日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十一話『神瀛帯熾天王』 破

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 ことが調薬した中和剤を与えられたは、数十分後にどうにか感度暴走が収まり体の調子を取り戻した。
 そんな彼女の部屋にはわたることだけでなく、びやくだんあげはたも駆け付けていた。
 自分達だけでは収拾が付かないと判断したわたるが呼んだのだ。

うるさんにそうがんを飲ませようとして自爆しちゃったんですかー。てことは、またしてもじゆつしきしんのお願いは延期になっちゃいましたねー」
『どういうことだ? さっぱり話が見えんのだが……』

 先程までわなの食卓に使われようとしていた小卓にはノートパソコンが置かれ、きゆうの姿が映し出されている。
 東風美の能力は、そうせん隊・狼ノ牙を捜索するにあたって頼みの綱だ。
 それが使えなくなったという事態は、への報告が必要だろう――そう考えたことびやくだんに進言して、通話をつながせたのだ。

おれは、彼女は体調不良で寝込んでいると聞いていたのだが、それが何故なぜうる君を陥れようとしたんだ? びやくだんわかる様に経緯を説明しろ。包み隠さずな』
「はい……」

 不在中にも拘らずから怒られそうになっているびやくだんしおれている。
 こうなることが解っていたから、彼女はへの報告を渋ったのだろう。

「いや、どうもごくさんはうる家のことを当初から敵視していまして……」
『そうなのか、ごく嬢?』
「はい、おつしやるとおりです。でもわたしが、というよりはごく家の言付けでして……」

 は普段の無駄にはつらつとした受け答えがうその様に弱々しい声で答えた。
 どうやら今回の失敗で相当参ってしまったらしい。

ごく家……成程な。そういえばきみこうこくに渡ったごくさぶろうの子孫で、おれうる君のに相当するのだったな』
ひいじいさま――持国天様はわたしごく家にとって、こうこく建国の道筋を作った偉大なかたです。そのことは当主以上の重みがあるんです……。わたしは今回のめいひのもと行きを持国天様にお伝えした折、『機が巡って来たらごくを去ったうる家の娘を懲らしめるように』と仰せつかっていたんです……」

 は下を向いたままぼそぼそと言い訳を並べ立てる。
 しかし、その言葉を聞いたことは衝撃を受けていた。

「曾御爺様が……生きているの……!?」
『ああ、おれにもそう聞こえた。どういうことだ? もっと詳しく聞きたい』

 ことにとって、じんかい創設者たる祖父・うるいるが決別したその父親・ごくさぶろうは、既に過去の人間だった。
 それもそのはずうるいるは六年前に他界した時点で八十五歳であり、その父親であるそうとなると先代じんのうよりも年上、今生きていれば百二十三歳にもなる筈だ。
 だが、今彼らが捜査対象としている相手には、それよりもはるかに永い時を生きているとうそぶく者達も含まれている。
 それを踏まえると、ごくさぶろうの生存も全くあり得ない話ではなくなってしまうのだ。

「あの、二人共一体どうしたんですか? 曾御爺様のこと、ぞんなかったんですか?」

 ことが予想外所に食い付き、は困惑した様子で二人の顔へ交互に目を遣っていた。
 そんな中、ノートパソコン画面の向こうのは何やらマウスを操作している。
 何かファイルを開いているようだ。

『うむ、成程な。これはひょっとすると、そういうことなのか……』
さん、どうかしたんですかー?」
『ああ。みんな、この写真を見てくれ』

 は自分の画面を共有し、一枚の写真をノートパソコン画面に映し出した。
 見知った二人の男と、女と老翁が密会している写真だった。
 ただ、女は背中を向けており、老翁はその女の陰に隠れて顔があまり見えない。

れん君から送られてきた写真ですねー。これが何か?」
『ああ。きみ達にも説明しておくと、この写真はそうせんたいおおかみきばに潜入していたおれの部下が命と引き換えに送信してきたものだ。今回、我々がおとつきしろを捜査することになったのは、この写真に国家的危機の匂いが満ちているとすめらぎ先生が判断なさったからだ』

 わたることは顔を晒している二人の男・おと征一千とつきしろさくをじっと見詰めた。
 しかし、今回が指摘するのはこの二人ではない。

『奥の人物を見てくれ。旧日本軍服らしき装いの老翁だ。手前の女の陰に隠れている上、解像度も低くてわかりにくいが、見ようと思えば見えてこないか?』
「確かに、似ている気がしてくるわね。実家にある曾御爺様の写真に……」
「ああ、そういえばあったな……」

 わたるは初めてうる家を訪れた中学時代のことを思い出した。
 あの時、存命中だったことの父・うるつるから居間に飾られていた写真について色々聞いたのだった。
 その時、一枚の写真に写っていたせいかんな顔付きの人物を、つるは確かに「自分の祖父」だと言っていた。

