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第四章『朝敵篇』
第八十四話『袋小路』 破
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嘗て、ヤシマ人民民主主義共和国の時代、先代神皇・大智は米国に亡命していた。
その際、彼が世話になっていたのが、ボーマン家である。
ボーマン家は綴りをBEAUMANと書き、当時の畔宮大智はこれを「美しい」という見慣れた単語の発音から「ビューマン」と誤読してしまった。
時は流れ、今度はボーマン家が皇國に亡命してくることとなったのだが、神皇は昔の恩から彼らを迎え入れただけでなく、新華族として遇した。
それに甚く感激した一家は、家名を忠義の証として嘗て神皇から与えられた発音に改め、「別府幡家」を名乗るようになったのだ。
亡命したのは黎子から数えて高祖父・曾祖父・祖父の三代である。
また皇國の風潮から、彼らは純日本人の配偶者を得ることが難しく、同じ様な亡命者や混血の者達と婚姻して家を存続させてきた。
つまり、別府幡黎子の受け継ぐ血はその殆どが欧米に由来する。
「貴女も大変だね。皇國じゃその見た目は蛮族として蔑視の対象とされる。鬼獄家も枚辻家も決して開明的な訳じゃないだろう。他の二人の言葉を、貴女はどんな気持ちで聞いているんだ?」
陽子はわざと挑発的に問い掛けた。
これで黎子が怒って冷静さを欠けば戦いを有利に運べる。
公殿句子との戦いではこれが功を奏した面もあった。
黎子は不愉快気に眉を顰めている。
このまま乗ってくれば双葉と陽子にとっても助かる。
しかし、黎子はそのまま再び口角を上げた。
陽子の挑発を一笑に付したのだ。
「安い挑発だこと。それに、的外れですわねえ。何故化外の民が蛮族なのだと思います? それは、天孫の血の崇高なる威光を知らぬからです。つまり、既に皇化を拝受した別府幡家の様な帰化新華族は対象外なのですよ」
黎子のレイピアが風を切った。
その剣線には僅かな乱れも見られない。
陽子の狙いは当てが外れたということだろう。
「まあ、それでも不愉快なことが全く無かったとは言いませんわ。特に、貴女の様な口を利いた叛逆者は悉く細切れにしてやりましたとも。それでも良いなら、好きなだけ恐れてこう呼んでくださいましよ。『悪魔人形』とね!」
黎子は鋭い刺突を繰り出した。
今度の標的は陽子だ。
鍛えられた陽子の動体視力を以てしても、見切ることは至難の業だった。
しかもこの突き、掠り傷一つでも負えば黎子の能力が襲ってくる。
一方で、「殺戮人形」こと枚辻埜愛瑠は武装神為の短剣「降夜祇ノ守刀」を雨霰の如く投げ飛ばす。
狙いは黎子と入れ替わり、双葉が的に掛けられている。
陽子は黎子の攻撃に対応するので手一杯となっており、助けることが出来ない。
双葉は必死に躱すも、二の腕と腿に傷を負ってしまった。
「うぐっ!」
「黎子」
「ええ、其処!」
その一瞬を、黎子と埜愛瑠は見逃さない。
短剣で負った二つの傷は大きく拡がり始めた。
双葉は両手で傷口を押さえる。
「無駄無駄、そんなことで止まりは……何!?」
双葉を嘲る黎子だったが、すぐに異変に気が付いて表情を引き締める。
糸の様に細い繊維が、拡がる傷口を縫っていたのだ。
処置さえしてしまえば、神為に因る恢復力で傷は塞がり始める。
そして、治ってしまった傷を拡げることは流石の黎子にも出来ない。
双葉の能力は神為の治癒を大きく補助する。
それは、黎子にとって相性の悪い能力だった。
「チッ、弱気な顔をして意外に面倒ですわね……」
黎子は悔し紛れに舌打ちしていた。
しかし、この時彼女は双葉に長く気を取られ過ぎていた。
「黎子!」
埜愛瑠の声で我に返った黎子だったが、手遅れだった。
陽子の手がレイピアの先端を掴んでいる。
そして、放電。
「がァアッッ!?」
陽子の能力による通電は、常人ならば一瞬で昇天する程の高圧である。
