日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
283 / 297
第四章『朝敵篇』

第八十三話『友情』 急

しおりを挟む
 九月十三日日曜日、おうとき
 ずみふたあかねいろの光差し込む電車に揺られ、普段は使わない駅へと辿たどいた。
 人目をはばかりながら電車を降り、改札を出た彼女は、ある人影を見付けると急いでその女のもとへと駆け寄る。

ようさん!」

 ふたは旧友に翌日に別の密会へと向かったのだ。
 彼女を待っていたのは椿つばきよう
 そうせんたいおおかみきばしゅりょうДデーどうじょうふとしの娘で、内通者としてわたる達の中に紛れ込んでいた。
 ふたとは、軟禁されていたこうてんかんで相部屋だった関係から、非常に打ち解け合っていた。

「ごめんねふた、急に呼び出して。じゃまずいからもう少し人気のない場所へ行こう。そこで話す」
「あ、うん。そうだね」

 ように先導され、ふたは道の隅の方へ歩いた。
 街中では珍しい、めっに人が通らない場所だ。
 この辺りは余り治安の良さそうな雰囲気ではないが、ようにはしんがあるので何かあっても大丈夫だと、ふたはそう信じていた。

「ねえようさん、先に答えて欲しいことがあるの……」
「何……?」

 ふたは少しためいながら、しかしまっさきに切り出した。

「前にうるさんが入院した病院を確認してきたのはお父さんの指示なの? 目的はたか君とちゃん?」
「……ごめん」

 その一言は肯定と同義だった。
 ようは眼に後ろめたい影を宿しながら弁解を述べる。

うることくもたかの救助は同じタイミングだったし、長い移動は出来ないだろうから、近くの病院だろうとは思っていた。だから、確認しておきたかっただけなんだ。それでもやっぱり、ふたを利用したことには変わりないよね。ただ、あたしもああするしか無かったんだ。そこはわかって欲しい」

 ふたは少なからずショックを受けていた。
 彼女は今でもように友情を感じているが、ようはそれに付け込んで利用したのだ。
 だが、どうやらようはそれに対して罪悪感もまた抱いている。
 そんなようの心情を容易に読み取ることが出来たのは、若干の救いでもあった。

 ふたにはようの微妙な立場も知っている。
 置かれた環境の辛さから、取れる選択肢が限られてしまう気持ちは痛い程理解出来る。

「仕方無かったんだね……。だったら良いよ、気にしないで」
「ありがとう」
「それで、話って何なの?」

 ようふたを呼び出したのには別の目的、理由があった。
 ふたようの助けになりたいと、今でも思っている。
 それはようにも伝わっているのだろう。

「単刀直入に言おう。貴女アンタあたしと弟を助けてほしい。おおかみきばはもう限界なんだ。今はもうおやあたし達姉弟と、さんくさい首領補佐しか残ってない。もう逃げないと、いつ親父がトチ狂ったことをやらかすか分からないんだよ」

 訴えかけるようは切羽詰まっていた。

「それは……もちろん協力するけど、でもただ逃げるわけにはいかないんでしょ?」
「勿論そうさ。あたしかく、弟がね……。あんな『縛り』さえなければとっくの昔にトンズラしてたのに……」

 ようの表情からは悔しさがにじんでいた。
 ふたは今まで、彼女の弟が何故なぜ逃げられないのか聞いた事が無い。
 だが今、ようの願いをかなえるためにはかない訳ないはいかないだろう。

「その……『縛り』って何? どうして二人はお父さんから逃げられないの?」
「弟のかげには親父のじゅつしきしんが掛けられているんだ。仮令たとえ逃げても、あいつの人生は大きすぎる『縛り』を受けることになる。能力を解除させないと、あいつは自由になれないんだ」
「どういう能力なの?」
「平たく言えば、自分の孫に生まれ変わる能力さ。かげが将来結婚して子供が出来たら、その子が親父の生まれ変わりになってしまうんだ」

 ふたは息をんだ。
 いくら自分の子供だからといって、人生をそこまで束縛する権利があるのか。
 これではまるで呪いではないか。

「そんなの、解除させなきゃ……!」
「ああ。あたしはその為に、ずっとやりたくもない革命なんぞに協力してきたんだ」
「でも、どうやって?」
「……その方法について、今からあたしは結構ひどいことを言う。ひょっとすると貴女アンタには受け入れがたいことかもしれない。でも絶対に悪いようにはしないから、あたしを信じて落ち着いて聴いてほしい」

 ようは胸を押さえている。
 余程の覚悟が必要なのだろう。
 ふたはそんな彼女に応えたかった。

「わかった。言ってみて?」
「……ありがとう。親父は要するに孫に生まれ変わりたいんだ。その保証が欲しいから、かげを手放せない。だから……」

 ようはそこから先をよどんでいる。
 だがかたを飲み、意を決したように声に出した。

かげの代わりを産ませれば良い。それを産ませる女さえ確保できれば、親父はかげに掛けた能力を解除しても良いとっている」

 見る見るうちにふたの表情が曇っていく。
 あおめて今にも倒れてしまいそうなほどだ。
 ようの言いたいことは明らかだった。

「まさかわたしにその代わりになれって言ってるの!? ちょっと待ってよ!! どうじょうの子を産めだなんて、そんなのわたし……」
「そうじゃない、最後まで聴いてくれ!」

