日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十七話『取引』 破

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 突然のことに、椿つばきようは困惑していた。
 何やら建物の中に移動させられたようだが、妙に生臭い。

は……来たことがある。おや達がこっちの国に逃げて来て、勢力をひろげるために協力関係を築こうとした過激派の本拠地だ……)

 ようは恐る恐る辺りを見渡しながら廊下を進む。
 漂う臭いには嫌な感覚がある。
 海馬の奥底に封印された遠い日の記憶は、全てが壊れる黒い予感を浮かび上がらせていく。
 そしてようついに、その臭いの元を視認してどうもくした。

「うぅっ……!」

 角を曲がると、その先には死体、死体、また死体が横たわっていた。
 ようは顔をらせ、口と鼻を手で覆った。
 明らかに異常な光景だった。

「これは……。一体何が……?」
「粛正したのだよ。革命への協力を渋る日和見主義者共をね」

 背後から声を掛けられたようは驚いて振り向く。
 そこにはいつの間にか、父親のどうじょうふとしと弟のかげが立っていた。
 どうじょうは狂気にゆがんだ笑みを浮かべている。
 信号機の様に赤く光る両は、既に正気を失っているように見える。

「どういうことだ? どうしてあたしが……親父とかげも此処に……?」
「呼び出したのだ。かげの能力でな」

 娘の疑問にどうじょうの横で、かげは無表情のまま突っ立っている。
 それはまるで、感情を奪われた人形である。

よう、お前は我輩に対し、ひらつじ捜索の人手としてかげせと言ったな? そんな調子の良い、見え透いたたばかりに我輩が乗るとでも?」

 ぞくり、とようの背筋におぞはしった。
 正気を失った、狂気に歪んだ笑みを浮かべる父親。
 に外道の父親といえど、今までここまで異常な表情をように向けたことは一度も無かった。
 はや表面上の紳士然とした態度を取繕うことすら出来ない程に、どうじょうは狂気にまれているのだ。

 更には、かげからも何やらどす黒いオーラの様なものが見え隠れしている。
 異常より推察されるのは、どうじょうは息子のかげに以前にも増して良からぬ事をやらかしたのではないか、ということだ。

「親父……完全に常軌を逸したか……!」

 ようが命じられていたのは、逃げ出したひらつじの捜索である。
 その時父子はまだかげが借りたアパートを拠点としていた。
 よう不在中に場所を移していたのは良いとしても、元居た人間を殺して、死体を片付けないままで潜伏しているとは、とても正気の沙汰ではない。

 おののように、どうじょうてのひらを差し出した。

「どうもお前はまだ自分の立場が十分にわかっていないと見える。故に、我輩が得た新しい力について教えておいてやろう。まずこのように!」

 ようは突然、前方からすさまじい圧力を感じた。
 どうじょうが掌から圧倒的なしんの光を解放し、ようの身体をはじばしたのだ。
 ようは天井に激突し、床に落下した。

しん自体の凄まじいまでの向上! ただ解放するだけでこの力、既に六摂家当主に匹敵するだろう! もっとも、これで終わりではない! 今でもまだ、しんは爆発的に増幅している! この理を超えた現象、全ては神を殺す力『まがつひ』のたまものなのだ!」

 ようは立ち上がることが出来ない。
 まがまがしい力に上から抑え付けられているかの様だ。
 あまりの圧力にようは吐血した。
 それを見てどうじょうは娘を心配するどころか得意気に語り続ける。

しんしんを打ち消すことや、貸し与えて重ねることは出来る。しかし、無から生じさせることは出来ん。成長に伴い自然と強くなることはあり得るが、しんって生じる力で増やすことは出来んのだ。たとえるなら、雷雲が成長して電力が増すことはあっても、それは自然現象によって増すのであって、電力自身が電力を生み出すことは無いというのと同じだ。しかし一方で、電力は別の手段で生み出すことも出来る。火力・水力・地熱・風力・原子力……様々な方法で回転原動機タービンを回し、発電することが出来る。しんまがつひの関係は、まさに電力と回転原動機タービンを回す外力の関係に似ている。そして、両者の関係は逆転することも可能。これがどういうことかわかるかね?」

