日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十話『襲撃』 破

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 病院内という狭い空間にいて、まゆづきじゆつしきしんは能力の真価を発揮出来ない。
 飛行能力が封じられてしまう上、こういう建築物には法律上の義務として一定以上の火気に反応して作動する消火装置が備わっており、火力を上げ過ぎると能力自体を発動出来なくなってしまう。
 この戦い、まゆづきは最初から非常に不利な状況にあった。

はなわたりに匹敵する革命戦士。能力が知られている以上、解っているはず……)

 まゆづきあと退ずさった。
 実のところ、彼女は前回はなにほぼ完敗している。
 とおどうが割り込んでになったものの、むちで体を縛られるところまで行っている。
 はなの能力の性質上、それは敗北と同義であった。

「威勢良く出て来た割にはビビっているようだな。当然か。あの時、わたしはこの鞭でお前を縛った。そしてこの鞭には、触れた者を毒で侵す能力がある。もしあの時と結果が同じなら、今度は容赦無く毒殺してやろう」

 はなが髪の毛を束ねた鞭を片手ににじる。

「今、この場の地の利はわたしにある!」

 猛毒の鞭がまゆづきに襲い掛かる。
 はなの能力は髪の毛を伸ばし束ねて、猛毒の鞭を作り出すことだ。
 この毒は即効性こそ無いものの、戦いが続く中でじわじわと体をむしばみ衰弱させる。
 しんが万全の状態であればそれ程時間を掛けずにどく出来るが、鞭を受ける度に毒の効き目は増していき、衰弱も早まっていく。

 まゆづきは火力を極限まで抑え、小さな翼から黒い結晶弾を発射した。
 一発、二発の結晶弾でははなの鞭さばきを前にたたとされてしまう。
 数を打てば鞭をくぐってはなまで届くが、的中したとてこの威力では決定打には程遠い。

(高火力は出せない一方、長期戦になっても不利……。全く、厄介な状況ね……)

 はなの鞭は結晶弾を防ぎつつもまゆづきに幾度と無く襲い掛かり、脅かす。
 まゆづきの能力は攻撃力・回避力は抜群なのだが、防御力には乏しい。
 一発、二発と鞭の先端がまゆづきの体をかすめ、服の破れからどす黒いあざのぞいていた。

「狭い場所でよくかわすな。なら奥の手で一気に決着を付けてやる!」

 そう言うとはなは鞭の先端を一度手元に戻した。
 そして先端と柄を張り伸ばし、まゆづきに狙いを定める。

べんまんじゅしゃ

 鞭がまゆづきに向けて飛んできた。

(今までと何が違うというの?)

 まゆづきは鞭の動きを見極め、攻撃を躱そうとする。
 だが先端が到達する直前、鞭は突如無数に枝分かれしてひろがった。
 それは丁度、巨大な彼岸花の様に。
 分かれた鞭は廊下を完全に覆い、まゆづきの逃げ道を塞いでしまったしまった。

そもそも、わたしの鞭は元々髪の毛を束ねたもの! 故に、いくらでも分裂させることが出来る! 更に、一発の被弾でお前を侵す毒の効力は束ねているときと変わらない! 肉を打つ一瞬で鞭全体から毒を送り込むからな! さあ、めつ打ちにしてやる!」

 はなの鞭は肉を打つ瞬間、毒の侵食と再生産を同時に行う。
 つまりこの分裂した鞭であっても、一発らえば一発分、十発喰らえば十発分の毒がまゆづきを襲うことになる。
 ただでさえ既に何発かもらっているところ、これ程の攻撃を受けてしまうと、それだけで致死量に達してしまってもおかしくはない。

「だったら!」

 まゆづきえて前へと踏み出した。
 鞭がどれ程大量に分裂しようが、元は一本に束ねられたものである。
 つまり、手元に迫ればまとめてつかむことが出来る。

「くっ!」

 そしてはなの能力は、わたりやりとは違い変幻自在という訳ではない。
 あくまでも彼女の巧みな鞭捌きでじゆうおうじんに操っているだけで、根元の動きを封じられれば先端だけで相手を狙うような芸当は不可能である。
 状況は一転、今度ははなからまゆづきの結晶弾を防御する術が失われた。
 まゆづきはここぞとばかりに大量の結晶弾を生成し、はなに集中砲火を浴びせようとする。

