日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十二話『穢詛禍終』 序

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 なわげんは長年どうじょうふとしの参謀役、右腕として常に彼を陰から支えてきた。
 そのきっかけは彼らの前世、祖父の代――なわずみどうじょうきみだった頃の大学時代までさかのぼる。

 時は西暦一九十五年、大学に入ったばかりだった子爵令息・なわずみは、学食で同じく新入生の公爵令息・どうじょうきみと出会った。
 当時のどうじょうは長身で洗練された顔立ちをしており、同年代の誰よりも世のすうせいを見通す洞察力と周囲の人間をける魅力を併せ持っていた。
 一方でどうじょうなわの才知と事務能力と交渉力、冷静な状況判断能力を大いに買っていた。
 そして二人は共通の理想を抱く同志として意気投合することになったのだ。

 それまでの様に資本家が富を独占するのではなく、労働者達の合意に基づき必要に応じて分け与えられる経済体制。
 それまでの様に特権階級が政治を独占するのではなく、貧富にらず万民によって国を動かす政治体制。
 それまでの様に誰もが好き勝手に資源をあさり開発するのではなく、合理性にのっとって統制された計画に基づき国を発展させる開発体制。

 彼らはそんな理想の下で多くの同志を集め、彼の世界線にける国際共産党コミンテルンの指導の下で政治団体を結成。
 そして戦争の混乱に乗じて理想を実現すべく、それまでのみかどによって治められる日本に取って代わる共産主義国家「ヤシマ人民民主主義共和国」を建国するに至った。

 あの頃が彼らの絶頂期であった。

 彼らは西帝国及び継承国の蘇維埃ソヴィエト連邦・合衆国という二つの巨大国家に戦争を仕掛けるという愚――いな、戦争そのものを二度と繰り返さぬよう、国民意識の改革と国家規模の縮小を試みた。
 大和民族が身の丈を自覚し、素朴な富で足るを知れば、おのずと国民の幸福と国家の安穏につながると信じていた。
 また力を失えば、世界もまたこの民族の狂気に二度とさらされる事無く、永久的な平和の時代が訪れるのではないかと夢想していた。

 だが、理想の国家運営、政治を極めようとした彼らに待っていたのは、何処どこまでも残酷で容赦の無い現実だった。

 その曇り無きまなこに映った未来ははこにわの中の楽園。
 だが偽り無きやまとを襲った時代はろうごくの中の奈落。

 彼らの統治はまず結果に、それから権威に、民衆に、武力に、趨勢に、挙句は歴史に学問に否定された。
 当時を生きた人民は、あの時代を地獄だったと言う。
 当時を教わった臣民は、あの時代をあやまちだったとう。
 そして客観的な視点から当時を学んだ化外の民もまた、あの時代は失敗だったと評する。

 どうじょうきみなわずみは国家権力を失い、二人と共に戦おうという兵力もわずかばかりとなってしまった。
 そんな彼らの前に現れたのが、おとせいだった。
 十代の少年の様なちでありながら何百年も生きたような風格を持つ男だった。

どうじょうきみきみは生まれついて特別な力を持っているらしいじゃないか。天神の血筋の奇跡とうたわれたあのおおとりかみだいよりも先に、その力を我が物として使いこなしていた」

 北の大地に追い詰められ、きゅうごしらえで作ったかくで閉じこもっていたどうじょうは、おとの話に聴き入っていた。

「だが、きみにはまだ強大な潜在能力が眠っている。ぼくきみが不世出の指導者の器であると信じて疑わない。もちろんなわずみ、そのどうじょう鏡にかなったきみもまた、歴史に名を残すべき傑物だ。何より、その胸に抱いた誰もを救うこうまいな理想が素晴らしい。そのきみ達をような境遇に置くとは……つくづく救いがたい民族だと思わないか……?」

 おとの言葉には不思議な魅力があった。
 心が求めているきんせんに的確に触れ、最も美しい和音を響かせる様な、そんな気がした。
 当時、なわは心を動かされていた。
 どうじょうに至っては目に涙を浮かべてすらいた。

