日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十五話『無常』 破

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 ホテルに到着したわたる達はびゃくだんあげと合流し、いつもの会議室で事情聴取の続きに入った。
 同じホテルに宿泊するはたとおどうあや、そしてごくも同席している。
 中でもは激しい敵意をしにした視線をふたへと向けていた。

て、もう一度確認しておこう」

 そんな重い空気の中、が切り出した。

きみは帰国してから何度か椿つばきようと密会し、相手側の事情を聞かされている。間違い無いか?」
「ええ、そうですよ」
「それで、昨日も会ったんだな?」
「はい」
「そしてその現場をこうこく新華族令嬢の二人、ひらつじびゅまんれいに押さえられた」

 は一つ一つ、ふたのみに起きたこ事を読み上げていく。
 しかし、新華族令嬢の名前が出たところで、ふたに再び反抗的な光がともった。

「ええ。それで、向こうから襲ってきたんですよ!」
「何? それは妙だ。椿つばきようどうじょうかげに関しては我が国側で解決するためこうこく側の手出しは無用と言ってあったはずだし、合意も得ていた筈だが……。はた嬢、どういうことか説明願いたい」

 新華族令嬢の指揮を任されていたはたに白羽の矢が立てられた。

おっしゃるとおりに御座います。しかし、申し訳御座いません」
殿、はたのみの責任では御座いません。我も彼女のうしろだてとして二人の同行に眼を光らせておくべきでした」

 と共に、とおどうも深々と頭を下げた。

「そりゃこうなるに決まってますよ」

 が怒りをはらんだ溜息と共に割って入った。

「どうして伯爵令嬢たるわたしや子爵令嬢たるれいを男爵令嬢に過ぎないはたの下に付けたんですか? そんなの、気分が悪いに決まっています! 適当な口実で自己判断するなんて、目に見えているじゃないですか!」
ごくお前、口が過ぎるぞ。はたはお前達より年長者じゃろうが」
「関係ありません! 旧華族の上級貴族方は新華族の家格を軽く見過ぎです! この際ですから、とおどう様、わたしからはっきりと抗議させていただきます!」

 ごくはこれまでの不満がせきを切った様に、六摂家の公爵たるとおどうに口答えした。
 だがこの流れに任せては話が脱線してしまう。
 が一つ、せきばらいして二人をいさめた。

「話を戻そう。つまり、二人は何か我々の意向を無視する理由を付けて襲い掛かってきたから、きみ椿つばきようと協力して応戦したと、こういうことかな?」
「ええ、そうですよ!」

 ふたを、そして周囲をにらんだ。
 その眼は政府関係者のびゃくだんだけでなく、わたることにも向けられた。
 彼女は明らかに、友人二人に対しても怒りを見せていた。

「あの二人が言っていたのはこうです。『椿つばきようには日本側と通じている人間がいる。それを明らかにするために、日本側だけで捜査をしたいと言われた。でも、今その内通者が明らかになった以上ここで始末しても問題ない』とね! つまり、こういうことでしょう? 初めからわたしは疑われていた! さきもり君もうるさんも友達面して近づいて、結局のところこっちの懐の内を探っていたんだ!」
ずみさんっ……!」

 わたるふたの怒りの理由にようやく気付いた。
 れいの言葉から、特殊防衛課がふたを敵として見ていると思ってしまった。

 それだけではない。
 友達だと思っていたわたることも、それに加担して自分に探りを入れてきたと考えた。
 ふたは二人に自分達の友情を、気に入らないこの組織の為に利用されたと思って怒っていたのだ。

「聴いてくれ、ずみさん。そうじゃないんだ。誤解なんだよ」
「何が?」

 ふたの冷たい視線がわたるに突き刺さる。
 しかし、わたるは退けなかった。
 そう、ふたは一つ思い違いをしている。
 その理由は特殊防衛課側にあるのだが、かく彼女が誤解しているというのは確かなのだ。

さん、言っても良いですよね?」
「……この際だ、むをん」

 も渋々うなずいた。

そもそも、ぼく達は初めから内通者が居ると思っていた訳じゃないんだ。こうこく側にそう言ったのは、椿つばきとその弟を日本側だけで追う為の方便だったんだよ」
「は? 何を言ってるの?」

