日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十話『襲撃』 急

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 翌夜、日本国の特殊防衛課とこうこくの新華族令嬢に再び会議が設定され、同じ場所に集合することになった。
 例によってきゆうはリモートでの参加で、ごくは部屋で療養しているため不参加である。

『大丈夫なのか、ごく嬢は……』

 が部屋で寝込んでいる理由を知らないは、いまだにかいふくしない彼女を心配しているらしい。
 うることそうに顔を背けている。
 どうやらこうこくで高校格闘技全国制覇を三年連続で成し遂げたにとって、得意の暴力がことに全く通用せずにせられ、びまで入れさせられたことが余程ショックだったらしい。

『捜査の進展が彼女の体調に委ねられている。一日も早く良くなってもらいたいが……』
「あーそれなら多分大丈夫ですよー」

 びやくだんあげが楽観的に答える。

「今日わたし、ちょっと彼女にお遣いを頼まれましてねー。だいぶ立ち直っていた様子だったので、明日には捜査に参加いただけるかとー」
『そうか、なら良いが、あまり無理はさせるなよ』
もちろんですよー。というか、わたしにもそれくらいの気遣いが欲しいですねー」

 軽口をたたびやくだんの背後、部屋の隅で二人の新華族令嬢が何やらひそひそと話をしている。

れい、何か聞いてる?」
「少しだけ。どうも例の彼女と和解の席を持ちたいようですね」
「……絶対うそ
さんもそう思います? 何か良からぬ事をたくらんでいるに決まっていますよね」

 ごく、転んでもただでは起きないらしい。

て、そろそろ本題に入るか』

 が今回会議を招集した主題を話し始める。

『今朝、まゆづき君から報告があった。そうせんたいおおかみきばの最高幹部・はつしゆうの一人・はなたまが撃破されたとのことだ。昨日に続いてはつしゆうを打倒出来たこと自体は喜ばしい。わたりはな、二人の足跡を辿たどれば、おおかみきばのアジトはより正確に推定出来るだろう』

 会議室がどよめきに包まれた。
 さきもりわたるあぶしん、そしてびやくだんあげにとっても、はなたま撃破の報告は初耳だったからだ。

まゆづき君、それについてこの場でもう一度確認しておきたい』
「はい」

 画面に映されたの視線は正面からやや外れている。
 どうやら部屋の隅にいる新華族令嬢にを向けているらしい。

はなたまは、くも兄妹の拉致を目的に、二人の入院している病院を襲った』
「何だって?」

 わたるは驚いて声を上げた。
 成程、おおかみきばが何か目的を持ってうごめいているのではないかという推測はあった。
 それが双子の拉致だったということか。

はなは出会った病院関係しやを片端から殺害し、兄妹の護衛に付いていたB班――元じんかいの人員も手に掛けた。そして、後一歩で兄妹の病室に侵入しそうになっていたところに貴女あなたが駆け付け、交戦となった。戦いの末、貴女あなたはなを戦闘不能に追い込んだ』
「はい、そのとおりです。昨日会議が終わった後も、おおかみきばが何の為に動いているのか考えていたんです。その時、ふとあの二人の身の安全が気になりまして……」

 だとすれば、まゆづきが動いていなければ危なかったということだ。
 彼女が違和感に気付いていなければ、それを一旦脇に置いていれば、今頃双子の身柄はおおかみきばの手に落ちていただろう。
 そうすると、敵は双子を従えてそのしんを利用し、打倒は困難を極めていた。

『御手柄だった、と言う他無いな。しかしもう一つ、貴女あなたから報告にあった事のてんまつは大問題だ』
「はい……」

 まゆづきの視線も新華族令嬢の方へ向いた。

『これについては本人にも確認しておきたい。ひらつじ嬢、はなたまに止めを刺したのは貴女あなただな?』
「そう」

 なく答えた。
 その表情にはやはり、何ら悪びれる様子も無い。

ひらつじ嬢、我が国ではなる犯罪者も可能な限り生かして捕えなければならない。勿論、最悪の場合は警察が射殺することもあり得るが、それはあくまで最終手段だ』
「聞いていないし理解不能。国家そのものを脅かすはんぎやく者の生存はそれだけで社会不安を起こす。可能な限り始末するのが当然」

 画面の中のは頭を抱えている。
 おそらくの見解は、こうこくで一般的な考え方なのだろう。
 現に、街中で当時皇太子のかみえいに襲い掛かった叛逆者が殺害されたとき、街行く民衆は始末した近衛侍女達への喝采と殺された叛逆者への罵倒の声を上げている。
 両国が協力するに当たって、根本的な価値観の差が引き起こした事態だと言えるだろう。

