日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十二話『穢詛禍終』 破

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 九月十日――特別警察特殊防衛課に住所が割れる一日前のアパートの一室で、二人の男が遅いしらせにいらっていた。
 その脇では一人の青年が感情の無い人形のような表情で立っている。
 そうせんたいおおかみきばしゅかいしゅりょうДデーことどうじょうふとしと、参謀役のなわげん、そしてしゅりょうДデーの息子であるどうじょうかげだ。

「同志わたりかくとして、同志はなはまだかね? 双子の居場所の情報は、例の筋から確かに入ったのだろう?」
「確かに……。あまりにも遅いですね、首領。それに、よう嬢も……」
ようは心配要らんよ。かげを握っている限り、あれが我々から離れることは無い」

 二人はこの場に居ない三人の帰りを待っているようだ。
 わたりりんろうはなたまくも兄妹の確保のために、そしてかげの姉である椿つばきようはそれとは別の目的で一旦このかくを離れている。
 だが、三人の下へ吉報は一切入ってこない。

「首領、一つ提案があるのですが……」

 なわは一息入れてから何かを決意したように話題を変える。

「ヤシマ人民民主主義共和国の再建は、こうこくではなくちら側、めいひのもとで行うというのはいかでしょう?」
「ほう……」

 どうじょうあごひげを触り、考え込んでいる。
 なわは構わず続ける。

「第一次八月革命の成功も、先の第二次八月革命が後一歩の所まで行ったのも、戦争によって国の政情が混乱していてそれに乗じたことが大きいと考えます。しかしこうこくは今、新たなるじんのうの下で急速に安定を取り戻しています。これでは、向こう側で三度目の革命運動を起こしても失敗するのは目に見えています。そして、この世代の我々には次の政情不安を待っている時間など残されていない」
「対してちら側のめいひのもとは、長年与党に君臨してきた保守政党が選挙に大敗しながらも政権に居座り時間稼ぎを続けている、そんな政情不安がある。おまけに国力そのものもこうこくの十分の一以下と……。勢力の立て直しと革命に都合の良い条件は、此方側の方がずっとそろっているということかね?」
「はい。仮に現内閣が観念して総辞職したとして、久々の政権交代である以上は混乱は続くでしょう。もちろん、行く行くはこうこくも視野に入れるとして、ひとめいひのもとから革命をじょうじゅさせて足場を固めるのがよろしいかと……」

 なわはまるで顔色をうかがう様にどうじょうの伏した目を見上げた。
 彼の提案は現実を見据えているようにも思えるが、それでも受け入れられるかまるで不安がっているようだ。
 対して、どうじょうは答える。

きみの提案には問題がある」
「どういうことです?」
めいひのもとで革命を成就させたとして、すぐにこうこくへと革命を飛び火させることは出来ん。である以上、この地で革命国家をそれなりに維持しなければならんではないか」
「そんなことは当然ではないですか、首領!」

 隣の部屋に聞こえることもはばからず、なわは声を大きくした。

「革命して建国した国家を維持する、当然ではないですか! そうして人民の幸福な暮らし振りを見せ、こうこく内にも再び我々のシンパを育てていくのです! 我々の理想は、方向性として決して間違ってなどいないのだから! 資本主義、保守主義、身内主義が政治の腐敗をもたらしているのはめいひのもととて同じ! それは今の政局から見えるでしょう! なればこそ、我々の理想により人民にとって真に幸福な国を……」
「人民とは、このいぬの民族の事かね、同志なわ!?」

 今度はどうじょうが声をあららげた。
 どうやら双方の考えには食い違いがあるようだ。

「同志なわそもそ何故なぜ我々が先にこうこくから革命しようとしたのか。水は低きから高きには流れぬ。狗の民族の国が二つあるならば、圧倒的に強大なこうこくから先に亡国のよどに沈めるのだ! さすればその強大な軍事力を奪うことが出来る! そして反動勢力がもう一つの国に逃げたとて、国力がはるかに小さなめいひのもとでは亡命政府に反攻の目は無い! こうこくから奪った武力をもってすれば、めいひのもとをも革命の濁流にむことなど訳は無い! だが逆だとどうなる? この国の武力を奪ったとて、こうこくには勝てんではないか!」

