日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十六話『理想の崩壊』 破

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 ずみふたは決して見込みの無い漫画家志望者ではなかった。
 担当編集者も成長を期待して漫画家のアシスタント業を紹介したのだ。
 プロの水準と比較すれば未熟だった画力も着実に向上した。
 しかし、彼女にはどうしても克服出来ない弱点があった。

 話を考えられない。
 そして画力も、話の稚拙さを補える程のものにはならなかった。

 そんなふただったが、周囲はてたりしなかった。
 一方的にライバル視していたが連載を勝ち取って半年が過ぎた頃、ふたにもチャンスが巡って来たのだ。
 原作付き漫画の作画担当の仕事だった。
 担当編集者からの紹介で、女性コミックの連載漫画を受け持つことになったのだ。

 だがこれはふたにとって、様々な意味で苛酷な仕事だった。
 第一に、ふたが作画を担当した原作は、漫画原作どころか物語のていさいしておらず、ふた側で原作を再解釈する必要があった。
 一から話を考えるというふたにとって最も苦手な工程を避けることは出来たものの、これはこれで楽な作り方ではない。
 ふたかくずは作品を通して原作者が何を言おうとしているか「理解」しなければならなかった。

 第二に、この原作者が非常に気難しく社会性に欠けた人物で、ふたの解釈が少しでも気に入らないと、ネームどころか完成原稿にもリテイクを要求してくるのだ。
 そのかげふたは毎度締め切りに追われ、深夜まで睡眠時間を削って仕事し続けなくてはならなかった。
 仕事を続けるうちに、ふたは肉体的にも精神的にも疲労でボロボロになっていった。

 第三に、ふたが担当したのは過激な性描写が多く含まれる作品だった。
 元々ふたは性に奔放な性格ではなく、苦手なものを描き続けることは非常に堪えた。
 ただ、これに関してふたは原作者を悪くは思っていない。
 過激な性描写はむしろ原作者のせいけんから来ていたもので、性暴力の陰惨さを物語る目的で導入されていたからだ。

 結局ふたはこの仕事をどうにかやりきった。
 非常にマイナーな漫画だったが、この経験が次につながるはずだった。
 しかし、この仕事がふたに「過激な性描写を含む女性コミックの漫画家」というイメージを与えてしまった。
 これが彼女を大いに苦しめることになる。

 この後、ふたは仕事に恵まれなかった。
 どうにか仕事にありつこうと、ふた自身が自分を売り込まなければならなかった。
 担当編集だけでなく、多方面にコネクションを作るべく自ら営業を掛ける。
 その際、唯一自分がやりきった仕事をアピールする。

 年配の男性編集者と食事へ行った。
 コンパに参加し、顔を売った。
 飲みに行き、カラオケに行き、そして性交渉を求められた。
 過去の仕事から、性に奔放だと誤解された。

(男の人って、どうしてこうなんだろう?)

 ふたは少し、かつての原作担当が何故なぜあの様な作品を書いたのか、わかった気がした。
 立場を盾に、性的な要求をしてくる下衆な男。
 自分が描いた漫画を知っている癖に、作品をいやらしいでしか読解せず、本当に描かれていた訴求を理解しない無能な男。
 ふたの周りにはそんな男ばかりになっていた。

ずみさん、大丈夫かい?」

 る時、アシスタントの仕事中に、漫画家の先生から心配して声を掛けられた。
 この時、ふたは明らかに精神的に参っていた。
 以前にも増して痩せた体と、疲れ切った表情が自分でも解っていた。

「すみません先生。昨日遅くまで飲んでいたもので……」
「困るな。きみ、最近絵が乱れているじゃないか。リテイクも増えている。漫画の仕事を取りに行くのは良いが、今のやり方は本末転倒だよ。正直、見ていられない。人付き合いは大事だが、程々にした方が良い」

 追い詰められていたふたは少しいらちを覚えた。
 だったらどうすれば良いというのか。
 この人は才能に恵まれているから、そのようなれいごとが言えるのだ。
 自分もこの先生やの様に才能があれば……。

(ああ、そうか。わたし、才能無いんだ……)

 ふたはふと気付いてしまった。
 自分は漫画家にはなれない。
 ひとえに、才能が無い。
 そんな自分が無理に漫画を続けるとすれば、苦手な性描写を描き続けるしか無いのだ。

 ふたの眼に、今手懸けている原稿が映る。
 胸や尻が強調された、性的訴求力が強い、なまめかしい絵だ。
 考えてもみれば、自分はずっとこの様な物を描かされていた。
 性的なことにしか興味が無い、下衆で無能な男たちを喜ばせるような絵を只管ひたすらに……。

(あ、無理だわたし……)

 この時、ふたは自分が居た環境の、否社会の劣悪さに気付いてしまった。
 目覚めた、とうべきだろうか。
 自分はに居られない。
 こんな場所に居てはおかしくなってしまう。

