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第四章『朝敵篇』
第七十八話『畏影悪迹』 序
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それは凡そ二箇月前、七月二日のことであった。
丁度、岬守航が森の奥、第二皇女・龍乃神深花と出会った日である。
武装戦隊・狼ノ牙は脱走者を追い迫っていたが、離れた地点では別の動きがあった。
神聖大日本皇國は北界道十四州の最果て、想谷州には、武装戦隊・狼ノ牙が嘗て本拠地とした第一天獄楼と呼ばれる拠点が在る。
既に打ち捨てられ、蛻の殻となったその場所を、一人の男が訪れていた。
仁志旗蓮――武装戦隊・狼ノ牙に潜入した日本国防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の諜報員である。
(根尾さん、すみません。合流する前に、どうしても調べておかなければならないことがあるんです……)
根尾弓矢からは、既に狼ノ牙から離脱するように言われていた。
しかし、彼の諜報員としての勘が、絶対に掴んでおかなければならない情報を取り残していると告げていた。
それを確かめないまま、取るべき情報を取らずして帰還することは、彼の職業意識が許さなかったのだ。
(私はプロだ。身の安全を確保するのは勿論のこと、それでいて尚、危険を顧みず情報を得なければならない)
仁志旗は荒れ果てて埃を被った廊下を歩く。
この拠点は、巫璽山麓に構えられた現在の本拠地・第六天獄楼よりも遙かに広い。
山荘を模した現本部に対し、旧本部はちょっとした基地であった。
(物証が残っているとすれば此処だ。私が感じた狼ノ牙の疑問、その答えが屹度在る筈だ……)
潜入任務の一環として皇國の革命家をより完璧に演じる為、仁志旗は武装戦隊・狼ノ牙の成り立ちを調べた。
その中で、彼は奇妙なことに気が付いたのだ。
嘗てヤシマ人民民主主義共和国政府は神皇の政治勢力に選挙で敗れ、内乱も鎮圧された。
残党勢力は国家主席だった道成寺公郎と首相だった久地縄穂純を残してほぼ壊滅し、返り咲きの目は無いと言うところまで追い詰められた。
しかし、或る時期を境に武装戦隊・狼ノ牙と名を改めた彼らは闇に潜り、皇國最大の叛逆組織として勢力を盛り返した。
奇妙なのは、僅かな記録から同じ時期に首領補佐・八社女征一千らしき人物の合流が見られることだ。
八社女は現首領と参謀の祖父世代から組織に属しているというのか。
それにしてはあまりにも若過ぎる。
老化して尚少年少女の様な姿を保てるのは、神皇や六摂家当主の様な、皇國でも限られた上位の神為を持つ者だけの筈だ。
実年齢に比べるとまだまだ若々しいとはいえ、首領Дこと道成寺太や久地縄元毅はある程度、中年には相当する容姿をしている。
(首領Дと久地縄は祖父の生まれ変わりに等しい存在だということだが、八社女もそうなのか? いや、しかし……私の勘が、八社女は二人共根本的に異質な存在だと告げている。第一、「八卦衆」という首領や参謀の秘密を知らされる程の幹部になって尚、八社女のことは殆ど判らない。首領以上に秘匿される存在、何も無いとは思えない)
仁志旗は極めて優秀な諜報員である。
その調査能力は、謎に包まれた八社女の密会現場を突き止めた程だ。
密会していた四人、その中には六摂家当主にして前首相・甲夢黝の秘書である推城朔馬が居た。
そして更に調べていくうちに、「神瀛帯熾天王」と呼ばれる四人組が皇國の皇族・反政府勢力・政界・そして軍に潜んで、何かを企んでいるらしいということが解った。
これは何か、とんでもないものが出てくるのではないか――そう感じた仁志旗は、狼ノ牙の八社女について深追いしていくこととなったのだ。
八社女について判っているのは、武装戦隊・狼ノ牙の結成初期から関わっているということである。
そこで、この始まりの地に残された物証から手掛かりを得ようとしているのだ。