ひらつじ嬢、今貴女あなた達は我々の指揮下に入るという条件でおおかみきばの捜査に御協力頂いている。確かに、椿つばきようどうじょうかげ姉弟以外の面々に対する対応までは伝達していなかった。それはちらのミスだ。だが今後は、この様なことは極力避けていただきたい』
「むぅ……」

 は不服そうに顔をしかめる。
 そんな彼女を、隣のびゆまんれいらかう。

「あらあらさん、怒られてしまいましたね」
れいだって、あの場に居たら同じことしてた」
「ま、それはそうでしょうね。生かす理由が無ければ叛逆者と蛮族は殺す、わたしもそれが当然だと思いますわ。但し、ごうに入っては郷に従えと言いますし、ここは大人しく言うとおりにしましょう」

 れいの言葉に、わたるは背筋が凍った。
 こうこくの人間は叛逆者に対する人権意識が希薄であることは、既に何度も思い知らされている。
 しかし、れいがさらりとそこに付け加えた「蛮族」という集団は何を意味するのか。
 わたるは嫌な予感を覚えていた。

「あのさん、ちょっと良いですか?」
「はい、何でしょう?」

 わたるは恐る恐るに尋ねる。

「蛮族って、もしかして外国人の意味ですか?」
「ええ、おつしやるとおりです……」

 は溜息を吐いた。
 わたるの嫌な予感が的中したという答えだった。

「ちょ……! てことは、今彼女は外国人を叛逆者と同じ扱いにするのが当然って言ったんですか?」
「はい、そのとおりです……。実は、それ程珍しい考えではないのですよ……。というのも、こうこくは長らく自国民以外を国内に入れておりませんし、外国というのはもつぱら戦争相手国としてしか付き合ってきませんでした。しかもその戦争というのは異なる世界にける日本民族の解放戦争でして、外国そのものに悪感情を抱く環境が整ってしまっているんです……」

 口振りから察するに、自身はそのようなこうこくの風潮に思うところがあるらしい。
 失礼なことだが、わたるは少し意外に思った。

ちなみにさんはそうではない、と……」
とうさまがそれぞれの世界で海外の方と取引なさっていましたから、個人的に外国の方に悪感情は御座いません」
こうどうしゅとうに入っていたのに?」
「それとこれとは話が別です。叛逆者の断固たるせんめつと皇室への忠誠にはわたくしも異論御座いません。外国の方々をあの様な破落戸ごろつき共と同一視するのが甚だ無礼だということです」

 の答えを聞き、わたるは考える。
 おそらく彼女も、はなの始末についてはれいと同じ考えなのだろう。
 そう思うと、やはり日本国とこうこくは根本的に価値観が違うのだ。

「御心配なく、さきもり様。わたくしもこの場は皆様に従いますわ。びゆまん様も仰ったとおり、郷に入っては郷に従え。むしろ今回のことは、ひらつじ様の暴走を許してしまったわたくしの不手際です。そのことについて、後で皆様に謝罪させてください」

 は遠目にれいうかがっている。
 どうやら二人と同じ席では言い出しづらいのだろう。

『以上、新華族令嬢の皆さんはどうか心していただきたい。此方としても、事を荒立てたくは無い。しかしかばうにも限度がある。最悪は講和に影響が出てしまうこと、よくよく肝に銘じておいていただくようお願いし、この場はお開きとする』
「あの……」

 会議を終了しようとするに待ったを掛ける様に、わたるが手を挙げた。

『どうした、さきもり君?』
くも兄妹はどうするんですか? おおかみきばが諦めるとは思えませんし、少なくとも病院を変えなければならないと思いますが……」
『うむ。そうしたいのは山々だが、二人が意識を失っているのはしんに関する案件だからな。旧じんかいの息が掛かっている病院はあそこしか無く、他では対応し切れると思えんのだ。だから、一度我々の元に引き取ろうと思っている』
「それは……大丈夫なんですか? 意識が無いのに、もし万が一のことがあったりしたら……」
『一応、最低一人の医師には此方に常駐してもらうつもりだ。しかし、間も無くその必要も無くなるかも知れん』
「え、どういうことですか?」
『医師の話では、近頃どうも脳波が覚醒状態に近付いているらしい。あくまで希望的観測だが、目覚めの時が迫っているのかもな』
「本当ですか?」

 わたるだけでなく、ことも驚いた様子で画面の方に眼を向けた。
 二人にとって、くも兄妹が意識を失っているのは自分達を守る為の戦いに参加した結果である。
 元通り恢復する時が近付いているなら、実に喜ばしい。
 一刻も早く元気な姿が見たいものだ。

『他に質問は無いか? 無いなら終了させてもらうが……』

 この日の会議はこれで終わりとなった。
 短い集まりだったが、内容は希望の見えるものだったと言えるだろう。
 捜査としては、ごくが復活を待つばかりである。

 しかしこの時はまだ、今回の病院襲撃について重大な見落としがあることに、誰一人として気が付いていなかった。
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