「先生」
「どうした?」
「お世話になりました」

 ふたはそう言い残すと、荷物を持って逃げるように職場を後にした。
 吐き気と涙が止まらなかった。

わたし、何を夢見ていたんだろう? 目指した世界はこんなにも残酷で、醜くて、けがらわしくて……)

 くして、ふたは夢をてた。
 遅れながら大学を受験し直し、普通の人生を歩み直そうとした。
 彼女が拉致に遭ったのは、そんな最中だった。



    ⦿⦿⦿



 時を戻し、二〇二六年九月十八日、自宅のベッドに寝そべっていたふたの電話が鳴った。
 掛けてきた相手は椿つばきよう――五日振りの連絡である。

「もしもし、ようさん?」
ふた! 今から会えないか? 頼む、まずいことになったんだ!』

 ようの声は随分と慌てている。
 何やら急を要するらしい。

「どうしたの、ようさん? まずいことって何?」
『この間捕まえた二人の内一人が逃げ出した! あたし達の居場所もバレるし、貴女アンタもあいつに狙われる!』
「この前の二人ってあの……!」

 ふたとっに窓の外を見渡した。
 どうやら尾行らしき人物は見当たらない。

「わかった。場所はわたしが指定して良い?」
『……分かった。遠過ぎなければ大丈夫だよ』

 ように場所を伝えたふたは、家族にアルバイトとうそを吐いて家を飛び出した。
 ふたにとって、ようは何としても助け出したい人物だった。
 もう自分にはようしか居ない。
 そして何より「父親に自由を奪われ生き方を決められてしまっている」というのが、ふたにはどうしても許せないのだ。



    ⦿⦿⦿



 二人が落ち合うと決めたのは近くの公園だった。
 ようを待つ間、ふたは不安で胸が張り裂ける思いだった。
 そうがんを飲んでしまった彼女はしんが使えず、今敵襲に遭ったらひとまりも無いからだ。

ふた!」

 ようの姿が見え、声を掛けられたふたあんした。
 そして迷い無くようの方へ駆け寄った。

貴女アンタしんが無くなってるね……。飲まされたんだね?」
「うん、まあ……」
まずいな……。今日は持って来れなかったんだよ」

 ようは辺りを見渡し、敵襲を警戒する。
 そして、彼女は何かを見付けたようだ。

ふた、付けられたね」
「え?」

 ようが見つけたのは元じんかい――特殊防衛課の尾行だった。
 ふたに気取られなかった彼らといえど、ようの目はせなかったらしい。
 ようは目線で人数を数え、そして考え込む。

「参ったな……。これじゃ向こうに帰ることは出来ない……」
「弟さんは今どうしてるの?」
おやの所さ、相変わらずね。親父は今、かげのことをあまり自分の手元から離そうとしない。あたし達をいつでも追い掛けられる能力を持っていたさんが居なくなっちゃったから、人質を手放せないんだ」
「そう……」

 ふたは今、かげの身を案じるようの態度を少し煩わしく思っていた。
 彼女から見て、ようは父親だけでなく弟にも縛られて見えた。
 だが、そんなことを口に出せばようとの関係も終わりかねない。
 ふたにとって、自分を頼ってくれるようは失えない最後の友人だった。

「弟さんって、確かようさんの所へ飛んで来れなかったっけ?」
「ああ、まあね。でもそれには親父が『支配』を解かなきゃいけないんだ」
「支配?」
「親父のじゅつしきしんの一つさ。支配下に置いた者のしんを自由に使える。逆に、支配されてしまった者はしんを自由に使えなくなってしまうのさ。かげは基本、親父の手元で支配下に置かれているから、親父の許可無しに能力を使えないんだ」

 ようの表情に悔しさがにじむ。

「親父のやつは今、おかしくなってしまっている。何か新しい力に目覚めたらしい。それで前以上に冷静な話し合いが通じないんだ」
「そんな……。それじゃあようさんは一体どうするの? そんな状態のお父さんと運命を共にするなんて……」
もちろんまっぴらだ! だが、勝てないんだよあたしじゃ親父には……!」

 頭を抱えるようを見て、ふたはまるで自分の事の様に胸を締め付けられた。
 自分ではどうしようもない力の差と環境に苦悩する姿が他人のものとは思えなかった。

「でもようさん、このままじゃ……」
「解ってる。一旦、今日の寝床を確保しよう。後の事はそれから考える。しばらく付き合える?」
「うん、勿論だよ」

 ふたようはとりあえず場所を移動した。
 この時ふたようやく、自分の背後で動く気配を察した。

「ごめんねようさん。わたしが鈍いばっかりに……」
ふたが謝る事じゃないさ。無理を言っているのはこっちなんだから。迷惑かけてあたしこそごめん」
「そんな、迷惑だなんて……」
えずホテルに入ろう。入室したら親父に連絡する。逃げた一人、ひらつじを捕まえるように言われてるんだ。『一人では無理そうだから、応援にかげしてくれ』って伝えてみるよ」

 ように先導され、ふたは夜の闇を走る。
 道に沿って流れていくライトがとても美しい光の芸術のように思えた。
 その先に待ち受けている運命を、彼女はまだ知らなかった。
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