 どうじょうの背後にどす黒い炎が燃えていた。
 らんらん耀かがよは追い詰められた獣の如く周囲全てへの敵意に満ちている。

「事に及んでも、首領の思いは変わらないというのですか……!」

 なわけんに深い深いしわが刻まれた。
 血走った目はやや潤んですらいた。
 そしてその口から、長年め続けた苦しみを吐き出す様な訴えがまろび出る。

「もう一度っ……。もう一度理想を目指すことは出来ないのですかっ……? 確かにこうこくでは駄目だった……! でもこっちでは、めいひのもとでは違うかもしれないじゃないですか! そうですよ首領、いや同志どうじょう! もう一度、今度はこっちの日本でやってみましょうよ、理想国家の建設を! 前回の経験もあるんです! しくじったところを改善すれば、今度はきっく行きます!」

 なわすがるようにすら見えるまなしをどうじょうに向けていた。
 どうじょうが返したのはきょうがくと困惑と、そして怒りが入り混じったしかつらだった。
 二人はしばらく無言で、にらうかの如く見詰め合う。

 この沈黙は二人の夢が完全なるしゅうえんに向かっていることを暗示していた。
 いな、二人の思いは遙か以前から既に擦れ違っており、その時点で終わっていたのかもしれない。
 一度の挫折にって、理想国家の建設から日本民族の亡国へと目的が完全にすり替っていたどうじょうと、それに同調しながらも、本音ではかつての夢をて切れずにどうじょうを待ち続けていたなわ
 二度目の挫折は、二人の間に横たわっていたゆがみを白日の下にさらしてしまったのだ。

 そんな二人を、かげは無表情で、無関心に、ただただ視界に入れるように見ていた。
 というより、彼の瞳の焦点は二人よりももっと奥、部屋の入口付近に合わさっていた。
 かげの視点の異様さに、二人はまるで気付いていない。

「まあまあ、二人とも落ち着きなよ……」

 突如、入口の方から男の声がした。
 どうじょうなわは驚いて振り向く。
 二人は今の今まで、そこに四人目の男――首領補佐・おとせいが立っていたことに気付いていなかった。
 この男はいつでも突然現れる。

「や、おと首領補佐……」

 なわは思い詰めた様に男の名を口にした。
 思い起こしてみれば、嘗ての同志を狂わせている思想はこの男から吹き込まれたものだ。
 そしてなわにはそれ以上に、何よりも気に入らないことがあった。

おと首領補佐、今まで何処どこで何を……?」

 そう、この男は革命の機が訪れると告げ、裏で何やら準備をしていたと見える。
 しかし肝腎要の一斉蜂起時には一切顔を出さず、敗走した後の今頃になって何食わぬ顔であらわれたのだ。

 一体何のつもりなのか――なわは声には出さずともそう眼で訴えていた。

「言っただろ? ぼくぼくで色々動いているのさ」

 そんな彼の不満を一顧だにせず、おとはおどけた調子で答えにならない答えを返した。
 なわは苦虫をめるように奥歯に力を込める。
 そして、おとのこの態度に不満を募らせていたのは、どうじょうも同じであった。

「ならば、今回もあの時の様に『動いた成果』があるということかね? それでめっに姿を見せないきみが、わざわざ我々の隠れ処を調べてまでやってきてくれた訳かね?」

 どうじょうの口調は、なわと言い争っていた時とはまた違った、冷ややかな批難の色を帯びていた。
 二人の視線が少年の様なおとに突き刺さる。
 唯一人、どうじょうの息子であるかげだけが、相変わらず無感情な眼でおとを見詰めていた。
 そんな中でおとは、にやりといやらしく口角を上げた。