(この扉はなんだ? 随分と広い部屋に通じているようだが……)
仁志旗は大きな引き戸を開いた。
そこは混凝土の上にボロボロの畳が敷き詰められ、格闘訓練用の人形が捨て置かれた、道場の様な空間だった。
人形は神皇を模してあり、道成寺達の憎悪が窺い知れる。
屹度この場所で、彼らは復讐を願って日々己を鍛えていたのだろう。
「ふむ……」
仁志旗は部屋の隅に投げ捨てられた人形を隈無く調べた。
一見すると何の変哲も無い物体だが、プロの諜報員の調査能力に掛かればこれだけでも多くのことが判る。
(この傷に残された神為、道成寺太のものによく似ている。人形の色褪せ具合から年代を推察しても、この傷を付けたのは道成寺公郎で間違いは無い。傷の程度から見て、まだ練度の低い時期だ……)
仁志旗は人形を脇に置き、畳の上に転がる別の人形を手に取った。
(一見同じ、神皇の姿を模した人形……。此方は先程と比べてかなり年代が離れている。しかし、傷の質に変化は殆ど無い。つまり、道成寺は長期間あまり神為の扱いが向上していない。だが……)
仁志旗はこれも脇に置くと、今度は部屋の中央に散らばる人形の破片を手に取った。
(一撃でバラバラにされた人形、技の質が別次元に上昇している。しかし、人形の年代は先程のものとほぼ同じ。これらから判ることは、道成寺の力は或る時期に見違える程成長しているということだ。不自然な程に。そしてその時期は、首領補佐・八社女征一千との接触時期と一致する。八社女が力を与えたとすれば、辻褄が合ってしまう……)
そして、仁志旗は中央の畳に手を掛けた。
畳を捲り上げると、その裏には地下へと続く階段が隠されていた。
「先程から気になっていたが、やはりか……」
仁志旗はこの部屋に入った瞬間から、中央の畳が僅かに沈んでいることを見破っていた。
当然、仁志旗は階段を降りていく。
態々隠していたということは、この先には何か封印すべき秘密があるに違いない。
階段は意外と短く、物置と繋がっていた。
「うっ……!」
そこに打ち捨てられていた物を目の当たりにした仁志旗は絶句した。
白骨化した死体の山――それも状態から見て、拷問の末に殺害されている。
(明らかに人為的に折られている……! 何と惨いことを……!)
物置に立ち入ろうとした仁志旗の足が何かを踏んだ。
数枚の束ねられた紙、黝ずんだ手形の血痕がこびり付いた名簿であった。
(これは……!)
仁志旗は驚愕した。
その名簿には、批判声明と思しき内容が併記されていたのだ。
『我々は武装戦隊・狼ノ牙からヤシマ人民民主主義共和国を取り戻す。
道成寺と久地縄は尊敬すべき先人であったが、あの八社女と接触して道を踏み外した。我々の志は日本人民による社会主義国家を再建することであり、狼ノ牙が唱えるような、日本民族から国家を剥奪するなどという暴論に与するものではない。
狼ノ牙は日本民族から日本民族性を抹消することで真新な世界市民に生まれ変わらせ、そこから真の革命を始めるのだ、などと嘯くが、八社女の真意はそのような綺麗事ではない。八社女は真に日本民族の絶滅を目論んでいる。そして道成寺と久地縄もまた、八社女に感化されて同調している。
事此処に至っては、最早道成寺と久地縄に我々革命軍を率いる資格は無いと見做さざるを得ない。我々は道成寺・久地縄・八社女の三名に自己批判と革命軍主導権の譲渡を要求すべく、団結するものである』
批判文に目を通した仁志旗の手が震えている。
道成寺や久地縄の目的が日本民族から国家を剥奪することだというのは、八卦衆の立場故に聞かされている。
そこに、彼ら曰く「狗の民族」たる日本人への憎悪と蔑視が多分に含まれていることも察している。
だが、絶滅というのは初耳だった。
そして一連の思想が、八社女征一千によって吹き込まれたものであるということも。
(おそらく此処に打ち捨てられた死体は、道成寺達との主導権争いに敗れた者達。この名簿は、殺された誰かが持っていたものだろう。死体となってこの場所に捨てられる瞬間まで隠していたのだ。しかし、なんということだ……!)