めるなよ!」

 はなは強引に鞭を引き、まゆづきの体を自分の方へと引き寄せた。
 そして、まゆづきの腹に蹴りを見舞う。

「ぐはっ……!」
わたしは一流の戦士だ! 鞭を取られただけで何も出来なくなる女とでも思ったか!」

 はなは蹴り技の連続でまゆづきを滅多打ちにする。

まゆづき! 平和な国でなまぬるい人生を送ってきたお前が! わたしふくしゆうを邪魔しようとするな! これが! この戦闘力が! わたしの懸けてきたものの重みだ!」

 すさまじい連続蹴りの前に、まゆづきは膝から崩れ落ちてしまった。
 しかし、それでも鞭だけは手放さずに掴み続けている。
 もし手を離してしまっていたら、倒れている隙に毒鞭で滅多打ちにされて死んでしまっていただろう。

「チッ、しぶといな……」

 はなは頭を抱えてまゆづきを見下ろしていた。
 そんな中、まゆづきかつはなが語った過去を思い出す。
 妹とひいされて育てられたこと、自身も己の人生が妹のためささげられることを察していたこと、妹は決して憎めない良いだったこと、そんな妹が、華族に見初められたが為に悲惨な末路を辿たどってしまったこと……。

はなたま貴女あなたこうこくを恨む気持ちはわかる。わたしも大切な人をうしなったから……」

 まゆづきはゆっくりと立ち上がる。
 彼女は今一度、はなに問い掛けたかった。

「でも、だからといって無関係な人達を傷付けてゆるされる筈が無い。おおかみきばは罪も無い多くの人を傷付け、犠牲にしてきた。わたしの恋人もその一人。その痛みを、世の中を変える為だからとれられはしないのよ。貴女あなたもそのことは解っているでしょう?」
「下らない説教だな。犠牲にためうくらいなら、初めから社会に復讐しようなんて思わないさ」
「それが本当に妹さんの望みなの? お姉さんが罪も無い他人を傷付け、その果てに海外まで逃げて、そこでもまた犠牲を出そうとしている……。自分の為にそんなことをされて、それで妹さんが喜ぶとでも思っているの?」

 まゆづきの問い掛けに、はなは眉根を寄せてもんの表情を見せた。
 しかし、すぐに口角を釣り上げ、ゆがんだ笑みを作り上げる。

「今日日、そんなかびの生えた説教を聞けるとは思わなかったよ。答えはやり尽くされた反論と同じだ。別に妹の為じゃない、あいつがそうしてくれと望もうが望むまいが関係無いんだよ。これはわたしの復讐だ! わたしわたしの為に、わたしがやりたいからやってるんだよ!」
「そう……それが貴女あなたの答えなんだ……」

 まゆづきは静かに、しかし強い意志を込めてはなにらむ。

貴女あなたが他人を傷付けるのは誰の為でも無く自分の為だと、自分がやりたいから他人を傷付けるって言うのね。そんなのははやただの愉快犯、快楽殺人鬼と変わらない。だったらもう、貴女あなたに容赦はしない!」

 まゆづきは背中から勢い良くほのおの翼を噴き出させた。
 はなきようがくに目を見開いている。

な、何を考えている!」

 突然の火の手に院内の警報装置が鳴り、天井の噴水装置が作動する。
 大量のみずぶきまゆづきはなを打ち付けた。
 せつかく形成した焔の翼は一瞬で消えてしまう。
 しかし、はなもまた追撃どころではない。

「ぐっ!」

 何せ、能力の為に髪の毛を伸ばしていたところに突然の放水である。
 前髪と水飛沫がはなの目に掛かり、彼女は一瞬視界を失う。
 その隙にまゆづきはなへと体当たりを敢行した。

「ぐおおおおっ……!?」

 まゆづきはなの体にしがみ付き、無人の病室へと体を突っ込む。
 更にそのまま窓の方へとはなを押し込んでいき、ついには二人して窓から飛び出した。

 この瞬間、はなまゆづきの狙いと自身の敗北を察したらしく、目を皿の様に見開いてろうばいする。
 まゆづきは再度焔の翼を纏った。
 はなは鞭を振るってわるきをするが、自在に宙空を飛び回れるまゆづきにとって回避はやすかった。

「く、くそおォッッ!!」

 自由落下にあらがえないはなの決定的不利は、文字通り火を見るより明らかだ。
 ただ落ちるしかないはなに向けて、まゆづきは無数の結晶弾を放った。
 加減無し、燃え盛る結晶の火力は最大級である。
 その射撃をまとに受けたはなの身体は地面に激しくたたけられた。

「ぐっ……、ぐはッ……!」

 はなは身動きが取れない。
 四肢の筋が千切れけんが切れ穴が開き、修復もままならない。
 それは彼女のしんが尽きてしまったことを明瞭に表していた。
 まゆづきはゆっくりとはなの傍らに着地する。

