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第四章『朝敵篇』
第八十三話『友情』 急
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九月十三日日曜日、逢魔が時。
久住双葉は茜色の光差し込む電車に揺られ、普段は使わない駅へと辿り着いた。
人目を憚りながら電車を降り、改札を出た彼女は、ある人影を見付けると急いでその女の許へと駆け寄る。
「陽子さん!」
双葉は旧友に翌日に別の密会へと向かったのだ。
彼女を待っていたのは椿陽子。
武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太の娘で、内通者として航達の中に紛れ込んでいた。
双葉とは、軟禁されていた公転館で相部屋だった関係から、非常に打ち解け合っていた。
「ごめんね双葉、急に呼び出して。此処じゃ拙いからもう少し人気のない場所へ行こう。そこで話す」
「あ、うん。そうだね」
陽子に先導され、双葉は道の隅の方へ歩いた。
街中では珍しい、滅多に人が通らない場所だ。
この辺りは余り治安の良さそうな雰囲気ではないが、陽子には神為があるので何かあっても大丈夫だと、双葉はそう信じていた。
「ねえ陽子さん、先に答えて欲しいことがあるの……」
「何……?」
双葉は少し躊躇いながら、しかし真先に切り出した。
「前に麗真さんが入院した病院を確認してきたのはお父さんの指示なの? 目的は幽鷹君と兎黄泉ちゃん?」
「……ごめん」
その一言は肯定と同義だった。
陽子は眼に後ろめたい影を宿しながら弁解を述べる。
「麗真魅琴と雲野幽鷹の救助は同じタイミングだったし、長い移動は出来ないだろうから、近くの病院だろうとは思っていた。だから、確認しておきたかっただけなんだ。それでもやっぱり、双葉を利用したことには変わりないよね。ただ、私もああするしか無かったんだ。そこは解って欲しい」
双葉は少なからずショックを受けていた。
彼女は今でも陽子に友情を感じているが、陽子はそれに付け込んで利用したのだ。
だが、どうやら陽子はそれに対して罪悪感もまた抱いている。
そんな陽子の心情を容易に読み取ることが出来たのは、若干の救いでもあった。
双葉には陽子の微妙な立場も知っている。
置かれた環境の辛さから、取れる選択肢が限られてしまう気持ちは痛い程理解出来る。
「仕方無かったんだね……。だったら良いよ、気にしないで」
「ありがとう」
「それで、話って何なの?」
陽子が双葉を呼び出したのには別の目的、理由があった。
双葉は陽子の助けになりたいと、今でも思っている。
それは陽子にも伝わっているのだろう。
「単刀直入に言おう。貴女の伝手で私と弟を助けてほしい。狼ノ牙はもう限界なんだ。今はもう親父と私達姉弟と、胡散臭い首領補佐しか残ってない。もう逃げないと、いつ親父がトチ狂ったことをやらかすか分からないんだよ」
訴えかける陽子の眼は切羽詰まっていた。
「それは……勿論協力するけど、でもただ逃げるわけにはいかないんでしょ?」
「勿論そうさ。私は兎も角、弟がね……。あんな『縛り』さえなければとっくの昔にトンズラしてたのに……」
陽子の表情からは悔しさが滲んでいた。
双葉は今まで、彼女の弟が何故逃げられないのか聞いた事が無い。
だが今、陽子の願いを叶える為には訊かない訳ないはいかないだろう。
「その……『縛り』って何? どうして二人はお父さんから逃げられないの?」
「弟の陰斗には親父の術識神為が掛けられているんだ。仮令逃げても、あいつの人生は大きすぎる『縛り』を受けることになる。能力を解除させないと、あいつは自由になれないんだ」
「どういう能力なの?」
「平たく言えば、自分の孫に生まれ変わる能力さ。陰斗が将来結婚して子供が出来たら、その子が親父の生まれ変わりになってしまうんだ」
