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第四章『朝敵篇』
第八十一話『神瀛帯熾天王』 破
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魅琴が調薬した中和剤を与えられた東風美は、数十分後にどうにか感度暴走が収まり体の調子を取り戻した。
そんな彼女の部屋には航と魅琴だけでなく、白檀揚羽と水徒端早辺子も駆け付けていた。
自分達だけでは収拾が付かないと判断した航が呼んだのだ。
「麗真さんに扶桑丸を飲ませようとして自爆しちゃったんですかー。てことは、またしても術識神為のお願いは延期になっちゃいましたねー」
『どういうことだ? さっぱり話が見えんのだが……』
先程まで罠の食卓に使われようとしていた小卓にはノートパソコンが置かれ、根尾弓矢の姿が映し出されている。
東風美の能力は、武装戦隊・狼ノ牙を捜索するにあたって頼みの綱だ。
それが使えなくなったという事態は、根尾への報告が必要だろう――そう考えた魅琴が白檀に進言して、通話を繋がせたのだ。
『俺は、彼女は体調不良で寝込んでいると聞いていたのだが、それが何故麗真君を陥れようとしたんだ? 白檀、解る様に経緯を説明しろ。包み隠さずな』
「はい……」
不在中にも拘らず根尾から怒られそうになっている白檀が萎れている。
こうなることが解っていたから、彼女は根尾への報告を渋ったのだろう。
「いや、どうも鬼獄さんは麗真家のことを当初から敵視していまして……」
『そうなのか、鬼獄嬢?』
「はい、仰るとおりです。でも私が、というよりは鬼獄家の言付けでして……」
東風美は普段の無駄に溌剌とした受け答えが嘘の様に弱々しい声で答えた。
どうやら今回の失敗で相当参ってしまったらしい。
『鬼獄家……成程な。そういえば君は皇國に渡った鬼獄魅三郎の子孫で、俺と麗真君の再従妹に相当するのだったな』
「曾御爺様――持国天様は私達鬼獄家にとって、皇國建国の道筋を作った偉大な御方です。その御言葉は当主以上の重みがあるんです……。私は今回の明治日本行きを持国天様にお伝えした折、『機が巡って来たら鬼獄を去った麗真家の娘を懲らしめるように』と仰せつかっていたんです……」
東風美は下を向いたままぼそぼそと言い訳を並べ立てる。
しかし、その言葉を聞いた魅琴と根尾は衝撃を受けていた。
「曾御爺様が……生きているの……!?」
『ああ、俺にもそう聞こえた。どういうことだ? もっと詳しく聞きたい』
魅琴と根尾にとって、崇神會創設者たる祖父・麗真魅射が決別したその父親・鬼獄魅三郎は、既に過去の人間だった。
それもその筈、麗真魅射は六年前に他界した時点で八十五歳であり、その父親である曾祖父となると先代神皇よりも年上、今生きていれば百二十三歳にもなる筈だ。
だが、今彼らが捜査対象としている相手には、それよりも遥かに永い時を生きていると嘯く者達も含まれている。
それを踏まえると、鬼獄魅三郎の生存も全くあり得ない話ではなくなってしまうのだ。
「あの、二人共一体どうしたんですか? 曾御爺様のこと、御存知なかったんですか?」
魅琴と根尾が予想外所に食い付き、東風美は困惑した様子で二人の顔へ交互に目を遣っていた。
そんな中、ノートパソコン画面の向こうの根尾は何やらマウスを操作している。
何かファイルを開いているようだ。
『うむ、成程な。これはひょっとすると、そういうことなのか……』
「根尾さん、どうかしたんですかー?」
『ああ。みんな、この写真を見てくれ』
根尾は自分の画面を共有し、一枚の写真をノートパソコン画面に映し出した。
見知った二人の男と、女と老翁が密会している写真だった。
ただ、女は背中を向けており、老翁はその女の陰に隠れて顔があまり見えない。
「蓮君から送られてきた写真ですねー。これが何か?」
