐るべき気配を彩っていた。
日本国東京、交差点へと出た岬守航と屋渡倫駆郎の前に現れたのは、推城朔馬だった。
武装神為によって形成された槍『菊水龍尾ノ長鑓』を携えており、既に臨戦態勢である。
「なんでお前が此処に居るんだ!」
航は推城に強く問い掛けた。
以前、航は皇國の甲公爵邸で推城と戦っている。
つまり、どういう手段でかこの男は皇國から日本へと渡ってきたのだ。
「甲の邸宅では世話になったな、岬守航」
推城は航の質問に答えない。
その出で立ちから、航にとって良くない動機でこの場に現れたらしい。
巨躯も相俟って、強烈な威圧感を醸し出している。
航は甲公爵邸での対決を思い出していた。
あの時、結果は武器破壊で航の勝利だった。
しかし、実質的には偶々勝ちを譲ってもらった様なものだった。
紙一重の所で槍に貫かれなかっただけだった。
(この男は強い。未だに底を見せていない)
航は全身の感覚が告げる警告に従い、摺足で構えて右手に光線砲ユニットを形成した。
推城が襲い掛かってきた瞬間に迎え撃てるよう、準備は万端だ。
そんな航を余所に、推城は徐に空いている左手を顔の前へと持って来た。
指で作った輪を通して屋渡の姿を覗く。
「屋渡よ、貴様は仁志旗蓮を消した時点で用済みだ。生かしておくのは不安要素が大きかった。今、烏都宮警察署でし損じた始末を付けてやろう」
推城の言葉が終わった瞬間、屋渡は口から血を吐いて倒れた。
「屋渡!? お前、一体何をした!」
「狡兎死して走狗烹らるというだけのこと。同時に、警告も兼ねてある。余計なことを詮索すると、貴様も早死にすることになる。折角泰平の世が来ようというのに、態々杞憂に悩むこともあるまい」
推城は悪びれもせず不敵に笑っていた。
航の胸の内に、何故か怒りが込み上がってくる。
屋渡の為ではなく、「狡兎死して走狗烹らる」などと他人を使い捨てるような言い種が不愉快だった。
それを材料に、明らかに何か不穏な暗躍を隠しながら何事も無いと嘯いて脅しを掛けてきたことも莫迦にしている。
「推城、生憎今は神為を使って日本に脅威を齎す相手と戦うことを仕事にしているんだ。狼ノ牙は全員残らず捕えなければならない」
航は右拳を、光線砲の砲口を推城に向けた。
「お前が狼ノ牙を利用して何か良からぬことをしていたのなら、当然お前もその対象になる!」
「ほう……」
推城もまた、槍を構えた。
「よくぞ言った。貴様がそう来るのなら私も受けて立とう。屋渡の様な殺し方はせん! 武士の作法として、戦にて甲公爵邸での借りを返そうではないか!」
二人の間の空気が張り詰める。
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推城は猛然と航に襲い掛かってきた。
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光線砲の備わった籠手で辛うじて槍を裁くも、顔の横を掠めて切れた茶髪が足下に散らばる。
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甲公爵邸の戦いで、推城は手を抜いていたのだ。
未だ底を見せていないという航の推測は正しかった。
推城は凄まじい速度で槍の刺突を乱れ打ってきた。
あまりの激しさに、航は防戦一方となる。
捌くので精一杯、反撃どころではない。
航は左腕にも光線砲ユニットを形成したが、攻撃の為というよりは防御の手が欲しかった。
(このままじゃ駄目だ! どうする?)
航はどうにか反撃の糸口を掴もうとする。
しかし、推城という男はただ闇雲に槍の攻撃を繰り出してくるばかりではない。
「フンッ!!」
推城は地面を蹴り、土瀝青の礫を飛ばしてきた。
槍を捌くので精一杯だった航は、礫を一発腹に受けてしまった。
その怯んだ隙を、推城は見逃さない。
槍は真直ぐ、航の額を捕えた。
「むっ!?」
だが推城は目を瞠る。
槍は額を貫けずに止められていた。
間一髪、航は額に小さな鏡の障壁を形成して攻撃を防いでいたのだ。
腹部も鏡の障壁によって礫の衝突から守られていた。
「掴んだぞ!」
航はこの隙を逃さず、右手で推城の槍を取って引き込もうとした。
土壇場まで鏡の障壁を形成する虎駕憲進の能力を隠し、槍の攻撃を掻い潜る千載一遇の機を作ろうとした。
このまま一気に懐に入り、左手の光線砲で推城を撃ち抜く――それが航の見出した策だった。
だが推城はビクともしない。
それどころか、槍を振り上げて逆に航の身体を持ち上げる。
虚を突かれたにも拘わらず瞬時に働かせた機転と、航を全く寄せ付けない剛力――航の策を推城の力量が上回った。
航は槍から手を離し、空中から推城を狙って光線砲を放つ。
しかし推城はこれも難なく躱す――筈だった。
が、推城の足には地面から伸びた木の蔓が絡み付いていた。
光線砲は推城の右肩から脇までを僅かに抉った。
「ぐうッッ!!」
木の蔓に足を取られて躱し切れなかった推城の表情が苦痛に歪む。
航はその隙に釣竿を形成し、釣糸を電柱に絡み付ける。
更に、地面から小さな木を生やして釣糸を引っ掛ける。
航の身体はワイヤーアクションの要領で勢い良く宙を駆け、推城の目の前に降り立った。
「喰らえ!」
そして、射撃。
航の腕から放たれた光の筋が推城の左胸を貫き、夜空の向こうへと駆け上がっていった。
上空へと向ける光線砲は地面に向ける場合と異なり市街地を破壊する危険が低く、気兼ねなく出力を高めることが出来る。
流石の推城も体を宙に浮かせ、後へ飛んで仰向けに倒れた。
(良し……!)
