日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十三話『友情』 破

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 高級ホテルの一室、はたしょうしゃな仕草で客人に紅茶を振る舞っていた。
 とおどうあや――こうこく最高の貴族である六摂家、その一角を担うとおどう公爵家の女当主にして、こうこく側の使者として和平交渉に臨む重要人物である。
 広々とした豪勢な洋室に、ヴィクトリアンスタイルのメイド服を来た長身のに対して、和装の少女に見えるとおどうの姿はミスマッチであるが、六摂家当主らしい洗練されたちが違和感無く溶け込み、大物感すら醸し出している。

「うむ、有難う」

 とおどうれられた紅茶の香りをたしなむ。
 そして静かに、優雅に口へ運ぶ。
 穏やかな午後の日差しが部屋に差し込み、緩やかに時が流れている。
 ここ数日の騒ぎがうその様な、落ち着いた空間がに在った。

はた、お前の淹れるものは何でもいの。わずかな時とはいえ、お前の様な出来た娘を従えられて、しゃちかみ殿下は幸福だったことだろう」
とおどう様、そうおっしゃっていただけますと、わたくしといたしましては幸甚の至りに御座います」
「うむ……」

 紅茶を飲み終えたとおどうは小さく息を吐いた。

「交渉がな、思っていたより難航しそうなのじゃ」
ようで御座いますか……」
「うむ。両国の思いは一刻も早い停戦と講和を望んでおり、一致してはいる」
「それでは何故なぜ……?」
「理由は三つある」

 とおどうはうんざりした表情で天井を見上げた。
 彼女としても、交渉がこじれるとは思ってもいなかったのだろう。
 とおどうの話を聞いて意外に思った。
 この交渉には、とおどうくたれさせてに愚痴を聞かせる程のめんさがあるらしい。

「一つ目は、賠償問題じゃ。たびの戦争、どちらが勝ってどちらが負けたというものではない。故に、こうこくとしては賠償金を払うようないわれは無いという立場を取っておる。しかし、めいひのもと側は勝ち負けを問題としておらず、こうこくが始めた戦争によって生じた被害を補償すべきと言ってきておる……」
「成程。双方の立場だけでなく、考え方が違うという訳ですね」
「どうにも、この世界にいては戦争そのものが決して許されないとされているようでの。こうこくはそのきんを破ったということになっておるらしい」
「それは……厄介で御座いますね……」
「うむ、厄介なのじゃ。お前が想像しておるよりも、はるかにの」

 とおどうは溜息を吐いた。

「つまりこの戦争、めいひのもとだけではなく、この世界そのものにとってこうこくを攻撃する口実となってしまっていたのじゃ。それが二つ目の理由。めいひのもと自体は、こうこくに対して大幅に譲歩してでも戦争を終わらせたいと考えておる。だが、それを許さぬ圧力が国際社会から掛けられておるらしい」
「なんと、この戦争は二国間の問題ではなくなっているというのですか?」
「そういうことじゃ。元々、この世界に来て数年でこうこくは圧倒的な武力を示し、覇権国家たる米国を始めとした大国を屈服させた。連中はそれが今でもごうはらであるらしい。米国も、同盟国として従順に見えてこうこくの寝首をく機会をずっとうかがっておった。そんな国際社会の思惑が、めいひのもとに安易な妥協を許さぬらしい」
めいひのもとは……それで良いのですか……?」

 は少し腹立たしく思えた。
 独断で侵攻したこともあった彼女だが、本来彼女はこうこくと日本国が争い続けることを望んでいない。
 それが無関係の国々の都合で平和を妨害されているとあっては、腸が煮えくり返るというものだ。
 外国そのものには悪感情を抱いておらずとも、行い全てを無条件で容認するという訳ではない。

