日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十一話『神瀛帯熾天王』 急

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 わたる達が動いたのは翌々日、九月十一日金曜日のことだった。
 自身は前日の十日には戻ってきたものの、とうえいがんを与えるのは一日遅らせたのだ。
 しんを失って中一日以内にとうえいがんを服用した場合、しんの復活はごく短時間にとどまるためである。

 夕刻、特別警察特殊防衛課と新華族令嬢達は、いつもの会議室に集まった。
 いよいよわたりりんろうはなたまの遺品から、二人の即席を追い掛けるのだ。

びやくだん、取り寄せてあるだろうな」
もちろんちらわたりの赤ジャケットとはなのピンクブレスレットでーす。ではではごくさん、お願いしますねー」

 机上に置かれた二人の遺品を前に、は息を整える。

「いざ!」

 ジャケットとブレスレットにの手がそれぞれかざされた。
 その手から光るあげちようが二匹、遺品に向かってばたき、花に見立てたかの様に留まる。
 揚羽蝶はしばらくすると遺品から飛び立ち、の目の前で背を向けて空中停止した。

「では皆さん、御覧になりたい日時を指定してください!」
「そのちようちようが教えてくれるの?」
「はい! 何なりと御命令ください、こと様!」

 あれから、はどのような心境の変化があったのか、ことを崇拝して素直に従うようになっていた。

「九月七日の午前零時。わたるわたりと戦うことになった直前から始めましょう」
「仰せのままに、こと様!」

 一々ことに対して敬称付きで答えるの口振りに、わたるはあまり良い気分がしなかった。

(まさかこのことに完全敗北してどうあっても勝てないと悟ったせいでれいちしたつもりじゃないだろうな)

 謎の嫉妬心を覚えて仏頂面を浮かべるわたるを、ことが肘で小突く。

「何よ、その表情」
「いや、何でもないよ」
貴方あなたのことも一昨日しっかり負かしてあげたでしょう。それとも、昨日一日ダウンしただけじゃ足りなかったかしら?」
「うぐ……」

 らかうように笑うことは、どうやらわたるの下らない心持ちなど軽くお見通しらしい。
 そんな二人を横目に、は二匹の揚羽蝶を指差してことから示された時間をつぶやいた。
 の長い茶髪が逆立ち、揚羽蝶の腹面に正方形の航空写真が形成されて拡がる。
 わたりのジャケットの真上に浮かぶ写真の地理を見るに、どうやら揚羽蝶の位置が指定時間にわたりの居た場所を示しているらしい。

「そうだった。あの時間、ぼくはこの辺りを走ってたっけ……」
「ということはこっちがわたり、隣がはなだな。あとは時間をさかのぼって、二人の位置が重なる場所を特定していけば、その中のどれかが奴らのアジトだということになる」

 の指示を受けたことの命令で、は二つの航空写真の時間を同時に遡り始めた。

「私がおおかみきばに潜入していた限りでは、わたりはなは犬猿の仲でした。二人がそれぞれ独自行動していて落ち合うことはまず無いでしょう。おそらく、二人の位置が重なるのはアジトのみかと……」

 が経験からの推測を述べた。
 程無くして、わたりはなの位置情報は同じ地点でほとんど動かなくなった。

「この場所か。びやくだん、住所を特定しろ」
「アイアイ」

 の指示を受けたびやくだんがスマートフォンでマップアプリを起動する。

、一応八月十五日まで遡りなさい」
かしこまりました、こと様!」

 わたるが顔をしかめてにらむ。
 ことに命令された彼女がうらやましいのだ。

「ふむ、航空写真が消えたわね」
「申し訳御座いません、こと様! わたしの能力で遡れる位置情報は、現在位置からの範囲に制限があるんです!」
「いいえ、その情報があれば充分だわ。要するに、八月十五日のる瞬間を境に、現在位置より遠く離れた場所から突然移動してきたということでしょう。ということは、二人の位置情報が止まっていた場所に能力で移動してきたと見て間違い無い。つまり、アジトは間違い無くこの場所よ」

 見たところ、その場所は公園近くのアパートだった。

「皆さーん、住所がわかりましたよー」

 びやくだんが卓上にスマートフォンを置いた。
 画面には同じ場所のマップが表示されている。

「どうします? 今すぐにでも行きますか?」

 わたるに判断を仰いだ。
 対して、の答えは慎重だった。

「いや、一旦斥候を出そう。間違い無く奴らがこの場所に居ると確認した上で、総戦力で一気にたたくんだ」
「斥候? 誰が行くんです?」
「一人知り合いに心当たりがある」

 はそう言うと、誰かに電話を掛ける。

ばんどう、突然済まん。一つ頼みたいことがあるんだ」
『えー……。危ない話なら嫌よ。わたし、もうすめらぎ先生の所からは離れているんだから』
きみの能力なら安全に運べる話だ。一応、報酬も弾む。頼まれてくれないか?」
『……まあ、そういうことなら』