 ふたの眼からは疑いの色が消えていない。
 襲われた翌日にその理由がうそだったと言われて、納得がいく筈も無いだろう。
 そしてそれは、こうこく側も同じだった。

「それはどういうことでしょう?」

 こわいろにも怒りが混じっている。
 彼女ともまた、に詰め寄った。

「詳しく説明していただきたいですね。わたくし達にも納得出来るように」
「珍しく良い事を言いますね、はたさん。わたしも知りたいです」

 い空気が会議室内に充満していた。

「謝罪せねば……ならないでしょうね……」

 は全員に距離を取り、向き直って一息吐いた。
 そして頭を下げる……のではなく、その前に床に膝を突いた。

「ちょっと、さん!?」

 わたるは動揺した。
 が何をしようとしているのかは明らかだった。
 結果的に、自分の判断で彼にとんでもないことをさせようとしている。
 そして、やはりは額を床に着けて全員に土下座をした。

「申し訳御座いません。自分は勝手な憶測と個人的な心情で嘘を吐いたのです。その結果、二人の新華族令嬢にあらぬ誤解をさせ、結果的にずみふたさんを危険な目に遭わせ、二人の消息が絶たれるという事態を呼び込んでしまいました。そのとが、この通り心よりおび申し上げます」

 わたるは言葉を失った。
 この場をどうたせれば良いのか見当も付かなかった。
 自分もと一緒になって謝るべきだろうか。

 しかし、それを実行する前にに早足で歩み寄った。
 そして、彼を見下ろしてこう告げる。

「頭を上げてください」

 その言葉には有無を言わさぬ迫力があった。
 今この瞬間だけ、顔の似たことが彼女に乗り移ったかの様だった。
 は苦い表情でゆっくりと頭を上げる。
 その顔に、の平手が飛んだ。

「なっ!」
……」

 大きな音に驚くわたる、その隣に居ることは冷静だった。
 勝手な行動で自分の親しい人間に手を挙げたに対し、咎めることもしない。
 今回、にそうする理由とにそうされる理由が充分有ると判断したのだろう。

貴方あなたの謝罪はどうでも良いです。ちゃんと説明してください」

 これも、もっともな言葉だった。
 ある意味、彼女のかげで話を本筋に戻すことが出来る。
 は立ち上がると、再びふたに視線を投げ掛けた。

「先程さきもり君から説明があったとおり、内通者の話は出任せです。それは椿つばきようの捜査を日本国側だけで行いたかったが為です。そしてその理由は、自分よりもずみさんの方がお詳しいでしょう」
「は? どういうことですか?」
「我々は椿つばきようどうじょうかげについて、他の連中とは違って何らかの事情があっておおかみきばに協力させられていると踏んでいたのです。二人に帰国を助けてもらったこと、そしてその中で、他ならぬずみふたさんが仰っていた言葉を信じた。だから椿つばきようどうじょうかげに関しては日本国側で捕縛し、国内にとどめるつもりだった。こうこく側に引き渡してしまえば、こっはんぎゃくざいとして確定死罪となってしまいますからね」
「え……?」

 ふたどうもくし、から目をらした。

ずみさん、教えてくれ」

 わたるふたに問い掛ける。

きみ椿つばきから、あいつの抱える事情を聞かされたんだろう? ぼく達は椿つばきを助けたいんだ。きみだってそうだろう? だから、ひそかに会っていたんじゃないか?」
「それは……そうだけど……」
ずみさん、一つ」

 今度はことが話に加わる。

「正直に言うわ。実を言うと、貴女あなたから椿つばきように情報が漏れている可能性を考えなかった訳じゃない。でも、信じていた。それを確かめたかったの。それを『疑われた』と言われれば、反論は出来ないわね……。けれども貴女あなたを敵だと思ったことは一度も、一瞬たりとも無いわ。それだけはどうか信じて頂戴」

 ふたうつむいたまま黙っている。
 疑われたことに反感を見せてはいたが、実際彼女はようと密会し、病院についてうっかり話してしまっているのだ。
 その後ろめたさはどうしてもあるだろう。

 とまれ、これでふたとの関係が回復すれば言うことは無い。
 しかし、事はそう簡単にいく程単純ではなかった。

「さっきから随分勝手なことを言ってくれますね」

 不服げに口を挟んだのはだった。

「要は、はんぎゃく者の一員たる椿つばきように配慮してわたし達に不当な指示を出していたってことでしょう。わたし達はおおかみきばこそぎ始末する為にに居るんです。貴方あなた達の指示が無ければわたしだって二人に付いて行きました。それなら、の女や椿つばきように後れを取ることも無かったんです」
「おいごく、言葉を慎め。抑も、あの二人の独断専行がこの事態を招いたんじゃろうが」