「だ、駄目なのかッ!? わたしは……!」
「急所は外してあるわ。今度こそお縄についてもらう」
何故なぜッ!? どうして!? わたしはどうすれば良かったんだ! 妹すら幸せになれない世界に生まれて! その世界を壊す事すら絶望的で! わたしの人生は一体何だったんだぁ!!」

 まゆづきは悪態を吐くはなあわれみを覚え、諭す様に小さく答えた。

貴女あなたには貴女あなたの幸せが無かったの? 幸せになる権利は誰にでもあるのに。幸せになれたのは貴女あなたの方だったかもしれないのに……。貴女あなたは自分の為の復讐を、他人を平気で傷付ける道を選んだ。その選択の結果、報いとして今がある」

 はなの表情に憎しみの色がにじむ。
 歪んだ表情は、まゆづきの言葉を受け容れたものには程遠い。

「軽々しく言うなよ……! わたしの分の幸せは全部妹に注がれたことも知らないでっ……! 誰もわたしに幸せなんかくれなかった……!」
貴女あなたは……本当は妹さんを憎みたかったのね……。でも、出来なかった。妹さんが素直な良いで、それを理解出来る善性が貴女あなたには有ったから……」

 まゆづきは考察する――はなたまは妹を憎み切れなかったが、愛していた訳でもなかった。
 自分の幸せが妹に吸われ、妹に全てを捧げる人生を押し付けられてきたという、運命への不公平感――それがはなを支配していたのだ。
 不公平感が妹の悲惨な死によって解消され、新しい人生がひらければ良かったのだろうが、はなは「自分が妹より幸せになることは無い」と思い込んでしまっていた。
 やがてそれは妹さえ幸せにしなかったこうこく社会への呪いに変わり、不毛な八つ当たりを続けてきた。

「誰かに本音を言えていれば……貴女あなたの運命は変わったかも知れない……。自分の中にある不条理な、醜い感情をさらけ出すことが出来ていれば……」
「そう……か……」

 月明かりに照らされたはなの表情が、次第に険しさがせていく。
 少しずつ、まゆづきの言わんとすることを理解してきたらしい。

「お前は本音を誰かに言えたのか?」
「過去形だけどね。そう考えると、わたしは恵まれていたのかも知れない」
「恋人がおおかみきばの犠牲になったんだったか……。そいつが死んだ今、それでもお前はもう一度幸せになれるのか?」
「さあ? でも、また一から探し直すしかないじゃない。自分の手で幸せを……」

 はなは目を閉じた。
 今度こそ、彼女は自分の運命と罪を受け止められたようだ。

 しかしその時、闇夜の空に無数の短剣がひらめいた。
 天使の様な装飾を施されたそれは、悪魔の様にまがまがしい殺意をはなに向けていた。

「あれはッ!!」

 はなどうもくした瞬間、それらの短剣は彼女の体を滅多刺しにした。
 これでは最早助からない。

「戦闘一族……ひらつじ家の『マーダー・ドール』……ひらつじ…………!」

 はなは吐血しながら自身を殺害した人物の名をつぶやき、絶命した。
 同時に、銀髪色白の小柄な少女・ひらつじが、漆黒の衣装を纏って闇空から降り立った。

 ひらつじ家は戦闘一族として名高い新華族であり、一族の者には幼少期から厳しい戦闘訓練が課されている。
 十五歳にして国防軍しゃちかみ隊に所属し、撃墜王エースパイロットの一人に名を連ねるひらつじらい少尉もその一人である。
 そしては、そんなひらつじ家の中でも最高傑作と評されている。
 おおかみきばなどのはんぎやく勢力は彼女を畏れ、「マーダー・ドール」の異名で呼んでいるのだ。

「何故殺したの?」

 まゆづきといただした。
 は人形の様な無表情をぴくりとも動かさず、淡白に答える。

「生かす理由が無いから」
貴女あなた、何を言っているの?」
「普通のことを言っている。叛逆者と蛮族は理由があれば生かす。はなたまは叛逆者。足跡を辿っておおかみきばかくを探すには死体があれば充分。だから殺した」

 の回答に、まゆづきは背筋の凍る様な思いをした。
 それはおおよそ、常識からかけ離れたものだった。
 嘗てこうこくはしろうとしたけんしんきゅうが喝破したとおり、こうこく貴族は叛逆者とした者を平然と殺す。
 その価値観に基づいた殺人が、こうこくではなく日本国で行われたのだ。

 これは後に禍根を残すことになる。
 それがそうせんたいおおかみきばとの、本来負ける筈が無い戦いを極めて不利なものにしてしまうのだ。
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