双葉は息を呑んだ。
いくら自分の子供だからといって、人生をそこまで束縛する権利があるのか。
これではまるで呪いではないか。
「そんなの、解除させなきゃ……!」
「ああ。私はその為に、ずっとやりたくもない革命なんぞに協力してきたんだ」
「でも、どうやって?」
「……その方法について、今から私は結構酷いことを言う。ひょっとすると貴女には受け入れがたいことかもしれない。でも絶対に悪いようにはしないから、私を信じて落ち着いて聴いてほしい」
陽子は胸を押さえている。
余程の覚悟が必要なのだろう。
双葉はそんな彼女に応えたかった。
「わかった。言ってみて?」
「……ありがとう。親父は要するに孫に生まれ変わりたいんだ。その保証が欲しいから、陰斗を手放せない。だから……」
陽子はそこから先を言い淀んでいる。
だが固唾を飲み、意を決したように声に出した。
「陰斗の代わりを産ませれば良い。それを産ませる女さえ確保できれば、親父は陰斗に掛けた能力を解除しても良いと云っている」
見る見るうちに双葉の表情が曇っていく。
青褪めて今にも倒れてしまいそうなほどだ。
陽子の言いたいことは明らかだった。
「まさか私にその代わりになれって言ってるの!? ちょっと待ってよ!! 道成寺の子を産めだなんて、そんなの私……」
「そうじゃない、最後まで聴いてくれ!」
陽子は動揺する双葉の両肩を強く掴んだ。
「あくまで振りだけで良い。貴女はあくまで、代わりの女として見つかった振りだけしてくれれば充分だ。この私が貴女には指一本触れさせない。陰斗に掛けられた能力を先に解除させて、そうしたらそのまま三人で逃げるんだ! 後は貴女の伝手で、岬守達の所へ逃がしてくれれば良い。頼む、貴女だけが頼りなんだ!」
必死で頼み込む陽子だが、双葉は体を震わせて首を振っている。
「無理……。無理だよ……!」
双葉は泣き崩れた。
いくら言葉で振りだと言われようが、道成寺に「出産の道具」「母親係」と見られるというだけで耐えられない。
陽子の立場で他に手立てが無いこと自体は充分理解出来る。
しかし、今でも友情を感じている陽子の頼みだからこそ、その重圧が重く伸し掛かる。
それらの抑鬱感に耐えかねた双葉は、その場で嘔吐してしまった。
「双葉!?」
双葉の強烈な拒否反応に、陽子の方も青褪めた。
そして、陽子もまた泣きながら何度も謝り、双葉の背中を摩る。
「わかった。わかったよ双葉。ごめん、今のは忘れて。本当にごめんね」
二人の女が啜り泣きながら、肩を寄せ合っていた。
周囲には誰も人が居ない。
そこは宛ら、街中にあって誰の手も届かない穴場であった。
遠く幽かな人波は、彼女達に気付くこともなく流れていくばかりである。
暫くして、辺りはすっかり暗くなった。
陽子は落ち着いた双葉から目を離し、自分達に目もくれない街並を見詰めている。
その瞳には暗い決意が宿っていた。
「陰斗の解放はこっちで何とかする。逃げたら連絡するから、双葉はその後だけをどうにかしてくれ」
双葉は漸く顔を上げることが出来た。
陽子が妥協してくれて、少しだけ安心していた。
彼女が双葉の嫌がることを強要することは無いと、初めから解ってはいた。
ただ、陽子の非道な父親に対する拒絶感があまりにも強かっただけだ。
今、双葉を苟且の候補にする案は却下された。
しかし、それが意味するところを理解出来ない双葉ではない。
「陽子さん、どうにかするって、どうするつもりなの? まさか……」
「貴女は気にしなくていいんだよ。元々私は陰斗と貴女以外はどうだっていいんだから、貴女に無茶をさせるくらいなら他のやり方を選ぶだけさ」
他のやり方、つまりは見繕うということか。
適当な女を攫って父親に差し出そうとしているのか。
「駄目……! そんなの駄目だよ……!」
双葉は再び首を振る。
頭を抱え、陽子が置かれたどうにもならない状況に思いを巡らせる。
しかし、二人は気付いていなかった。