仁志旗の脳裡に嫌な想像が生まれた。
武装戦隊・狼ノ牙が八社女征一千の操り人形であるならば、真の黒幕は「神瀛帯熾天王」なる四人組ということになる。
その四人は、皇國の重要な機関にそれぞれ潜り込んでいる。
汎ゆる角度から皇國に働きかけ、謂わばマッチポンプを仕掛けて動かすことが出来る。
「『神瀛帯熾天王』……こいつらのやろうとしていることは……! 皇國を裏から操り、時空を超えて異なる世界線へと進出させ、汎ゆる世界の日本人同士を争わせる! その果ての目的は……!」
あまりの推測に、仁志旗は周囲への警戒心を保つことが出来ていなかった。
その僅かな隙が命取り、彼は何者かに後から刺し貫かれた。
「がはっ……!!」
腹部を貫通していたのは、見覚えのある槍だった。
仁志旗は自らの失態と下手人の正体を察した。
「屋渡っ……!」
「こんな所で何をしている? この裏切り者、いや鼠が!」
仁志旗の素性は既に八社女に割れており、刺客として屋渡倫駆郎が放たれていた。
肉の槍が引き抜かれ、仁志旗は白骨死体の中へと派手に倒れた。
(ぐ、糞!)
仁志旗は必死で藻掻く。
せめて自分の調べ上げた情報を少しでも伝えるべく、電話端末を操作して一枚の画像を上司の根尾へと送信する。
操作の途中、二度目の刺突が仁志旗を貫いた。
「ぐはっ! だ、誰の指示だ……八社女か?」
「貴様が知る必要は無い」
更なる刺突、仁志旗は震える手でどうにか操作を終えた。
皇國の電話端末は国中に満たされた神為に依って送受信される為、皇國内に限り圏外になることは無い。
しかし、仁志旗は愈々指一本動かせなくなっていた。
「莫迦め……お前、お前も……消されるぞ……!」
「心配するな。俺の地位は保障されている。貴様と脱走者を始末しさえすればな」
「違う……! 此処は、武装戦隊・狼ノ牙は革命組織なんかじゃない……! 想像を絶する邪悪に……加担することになるぞ……!」
更にもう一発、これが止めとなった。
「揚……羽っっ……!」
仁志旗が最期に口にしたのは、孤児院で共に育った白檀揚羽の名だった。
その掠れた声を最期に、仁志旗は動かなくなった。
屋渡は事切れた仁志旗を嘲る様に鼻を鳴らすと、振り返って階段を昇っていった。
そしてこの建屋を含む旧本部・第一天獄楼は蓄えられていた灯油を撒かれ、仁志旗の死体ごと跡形も無く燃やし尽くされてしまった。
丁度、岬守航が森の奥、第二皇女・龍乃神深花と出会った日である。
武装戦隊・狼ノ牙は脱走者を追い迫っていたが、離れた地点では別の動きがあった。
神聖大日本皇國は北界道十四州の最果て、想谷州には、武装戦隊・狼ノ牙が嘗て本拠地とした第一天獄楼と呼ばれる拠点が在る。
既に打ち捨てられ、蛻の殻となったその場所を、一人の男が訪れていた。
仁志旗蓮――武装戦隊・狼ノ牙に潜入した日本国防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の諜報員である。
(根尾さん、すみません。合流する前に、どうしても調べておかなければならないことがあるんです……)
根尾弓矢からは、既に狼ノ牙から離脱するように言われていた。
しかし、彼の諜報員としての勘が、絶対に掴んでおかなければならない情報を取り残していると告げていた。
それを確かめないまま、取るべき情報を取らずして帰還することは、彼の職業意識が許さなかったのだ。
(私はプロだ。身の安全を確保するのは勿論のこと、それでいて尚、危険を顧みず情報を得なければならない)
仁志旗は荒れ果てて埃を被った廊下を歩く。
この拠点は、巫璽山麓に構えられた現在の本拠地・第六天獄楼よりも遙かに広い。
山荘を模した現本部に対し、旧本部はちょっとした基地であった。
(物証が残っているとすれば此処だ。私が感じた狼ノ牙の疑問、その答えが屹度在る筈だ……)
潜入任務の一環として皇國の革命家をより完璧に演じる為、仁志旗は武装戦隊・狼ノ牙の成り立ちを調べた。
その中で、彼は奇妙なことに気が付いたのだ。
嘗てヤシマ人民民主主義共和国政府は神皇の政治勢力に選挙で敗れ、内乱も鎮圧された。
残党勢力は国家主席だった道成寺公郎と首相だった久地縄穂純を残してほぼ壊滅し、返り咲きの目は無いと言うところまで追い詰められた。