 咎めるとおどうの言うことも聞かず、ふたに詰め寄った。

「というか、こいつが椿つばきようと内通していたのは事実でしょう? こと様の手前堪えていますが、本来ならこの場でぶちのめしてやるところです」

「はいすみません出過ぎたでした!」

 ことの言葉にだけは素直に従い、その場で引いて背筋を伸ばした。

「それで皆様、ずみ様の処遇、いかなさるおつもりですか?」

 がこの場を収めるように促した。
 そんな彼女を受けて、ふたに歩み寄る。

とうえいがんを飲まされてしまった以上、このままにしておく訳には行かない。申し訳無いが、こればかりはちらも譲れない」
「また……軟禁生活ですか?」

 ふたの顔に再びけん感が浮かび上がる。
 どうやら心の奥底にある不信感ははやどうにもならないらしい。
 もそれをったらしく、懐から小瓶を取り出した。

きみがそれをれられないであろうことはわかった。これは最終手段だったが、この錠剤を飲んでもらえれば、一日だけちらに滞在するだけで帰宅してもらって構わない」
「何ですか、それ?」
そうがんと呼ばれるものでな、とうえいがんとは逆にしんを打ち消す薬剤だ」
「へええ……」

 ふたは再びを睨み上げた。

しんを消す薬、ですか。つまり、わざわざ一箇月も軟禁生活をする必要なんて無かったんですね」
「済まない。これはとうえいがん以上に貴重で、おいそれと投与出来るものではなかったんだ。それに、副作用もあってな。服用から二十四時間は、強い発熱に苦しむことになる。一日だけ滞在してほしいというのは、それに備えてのことだ」
「あーはいはい、解りましたよ。いこと言って、結局わたし達を利用したことには変わりないでしょ。さきもり君もうるさんも、よくこんな人の言うこと聞いてるよね」
「お叱りは甘んじて受けよう。しかしこれを飲むか、それともこのままとうえいがんの効果が切れるまで待つか、この場で選んでくれ」
「決まってるでしょ。もう二度と軟禁生活なんて御免です。また貴方あなたと一箇月も一緒なんて、うんざりします。この際もう一つ言っておきますけど、わたし貴方あなたのことずっと嫌いでしたよ。初めて会った時からね」
「そうか……」

 ふたは差し出されたそうがんを受け取ると、そのまま口の中へ放り込んだ。

びゃくだん、彼女を部屋へ案内してやってくれ」
「アイアイ。さ、ずみさんちらへどうぞー。ご気分が優れないなど、不調があったらすぐに連絡してくださいねー」

 びゃくだんに連れられ、ふたは会議室から出て行こうとする。
 そんな彼女へ、最後にが声を掛ける。

ずみふたさん。今まで大変ご迷惑をお掛けしました。どうかたっしゃで」

 ふたは頭を下げるに目もれず、会議室を出て行った。

さん、済みません……」

 わたるは居たたまれなくなってに謝った。
 自分言葉がきっかけで土下座までさせてしまったこと、ひどく気が重かった。

「気にしないでくれ、さきもり君。おれのやり方がいけなかっただけだ。きみは悪くない」

 は溜息を吐くと、スマートフォンを取り出した。
 彼はこのままふたをただ帰してしまう程甘くはない。

「もしもし、いきさん、お願いがあります」

 彼は元じんかい総帥・いきりゅうろうに電話を掛けた。
 いきを始めとしたじんかいの面々は現在、特殊防衛課のB班としての指揮下に置かれている。

「B班は貴方あなた含め残り四名、でしたね。その全員でる人物を影から護衛してください。同時に、当該人物が誰かと密会するようでしたら、ちらに報告願います。ええ、どうかよろしくお願いします」

 先の病院襲撃で人員をうしない、残り四人にまで数を減らした元じんかいことB班――その全員を、ふたの尾行に回した。
 こうして、ふたからおおかみきばの新たなかくを暴こうというのだ。

わたしも部屋に戻りますね。言っておきますけど、椿つばきようも始末しますから、わたし

 も会議室を出て行った。
 それに続くように、とおどうも続々とこの場を後にする。

 先日旧交を温めて一転、わたることふたの間柄は一気に険悪なものとなってしまった。
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