日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十三話『友情』 序

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 九月十二日土曜日。
 週末ということで、この日は久々にとあるメンバーで集まっていた。

「この三人で会うのも随分久しぶりだね」
「そうね」

 さきもりわたるうることは、高校時代の友人・ずみふたと旧交を温めるべくカラオケボックスを訪れていた。

「二人は随分と進んじゃったみたいだけどねー」

 ふたはやや悪戯いたずらっぽく目を細めて二人をらかう。
 元々は大人しかった彼女も、打ち解けるにつれてこういう表情を次第に見せるようになっていった。
 そんな高校時代のふたを思い出して、わたることは感慨にふけっていた。
 とはいえ、あの頃とは変わったことが一つある。

「コンタクトレンズのずみさんも今日で見納めね」
「この後行くんだよね。一緒に新しい眼鏡を選ぶの、楽しみにしてたよ」

 今日はわたるふたと交わした約束の日でもある。
 元々は眼鏡をしていたふただったが、拉致された直後の崩落で眼鏡が壊れてしまい、以来ずっと裸眼で生活していた。
 その後、しばらくはしんで視力が強化されていたが、前線から外れてすめらぎかな議員の秘書としてかたわに置かれて働くうちに、とうえいがんが切れてしんを喪失。
 八月三日付でわたる達に先んじて政府の管理下から離れてからは、コンタクトレンズを使用してきた。

 前線を離れる際、精神的に参っていたふたは、わたるとある約束を交わしていた。
 いつか日常生活が戻ってきたとき、一緒に眼鏡を選びに行こう、と。
 それが今日三人で会う一番の目的である。
 この後、三人はふたの眼鏡を買いに行く予定となっている。

「それにしても大変だったでしょう、仮の身分とはいえ母の下で働くのは」
「まあ……ね。そういえば、麗真さんのお母さん、血を吐いて倒れちゃったんでしょ? 大丈夫だったの?」
「病院に搬送されて検査した結果、胃潰瘍が見付かったそうよ。おそらく、過度のストレスが原因だろうって。今は安静を保つ為にも入院して治療に専念しているわ」
「そっか、やっぱり大臣って大変なんだね。わたしなんかじゃ足手纏いだったのかな……」

 ふたは遠い眼でディスプレイのアニメ映像を眺めていた。
 今が旬の人気アニメである。

「じゃあ最初はこれから行きましょうか。せっかくだし」
「お、うるさんから行っちゃう? 自信満々だねえ」

 三人が最初にカラオケを選んだのは、高校時代に三人の話題の中心だったのがアニメや漫画だったからだ。
 最新流行や当時の思い出話に花を咲かせるに、カラオケは丁度良い。
 ただ、ふたとカラオケに来たのは初めてのことである。
 一曲歌い終えたことの歌唱力は、ふたを大いに驚かせていた。

すごい! うるさん上手!」
「ありがとう」
「えー、でも歌いにくいなー……。こんな歌唱力の後だとさ……」
「ま、そこは慣れてる僕が緩衝材になりますか。こといわく、『微妙』『可も無く不可も無く普通』のレベルらしいし」
「お、ちゃっかり頻繁にデートしてることアピールしちゃうねー」

 わたるは高校時代にったアニメの主題歌を選曲した。

「懐かしいね」
「そうね。原作、ずみさんに初めて貸してもらった漫画だったかしら」
「そういえばそうだったっけ。で、ぼくの歌の感想は?」
うるさんの言うとおり、なんか普通だね」

 そう、こうやってことと仲良く一緒にわたるのことをあしらうのが、高校時代のふただった。
 わたるはそんな彼女の懐かしい振る舞いが何処どこか心地良かった。

「じゃ、わたしも歌おっかな」

 この後、三人は二時間ほどカラオケで盛り上がった。
 やはり群を抜いていのはことで、その彼女が評するに、ふたも割と上手いらしい。
 わたるは相変わらず平凡、というのが三人の歌唱力番付である。

 会計はわたるが三人分をひとず払い、後で二人に払い戻すという形を取った。
 ことふたわたるの後方で支払いを待っている。

ずみさん、意外と歌い慣れてるのね」
「うん……。まあ、色々あってね……」

 その時、一瞬だけふたの表情に影が差した。
 声を聞いたわたると、表情を見たこと
 二人は共にふたの様子から、高校卒業後の彼女に何かあったことを察したが、えて深入りはしなかった。



    ⦿⦿⦿



 カラオケボックスから出た三人は、いよいよ眼鏡屋へと足を運ぶ。
 道中並んで会話するのも随分久しぶりだ。

「どう? 生活は落ち着いた?」
「まあね。そこそこ」

 わたることは二人ともふたのその後を気に掛けていた。
 それは、ふたとしても同じらしい。

「二人とも、もうあんまり無理しちゃだめだよ。今までは仕方なかったかもしれないけど、やっぱり自分が一番大事なんだから」

 ふたが二人を心配するのはもっともだ。
 確かに、わたることも日本をこうこくから守るために命懸けで戦った。
 ことは自分の人生よりも優先すべき使命を背負い、命を投げ出す前提で生きてきた。
 わたるはそんな彼女の覚悟を引き継ぎ、自ら戦場へと身を投じた。