そんな二人に近づく二つの影があったこと。
二人にとって二つの危機が接近していたことに。
「御婦人がこんな人気のない所に二人だけ……。一体全体どなたかと思えば、叛逆者の首魁の娘、椿陽子ではありませんこと?」
長い金髪を靡かせた長身の女が、不敵な笑みと不気味な気配を浮かべて双葉と陽子に近寄ってきた。
そしてもう一人、銀髪で小柄の、人形のような少女も傍らで歩いている。
「もう一人も顔を知ってる。拉致に遭った明治日本の民の一人、久住双葉」
二人は禍々しい殺気を放っている。
どう見ても穏やかに会話が出来る雰囲気ではなかった。
陽子は一粒の錠剤を双葉の手に握らせて立ち上がった。
「東瀛丸だ。それ飲んで逃げな」
「え? でも陽子さん……」
「新華族令嬢三羽烏の二人、別府幡黎子と枚辻埜愛瑠。こいつら、話して通じる相手じゃない」
金髪長身の別府幡黎子は愉快そうに笑っている。
銀髪小柄の枚辻埜愛瑠は無表情でじっと双葉と陽子を見詰めている。
黎子が口を開いて語り始めた。
「明治日本側だけで陽子さんに対処したい理由、確か狼ノ牙に通じている内通者の存在でしたわよね?」
「そう。ただ、何となく嘘も混じっていたと思う」
「つまり、それが元お仲間の可能性もあったという訳ですか」
「私も黎子の言う通りだと思う」
何やら極めて不穏な空気が漂ってきた。
「双葉、早くそれ飲んで逃げるんだ。こいつら、只者じゃない!」
「陽子さん……でも……」
二人のやり取りを見ていた黎子は声を上げて笑い始めた。
「あはははは。逃げるって、ここは袋小路じゃないですか! つまり、私達二人を突破しないと逃げ場所なんかありませんよ?」
「内通者がはっきりした以上、私達が始末してはいけない理由も無い。此処で二人とも殺す」
埜愛瑠は臨戦態勢に入っている。
対して陽子も構えを取った。
「二対二でやるしかないって事か……! 殺戮人形・枚辻埜愛瑠と悪魔人形・別府幡黎子を相手に……!」
陽子の言葉で状況を察した双葉は、渡された東瀛丸を飲んだ。
街の隅で女達の二対二の戦いが始まろうとしていた。
久住双葉は茜色の光差し込む電車に揺られ、普段は使わない駅へと辿り着いた。
人目を憚りながら電車を降り、改札を出た彼女は、ある人影を見付けると急いでその女の許へと駆け寄る。
「陽子さん!」
双葉は旧友に翌日に別の密会へと向かったのだ。
彼女を待っていたのは椿陽子。
武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太の娘で、内通者として航達の中に紛れ込んでいた。
双葉とは、軟禁されていた公転館で相部屋だった関係から、非常に打ち解け合っていた。
「ごめんね双葉、急に呼び出して。此処じゃ拙いからもう少し人気のない場所へ行こう。そこで話す」
「あ、うん。そうだね」
陽子に先導され、双葉は道の隅の方へ歩いた。
街中では珍しい、滅多に人が通らない場所だ。
この辺りは余り治安の良さそうな雰囲気ではないが、陽子には神為があるので何かあっても大丈夫だと、双葉はそう信じていた。
「ねえ陽子さん、先に答えて欲しいことがあるの……」
「何……?」
双葉は少し躊躇いながら、しかし真先に切り出した。
「前に麗真さんが入院した病院を確認してきたのはお父さんの指示なの? 目的は幽鷹君と兎黄泉ちゃん?」
「……ごめん」
その一言は肯定と同義だった。
陽子は眼に後ろめたい影を宿しながら弁解を述べる。
「麗真魅琴と雲野幽鷹の救助は同じタイミングだったし、長い移動は出来ないだろうから、近くの病院だろうとは思っていた。だから、確認しておきたかっただけなんだ。それでもやっぱり、双葉を利用したことには変わりないよね。ただ、私もああするしか無かったんだ。そこは解って欲しい」
双葉は少なからずショックを受けていた。
彼女は今でも陽子に友情を感じているが、陽子はそれに付け込んで利用したのだ。