『ああ。君達にも説明しておくと、この写真は武装戦隊・狼ノ牙に潜入していた俺の部下が命と引き換えに送信してきたものだ。今回、我々が八社女と推城を捜査することになったのは、この写真に国家的危機の匂いが満ちていると皇先生が判断なさったからだ』
航と魅琴は顔を晒している二人の男・八社女征一千と推城朔馬をじっと見詰めた。
しかし、今回根尾が指摘するのはこの二人ではない。
『奥の人物を見てくれ。旧日本軍服らしき装いの老翁だ。手前の女の陰に隠れている上、解像度も低くて判りにくいが、見ようと思えば見えてこないか?』
「確かに、似ている気がしてくるわね。実家にある曾御爺様の写真に……」
「ああ、そういえばあったな……」
航は初めて麗真家を訪れた中学時代のことを思い出した。
あの時、存命中だった魅琴の父・麗真魅弦から居間に飾られていた写真について色々聞いたのだった。
その時、一枚の写真に写っていた精悍な顔付きの人物を、魅弦は確かに「自分の祖父」だと言っていた。
「つまり、八社女征一千や推城朔馬と密会しているこの老翁は、鬼獄魅三郎?」
「ち、ちょっと何を言っているんですか!」
航の呟いた推察を聞いた東風美は、顔を上げて普段どおりの大声を出した。
「叛逆者の八社女と密会していたですって? いくら貴方達が曾御爺様と敵対しているからって、今の言葉は酷過ぎますよ! 曾御爺様だけでなく、鬼獄伯爵家そのものを侮辱する発言です!」
東風美は勢い良く立ち上がって航に迫る。
しかし、魅琴がそんな彼女の肩を掴んだ。
「航をどうするつもり?」
「ヒッ……! いや、その……」
東風美の顔が青褪める。
どうやら完全に魅琴が心的外傷になってしまったようで、彼女はすっかり怯えて引き下がった。
「違うんです、違うんです。私はただ、皆さんの誤解を解きたくて……」
「誤解? 何が誤解なの?」
「その写真ですよ!」
東風美はノートパソコン画面を指差した。
「この写真は皆さんの言うような不届き者の密会現場ではありません! 私は彼らを知っています! この方々は『神瀛帯熾天王』と呼ばれる、皇國建国へと先帝陛下を導かれた神々の御遣いです! 曾御爺様は手前の巫女様に選ばれ、彼らのお仲間となったのです!」
航達は言葉を失った。
調査は雲を掴む様な話と思われた八社女や推城の情報が、思わぬ処から転び出たのである。
豪奢な部屋で、息を切らした東風美の呼吸音だけが時を刻んでいた。
「神瀛帯……熾天王……?」
航は早辺子の方へ目を遣った。
東風美の言葉は皇國の建国に纏わる話である。
早辺子が何か知っていないかと尋ねたかった。
だが、早辺子は無言で激しく首を振る。
どうやら、彼女も全く知らない話らしい。
ということは、鬼獄家のみに伝わる建国神話のようなものなのだろう。
『鬼獄嬢……』
ノートパソコンから根尾の声が呼び掛ける。
彼女が取り乱さないように、努めて落ち着いて話そうとしている心遣いが音声だけで伝わってくる。
『言い難いことだが、この二人の正体は既に八社女征一千と推城朔馬で確定している。俺達はこの男達本人と遭遇し、そして本人の口から名告るのを聞いているのだ』
「嘘! 信じませんよそんなこと!」
「鬼獄様、少なくとも此方の大柄な男性が推城朔馬であることは確かです。私は元皇道保守黨員として、彼と何度かお会いしていますから」
「潰れかけ男爵家の次女風情は黙っててください!」
「あの、ちょっと良いですか?」
航が話を纏めようとする。
「取り敢えず、今のところ僕達と鬼獄さんには意見の相違があるということが判っている訳です。真相を確かめるには、狼ノ牙を追って八社女まで辿り着くしか無いと思うんですよ。八社女が僕達の思っている人間と別人であれば、鬼獄さんの言うことが正しいということになるわけだし……」
「むぅ、それは一理ありますね……」