「ううん、今回は違うかな。はや後が無くなったから、起死回生の一手を今すぐ与える為に来た、と言うべきだろうね」
「後が無い? 起死回生?」

 なわは首をひねった。
 いや、後が無いという意味は分かる。
 現状、彼らはかなり追い詰められてはいる。
 だが、それ以上に起死回生という言葉が気になった。

 思い出されるのは、彼らが初めて出会ったあの時だ。
 おとも同じことを思ったのか、なわに構わず話を続ける。

「あの時もそうだったね。きみ達はかなり滅びの瀬戸際まで来ていた。今回はもっとまずい状況かも知れない。何せ、今や我々結成時の三人を除く残存戦力は、正式な構成員ではないようかげ姉弟しかいないのだからね」
「何!?」

 今度はどうじょうが口を挟んだ。
 彼らはまだ、はっしゅうの二人が辿たどったてんまつを把握していなかった。

おと首領補佐、きみわたり君とはな君がやられたと言っているのかね?」
「おやおや、知らなかったのか。二人は死んだよ。例の双子は回収に失敗し、敵の手元でより厳重に守られることになってしまった」
「何ということだ!!」

 なわが足を踏み鳴らした。
 彼がこの様に、感情をしにして振る舞うのは珍しい。
 客観的に見て元々極めて薄いとはいえ、それでも最後に残されていた望みがついえたのだから、無理も無い。
 どうじょうも頭を抱えている。

「こんなはずでは……こんな筈ではなかった……! 革命を成就するせんざいいちぐうの好機だと思ったのに……! 機が巡ってきた時の為に、こうこくから抵抗する術を奪うはずを練りに練ってきたのに! 後一歩で悲願は達成される筈だったのに! 一体、どうしてこうなった!!」

 どうじょうは次第に声を高くして悲痛に嘆いた。
 なわは硬く目を閉ざし、首を振る。

「いや、今思えば我々は焦り過ぎたのです……! 我々の思想は純粋な者ならば目覚めさせることが出来る。仮令たとえこうこくいて高貴な身分の者であっても、です。それははたときかど竜胆りんどうで証明されている。ならば、そこから皇族を一人か二人取り込むことも出来た筈。戦争を長引かせ、こうこくをより追い詰めるように工作しつつ、苦しむ民の姿を皇族に見せて一人でも此方に付かせる。そうすれば、あのかみえいも封じられたかも知れない。少なくとも、もっと慎重に機を窺い下手に動こうとはしなかった筈……」
「今になってペラペラと! ならば何故最初からそうしなかった!」

 なわの後知恵に苛立ったどうじょうは血走った目を見開いた。

「余裕が無かったのです! そのような体力、我々には残されていなかった! お忘れか首領! 先のわたりの失態で我々は多くの設備を、兵器を、人材を、そしてとうえいがんの生産能力まで喪失したのです! 我々は既に追い詰められていた! 好機と見て蜂起した実態は、いちばちかで蜂起せざるを得なかったのです!」
「ではあいつらのせいか! あのめいひのもとから確保した新入隊員共、革命に協力せず脱走したあの連中! さきもりわたるとかいう餓鬼と仲間共が余計なことをしてくれたせいで、我々は今や風前のともしという訳かね!」

 どうじょうなわは錯乱した様に大声を張り上げて口論していた。
 そんな中、おとは相変わらず不敵に不気味に笑っていた。

「だから落ち着きなって」

 おとが二人の間に割って入った。

「起死回生と言っただろう? そう、この状況はあの時と同じなんだ。あの時と同じように、きみ達に力を与えにやって来たという訳さ」

 二人はおとの言葉に目の色を変えた。
 そうだった、話が脱線してしまっていた。
 追い詰められた二人のもとに、おとは再び手を差し伸べるべく顕れたというのだ。
 さながら、八十年前と同じ様に。

「あの時ぼくはこの世の理をげ、きみ達に眠る力を最大限まで引き出した。その後、よく鍛えて見違える程成長したと思う。しかしそれでも足りないというのなら、今度は理を捻じ曲げるこの世の外側の力そのものを与えよう」

 おとは不気味な笑みを見せる。

「『しん』を生きとし生ける者の国――あしはらのなかつくにの力とするならば、死者の住まう黄泉よみの国――かたくにの力、その名を『まがつひ』……!」

 不気味な静寂と邪悪な闇が、住宅街に紛れ込んだ隠れ処を包み込もうとしていた。
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