「つまり、おとせいつきしろさくと密会しているこの老翁は、ごくさぶろう?」
「ち、ちょっと何を言っているんですか!」

 わたるつぶやいた推察を聞いたは、顔を上げて普段どおりの大声を出した。

はんぎやく者のおとと密会していたですって? いくら貴方あなた達が曾御爺様と敵対しているからって、今の言葉はひど過ぎますよ! 曾御爺様だけでなく、ごく伯爵家そのものを侮辱する発言です!」

 は勢い良く立ち上がってわたるに迫る。
 しかし、ことがそんな彼女の肩をつかんだ。

わたるをどうするつもり?」
「ヒッ……! いや、その……」

 の顔があおめる。
 どうやら完全にこと心的外傷トラウマになってしまったようで、彼女はすっかりおびえて引き下がった。

「違うんです、違うんです。わたしはただ、皆さんの誤解を解きたくて……」
「誤解? 何が誤解なの?」
「その写真ですよ!」

 はノートパソコン画面を指差した。

「この写真は皆さんの言うような不届き者の密会現場ではありません! わたしは彼らを知っています! この方々は『しんえいたいてんのう』と呼ばれる、こうこく建国へと先帝陛下を導かれた神々のつかいです! 曾御爺様は手前の巫女みこ様に選ばれ、彼らのお仲間となったのです!」

 わたる達は言葉を失った。
 調査は雲を掴む様な話と思われたおとつきしろの情報が、思わぬところからまろび出たのである。
 ごうしやな部屋で、息を切らしたの呼吸音だけが時を刻んでいた。

しんえいたい……てんのう……?」

 わたるの方へ目を遣った。
 の言葉はこうこくの建国にまつわる話である。
 が何か知っていないかと尋ねたかった。

 だが、は無言で激しく首を振る。
 どうやら、彼女も全く知らない話らしい。
 ということは、ごく家のみに伝わる建国神話のようなものなのだろう。

ごく嬢……』

 ノートパソコンからの声が呼び掛ける。
 彼女が取り乱さないように、努めて落ち着いて話そうとしている心遣いが音声だけで伝わってくる。

『言いにくいことだが、この二人の正体は既におとせいつきしろさくで確定している。おれ達はこの男達本人と遭遇し、そして本人の口からるのを聞いているのだ』
「嘘! 信じませんよそんなこと!」
ごく様、少なくともちらの大柄な男性がつきしろさくであることは確かです。わたくしは元こうどうしゅとう員として、彼と何度かお会いしていますから」
つぶれかけ男爵家の次女風情は黙っててください!」
「あの、ちょっと良いですか?」

 わたるが話をまとめようとする。

えず、今のところぼく達とごくさんには意見の相違があるということが判っている訳です。真相を確かめるには、おおかみきばを追っておとまで辿たどくしか無いと思うんですよ。おとぼく達の思っている人間と別人であれば、ごくさんの言うことが正しいということになるわけだし……」
「むぅ、それは一理ありますね……」

 かくわたるを言い包めようと考えた。
 今はおおかみきばを探す上で、彼女の協力は絶対に欲しい。
 これ以上話がこじれ、捜査協力を拒否されては目も当てられない。

「解りました。そういうことなら証明してやろうじゃないですか。おおかみきばを一網打尽にして、おとの正体を明かしてやります! そしてしんえいたいてんのうへの誤解が解けたあかつきには、皆さんには相応の謝罪をしてもらいますからね!」

 どうやらい落とし所に話が纏まりそうで、わたるは胸をろした。
 しかし、依然として問題は残されている。

「ま、でもごくさんのしんは消えたままですけどねー」
『そういえば結局、事のてんまつから話がれたままだな。しかしまあ、大方の事情は理解した。となると、彼女にとうえいがんを飲ませるためにおれが出張を切り上げて戻るしか無いな』
「これ以上取材しても仕方無いですからねー」

 しんえいたいてんのうという、おとつきしろの有力な情報を得られた以上、が出張を続ける意味ははや無い。

ごく嬢、貴女あなたには中一日空けてとうえいがんを服用していただく。そしてしんが戻り次第、能力でおおかみきばはっしゅうの足跡を追ってもらいたい』
「ええ良いですよ! とっとと叛逆者をせんめつしてやりましょう!」
『いや、我が国のやり方として、なるべく生かして……。はぁ、何だか疲れたな……』

 何はともあれ、特別警察特殊防衛課の捜査はこの日、大きな進展を迎えた。

わたる

 解散の流れとなり、ことわたるに小声で話し掛けてきた。

「どうしたの、こと?」
「この後わたしの家に来なさい」
「え? 何?」
貴方あなたには今日、わたしために尽くす義務があるわ」
「どういうこと?」

 何やらことは少しそわそわしている。

貴方あなたが例のあんぱんを食べずに済んだのは、わたしが残りの十二個を残さず食べ尽くしたから。つまり、貴方あなたは今日わたしに助けられたことになる。そうよね?」
「まあ……そうなるか……。ん?」