しかし、或る時期を境に武装戦隊・狼ノ牙と名を改めた彼らは闇に潜り、皇國最大の叛逆組織として勢力を盛り返した。
奇妙なのは、僅かな記録から同じ時期に首領補佐・八社女征一千らしき人物の合流が見られることだ。
八社女は現首領と参謀の祖父世代から組織に属しているというのか。
それにしてはあまりにも若過ぎる。
老化して尚少年少女の様な姿を保てるのは、神皇や六摂家当主の様な、皇國でも限られた上位の神為を持つ者だけの筈だ。
実年齢に比べるとまだまだ若々しいとはいえ、首領Дこと道成寺太や久地縄元毅はある程度、中年には相当する容姿をしている。
(首領Дと久地縄は祖父の生まれ変わりに等しい存在だということだが、八社女もそうなのか? いや、しかし……私の勘が、八社女は二人共根本的に異質な存在だと告げている。第一、「八卦衆」という首領や参謀の秘密を知らされる程の幹部になって尚、八社女のことは殆ど判らない。首領以上に秘匿される存在、何も無いとは思えない)
仁志旗は極めて優秀な諜報員である。
その調査能力は、謎に包まれた八社女の密会現場を突き止めた程だ。
密会していた四人、その中には六摂家当主にして前首相・甲夢黝の秘書である推城朔馬が居た。
そして更に調べていくうちに、「神瀛帯熾天王」と呼ばれる四人組が皇國の皇族・反政府勢力・政界・そして軍に潜んで、何かを企んでいるらしいということが解った。
これは何か、とんでもないものが出てくるのではないか――そう感じた仁志旗は、狼ノ牙の八社女について深追いしていくこととなったのだ。
八社女について判っているのは、武装戦隊・狼ノ牙の結成初期から関わっているということである。
そこで、この始まりの地に残された物証から手掛かりを得ようとしているのだ。
(この扉はなんだ? 随分と広い部屋に通じているようだが……)
仁志旗は大きな引き戸を開いた。
そこは混凝土の上にボロボロの畳が敷き詰められ、格闘訓練用の人形が捨て置かれた、道場の様な空間だった。
人形は神皇を模してあり、道成寺達の憎悪が窺い知れる。
屹度この場所で、彼らは復讐を願って日々己を鍛えていたのだろう。
「ふむ……」
仁志旗は部屋の隅に投げ捨てられた人形を隈無く調べた。
一見すると何の変哲も無い物体だが、プロの諜報員の調査能力に掛かればこれだけでも多くのことが判る。
(この傷に残された神為、道成寺太のものによく似ている。人形の色褪せ具合から年代を推察しても、この傷を付けたのは道成寺公郎で間違いは無い。傷の程度から見て、まだ練度の低い時期だ……)
仁志旗は人形を脇に置き、畳の上に転がる別の人形を手に取った。
(一見同じ、神皇の姿を模した人形……。此方は先程と比べてかなり年代が離れている。しかし、傷の質に変化は殆ど無い。つまり、道成寺は長期間あまり神為の扱いが向上していない。だが……)
仁志旗はこれも脇に置くと、今度は部屋の中央に散らばる人形の破片を手に取った。
(一撃でバラバラにされた人形、技の質が別次元に上昇している。しかし、人形の年代は先程のものとほぼ同じ。これらから判ることは、道成寺の力は或る時期に見違える程成長しているということだ。不自然な程に。そしてその時期は、首領補佐・八社女征一千との接触時期と一致する。八社女が力を与えたとすれば、辻褄が合ってしまう……)
そして、仁志旗は中央の畳に手を掛けた。
畳を捲り上げると、その裏には地下へと続く階段が隠されていた。
「先程から気になっていたが、やはりか……」
仁志旗はこの部屋に入った瞬間から、中央の畳が僅かに沈んでいることを見破っていた。
当然、仁志旗は階段を降りていく。
態々隠していたということは、この先には何か封印すべき秘密があるに違いない。
階段は意外と短く、物置と繋がっていた。
「うっ……!」
そこに打ち捨てられていた物を目の当たりにした仁志旗は絶句した。
白骨化した死体の山――それも状態から見て、拷問の末に殺害されている。
(明らかに人為的に折られている……! 何と惨いことを……!)
物置に立ち入ろうとした仁志旗の足が何かを踏んだ。
数枚の束ねられた紙、黝ずんだ手形の血痕がこびり付いた名簿であった。
(これは……!)