「だが、我々は敗けてしまった……。もうここから盛り返すことは……」
「諦めるのはまだ早い」

 おとは弱気になっていた二人に優しいほほみを見せた。
 少年の様な顔立ちでありながら、異様な包容力を備えた微笑みであった。

「言っただろう。きみには、いやきみ達にはすさまじい可能性があると。ぼくがその扉を開いてあげよう。そして三人で再びこの国をり、愚かなる民族を浄化するのだ」

 おとは二人に向けて手をかざした。

まがつひがみ

 どうじょうなわの身体が紫色の毒々しい闇に包まれた。
 不思議なことに、二人の体の奥底から新たな力があふれて来る。

「これは……一体……?」
ぼくにはきみ達の力とは異なる、しかし表裏一体の力があってね。この世の理を外側からげることが出来るのさ。使い方によってはこうやって、きみ達の力を増幅させることだってね……」

 おとの言うとおり、二人のしんはこれまでとは明らかに異なる水準に達していた。
 それはまるで、趣味の体育愛好家スポーツマンが一夜にして世界的な運動選手アスリートに成ったかの様だ。

「これからは自らの能力に名前を付けるといい。ぼくと並々ならぬいんねんを持ったる女も、名前には霊力があると考えたものだ。今、きみ達に与えた力の名はぼくから与えよう」
「いや……」

 どうじょうゆがんだ笑みを浮かべ、てのひらを突き出しておとの言葉を止めた。

「それならばおあつらきの名がある。今、我輩はきみに引き出された力の全貌を理解した。これは運命を支配する力だ。どのように時代が流れても、何代でも世代を重ねて国を治める地位に返り咲く力だ。ならば我輩はこう名付けよう!」

 両腕をひろげるどうじょうは、なわの眼にあまりにも大きく見えた。
 じんのうが刻を超えて帰還したあらひとがみならば、どうじょうもまたそれに匹敵する存在なのだと感じた。
 少しおそろしいくらいだった。

「第一の能力『シンリッコイチャ』! 意味は祖神にもつささげること! この能力があれば我輩は何度でもこの世に舞い戻ることが出来る! 第二の能力『カモ』! 意味は神の存在否定! 反動勢力の要たる神通力の類を封じることが出来る! 第三の能力『シタ』! 意味はいぬの民族そのもの! 神通力を預かることが出来る!」
「ほう、聞き慣れない言葉だね……」
「丁度、かつてこの地に生きた、そして野蛮なるいぬの民族に滅ぼされた民の言葉だ! その無念を我輩が受け継ぐのだ! 何年何世代掛かろうが、必ず再び政権に返り咲いてね!」
「素晴らしい……!」

 どうじょうの言葉を聞き、今度はおとが口元を歪めて笑った。

きみ達はヤシマ臨時政府としては瀬戸際まで追い詰められてしまったが、ある意味では始まりの日を迎えたとも言える。ならばぼく達三人から始めようではないか。どうじょう君、今までヤシマの国家主席として民を導いてきたきみが引き続き首領の座に就きたまえ。首相のなわ君は同じく引き続き参謀役を、そしてぼくきみ達の夢の続きを首領補佐として助けようではないか」

 どうじょうは歓喜に震えており、なわもまたおおむね同じ心境だった。
 だが同時に、なわは少し不穏な空気を読み取ってもいた。
 そんな同志の僅かな懸念も露知らず、どうじょうは高らかに宣言する。

ただいまより、我々はおおかみの牙となる! 天神の子孫をかたふるい権威にいつまでも尻尾を振り続け、疑いもせずに強きを助けて肥え太らせ、弱きをくじき隅へ追いやる――そんな狗の民族に滅ぼされた狼達の恨みの牙だ! そう、はやヤシマ人民民主主義共和国臨時政府ではない! 我々は『そうせんたいおおかみきば』!!」

 その後、彼らは残党の反対派を粛清した上で徐々に勢力を拡大し、そうせんたいおおかみきばとしてこうこく最大の反政府組織にまで成り上がった。
 どうじょうきみなわずみじゅつしきしんシンリッコイチャによって孫のどうじょうふとしなわげんとして転生を果たし、その地位を引き継いだ。

 そして今に至るまで、なわどうじょうが日本国家のはくだつという恐ろしい思想にのめり込んでいく様を横目に見ながら、それでも彼を支え続けたのだ。
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