しかしそこは新華族の精鋭、即死には至らなかった。
埜愛瑠は咄嗟に黎子を蹴り飛ばし、短剣を投げ撒いた。
陽子の放電は四方八方に散り、黎子は解放された。
「はぁ……はぁ……。助かりましたわ、埜愛瑠さん……」
「椿陽子の電撃はかなり強力。肩を掠めた感じ、私達の神為でも二・三秒で意識を保てなくなる。絶命に至るまで十秒と掛からない筈」
黎子はがっくりと肩を落とし、膝を突いている。
埜愛瑠の表情にも疲労が滲んでいる。
どうやら今の攻撃が、二人に相当の損耗を与えたようだ。
「椿陽子の能力、要注意ですわね。私、今ので暫く戦えそうにありません」
「大丈夫。恢復に専念。その間、私が保つ」
埜愛瑠が一人、双葉と陽子に向き合う。
状況は一転、二人の優勢となった。
埜愛瑠は無数の短剣を投げ、双葉と陽子を攻撃する。
しかしその動きは明らかに鈍っていた。
「喰らいな!」
陽子は埜愛瑠目掛けて放電する。
床に散らばる短剣を蹴り上げて電撃を逸らす埜愛瑠だが、それが精一杯。
気怠げな無表情が崩れ、攻め倦ねている焦りが顔に滲んでいた。
更に、双葉の蔓が手足に絡み付く。
「鬱陶しい……」
埜愛瑠は即座に短剣を生成し、蔓を斬り刻んだ。
更に、その刃を蹴り飛ばして双葉を突き刺さんと狙う。
だが、動きに精彩を欠く今の埜愛瑠の攻撃ならば、双葉でもどうにか躱せる。
一方で、埜愛瑠にとっても陽子の攻撃は集中すれば躱せなくもない。
両者は互いに決め手を欠き、拮抗状態を保っていた。
時折埜愛瑠に絡み付く木の蔓だけが状況を変え得るが、今のところ目立った効果は見られない。
「何か……変……」
陽子の攻撃が埜愛瑠の頬と脇を掠めた。
消耗が彼女の動きを更に遅くしているのか。
否、そうではない。
明らかに、何かが彼女の動きを封じていた。
「これは……繊維?」
埜愛瑠の視線の先で、細い糸が因るの光を反射した。
彼女は木の蔓だけではなく、目に見えない繊維で絡め取られていたのだ。
これは双葉の能力である。
目に見える、容易く切り刻める木の蔓に紛れさせ、双葉は真の罠を潜ませていた。
「陽子さん!」
「でかした、双葉!」
その地道な策が実を結び、今、埜愛瑠の動きを完全に封じていた。
繊維の出所では、陽子がその先端を握っている。
相方が動けない状態で通電されれば逃れる術は無い。
今から短剣を形成し、斬り刻もうとしたところで間に合わないだろう。
が、寸でのところで繊維が切れた。
埜愛瑠は地面を転げ、陽子の電撃から逃れる。
間一髪の所で、黎子がレイピアを投げたのだ。
刺突剣の投擲で目に見えない繊維を確実に切った黎子の技量は驚嘆に値する。
「ふふふ、御陰様で元気になってきましたよ……」
「黎子、助かった……」
黎子が割って入ったということは、つまり彼女がある程度恢復し、戦線復帰可能になったということだ。
双葉と陽子にとって、歓迎の出来ない話である。
ここまでの戦いで、二人はそれなりに消耗している。
更に仕留めるつもりで仕掛けた策も外れてしまった。
この先、優位は続かないだろう。
「やはり一筋縄ではいかないな。今、結構全力で放電してしまったからな。こっちもかなり神為を消耗してしまった。ここで二人に戻られるのは、正直しんどい……」
焦る陽子に、黎子と埜愛瑠がゆっくりと躙り寄る。
薄ら笑いこそ消えているが、二人は獲物を追い詰めた狩人の眼をしていた。
これで形勢は逆転――そう思われた。
しかしその時、黎子と埜愛瑠は突然膝を突いた。
実は、既に二人は詰んでいたのだ。
時間を掛け過ぎたことで、双葉の持つもう一つの能力が効果を発揮したのである。
「何……これ……?」
「まさか……酩酊……?」
二人は表情が緩ませ、俯せに倒れ込んだ。
双葉は一度、植物から有毒気体を発生させて人を酩酊させ、昏睡状態に陥らせたことがあった。
雲野研究所で双子から神為を貸与された結果目覚めた強力な能力だが、双葉はその後の成長によって自力でこの効果を使用出来るようになっていた。
