日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十七話『取引』 序

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 翌日、九月十九日土曜日。
 高級ホテルではとおどうあやが意外な人物を自室に通していた。

ごくよ、黙っていて済まんかったの……」

 とおどうは小卓の向かいにすわごくに謝罪した。
 はこの日偶然、信じられない報道を目の当たりにした。
 その後、すぐにとおどうへと詰め寄ったのだ。
 そんなを、とおどうはたと共に自室へと招き入れた。

ごく様、とおどう様、お茶が入りました」
「急に悪いのはたごくよ、はたは紅茶をれるのが中々にい。飲んでみよ、落ち着くぞ」
「ありがとうございます……」

 とおどうと、それからにも頭を下げ、紅茶に口を付けた。

て、何から話そうかの……」
「みんなは……とうさまかあさまにいさまはどうなったのですか?」
「いつまでも隠せるものではないの。あの日、ごく伯爵家の者は全員本家に集められておった。そこへ、謎のどうしんたいの襲撃……。まだ何名か見付かっていない者もおるが、おそらくは……」
「そんな……」

 が見た報道とは、こうこくの名家であるごく家が壊滅したというものだった。
 家族を襲った厄災を目の当たりにしたは気が動転して、本国と密に連絡して居るであろうとおどうを問い詰めたのだ。
 とおどうは再び頭を下げる。

ごくよ、我はこの話を聞いたお前の動揺を危惧した。両の日本にとって重要な任務を担うお前の働きに支障が出るのではないか、とな。それで、事が落ち着くまでは黙っておくつもりじゃった。済まんかった」
「そんな、づかい感謝します。でも、どうして……」

 は膝の上で拳を握り締めた。

「そこなんじゃ。ごく家をどうしんたいで襲撃したのは一体何者なのか、狙いは何なのか、それがさっぱり見えん……」
「先日とおどう様が御推察されていたとおり、やはり今回の講和を快く思わない不穏分子がこうこく内で良からぬ事をたくらんでいるのでしょうか」
「かも知れぬ。しかし、それに関しては本国で殿でんきょうどう卿が既に調査を命じておる。ごく、お前は目の前の出来ることを果たすのだ。お前の任務は両国の和平にいて重要なものじゃ。犯人の狙いが我らの考えるとおりなら、それが何よりの弔いとなるじゃろう」
「はい……」

 は一つ、深呼吸をした。
 自分の一家が突然全滅したというしらせを平常心で受け止められる訳が無い。
 しかし、彼女は努めて自分を落ち着かせている。
 彼女は彼女なりに、こうこく貴族としての誇りを持っていた。

「本日、れいが交戦した現場に残された血液がようやく提供されるそうです。その中に含まれる椿つばきようの遺伝子情報を辿たどり、もう一度そうせんたいおおかみきばかくを探ります」
「うむ、大変な中済まんが、よろしく頼むぞ。後のことは心配せんで良い。お前さんの身柄をどうするかは、我と殿でん卿で話し合って決めるとしよう。決して悪いようにはせん」
「ありがとうございます」

 には遺伝子情報や持ち物から人物の足跡を辿る能力がある。
 それを使えば、椿つばきようが日本国で立ち寄った場所が全て丸裸になるのだ。

 今度こそ、敵の隠れ処を探し当てる。
 そして、親友の二人を救い出す――は決意の光を瞳に宿していた。



    ⦿⦿⦿



 ずみふた椿つばきようは繁華街にひしめくホテルの一室で一夜を明かした。
 今この場にようとうえいがんを持って来ておらず、ふたしんを戻す手段は無い。
 つまり、仮に襲撃に遭ったとすれば、ようが一人で戦わなければならない。
 せっかく寝床を確保したというのに、ようは一睡も出来なかったらしい。

ようさん、ごめんね。わたしだけ寝ちゃって……」

 ふたは、ホテル前で朝日に目をくらませるように謝った。

「いや、大丈夫だ。あたししんを身に付けているから、睡眠不足は問題無い。それに、眠れなかった理由はもう一つあるんだ」
「あの、もしかして不安なの……?」
「ああ……」

 そうせんたいおおかみきばは今、王手を掛けられている。
 びゅまんれいひらつじが日本国に派遣されたということは、残りのさんがらすであるごくも確実に来ているだろう。
 には厄介な探索能力がある。
 それに、ひらつじも隠れ処から逃げ出している。

「このままじゃおやかげの居場所が発覚してしまう。報道だと、こうこくからは三羽烏だけじゃなく六摂家当主まで来ている。いくら親父とかげでも殺されてしまうかも知れない」
「そっか……。そうだよね」
「いや、親父が死ぬこと自体は良いんだ。あいつは死んで当然のやつさ。だが、能力を解除しないまま死なれると、かげに掛けられた呪いが解けなくなる……」