 そんな二人が忘れがちな、日常の良識的な感覚をふたは持っている。
 事態がある程度落ち着いて余裕が出てきた今、二人もまた自分達を振り返って反省するところが大いにある。

「まあもう少ししたら、嫌でも普通の生活に完全に戻れるでしょうね」
「そうだな。それが良い」

 政権の移譲が行われていない今はまだ、特別警察特殊防衛課として契約しているわたることは、そうせんたいおおかみきばを討伐する任に就いている。
 しかし、今後の政情によってはどうなるかわからない。
 特殊防衛課を始めとした「こうこくと戦う為の諸制度」は、選挙に敗北した現政権の負の遺産、「横暴の象徴」として、次期政権を担う最大野党によって大幅な見直しが宣言されている。

「政権が変われば、もうおおかみきばを追えないかも知れないってこと?」
「うーん、どうだろうね?」
「それは何とも言えないわね」

 ふたの問いにわたることが答えないのは、当事者として下手なことは言えないからだ。
 故に、今おおかみきばがどうなっているのかは一切今回の話題としていない。

「それにしても、入院生活は退屈だったわ」

 ことは特殊防衛課に関するの事柄を避けるように話題を変えた。

「後半はぼくも見舞えなくなっちゃったからね」
わたしも……忙しくて余り行けなかったし……」

 ふたは申し訳無さそうに顔を伏せた。

「まあでも、自分を見詰め直してこれからの事を考える時間が出来たのは良かったと思うわ。くも兄妹も隣の病室で寝ていたから、騒がしくならなかったしね」

 夏が終わり、残暑の中で秋が少しずつ顔を出し始めている。
 敵の巨大ロボット兵器の脅威と恐怖が何度も日本中を駆け巡り、多くの犠牲を出した戦争も、どうにか一段落付きそうな状況まで持ってこられた。
 日本国もまた、燃える戦果の季節から日常へ、時の移ろいに身を任せていた。



    ⦿⦿⦿



 三人はふたの眼鏡を選び、その後で少しファストフード店に入って雑談を交わすという流れになった。
 外では丁度雨が降り始めていた。

「しかし、まあ色々大変だったなあ……」
「うん、色々あったね」

 この場では、雨が降り始めた事からこうてんかんで過ごした約一カ月の話題になった。

「あの頃、ちょうど梅雨時だったからこんな天気が多かったね」

 ふたは雨に何かを思ったように外を見ていた。
 その様子を見て、わたるは脱出に向けたしんしょうたんの日々を思い出したのだ。

「最初の脱出計画なんてさんも良い所だったからな」
「結果的にさんに止められて良かったね」
「その後で酷い目に遭ったけどなあ……」
「出来れば皆で帰って来たかったね……」

 ふたの言葉でい空気が流れた。
 そう、元々決して気軽に話せるような内容ではない。
 事の起こりは六月の初旬であり、最初の犠牲者が出てからまだ三カ月しかっていないのだ。

「この話はもう少し後になってからの方が良さそうね……」
「そうだね、ごめん」
「まだ早かった……かな……」

 ふたは顔をうつむかせる。
 外は雨脚がいよいよ強くなってきた。
 もう少し店内で様子を見る事で三人の意見は一致した。

「でもま、雨はいつかむんだよな」
「うん……」

 脱出決行は丁度梅雨明けで晴れていた。
 今は雨が降っていても、未来に向かって進めば雲が開けると言うこともあるだろう。
 ふたは俯いていた顔を上げて二人に笑って見せた。

「多分これも通り雨だからもう少しのんびりしていよっか」
「そうだね」

 通り雨――この雨は予報には無かったため、三人は雨具を用意していなかった。
 人生にいて、予期せぬトラブルに見舞われることは珍しくない。
 多くの者が、生きていく中でそんな「通り雨」に何度も会うのだろう。
 そして、事の後には必ず晴れ間が差すのだろう。

 だが時として、人は空の青さを忘れる。
 空の色をモノクロームにつぶしたまま、幻覚の雨にれ続ける一生もある。

 暫く待った後、雨は予想通りすぐに上がった。
 雲行きが変わったならば少し雨宿りすれば良い。
 雨を防ぐ屋根のある場所などいくらでもあるのだから。

 心が幻覚につづけさえしなければ……。



    ⦿⦿⦿



 雨上がりにファストフード店を出て、今回はお開きとなった。

「じゃあまたね、二人とも」
「ええ。また連絡するわ」
ずみさんも元気でね」

 ふたは駅のホームへと入っていった。
 残されたわたることは暫く黙って彼女の後姿を見送っていた。
 しばしの後、わたるが先に切り出す。

「久々に会えてよかったね」
「ええ……」

 ことうれいを帯びた眼を長いまつの下で潤ませていた。
 何かを思い詰めた様に、かたくなに沈黙を守り続けている。
 そんな彼女に、再びわたるから問い掛ける。

「で、どうなんだろうね。あのことは……」
「ええ……」

 ことは一言声を発した後、天を仰ぐ。
 そして曇天の下、まるで何かを堪えるかの様に目を細めた。
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