通常、気体を吸い込ませることで人の意識を失わせるのは非常に困難である。
麻酔性のある有名な有機溶剤のクロロホルムの場合、創作で見られる様な、手巾に染み込ませて嗅がせるやり方で昏睡させることは出来ない。
クロロホルムで意識を失わせるには相当量の吸引を数分間継続させなければならない上、過剰摂取した場合、腎不全による死亡の危険もある。
だが、双葉の神為に因って生み出された植物は、特殊な生態作用によって大量の麻薬を生成可能。
そしてそれを周囲に充満させた中で継続して戦闘すると、呼吸によって大量に取り込み続けてしまう。
すると、数分間も戦い続ければ、相手は深い酩酊状態に陥り、意識を失ってしまうのだ。
黎子と埜愛瑠が神為の使い手であればこそ恢復の見込みが高いだけで、常人が相手ならばそれだけで死に至らしめる、極めて危険な能力である。
「陽子さん、大丈夫?」
双葉は陽子の許へと駆け寄った。
黎子・埜愛瑠を相手に戦っていた陽子もまた、植物の散布していた麻薬の影響を受けていたらしい。
「後もう少し消耗が激しかったら、こいつらみたいに夢の中だったろう。双葉、随分と厄介な術識神為に育ったもんだ。味方に付けておいて本当に良かったよ……」
陽子は力無く微笑みながら親指を立てた。
どうにか自体を切り抜けたと判って、双葉は安堵していた。
二人共殺されずに済んで良かったと、心の底からそう思っていた。
一方、陽子は気力を振り絞る様に立ち上がる。
「そして、ありがとう双葉。手間が省けたよ」
陽子は双葉に礼を言うと、眠りに落ちている黎子と埜愛瑠に視線を遣った。
彼女の意図はすぐに察することが出来た。
「陽子さん、それは駄目……!」
双葉が止めようとした瞬間、陽子の手から閃光が奔った。
電撃が双葉を気絶させたのだ。
「二人も居れば親父も納得するだろう。苟且にも貴女を差し出さなくて済む。また連絡するから、その時もう一度助けてくれ……」
陽子はそう言い残し、黎子と埜愛瑠の体を担いで夜の闇へと消えていった。
袋小路には気絶した双葉だけが取り残されていた。
程無くして救急車が駆け付け、双葉を病院へと運んでいった。
その際、彼が世話になっていたのが、ボーマン家である。
ボーマン家は綴りをBEAUMANと書き、当時の畔宮大智はこれを「美しい」という見慣れた単語の発音から「ビューマン」と誤読してしまった。
時は流れ、今度はボーマン家が皇國に亡命してくることとなったのだが、神皇は昔の恩から彼らを迎え入れただけでなく、新華族として遇した。
それに甚く感激した一家は、家名を忠義の証として嘗て神皇から与えられた発音に改め、「別府幡家」を名乗るようになったのだ。
亡命したのは黎子から数えて高祖父・曾祖父・祖父の三代である。
また皇國の風潮から、彼らは純日本人の配偶者を得ることが難しく、同じ様な亡命者や混血の者達と婚姻して家を存続させてきた。
つまり、別府幡黎子の受け継ぐ血はその殆どが欧米に由来する。
「貴女も大変だね。皇國じゃその見た目は蛮族として蔑視の対象とされる。鬼獄家も枚辻家も決して開明的な訳じゃないだろう。他の二人の言葉を、貴女はどんな気持ちで聞いているんだ?」
陽子はわざと挑発的に問い掛けた。
これで黎子が怒って冷静さを欠けば戦いを有利に運べる。
公殿句子との戦いではこれが功を奏した面もあった。
黎子は不愉快気に眉を顰めている。
このまま乗ってくれば双葉と陽子にとっても助かる。
しかし、黎子はそのまま再び口角を上げた。
陽子の挑発を一笑に付したのだ。
「安い挑発だこと。それに、的外れですわねえ。何故化外の民が蛮族なのだと思います? それは、天孫の血の崇高なる威光を知らぬからです。つまり、既に皇化を拝受した別府幡家の様な帰化新華族は対象外なのですよ」
黎子のレイピアが風を切った。
その剣線には僅かな乱れも見られない。
陽子の狙いは当てが外れたということだろう。