だが、どうやら陽子はそれに対して罪悪感もまた抱いている。
そんな陽子の心情を容易に読み取ることが出来たのは、若干の救いでもあった。
双葉には陽子の微妙な立場も知っている。
置かれた環境の辛さから、取れる選択肢が限られてしまう気持ちは痛い程理解出来る。
「仕方無かったんだね……。だったら良いよ、気にしないで」
「ありがとう」
「それで、話って何なの?」
陽子が双葉を呼び出したのには別の目的、理由があった。
双葉は陽子の助けになりたいと、今でも思っている。
それは陽子にも伝わっているのだろう。
「単刀直入に言おう。貴女の伝手で私と弟を助けてほしい。狼ノ牙はもう限界なんだ。今はもう親父と私達姉弟と、胡散臭い首領補佐しか残ってない。もう逃げないと、いつ親父がトチ狂ったことをやらかすか分からないんだよ」
訴えかける陽子の眼は切羽詰まっていた。
「それは……勿論協力するけど、でもただ逃げるわけにはいかないんでしょ?」
「勿論そうさ。私は兎も角、弟がね……。あんな『縛り』さえなければとっくの昔にトンズラしてたのに……」
陽子の表情からは悔しさが滲んでいた。
双葉は今まで、彼女の弟が何故逃げられないのか聞いた事が無い。
だが今、陽子の願いを叶える為には訊かない訳ないはいかないだろう。
「その……『縛り』って何? どうして二人はお父さんから逃げられないの?」
「弟の陰斗には親父の術識神為が掛けられているんだ。仮令逃げても、あいつの人生は大きすぎる『縛り』を受けることになる。能力を解除させないと、あいつは自由になれないんだ」
「どういう能力なの?」
「平たく言えば、自分の孫に生まれ変わる能力さ。陰斗が将来結婚して子供が出来たら、その子が親父の生まれ変わりになってしまうんだ」
双葉は息を呑んだ。
いくら自分の子供だからといって、人生をそこまで束縛する権利があるのか。
これではまるで呪いではないか。
「そんなの、解除させなきゃ……!」
「ああ。私はその為に、ずっとやりたくもない革命なんぞに協力してきたんだ」
「でも、どうやって?」
「……その方法について、今から私は結構酷いことを言う。ひょっとすると貴女には受け入れがたいことかもしれない。でも絶対に悪いようにはしないから、私を信じて落ち着いて聴いてほしい」
陽子は胸を押さえている。
余程の覚悟が必要なのだろう。
双葉はそんな彼女に応えたかった。
「わかった。言ってみて?」
「……ありがとう。親父は要するに孫に生まれ変わりたいんだ。その保証が欲しいから、陰斗を手放せない。だから……」
陽子はそこから先を言い淀んでいる。
だが固唾を飲み、意を決したように声に出した。
「陰斗の代わりを産ませれば良い。それを産ませる女さえ確保できれば、親父は陰斗に掛けた能力を解除しても良いと云っている」
見る見るうちに双葉の表情が曇っていく。
青褪めて今にも倒れてしまいそうなほどだ。
陽子の言いたいことは明らかだった。
「まさか私にその代わりになれって言ってるの!? ちょっと待ってよ!! 道成寺の子を産めだなんて、そんなの私……」
「そうじゃない、最後まで聴いてくれ!」
陽子は動揺する双葉の両肩を強く掴んだ。
「あくまで振りだけで良い。貴女はあくまで、代わりの女として見つかった振りだけしてくれれば充分だ。この私が貴女には指一本触れさせない。陰斗に掛けられた能力を先に解除させて、そうしたらそのまま三人で逃げるんだ! 後は貴女の伝手で、岬守達の所へ逃がしてくれれば良い。頼む、貴女だけが頼りなんだ!」
必死で頼み込む陽子だが、双葉は体を震わせて首を振っている。
「無理……。無理だよ……!」
双葉は泣き崩れた。
いくら言葉で振りだと言われようが、道成寺に「出産の道具」「母親係」と見られるというだけで耐えられない。
陽子の立場で他に手立てが無いこと自体は充分理解出来る。
しかし、今でも友情を感じている陽子の頼みだからこそ、その重圧が重く伸し掛かる。