兎に角、航は東風美を言い包めようと考えた。
今は狼ノ牙を探す上で、彼女の協力は絶対に欲しい。
これ以上話が拗れ、捜査協力を拒否されては目も当てられない。
「解りました。そういうことなら証明してやろうじゃないですか。狼ノ牙を一網打尽にして、八社女の正体を明かしてやります! そして神瀛帯熾天王への誤解が解けた暁には、皆さんには相応の謝罪をしてもらいますからね!」
どうやら上手い落とし所に話が纏まりそうで、航は胸を撫で下ろした。
しかし、依然として問題は残されている。
「ま、でも鬼獄さんの神為は消えたままですけどねー」
『そういえば結局、事の顛末から話が逸れたままだな。しかしまあ、大方の事情は理解した。となると、彼女に東瀛丸を飲ませるために俺が出張を切り上げて戻るしか無いな』
「これ以上取材しても仕方無いですからねー」
神瀛帯熾天王という、八社女や推城の有力な情報を得られた以上、根尾が出張を続ける意味は最早無い。
『鬼獄嬢、貴女には中一日空けて東瀛丸を服用していただく。そして神為が戻り次第、能力で狼ノ牙は八卦衆の足跡を追って貰いたい』
「ええ良いですよ! とっとと叛逆者を殲滅してやりましょう!」
『いや、我が国のやり方として、なるべく生かして……。はぁ、何だか疲れたな……』
何はともあれ、特別警察特殊防衛課の捜査はこの日、大きな進展を迎えた。
「航」
解散の流れとなり、魅琴が航に小声で話し掛けてきた。
「どうしたの、魅琴?」
「この後私の家に来なさい」
「え? 何?」
「貴方には今日、私の為に尽くす義務があるわ」
「どういうこと?」
何やら魅琴は少しそわそわしている。
「貴方が例のあんぱんを食べずに済んだのは、私が残りの十二個を残さず食べ尽くしたから。つまり、貴方は今日私に助けられたことになる。そうよね?」
「まあ……そうなるか……。ん?」
航は頭にふと良からぬ考えが閃いた。
魅琴の様子から、何となく察するものがある。
「そっか、そっかそっか。我慢しているんだったね。全く、君は業突張りなんだから。それに意地張りだね。素直に助けて欲しいって言ってごらん? 『助けて、欲しい』って」
「鬱陶しいわね。良いから今夜は泊まっていきなさい」
「はいはい」
「言っておくけど、甘い考えでいたら大変なことになるわよ。覚悟しておきなさいね」
「解った解った。楽しみだねー」
こうして、航と魅琴はこの日、一つ屋根の下で過ごすことになった。
⦿⦿⦿
何処かの闇の中、四人の男女が密会している。
歪んだ蝋燭の僅かな灯が不気味に揺らめく円卓を囲むのは、神瀛帯熾天王と呼ばれる四人である。
先ずは広目天――新神皇・獅乃神叡智の近衛侍女が一人、ゴシックロリータ服に身を包んだ背の高い美女・貴龍院皓雪が口を開く。
「三入君、貴方に一つ釘を刺しておきたいことがあるのよね。貴方、私達の事を子孫にべらべらと喋っているでしょう」
続いて増長天――武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐、朝服に総角髪の少年がへらへらと笑いながら話す。
「必要以上のことを喋るのは良くないよねえ。僕は基本、自己紹介をするときは相手にすぐ死んでもらうときだけだし、万が一逃げられたり、御褒美に追加情報を与えても、核心に迫る様なことは口にしないよ」
更に多聞天――元皇道保守黨青年部長にして、甲夢黝元首相や能條緋月元首相の秘書、髷を結った大男・推城朔馬も険しい表情で語り出す。
「肉親といえども状況が逼迫すれば裏切るのが世の常。身内に信を置き過ぎるのは感心せんな。戦に身を置く武人としては当然の心構えなのだが……」
三人から糾弾される持国天――鬼獄魅三郎として皇國の建国に関わり、息子の鬼獄康彌を遠征軍大臣としていた旧日本軍服の老翁――閏閒三入は渋い表情を浮かべている。