「まあ、それでも不愉快なことが全く無かったとは言いませんわ。特に、貴女の様な口を利いた叛逆者は悉く細切れにしてやりましたとも。それでも良いなら、好きなだけ恐れてこう呼んでくださいましよ。『悪魔人形』とね!」
黎子は鋭い刺突を繰り出した。
今度の標的は陽子だ。
鍛えられた陽子の動体視力を以てしても、見切ることは至難の業だった。
しかもこの突き、掠り傷一つでも負えば黎子の能力が襲ってくる。
一方で、「殺戮人形」こと枚辻埜愛瑠は武装神為の短剣「降夜祇ノ守刀」を雨霰の如く投げ飛ばす。
狙いは黎子と入れ替わり、双葉が的に掛けられている。
陽子は黎子の攻撃に対応するので手一杯となっており、助けることが出来ない。
双葉は必死に躱すも、二の腕と腿に傷を負ってしまった。
「うぐっ!」
「黎子」
「ええ、其処!」
その一瞬を、黎子と埜愛瑠は見逃さない。
短剣で負った二つの傷は大きく拡がり始めた。
双葉は両手で傷口を押さえる。
「無駄無駄、そんなことで止まりは……何!?」
双葉を嘲る黎子だったが、すぐに異変に気が付いて表情を引き締める。
糸の様に細い繊維が、拡がる傷口を縫っていたのだ。
処置さえしてしまえば、神為に因る恢復力で傷は塞がり始める。
そして、治ってしまった傷を拡げることは流石の黎子にも出来ない。
双葉の能力は神為の治癒を大きく補助する。
それは、黎子にとって相性の悪い能力だった。
「チッ、弱気な顔をして意外に面倒ですわね……」
黎子は悔し紛れに舌打ちしていた。
しかし、この時彼女は双葉に長く気を取られ過ぎていた。
「黎子!」
埜愛瑠の声で我に返った黎子だったが、手遅れだった。
陽子の手がレイピアの先端を掴んでいる。
そして、放電。
「がァアッッ!?」
陽子の能力による通電は、常人ならば一瞬で昇天する程の高圧である。
しかしそこは新華族の精鋭、即死には至らなかった。
埜愛瑠は咄嗟に黎子を蹴り飛ばし、短剣を投げ撒いた。
陽子の放電は四方八方に散り、黎子は解放された。
「はぁ……はぁ……。助かりましたわ、埜愛瑠さん……」
「椿陽子の電撃はかなり強力。肩を掠めた感じ、私達の神為でも二・三秒で意識を保てなくなる。絶命に至るまで十秒と掛からない筈」
黎子はがっくりと肩を落とし、膝を突いている。
埜愛瑠の表情にも疲労が滲んでいる。
どうやら今の攻撃が、二人に相当の損耗を与えたようだ。
「椿陽子の能力、要注意ですわね。私、今ので暫く戦えそうにありません」
「大丈夫。恢復に専念。その間、私が保つ」
埜愛瑠が一人、双葉と陽子に向き合う。
状況は一転、二人の優勢となった。
埜愛瑠は無数の短剣を投げ、双葉と陽子を攻撃する。
しかしその動きは明らかに鈍っていた。
「喰らいな!」
陽子は埜愛瑠目掛けて放電する。
床に散らばる短剣を蹴り上げて電撃を逸らす埜愛瑠だが、それが精一杯。
気怠げな無表情が崩れ、攻め倦ねている焦りが顔に滲んでいた。
更に、双葉の蔓が手足に絡み付く。
「鬱陶しい……」
埜愛瑠は即座に短剣を生成し、蔓を斬り刻んだ。
更に、その刃を蹴り飛ばして双葉を突き刺さんと狙う。
だが、動きに精彩を欠く今の埜愛瑠の攻撃ならば、双葉でもどうにか躱せる。
一方で、埜愛瑠にとっても陽子の攻撃は集中すれば躱せなくもない。
両者は互いに決め手を欠き、拮抗状態を保っていた。
時折埜愛瑠に絡み付く木の蔓だけが状況を変え得るが、今のところ目立った効果は見られない。
「何か……変……」
陽子の攻撃が埜愛瑠の頬と脇を掠めた。
消耗が彼女の動きを更に遅くしているのか。
否、そうではない。
明らかに、何かが彼女の動きを封じていた。
「これは……繊維?」
埜愛瑠の視線の先で、細い糸が因るの光を反射した。
彼女は木の蔓だけではなく、目に見えない繊維で絡め取られていたのだ。
これは双葉の能力である。
目に見える、容易く切り刻める木の蔓に紛れさせ、双葉は真の罠を潜ませていた。
「陽子さん!」
「でかした、双葉!」