 長く父親から離れていた彼女とは違い、道成寺かげは父の転生の器を産むための装置として利用されている。
 ようの目的は、そんな弟を父親から自由にすることだ。

「それにさ、実はこうこくだけじゃなくて、こっちの連中に捕まるのも策を練らなきゃ拙いんだよ」
「どういうこと?」
「強要されてとはいえ、おおかみきばに協力して貴女アンタ達の拉致に加担したのは事実だからね。その罰を受けるのは仕方が無いと思ってる。あたしはそれで良い。でも、かげは駄目なんだ。あいつはきっと、親父の下であたしなんかとは比較にならないくらい手を汚してる。だから、取引をしなきゃいけない。親父の身柄と引き換えに、かげの罪を見逃してもらう、そんな取引をこの国の連中としなきゃいけない。貴女アンタが必要だっていうのは、そういうことさ。だから、親父を先に捕まえられるのも困るんだよ」

 ふたは息をんだ。
 ようの狙いは日本の警察に父親を差し出し、かげとの司法取引材料にすることだった。
 そのために、自分は罪を被る覚悟でいる。

 ふたが思ったのは、そのような縛りにとらわれているようの不自由さである。
 父親の支配から抜け出したい、という思いは非常に共感できても、弟も一緒に、というのは今一つピンと来なかった。

(もし弟さんの本音が父親側だったらどうするつもりなんだろう……)

 ふたは口には出さないものの、そんなことを思っていた。

ようさん……」

 ふたは尋ねる。

「何、ふた?」
ようさんはこれからどうするの? わたしに何か出来ることある?」

 そっちょくな疑問だった。
 ようふたに求めているのは、要するに警察関係者や政治家へのコネから姉弟のしてきたことをにすることである。
 だが、ふたはやそういった関係の人脈から切れている上、けん感すら抱いている。
 そのことは、夜通し話す中でようにも伝えていた。

「そうだね……。正直に言うと、当てが外れちゃったってとことかな。もうこれ以上、貴女アンタを巻き込むわけにはいかないのかも知れない」

 実のところ、ようには最終手段として、取り逃がしたに代わりふたを父親に差し出すという禁じ手がある。
 そしてその手札を良くないとは思いつつも捨てられないからこそ、別れを切り出せないのだ。

 だが、やはりようは非情になれなかったらしい。
 小さくほほむと、彼女はふたに切り出した。

「今までありがとう。やっぱりあたし達の問題はあたし達でどうにかするよ。ここまでしんになってくれて、うれしかった……」

 ようの言葉はふたとのけつべつを意味していた。
 ふたにとってようは残された最後の友人だが、客観的にはどう見ても厄介ごとに縛り付けるあしかせだ。
 ふたようにとってのかげをそう見ていたように、ようふたにとっての自身を同じように捉えた。

ようさん……。わたし達、もう終わりなの?」
「終わりにしよう。もう帰った方が良い。家族にはうそいているんだろう? 貴女アンタ貴女アンタで生きていくんだ。それがきっ貴女アンタの幸せ……」

 その瞬間、ようの姿はその場からこつぜんと消えてしまった。
 一瞬、電流が火花を散らしたようにも見えた。

ようさん!? ようさん!! ちょっと何!? 何処どこへ行ったの!? ようさん!!」

 ふたは必死にようの名を呼んだ。
 だが返事は無かった。
 二人の別れは唐突に、言うべきことを言い終わらぬままぶつ切りに、中途半端な形で終わりを告げてしまった。

ようさん……」

 ふたは独り、道端で途方に暮れる。
 しかし、そんな彼女のもとに悪魔が忍び寄っていた。
 邪悪な企みを持って厄災を届けにやって来ていた。

椿つばきようは呼び出されてしまったようだね……」

 ふたは驚いて声の方へ振り向いた。
 そこにはいつの間にか、小柄な少年の様な男が立っていた。
 見た事のある姿に、聞いた事のある声。
 ふたにはその少年の様な男に覚えがあった。

貴方あなたは確か……!」
「お久しぶりだね、ずみふたさん。そうせんたいおおかみきば、首領補佐のおとせいだ。貴女あなたとは同じ駐車場に居合わせた程度だったけど、覚えていてもらえて光栄だよ」

 直接会ったのはこうこくの駐車場で、六摂家当主達を迎撃した後での出来事限りだ。
 だが、その邪悪などす黒い存在感は忘れようが無かった。

「何の用……?」
「そう怖がらなくても良いよ。ぼくきみに素晴らしい取引を持ち掛けに来ただけなんだから……」

 おとは表情に不気味な笑みを張り付け、ねこをあやす様な声でふたに語り始めた。
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