「確かに、何かと喋り過ぎたところはあるかも知れませぬ……」
「貴方の息子なんて、私の真名すら知っていたわよ。私達の正体を何処まで話すかは、一人一人の裁量にある程度任せてはいるけれど、幾ら何でも話しすぎだわ」
「折角皇國に一族を作ったのですから、儂らの駒として動かせるようにしておこうと……」
「あり得んな……」
推城は長槍の柄で床を強く叩いた。
彼は四人の中でも情報の秘匿に拘る男であり、それだけに閏閒のやり方には苛立ちを覚えているらしい。
「うーん、僕はもう良いんじゃないかと思うんだよね」
八社女は足をばたつかせながら笑い続けている。
「御媛様にとって都合の良い御方が神皇になったんでしょ? だったら、最低限必要な人員だけ残しておけば充分じゃない?」
「それもそうね……」
貴龍院は口角を上げ、唇の裏に白い歯を覗かせる。
その表情には閏閒に対する悪意が見え隠れしている。
「三入君、息子だけでなく、一族全部綺麗にお掃除してあげましょうか?」
「いいえ媛様、お待ちくだされ」
閏閒は貴龍院の言葉を拒んだ。
しかし、そこには一族に危害が及ぶという焦燥や危機感は見られない。
寧ろ、その眼には冷たい光が宿っていた。
「あれでも血を分けた儂の子孫です。せめて儂自らの手で根絶やしにしてやりましょう」
「あらあら、随分と残酷なことを考えるのね。鬼獄家にとって、貴方は現人神でしょう?」
「別に、現人神が自らを崇める者の意に沿うとは限りませんからな」
それを聞いた貴龍院は、さも愉快気に笑い始めた。
「面白いことを言うわね、貴方。いや、流石というべきかしら。うふふふふ……」
脇の八社女や推城も閏閒に視線を集める。
閏閒はというと、眉間に皺を寄せた険しい表情のまま口だけで笑みを浮かべる。
「鬼獄本家に一族全員を集め、あれを使って一気に殲滅してしまいましょう」
「子々孫々、始祖を仰ぎて、贄となる。後に遺るは、賽の石積み。宜しく頼むわね、三入君……」
斯くして、一つの名家の運命が人知れず決められてしまった。
そんな彼女の部屋には航と魅琴だけでなく、白檀揚羽と水徒端早辺子も駆け付けていた。
自分達だけでは収拾が付かないと判断した航が呼んだのだ。
「麗真さんに扶桑丸を飲ませようとして自爆しちゃったんですかー。てことは、またしても術識神為のお願いは延期になっちゃいましたねー」
『どういうことだ? さっぱり話が見えんのだが……』
先程まで罠の食卓に使われようとしていた小卓にはノートパソコンが置かれ、根尾弓矢の姿が映し出されている。
東風美の能力は、武装戦隊・狼ノ牙を捜索するにあたって頼みの綱だ。
それが使えなくなったという事態は、根尾への報告が必要だろう――そう考えた魅琴が白檀に進言して、通話を繋がせたのだ。
『俺は、彼女は体調不良で寝込んでいると聞いていたのだが、それが何故麗真君を陥れようとしたんだ? 白檀、解る様に経緯を説明しろ。包み隠さずな』
「はい……」
不在中にも拘らず根尾から怒られそうになっている白檀が萎れている。
こうなることが解っていたから、彼女は根尾への報告を渋ったのだろう。
「いや、どうも鬼獄さんは麗真家のことを当初から敵視していまして……」
『そうなのか、鬼獄嬢?』
「はい、仰るとおりです。でも私が、というよりは鬼獄家の言付けでして……」
東風美は普段の無駄に溌剌とした受け答えが嘘の様に弱々しい声で答えた。
どうやら今回の失敗で相当参ってしまったらしい。
『鬼獄家……成程な。そういえば君は皇國に渡った鬼獄魅三郎の子孫で、俺と麗真君の再従妹に相当するのだったな』
「曾御爺様――持国天様は私達鬼獄家にとって、皇國建国の道筋を作った偉大な御方です。その御言葉は当主以上の重みがあるんです……。私は今回の明治日本行きを持国天様にお伝えした折、『機が巡って来たら鬼獄を去った麗真家の娘を懲らしめるように』と仰せつかっていたんです……」