 ようは動揺するふたの両肩を強くつかんだ。

「あくまで振りだけで良い。貴女アンタはあくまで、代わりの女として見つかった振りだけしてくれれば充分だ。このあたし貴女アンタには指一本触れさせない。かげに掛けられた能力を先に解除させて、そうしたらそのまま三人で逃げるんだ! 後は貴女アンタの伝手で、さきもり達の所へ逃がしてくれれば良い。頼む、貴女アンタだけが頼りなんだ!」

 必死で頼み込むようだが、ふたは体を震わせて首を振っている。

「無理……。無理だよ……!」

 ふたは泣き崩れた。
 いくら言葉で振りだと言われようが、どうじょうに「出産の道具」「母親係」と見られるというだけで耐えられない。

 ようの立場で他に手立てが無いこと自体は充分理解出来る。
 しかし、今でも友情を感じているようの頼みだからこそ、その重圧が重くかる。
 それらのよくうつ感に耐えかねたふたは、その場でおうしてしまった。

ふた!?」

 ふたの強烈な拒否反応に、ようの方も青褪めた。
 そして、ようもまた泣きながら何度も謝り、ふたの背中をる。

「わかった。わかったよふた。ごめん、今のは忘れて。本当にごめんね」

 二人の女がすすきながら、肩を寄せ合っていた。
 周囲には誰も人が居ない。
 そこはさながら、街中にあって誰の手も届かない穴場であった。
 遠くかすかな人波は、彼女達に気付くこともなく流れていくばかりである。

 しばらくして、辺りはすっかり暗くなった。
 ようは落ち着いたふたから目を離し、自分達に目もくれない街並を見詰めている。
 その瞳には暗い決意が宿っていた。

かげの解放はこっちで何とかする。逃げたら連絡するから、ふたはその後だけをどうにかしてくれ」

 ふたようやく顔を上げることが出来た。
 ようが妥協してくれて、少しだけ安心していた。
 彼女がふたの嫌がることを強要することは無いと、初めから解ってはいた。
 ただ、ようの非道な父親に対する拒絶感があまりにも強かっただけだ。

 今、ふた苟且かりそめの候補にする案は却下された。
 しかし、それが意味するところを理解出来ないふたではない。

ようさん、どうにかするって、どうするつもりなの? まさか……」
貴女アンタは気にしなくていいんだよ。元々あたしかげ貴女アンタ以外はどうだっていいんだから、貴女アンタちゃをさせるくらいなら他のやり方を選ぶだけさ」

 他のやり方、つまりは見繕うということか。
 適当な女をさらって父親に差し出そうとしているのか。

「駄目……! そんなの駄目だよ……!」

 ふたは再び首を振る。
 頭を抱え、ようが置かれたどうにもならない状況に思いを巡らせる。

 しかし、二人は気付いていなかった。
 そんな二人に近づく二つの影があったこと。
 二人にとって二つの危機が接近していたことに。

「御婦人がこんな人気のない所に二人だけ……。一体全体どなたかと思えば、はんぎゃく者のしゅかいの娘、椿つばきようではありませんこと?」

 長い金髪をなびかせた長身の女が、不敵な笑みと不気味な気配を浮かべてふたように近寄ってきた。
 そしてもう一人、銀髪で小柄の、人形のような少女も傍らで歩いている。

「もう一人も顔を知ってる。拉致に遭っためいひのもとの民の一人、ずみふた

 二人はまがまがしい殺気を放っている。
 どう見ても穏やかに会話が出来る雰囲気ではなかった。

 ようは一粒の錠剤をふたの手に握らせて立ち上がった。

とうえいがんだ。それ飲んで逃げな」
「え? でもようさん……」
「新華族令嬢さんがらすの二人、びゅまんれいひらつじ。こいつら、話して通じる相手じゃない」

 金髪長身のびゅまんれいは愉快そうに笑っている。
 銀髪小柄のひらつじは無表情でじっとふたようを見詰めている。
 れいが口を開いて語り始めた。

めいひのもと側だけでようさんに対処したい理由、確かおおかみきばに通じている内通者の存在でしたわよね?」
「そう。ただ、何となくうそも混じっていたと思う」
「つまり、それが元お仲間の可能性もあったという訳ですか」
わたしれいの言う通りだと思う」

 何やら極めて不穏な空気が漂ってきた。

ふた、早くそれ飲んで逃げるんだ。こいつら、ただものじゃない!」
ようさん……でも……」

 二人のやり取りを見ていたれいは声を上げて笑い始めた。

「あはははは。逃げるって、ここは袋小路じゃないですか! つまり、わたし達二人を突破しないと逃げ場所なんかありませんよ?」
「内通者がはっきりした以上、わたし達が始末してはいけない理由も無い。此処で二人とも殺す」

 は臨戦態勢に入っている。
 対してようも構えを取った。

「二対二でやるしかないって事か……! 殺戮人形マーダー・ドールひらつじ悪魔人形デビル・ドールびゅまんれいを相手に……!」

 ようの言葉で状況を察したふたは、渡されたとうえいがんを飲んだ。
 街の隅で女達の二対二の戦いが始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...