 わたるは頭にふと良からぬ考えがひらめいた。
 ことの様子から、何となく察するものがある。

「そっか、そっかそっか。我慢しているんだったね。全く、きみごうつくりなんだから。それにっぱりだね。素直に助けて欲しいって言ってごらん? 『助けて、欲しい』って」
うつとうしいわね。良いから今夜は泊まっていきなさい」
「はいはい」
「言っておくけど、甘い考えでいたら大変なことになるわよ。覚悟しておきなさいね」
「解った解った。楽しみだねー」

 こうして、わたることはこの日、一つ屋根の下で過ごすことになった。



    ⦿⦿⦿



 かの闇の中、四人の男女が密会している。
 ゆがんだろうそくわずかな灯が不気味に揺らめく円卓を囲むのは、しんえいたいてんのうと呼ばれる四人である。
 ずは広目天――新じんのうかみえいの近衛侍女が一人、ゴシックロリータ服に身を包んだ背の高い美女・りゆういんしらゆきが口を開く。

みつなり君、貴方あなたに一つくぎを刺しておきたいことがあるのよね。貴方あなたあたくし達の事を子孫にべらべらとしやべっているでしょう」

 続いて増長天――そうせんたいおおかみきばの首領補佐、朝服にあげまきがみの少年がへらへらと笑いながら話す。

「必要以上のことを喋るのは良くないよねえ。ぼくは基本、自己紹介をするときは相手にすぐ死んでもらうときだけだし、万が一逃げられたり、御褒美に追加情報を与えても、核心に迫る様なことは口にしないよ」

 更に多聞天――元こうどうしゅとう青年部長にして、きのえくろ元首相やのうじょうづき元首相の秘書、まげを結った大男・つきしろさくも険しい表情で語り出す。

「肉親といえども状況がひつぱくすれば裏切るのが世の常。身内に信を置き過ぎるのは感心せんな。戦に身を置く武人としては当然の心構えなのだが……」

 三人からきゆうだんされる持国天――ごくさぶろうとしてこうこくの建国に関わり、息子のごくやすを遠征軍大臣としていた旧日本軍服の老翁――うるみつなりは渋い表情を浮かべている。

「確かに、何かと喋り過ぎたところはあるかも知れませぬ……」
貴方あなたの息子なんて、あたくしの真名すら知っていたわよ。あたくし達の正体を何処まで話すかは、一人一人の裁量にある程度任せてはいるけれど、幾ら何でも話しすぎだわ」
せつかくこうこくに一族を作ったのですから、わしらの駒として動かせるようにしておこうと……」
「あり得んな……」

 つきしろながやりの柄で床を強くたたいた。
 彼は四人の中でも情報の秘匿にこだわる男であり、それだけにうるのやり方にはいらちを覚えているらしい。

「うーん、ぼくはもう良いんじゃないかと思うんだよね」

 おとは足をばたつかせながら笑い続けている。

ひめさまにとって都合の良い御方がじんのうになったんでしょ? だったら、最低限必要な人員だけ残しておけば充分じゃない?」
「それもそうね……」

 りゆういんは口角を上げ、唇の裏に白い歯をのぞかせる。
 その表情にはうるに対する悪意が見え隠れしている。

みつなり君、息子だけでなく、一族全部れいにお掃除してあげましょうか?」
「いいえひめさま、お待ちくだされ」

 うるりゆういんの言葉を拒んだ。
 しかし、そこには一族に危害が及ぶという焦燥や危機感は見られない。
 むしろ、そのには冷たい光が宿っていた。

「あれでも血を分けたわしの子孫です。せめてわし自らの手で根絶やしにしてやりましょう」
「あらあら、随分と残酷なことを考えるのね。ごく家にとって、貴方あなたあらひとがみでしょう?」
「別に、現人神が自らをあがめる者の意に沿うとは限りませんからな」

 それを聞いたりゆういんは、さも愉快気に笑い始めた。

「面白いことを言うわね、貴方あなた。いや、流石さすがというべきかしら。うふふふふ……」

 脇のおとつきしろうるに視線を集める。
 うるはというと、けんしわを寄せた険しい表情のまま口だけで笑みを浮かべる。

ごく本家に一族全員を集め、あれを使って一気に殲滅してしまいましょう」
「子々孫々、始祖を仰ぎて、にえとなる。後にのこるは、さいの石積み。よろしく頼むわね、みつなり君……」

 くして、一つの名家の運命が人知れず決められてしまった。
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