東風美は下を向いたままぼそぼそと言い訳を並べ立てる。
しかし、その言葉を聞いた魅琴と根尾は衝撃を受けていた。
「曾御爺様が……生きているの……!?」
『ああ、俺にもそう聞こえた。どういうことだ? もっと詳しく聞きたい』
魅琴と根尾にとって、崇神會創設者たる祖父・麗真魅射が決別したその父親・鬼獄魅三郎は、既に過去の人間だった。
それもその筈、麗真魅射は六年前に他界した時点で八十五歳であり、その父親である曾祖父となると先代神皇よりも年上、今生きていれば百二十三歳にもなる筈だ。
だが、今彼らが捜査対象としている相手には、それよりも遥かに永い時を生きていると嘯く者達も含まれている。
それを踏まえると、鬼獄魅三郎の生存も全くあり得ない話ではなくなってしまうのだ。
「あの、二人共一体どうしたんですか? 曾御爺様のこと、御存知なかったんですか?」
魅琴と根尾が予想外所に食い付き、東風美は困惑した様子で二人の顔へ交互に目を遣っていた。
そんな中、ノートパソコン画面の向こうの根尾は何やらマウスを操作している。
何かファイルを開いているようだ。
『うむ、成程な。これはひょっとすると、そういうことなのか……』
「根尾さん、どうかしたんですかー?」
『ああ。みんな、この写真を見てくれ』
根尾は自分の画面を共有し、一枚の写真をノートパソコン画面に映し出した。
見知った二人の男と、女と老翁が密会している写真だった。
ただ、女は背中を向けており、老翁はその女の陰に隠れて顔があまり見えない。
「蓮君から送られてきた写真ですねー。これが何か?」
『ああ。君達にも説明しておくと、この写真は武装戦隊・狼ノ牙に潜入していた俺の部下が命と引き換えに送信してきたものだ。今回、我々が八社女と推城を捜査することになったのは、この写真に国家的危機の匂いが満ちていると皇先生が判断なさったからだ』
航と魅琴は顔を晒している二人の男・八社女征一千と推城朔馬をじっと見詰めた。
しかし、今回根尾が指摘するのはこの二人ではない。
『奥の人物を見てくれ。旧日本軍服らしき装いの老翁だ。手前の女の陰に隠れている上、解像度も低くて判りにくいが、見ようと思えば見えてこないか?』
「確かに、似ている気がしてくるわね。実家にある曾御爺様の写真に……」
「ああ、そういえばあったな……」
航は初めて麗真家を訪れた中学時代のことを思い出した。
あの時、存命中だった魅琴の父・麗真魅弦から居間に飾られていた写真について色々聞いたのだった。
その時、一枚の写真に写っていた精悍な顔付きの人物を、魅弦は確かに「自分の祖父」だと言っていた。
「つまり、八社女征一千や推城朔馬と密会しているこの老翁は、鬼獄魅三郎?」
「ち、ちょっと何を言っているんですか!」
航の呟いた推察を聞いた東風美は、顔を上げて普段どおりの大声を出した。
「叛逆者の八社女と密会していたですって? いくら貴方達が曾御爺様と敵対しているからって、今の言葉は酷過ぎますよ! 曾御爺様だけでなく、鬼獄伯爵家そのものを侮辱する発言です!」
東風美は勢い良く立ち上がって航に迫る。
しかし、魅琴がそんな彼女の肩を掴んだ。
「航をどうするつもり?」
「ヒッ……! いや、その……」
東風美の顔が青褪める。
どうやら完全に魅琴が心的外傷になってしまったようで、彼女はすっかり怯えて引き下がった。
「違うんです、違うんです。私はただ、皆さんの誤解を解きたくて……」
「誤解? 何が誤解なの?」
「その写真ですよ!」
東風美はノートパソコン画面を指差した。
「この写真は皆さんの言うような不届き者の密会現場ではありません! 私は彼らを知っています! この方々は『神瀛帯熾天王』と呼ばれる、皇國建国へと先帝陛下を導かれた神々の御遣いです! 曾御爺様は手前の巫女様に選ばれ、彼らのお仲間となったのです!」
航達は言葉を失った。