「思えば、のうじょうづきはこのことをわかっておったから開戦に慎重だったのじゃろう。つくづく、前の政権は愚かじゃったと、そう言わざるを得ん」

 とおどうは再び溜息を吐いた。

「しかし、真にしきは三つ目の理由じゃ」
「それは何事で御座いますか?」
「実は、この期に及んで不届きなる小隊が時折侵攻をくわだてておるらしい」
「誠ですか?」

 は驚いた。
 現在、こうこくでは新たなじんのうが停戦と講和を望んでいると周知されている。
 それは捕虜だったすら知っていることである。
 そんなじんのうしんに背いてまで独断専行する者が軍に居るとは考えがたい。

「我はな、どうやらこの戦争の裏にこうこくの方針とは別に動いている連中が居る様な気がするのじゃ。其奴らがこうこくの軍や政府に入り込み、良からぬ事をしでかしている様な……」
「確かに……そうですね……」

 の頭には、先日ごくから存在を聞かされた集団「しんえいたいてんのう」があった。
 おとせいつきしろさく、そしてごくさぶろうおぼしき老翁――彼らがそれぞれの潜伏先で暗躍しているとすれば、とおどうの推察とも合致する。
 こうこくの方針とは別の思惑で、じんのうの統御すらも外れて行動する連中がうごめいているとなると、これは確かに由々しき事態である。

「ところではたよ、例の三人娘はどうじゃ?」

 とおどうは話題を変えてきた。
 彼女はただ愚痴を言いに来たという訳ではなく、三人の新華族令嬢の様子をから聞き出そうとしているらしい。

「ちゃんとこの国の者達やお前の言うことを聞いておるか?」
「いいえ、それが……。申し訳御座いません……」

 はここ数日の様子をとおどうに話した。
 とおどうたび溜息を吐いた。

「そうか。苦労を掛けるの……。はなたま、結局死におったか……」
とおどう様が謝られるようなことでは御座いません。全てはわたくしの不徳の致すところで御座います」
「いや、もう一度我からきつく言っておくべきじゃろう。これ以上問題を起こす前に……」

 とおどうは席を立った。

「邪魔をしたな。紅茶、実に美味であったぞよ」
「恐縮です」

 去りとおどうに、は深々と頭を下げた。



    ⦿⦿⦿



 別の部屋では、三人の新華族令嬢が小卓を囲んでいた。
 何やら電話端末を横に持ち、そろってオンラインゲーに興じている。

「あ、そこそこ! れい、そいつお願い!」
「はい、お任せください」
、早くこっちの状態異常治して」

 ごくびゅまんれいひらつじの三人は普段から仲が良く、この様に一緒に遊ぶことが多い。
 そしてこうこくには意外にも享楽的な娯楽が充実しており、貴族達が嗜む最新の遊戯は日本国に於ける今時の若者のそれとほど変わらなかったりする。

「それにしても、ふたうらやましいですわね。わたしいまだに活躍出来ておりませんのに……」
「まだどうじょうふとしが居る」
「そうですよ! それに、謎に包まれた首領補佐のおとせいだって残っています! この国の連中はしんえいたいてんのうぞうじょうてん様と勘違いしているみたいですけど! ひいじいさまの名誉をけがした不届きなはんぎゃく者には思い知らせなければなりません!」

 どうやら、れいただ一人自分の力を披露出来ていない現状を不満に思っているらしい。

「そういえば、他にもどうじょうの娘と息子が残っているそうですわね」
椿つばきようどうじょうかげ
「何ですか、それ? わたし初耳なんですけど!」
さんは寝込んでいましたものね」
「自分で吹っ掛けたけんに負けて骨だけでなく心が折られた」
いですね! 武道家として、圧倒的に強いかたを尊敬してまないだけです!」

 口論はしつつも、三人は仲良く協力して遊戯の難題にいそしんでいる。

「それにしても、妙だと思うんですよね、わたし
「どういうことです、れい?」
「二人の姉弟については、めいひのもとの者達だけで対応すると言っている」
「は? どういうことです?」

 は首をかしげた。

「なんでも、この国にやつらと通じている内通者が居るというお話ですわ。その正体を明らかにしたいから、確実に自分達の手で捕まえたいんだとか」
「成程、そういうことなら仕方が無いですね!」
「でしょうか? わたしには何か、彼らがそれ以上のことを隠しているように思えるんですよ。その不都合を闇に葬るためわたし達を関わらせたくない、そういう風に見えるんです」
「一理ある。、本当にそろそろ治して」
「あ、ごめんなさい。で、れいはどうするんですか?」
「そうですねえ……」