恐ろしく手強い相手だったが、手応えはあった。
戦場を経験した航は最早止めを躊躇わない。
屋渡の時とは異なり、確実に心臓を狙って仕留めた。
だが航は何故か胸に去来する不安を感じてならなかった。
「ふむ……」
左胸を撃ち抜かれた推城は平然と起き上がった。
口から血を流し、胸に穴を開けながらも不敵に笑っている。
「なっ、嘘だろう?」
「意識の虚を突く駆け引き、多様な手札を切る上での戦略性、刹那の隙を逃さぬ勝負勘、不測の事態の対応力、迷い無く撃つ覚悟……見事なものだ。私が只人であったならば絶命は免れなかったであろう」
言葉とは裏腹に、推城の胸の穴はすぐに塞がってしまった。
航は驚愕を禁じ得なかった。
「推城朔馬……お前は一体何者なんだ……?」
「何を驚いている? 私が八社女征一千の同志であると言うことは既に知っているのではないか? 八社女も私も、死んだくらいでは死なないというだけの話だ」
傷の癒えた推城は再び槍を構えた。
「だから言ったのだ、要らぬ気を起こして詮索すると早死にするだけだと。戦いが始まった時点で、貴様はこの私の『菊水龍尾ノ長鑓』に血を吸われる以外に道は無い」
苦難の末にどうにか勝てたと思っていたが一転、航は勝ち筋を失ってしまった。
如何なる策を的中させようと、相手が不死身ではどうすることも出来ない。
絶体絶命、という他無いだろう。
しかしその時、一陣の風が二人に吹付けた。
何者か、凄まじい強者の気配がこの場に急接近している。
気配の主は空の彼方から二人の間に降り立った。
同時に、推城に向けて拳を振るう。
「ぬっ!!」
推城は拳を槍の柄で受け流した。
だが拳の破壊力はあまりにも大きく、推城は大きく後方に蹌踉めいた上に槍を圧し折られていた。
「貴様は……!」
「私の航を手に掛けようだなんて、良い度胸をしているわね」
そこに立っていたのは麗真魅琴だった。
長い黒髪を靡かせ、堂々たる強者の佇まいである。
突然の来訪者に、推城の笑みが消えた。
一気に分が悪くなったと悟ったのだろう。
「魅琴、来てくれたのか」
「嫌な神為を感じたのよ。間に合って良かったわ」
以前、魅琴は航と屋渡の戦いの場に駆け付け、絶体絶命の危機を救ってくれた。
こと航の身の危険に対しては、魅琴の勘は冴え渡るのだろう。
「四方や二度までも『菊水龍尾ノ長鑓』を折られるとはな。こうなっては流石の私も退却せざるを得まい」
「逃がすとでも?」
魅琴は推城に一歩、躙り寄る。
しかしそれを意に介さず、推城は航と魅琴に背を向けた。
「私が只人として生きたのは後亀山帝の頃。当時の名は、津田左馬権助正熊。調べたとて出て来はしない。事績は津田氏や郎党達と混同されて伝わっていると聞いている」
「何……?」
推城が吐いた突然の言葉に、航は困惑を隠せなかった。
一方で、魅琴は冷静に構える。
「どういうつもり?」
「私を撤退に追い込んだ貴様ら二人に敬意を表し、己の素性を少しだけ話してやったまでのこと。嘗て八社女がそうした様にな」
推城の体が透けていく。
「では、さらばだ」
「ま、待て!」
航の呼び掛けに応じることなく、推城はその場から忽然と姿を消してしまった。
結局、まんまと逃がしてしまった。
しかしそれよりも、二人には気になる事が生じてしまっていた。
「魅琴、後亀山帝って……」
「南朝最後の天皇ね」
「八社女も和氣廣虫がどうのこうのと言っていたな。奈良時代に、南北朝時代か。一体、何がどうなっているんだ……」
通常ならば到底信じられるような話ではない。
だが八社女と推城の不気味な雰囲気と異様なまでの耐久力・恢復力があり得ない様な話にも説得力を持たせてしまっている。
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