調査は雲を掴む様な話と思われた八社女や推城の情報が、思わぬ処から転び出たのである。
豪奢な部屋で、息を切らした東風美の呼吸音だけが時を刻んでいた。
「神瀛帯……熾天王……?」
航は早辺子の方へ目を遣った。
東風美の言葉は皇國の建国に纏わる話である。
早辺子が何か知っていないかと尋ねたかった。
だが、早辺子は無言で激しく首を振る。
どうやら、彼女も全く知らない話らしい。
ということは、鬼獄家のみに伝わる建国神話のようなものなのだろう。
『鬼獄嬢……』
ノートパソコンから根尾の声が呼び掛ける。
彼女が取り乱さないように、努めて落ち着いて話そうとしている心遣いが音声だけで伝わってくる。
『言い難いことだが、この二人の正体は既に八社女征一千と推城朔馬で確定している。俺達はこの男達本人と遭遇し、そして本人の口から名告るのを聞いているのだ』
「嘘! 信じませんよそんなこと!」
「鬼獄様、少なくとも此方の大柄な男性が推城朔馬であることは確かです。私は元皇道保守黨員として、彼と何度かお会いしていますから」
「潰れかけ男爵家の次女風情は黙っててください!」
「あの、ちょっと良いですか?」
航が話を纏めようとする。
「取り敢えず、今のところ僕達と鬼獄さんには意見の相違があるということが判っている訳です。真相を確かめるには、狼ノ牙を追って八社女まで辿り着くしか無いと思うんですよ。八社女が僕達の思っている人間と別人であれば、鬼獄さんの言うことが正しいということになるわけだし……」
「むぅ、それは一理ありますね……」
兎に角、航は東風美を言い包めようと考えた。
今は狼ノ牙を探す上で、彼女の協力は絶対に欲しい。
これ以上話が拗れ、捜査協力を拒否されては目も当てられない。
「解りました。そういうことなら証明してやろうじゃないですか。狼ノ牙を一網打尽にして、八社女の正体を明かしてやります! そして神瀛帯熾天王への誤解が解けた暁には、皆さんには相応の謝罪をしてもらいますからね!」
どうやら上手い落とし所に話が纏まりそうで、航は胸を撫で下ろした。
しかし、依然として問題は残されている。
「ま、でも鬼獄さんの神為は消えたままですけどねー」
『そういえば結局、事の顛末から話が逸れたままだな。しかしまあ、大方の事情は理解した。となると、彼女に東瀛丸を飲ませるために俺が出張を切り上げて戻るしか無いな』
「これ以上取材しても仕方無いですからねー」
神瀛帯熾天王という、八社女や推城の有力な情報を得られた以上、根尾が出張を続ける意味は最早無い。
『鬼獄嬢、貴女には中一日空けて東瀛丸を服用していただく。そして神為が戻り次第、能力で狼ノ牙は八卦衆の足跡を追って貰いたい』
「ええ良いですよ! とっとと叛逆者を殲滅してやりましょう!」
『いや、我が国のやり方として、なるべく生かして……。はぁ、何だか疲れたな……』
何はともあれ、特別警察特殊防衛課の捜査はこの日、大きな進展を迎えた。
「航」
解散の流れとなり、魅琴が航に小声で話し掛けてきた。
「どうしたの、魅琴?」
「この後私の家に来なさい」
「え? 何?」
「貴方には今日、私の為に尽くす義務があるわ」
「どういうこと?」
何やら魅琴は少しそわそわしている。
「貴方が例のあんぱんを食べずに済んだのは、私が残りの十二個を残さず食べ尽くしたから。つまり、貴方は今日私に助けられたことになる。そうよね?」
「まあ……そうなるか……。ん?」
航は頭にふと良からぬ考えが閃いた。
魅琴の様子から、何となく察するものがある。
「そっか、そっかそっか。我慢しているんだったね。全く、君は業突張りなんだから。それに意地張りだね。素直に助けて欲しいって言ってごらん? 『助けて、欲しい』って」
「鬱陶しいわね。良いから今夜は泊まっていきなさい」
「はいはい」
「言っておくけど、甘い考えでいたら大変なことになるわよ。覚悟しておきなさいね」