 れいは口角を上げた。
 影を帯びた、良からぬたくらみを忍ばせた笑みである。

「どうでしょう、御二人とも? ここはわたし達が彼らに協力して、先に内通者とやらを明らかにしてしまうのは……」
「賛成」
さんはどうです?」
「えっと……」

 の表情があおめる。
 どうやら、ことに手痛い目に遭わされた経験が彼女に勝手な行動をためわせているらしい。

「まあ、無理にとは言いませんよ。叛逆者の破落戸ごろつきごとき、わたしが居れば充分でしょう」

 丁度、端末内の画面ではれいが操る分身アバターによって敵がせんめつされていた。

「突破」
「この様に、わたし達二人で残る敵を一掃してやりましょう」

 二人は同時に席を立った。
 相変わらず、新華族令嬢達は特別警察特殊防衛課の意向を無視して勝手に動こうとしていた。



    ⦿⦿⦿



 こうこく皇宮、一人の青年が宮殿に足を踏み入れようとしていた。
 かいいんありきよ――皇妹・たつかみの侍従である。
 侯爵令息たる彼は旧皇族としてじんのうかみえいを始めとした皇族と親交があり、じんのうものじせず意見出来る数少ない人物である。

「何の用だ、かいいん殿?」

 そんな彼は、御車止めで一人の女に呼び止められた。
 クラシカルなメイド服に帯刀した長身の美女・しきしまである。
 彼女はじんのうの近衛侍女として、宮殿の前に控えてけいと共に侵入者へとを光らせていたのだ。

たつかみ殿下より、陛下へのことづてを預かっています」
わたくしから伝えよう」
「会わせる気は無いと……」

 かいいんしきしまの眼を見詰める。
 彼女はまっぐ見詰め返してきている様で、その瞳の奥には迷いの揺らぎが見える。

貴女あなたの陛下に対する忠誠心は格別であると、わたくしはそう認識しています」
わたくしにそう評される資格など無い。ただ、陛下に誰よりも尽くす義務があるだけだ」
「そうですか。では、貴女あなたに二つ忠告しておきましょう」

 かいいんは懐から書簡を取り出し、しきしまへと差し出した。

「一つは、真の忠義についてく考えることです。それは主君にうちまたごうやくして付き従うことでも、げいごうしてへつらうことでもありません。主君に道を誤らせるは臣下の不徳、気付いていながら改めざるは不忠の至り、そして意図的に崖下へ導くは大逆です」
「……かいいん殿、貴方あなたも気付いているのか」

 しきしまは眼を細めつつかいいんから書簡を受け取った。

貴方あなたが危惧しているのは、りゅういん殿のことだろう?」
「知っていたのですか? では何故……」
「言うな、かいいん殿。事は貴方あなたが思っている程簡単ではない」

 しきしまは強い視線でかいいんにらかえした。

「それで、二つ目は何だ?」
「はい。妹君のことです」

 かいいんの意外な言葉に、しきしまは眼を見開いた。

貴女あなた嬢に対して後暗い気持ちでいるのは解ります。しかし、このままではあまりにも彼女がわいそうだ。出来れば一度だけでも、彼女と会って話をしておあげなさい。おそらくはわたくしだけでなく、事情を知る者のほとんどが同じ思いでしょう」

 しきしまは眼を伏せた。
 かいいんの意図するところは彼女も解っているのだろう。
 そもそも、既に彼女は直接聞いている。

「成程、一本取られたな。確かに、かつて陛下からもそううけたまわったよ……」

 夕日が西の空へと落ちていく。
 宮殿があかく照らされ、ものげな影をまとっていた。

「心得た。陛下には一連の旨、確かに申し伝えよう」
よろしくお願いします。たつかみ殿下の為、こうこくの為、陛下の為、そして貴女あなた方姉妹の為に……」

 かいいんしきしまに一礼し、きびすを返した。
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