それらの抑鬱感に耐えかねた双葉は、その場で嘔吐してしまった。
「双葉!?」
双葉の強烈な拒否反応に、陽子の方も青褪めた。
そして、陽子もまた泣きながら何度も謝り、双葉の背中を摩る。
「わかった。わかったよ双葉。ごめん、今のは忘れて。本当にごめんね」
二人の女が啜り泣きながら、肩を寄せ合っていた。
周囲には誰も人が居ない。
そこは宛ら、街中にあって誰の手も届かない穴場であった。
遠く幽かな人波は、彼女達に気付くこともなく流れていくばかりである。
暫くして、辺りはすっかり暗くなった。
陽子は落ち着いた双葉から目を離し、自分達に目もくれない街並を見詰めている。
その瞳には暗い決意が宿っていた。
「陰斗の解放はこっちで何とかする。逃げたら連絡するから、双葉はその後だけをどうにかしてくれ」
双葉は漸く顔を上げることが出来た。
陽子が妥協してくれて、少しだけ安心していた。
彼女が双葉の嫌がることを強要することは無いと、初めから解ってはいた。
ただ、陽子の非道な父親に対する拒絶感があまりにも強かっただけだ。
今、双葉を苟且の候補にする案は却下された。
しかし、それが意味するところを理解出来ない双葉ではない。
「陽子さん、どうにかするって、どうするつもりなの? まさか……」
「貴女は気にしなくていいんだよ。元々私は陰斗と貴女以外はどうだっていいんだから、貴女に無茶をさせるくらいなら他のやり方を選ぶだけさ」
他のやり方、つまりは見繕うということか。
適当な女を攫って父親に差し出そうとしているのか。
「駄目……! そんなの駄目だよ……!」
双葉は再び首を振る。
頭を抱え、陽子が置かれたどうにもならない状況に思いを巡らせる。
しかし、二人は気付いていなかった。
そんな二人に近づく二つの影があったこと。
二人にとって二つの危機が接近していたことに。
「御婦人がこんな人気のない所に二人だけ……。一体全体どなたかと思えば、叛逆者の首魁の娘、椿陽子ではありませんこと?」
長い金髪を靡かせた長身の女が、不敵な笑みと不気味な気配を浮かべて双葉と陽子に近寄ってきた。
そしてもう一人、銀髪で小柄の、人形のような少女も傍らで歩いている。
「もう一人も顔を知ってる。拉致に遭った明治日本の民の一人、久住双葉」
二人は禍々しい殺気を放っている。
どう見ても穏やかに会話が出来る雰囲気ではなかった。
陽子は一粒の錠剤を双葉の手に握らせて立ち上がった。
「東瀛丸だ。それ飲んで逃げな」
「え? でも陽子さん……」
「新華族令嬢三羽烏の二人、別府幡黎子と枚辻埜愛瑠。こいつら、話して通じる相手じゃない」
金髪長身の別府幡黎子は愉快そうに笑っている。
銀髪小柄の枚辻埜愛瑠は無表情でじっと双葉と陽子を見詰めている。
黎子が口を開いて語り始めた。
「明治日本側だけで陽子さんに対処したい理由、確か狼ノ牙に通じている内通者の存在でしたわよね?」
「そう。ただ、何となく嘘も混じっていたと思う」
「つまり、それが元お仲間の可能性もあったという訳ですか」
「私も黎子の言う通りだと思う」
何やら極めて不穏な空気が漂ってきた。
「双葉、早くそれ飲んで逃げるんだ。こいつら、只者じゃない!」
「陽子さん……でも……」
二人のやり取りを見ていた黎子は声を上げて笑い始めた。
「あはははは。逃げるって、ここは袋小路じゃないですか! つまり、私達二人を突破しないと逃げ場所なんかありませんよ?」
「内通者がはっきりした以上、私達が始末してはいけない理由も無い。此処で二人とも殺す」
埜愛瑠は臨戦態勢に入っている。
対して陽子も構えを取った。
「二対二でやるしかないって事か……! 殺戮人形・枚辻埜愛瑠と悪魔人形・別府幡黎子を相手に……!」
陽子の言葉で状況を察した双葉は、渡された東瀛丸を飲んだ。
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