仁志旗は驚愕した。
その名簿には、批判声明と思しき内容が併記されていたのだ。
『我々は武装戦隊・狼ノ牙からヤシマ人民民主主義共和国を取り戻す。
道成寺と久地縄は尊敬すべき先人であったが、あの八社女と接触して道を踏み外した。我々の志は日本人民による社会主義国家を再建することであり、狼ノ牙が唱えるような、日本民族から国家を剥奪するなどという暴論に与するものではない。
狼ノ牙は日本民族から日本民族性を抹消することで真新な世界市民に生まれ変わらせ、そこから真の革命を始めるのだ、などと嘯くが、八社女の真意はそのような綺麗事ではない。八社女は真に日本民族の絶滅を目論んでいる。そして道成寺と久地縄もまた、八社女に感化されて同調している。
事此処に至っては、最早道成寺と久地縄に我々革命軍を率いる資格は無いと見做さざるを得ない。我々は道成寺・久地縄・八社女の三名に自己批判と革命軍主導権の譲渡を要求すべく、団結するものである』
批判文に目を通した仁志旗の手が震えている。
道成寺や久地縄の目的が日本民族から国家を剥奪することだというのは、八卦衆の立場故に聞かされている。
そこに、彼ら曰く「狗の民族」たる日本人への憎悪と蔑視が多分に含まれていることも察している。
だが、絶滅というのは初耳だった。
そして一連の思想が、八社女征一千によって吹き込まれたものであるということも。
(おそらく此処に打ち捨てられた死体は、道成寺達との主導権争いに敗れた者達。この名簿は、殺された誰かが持っていたものだろう。死体となってこの場所に捨てられる瞬間まで隠していたのだ。しかし、なんということだ……!)
仁志旗の脳裡に嫌な想像が生まれた。
武装戦隊・狼ノ牙が八社女征一千の操り人形であるならば、真の黒幕は「神瀛帯熾天王」なる四人組ということになる。
その四人は、皇國の重要な機関にそれぞれ潜り込んでいる。
汎ゆる角度から皇國に働きかけ、謂わばマッチポンプを仕掛けて動かすことが出来る。
「『神瀛帯熾天王』……こいつらのやろうとしていることは……! 皇國を裏から操り、時空を超えて異なる世界線へと進出させ、汎ゆる世界の日本人同士を争わせる! その果ての目的は……!」
あまりの推測に、仁志旗は周囲への警戒心を保つことが出来ていなかった。
その僅かな隙が命取り、彼は何者かに後から刺し貫かれた。
「がはっ……!!」
腹部を貫通していたのは、見覚えのある槍だった。
仁志旗は自らの失態と下手人の正体を察した。
「屋渡っ……!」
「こんな所で何をしている? この裏切り者、いや鼠が!」
仁志旗の素性は既に八社女に割れており、刺客として屋渡倫駆郎が放たれていた。
肉の槍が引き抜かれ、仁志旗は白骨死体の中へと派手に倒れた。
(ぐ、糞!)
仁志旗は必死で藻掻く。
せめて自分の調べ上げた情報を少しでも伝えるべく、電話端末を操作して一枚の画像を上司の根尾へと送信する。
操作の途中、二度目の刺突が仁志旗を貫いた。
「ぐはっ! だ、誰の指示だ……八社女か?」
「貴様が知る必要は無い」
更なる刺突、仁志旗は震える手でどうにか操作を終えた。
皇國の電話端末は国中に満たされた神為に依って送受信される為、皇國内に限り圏外になることは無い。
しかし、仁志旗は愈々指一本動かせなくなっていた。
「莫迦め……お前、お前も……消されるぞ……!」
「心配するな。俺の地位は保障されている。貴様と脱走者を始末しさえすればな」
「違う……! 此処は、武装戦隊・狼ノ牙は革命組織なんかじゃない……! 想像を絶する邪悪に……加担することになるぞ……!」
更にもう一発、これが止めとなった。
「揚……羽っっ……!」
仁志旗が最期に口にしたのは、孤児院で共に育った白檀揚羽の名だった。
その掠れた声を最期に、仁志旗は動かなくなった。
屋渡は事切れた仁志旗を嘲る様に鼻を鳴らすと、振り返って階段を昇っていった。
そしてこの建屋を含む旧本部・第一天獄楼は蓄えられていた灯油を撒かれ、仁志旗の死体ごと跡形も無く燃やし尽くされてしまった。
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