 どうやら元同僚の秘書・ばんどうあけに依頼したらしい。
 ばんどうの能力は、一定の範囲に探索網を張り、場合によっては攻撃を加えるというものだ。
 開戦初期にはこうこくが送り込んだまっきゅうどうしんたいを一つ残らず探し出して破壊している。
 ナノメートルサイズの機体すらも探索する精度を持つ彼女の能力は、索敵には打って付けなのだ。

『わかったわ、君。探索対象の情報を頂戴』
「人ではなく、場所だ。今から言う住所に探索網を伸ばし、部屋内部の様子を調べてもらいたい。我々の推測ではおそらく、そうせんたいおおかみきばの面々が潜んでいるはずなのだ」
『了解。場所にもるけど、近場なら三十分以内で結果が出ると思うから、また後で連絡するね』
「ああ、頼んだぞ。住所は……」

 は必要な情報を伝え、電話を切った。

えず、ばんどうの調査結果を待とう。ああ、ごく嬢、もう結構だ。どうもありがとう」
「どういたしまして! さあ、奴らを捕まえたらじいさましんえいたいてんのうの皆様方の潔白が証明されますよ! その時はこと様を除く全員に謝罪していただきます! 覚悟の準備をしておいてくださいね!」

 揚羽蝶と航空写真が消え、の髪が下ろされた。

おおかみきばか……」

 珍しく物思いにふける風なあぶしんが呟いた。

「どうしたんだよ、あぶ? 元気が無いじゃないか、お前らしくもない」
「ん、ああさきもり。いや、あいつらってこうこくから逃げるときに日本に居る仲間の所へ移動したんだよな。それって、椿つばきのことだろ?」
「ああ、そうだろうな……」

 しんとしては、椿つばきようのことを気にしていた。
 彼女とは衝突したこともあったが、一箇月の間、こうてんかんで仲間として苦楽を共にしてきた。
 その彼女がおおかみきばの内通者だったという事実、まだ割り切れていないところがあるのだろうか。

 そういえば、わたる達に先んじて日常に帰ったずみふたもそうだった。
 ふたようと相部屋で心を通わせていた為、思い入れもひとしおだったのだろう。

おれ、あいつにいておきたいことがあるんだよな……」
「そうか。その為にも、おおかみきばとはちゃんと決着を付けないとな」
「ああ」

 そんなりをしていると、のスマートフォンに電話が入った。
 どうやらばんどうの調査結果が出たらしい。

「どうだった? おおかみきばは居たか?」
『それが……』

 報告を聞くの表情が険しくなっていく。

「解った。どうもありがとう。明日、この方のホテルまで来てくれ。報酬を渡す」

 は苦虫をつぶしたような表情で電話を切った。
 わたるは彼に結果を尋ねる。

「どうだったんですか?」
「結論から言うと、奴らはもうアジトを変えていた。中にあったのは、一人の男の死体だけだったらしい」

 の口から出た空恐ろしい調査結果に、その場の空気が凍り付いた。
 おおかみきばに何があったというのだろうか。
 誰か無関係の人物を巻き込んだのか、末期状態のテロ組織らしく内ゲバを起こしたのか、いずれにせよ、穏やかな話ではない。

「誰の死体かわかりますか?」

 ことの質問に、は溜息を吐いて答える。

はつしゆうの一人、なわげん。組織でも最古参の男で、ずっと参謀役を務めてきた男だ。いわく、ヤシマ人民民主主義共和国の首相を務めたなわずみの生まれ変わり、重要人物だろう」

 調査結果にると、これではつしゆうしゅりょうДデーことどうじようふとしただ一人となってしまった。
 そうせんたいおおかみきばの面々としては、どうじようの子女である椿つばきようどうじようかげ姉弟、それから首領補佐・おとせいが残るばかりである。
 とはいえ、わたる達の捜査は振り出しに戻ってしまった。
 しかしその時、ことが何かに気付いたかの様に一瞬目を見開いた。

「待って……。いいえ、そんなことは無いわ、きつ……」
「どうしたんだ、こと?」

 顔を伏せたことの表情は、心做しかあおめて見える。

「四日前、たか君とちゃんの病院が襲われたわよね。おおかみきばの目的は、二人を拉致することだった、それは良い。でも、どうやって病院の場所を知ったのかしら……」
「それは……ぼくらの情報がおおかみきばに漏れている……ということか?」

 わたるもまた、嫌な想像がのうに浮かんでしまった。
 しくも、しんようの話を出したことで回路がつながってしまったのだ。

「まさか、内通者……? あの時の椿つばきの様に……?」

 そうせんたいおおかみきばの捜査は、当初の方針から大きく進路を変えようとしていた。
 それはおそらく、わたること、日本国の面々にとって、望ましくない行き先だろう。
 秋の夕暮れの日差しが、ブラインド越しに会議室へと差し込んでいた。
 秋分を控え、夜が支配的な季節に向かう未来を暗示しているかの様に……。
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