その地道な策が実を結び、今、埜愛瑠の動きを完全に封じていた。
繊維の出所では、陽子がその先端を握っている。
相方が動けない状態で通電されれば逃れる術は無い。
今から短剣を形成し、斬り刻もうとしたところで間に合わないだろう。
が、寸でのところで繊維が切れた。
埜愛瑠は地面を転げ、陽子の電撃から逃れる。
間一髪の所で、黎子がレイピアを投げたのだ。
刺突剣の投擲で目に見えない繊維を確実に切った黎子の技量は驚嘆に値する。
「ふふふ、御陰様で元気になってきましたよ……」
「黎子、助かった……」
黎子が割って入ったということは、つまり彼女がある程度恢復し、戦線復帰可能になったということだ。
双葉と陽子にとって、歓迎の出来ない話である。
ここまでの戦いで、二人はそれなりに消耗している。
更に仕留めるつもりで仕掛けた策も外れてしまった。
この先、優位は続かないだろう。
「やはり一筋縄ではいかないな。今、結構全力で放電してしまったからな。こっちもかなり神為を消耗してしまった。ここで二人に戻られるのは、正直しんどい……」
焦る陽子に、黎子と埜愛瑠がゆっくりと躙り寄る。
薄ら笑いこそ消えているが、二人は獲物を追い詰めた狩人の眼をしていた。
これで形勢は逆転――そう思われた。
しかしその時、黎子と埜愛瑠は突然膝を突いた。
実は、既に二人は詰んでいたのだ。
時間を掛け過ぎたことで、双葉の持つもう一つの能力が効果を発揮したのである。
「何……これ……?」
「まさか……酩酊……?」
二人は表情が緩ませ、俯せに倒れ込んだ。
双葉は一度、植物から有毒気体を発生させて人を酩酊させ、昏睡状態に陥らせたことがあった。
雲野研究所で双子から神為を貸与された結果目覚めた強力な能力だが、双葉はその後の成長によって自力でこの効果を使用出来るようになっていた。
通常、気体を吸い込ませることで人の意識を失わせるのは非常に困難である。
麻酔性のある有名な有機溶剤のクロロホルムの場合、創作で見られる様な、手巾に染み込ませて嗅がせるやり方で昏睡させることは出来ない。
クロロホルムで意識を失わせるには相当量の吸引を数分間継続させなければならない上、過剰摂取した場合、腎不全による死亡の危険もある。
だが、双葉の神為に因って生み出された植物は、特殊な生態作用によって大量の麻薬を生成可能。
そしてそれを周囲に充満させた中で継続して戦闘すると、呼吸によって大量に取り込み続けてしまう。
すると、数分間も戦い続ければ、相手は深い酩酊状態に陥り、意識を失ってしまうのだ。
黎子と埜愛瑠が神為の使い手であればこそ恢復の見込みが高いだけで、常人が相手ならばそれだけで死に至らしめる、極めて危険な能力である。
「陽子さん、大丈夫?」
双葉は陽子の許へと駆け寄った。
黎子・埜愛瑠を相手に戦っていた陽子もまた、植物の散布していた麻薬の影響を受けていたらしい。
「後もう少し消耗が激しかったら、こいつらみたいに夢の中だったろう。双葉、随分と厄介な術識神為に育ったもんだ。味方に付けておいて本当に良かったよ……」
陽子は力無く微笑みながら親指を立てた。
どうにか自体を切り抜けたと判って、双葉は安堵していた。
二人共殺されずに済んで良かったと、心の底からそう思っていた。
一方、陽子は気力を振り絞る様に立ち上がる。
「そして、ありがとう双葉。手間が省けたよ」
陽子は双葉に礼を言うと、眠りに落ちている黎子と埜愛瑠に視線を遣った。
彼女の意図はすぐに察することが出来た。
「陽子さん、それは駄目……!」
双葉が止めようとした瞬間、陽子の手から閃光が奔った。
電撃が双葉を気絶させたのだ。
「二人も居れば親父も納得するだろう。苟且にも貴女を差し出さなくて済む。また連絡するから、その時もう一度助けてくれ……」
陽子はそう言い残し、黎子と埜愛瑠の体を担いで夜の闇へと消えていった。
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