「解った解った。楽しみだねー」
こうして、航と魅琴はこの日、一つ屋根の下で過ごすことになった。
⦿⦿⦿
何処かの闇の中、四人の男女が密会している。
歪んだ蝋燭の僅かな灯が不気味に揺らめく円卓を囲むのは、神瀛帯熾天王と呼ばれる四人である。
先ずは広目天――新神皇・獅乃神叡智の近衛侍女が一人、ゴシックロリータ服に身を包んだ背の高い美女・貴龍院皓雪が口を開く。
「三入君、貴方に一つ釘を刺しておきたいことがあるのよね。貴方、私達の事を子孫にべらべらと喋っているでしょう」
続いて増長天――武装戦隊・狼ノ牙の首領補佐、朝服に総角髪の少年がへらへらと笑いながら話す。
「必要以上のことを喋るのは良くないよねえ。僕は基本、自己紹介をするときは相手にすぐ死んでもらうときだけだし、万が一逃げられたり、御褒美に追加情報を与えても、核心に迫る様なことは口にしないよ」
更に多聞天――元皇道保守黨青年部長にして、甲夢黝元首相や能條緋月元首相の秘書、髷を結った大男・推城朔馬も険しい表情で語り出す。
「肉親といえども状況が逼迫すれば裏切るのが世の常。身内に信を置き過ぎるのは感心せんな。戦に身を置く武人としては当然の心構えなのだが……」
三人から糾弾される持国天――鬼獄魅三郎として皇國の建国に関わり、息子の鬼獄康彌を遠征軍大臣としていた旧日本軍服の老翁――閏閒三入は渋い表情を浮かべている。
「確かに、何かと喋り過ぎたところはあるかも知れませぬ……」
「貴方の息子なんて、私の真名すら知っていたわよ。私達の正体を何処まで話すかは、一人一人の裁量にある程度任せてはいるけれど、幾ら何でも話しすぎだわ」
「折角皇國に一族を作ったのですから、儂らの駒として動かせるようにしておこうと……」
「あり得んな……」
推城は長槍の柄で床を強く叩いた。
彼は四人の中でも情報の秘匿に拘る男であり、それだけに閏閒のやり方には苛立ちを覚えているらしい。
「うーん、僕はもう良いんじゃないかと思うんだよね」
八社女は足をばたつかせながら笑い続けている。
「御媛様にとって都合の良い御方が神皇になったんでしょ? だったら、最低限必要な人員だけ残しておけば充分じゃない?」
「それもそうね……」
貴龍院は口角を上げ、唇の裏に白い歯を覗かせる。
その表情には閏閒に対する悪意が見え隠れしている。
「三入君、息子だけでなく、一族全部綺麗にお掃除してあげましょうか?」
「いいえ媛様、お待ちくだされ」
閏閒は貴龍院の言葉を拒んだ。
しかし、そこには一族に危害が及ぶという焦燥や危機感は見られない。
寧ろ、その眼には冷たい光が宿っていた。
「あれでも血を分けた儂の子孫です。せめて儂自らの手で根絶やしにしてやりましょう」
「あらあら、随分と残酷なことを考えるのね。鬼獄家にとって、貴方は現人神でしょう?」
「別に、現人神が自らを崇める者の意に沿うとは限りませんからな」
それを聞いた貴龍院は、さも愉快気に笑い始めた。
「面白いことを言うわね、貴方。いや、流石というべきかしら。うふふふふ……」
脇の八社女や推城も閏閒に視線を集める。
閏閒はというと、眉間に皺を寄せた険しい表情のまま口だけで笑みを浮かべる。
「鬼獄本家に一族全員を集め、あれを使って一気に殲滅してしまいましょう」
「子々孫々、始祖を仰ぎて、贄となる。後に遺るは、賽の石積み。宜しく頼むわね、三入君……」
斯くして、一つの名家の運命が人知れず決められてしまった。
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魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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