 どうじょうの表情は愉悦に歪んでいる。
 それも当然だろう。
 彼が与えられた力は、想像以上に邪悪な特性を持っているのだ。

まがつひしんを増幅させ、しんまがつひを増幅させる! すなわち、無限の円環作用ループ! 永久機関の完成! 我輩はしんを際限無く増幅させ、じんのうを超えるのだ!」

 ようようやく圧力から解放された。
 だが、見下ろすどうじょうの表情はまだ悪意に満ちている。

「そして、強化は我輩の力だけにとどまらぬ! まがつひを他者に作用させれば、相手のしんをも爆発的に増幅させる! かげ!」

 父親に命じられ、かげは倒れているように手をかざす。

「まさか……かげ、何を? やめて! あたしが分からないのか!?」

 ようの制止もむなしく、かげの放った電撃がように降り注いだ。

「あぐあアアアアッッ‼」

 ようかげじゅつしきしんには大きな欠点があった。
 余りにも二人の距離が近すぎる状態で放電すると、敵だけでなく対となる姉弟にもダメージが入ってしまうのだ。
 今回はそれを、かげよう自身を狙ってやったものだから、彼女はひとまりも無い。

かげ…………」
「最早かげよう、お前よりも我輩の言うことを優先して聞くのだよ。第一のじゅつしきしんシンリッコイチャにはそういった血の束縛力もある。だからこそお前は、我輩にかげを自由にするよう懇願し続けたのではなかったかね?」

 姉を攻撃したかげの表情には、後悔も悲しみもひとかけとして見えない。
 その姿は今、先日交戦したデビ・ドールびゅまんれいや、マーダー・ドールひらつじよりも余程「人形」だった。

「我輩のまがつひによってかげしんが増幅した結果、じゅつしきしんも進化し、新たな能力を身に付けた。自らお前の居場所に飛ぶだけでなく、お前を自らの居場所に呼び寄せることも出来るようになった。それがよう、今お前に起きた事だよ」

 どうじょうようの腹を踏みつけにした。

「解るかね、よう? 最早我輩を出し抜いて逃げることは出来ん!」
「ぐはっ……!」

 踏みつけの強さにようは再び吐血した。
 そして己の運命を呪うように、その両目からは涙が流れていた。

「畜生……」
「ぐふふ、『畜生』と来たか。ならばよう、お前に選ばせてやるとしよう」

 どうじょうようを蹴り飛ばし、両腕を拡げた。

「我輩はこれでも娘であるお前には一定の情を抱いている。だからこそ、革命に協力的であって欲しいし、お前も所詮は『いぬの民族』の一人だとは思いたくない。そこでお前に問おう。お前は我輩の娘で、革命戦士か? それとも、我輩をだましてかげと逃げようとしてる愚かな狗の民族に過ぎないのか? どちらか今此処で選びたまえ」

 それは、逆らえば死という最後通告であった。
 服従を誓うというのが前者であり、それはかげとの自由を諦めるということであり、そしてそれを拒絶するならば父の敵対者として戦いを挑むことになる。

 だが、後者の選択肢に未来はない。
 一人では父だけでも勝ち目が無いのに、かげまで父親の側に付く。
 そして当然、自分が死ねばかげは一生解放されない。

 どの道、彼女の悲願はついえた。
 ようは頭を垂れ、父親の足下に額を擦り付けた。

あたしを……貴方あなたの娘でいさせてください……」
「成程、それがお前の答えか。結構結構」

 父親は満足げにあごひげを触っている。
 そして、とんでもないことをように命じた。

「ではそのあかしとして、あのむすめを我輩に差し出し給え」
「あのむすめ?」
かつこうてんかんでお前と一つ屋根の下で過ごしたあの娘、ずみふただよ」

 ようの表情は見る見るうちにあおめていく。
 顔を上げ、涙目で首を振りながら懇願する。

「そんな……どうかそれだけは……。ふただけは見逃してくれ! お願いします!」
「見逃す? 妙なことを言うねお前は。我輩は基より、狗の民族の一匹も見逃すつもりなど無いのだよ。この意味が解らないほど愚かかね?」

 絶望、そのどす黒い闇がようを包み込んでいく。
 そうか、そういうことか。
 父親に降った以上、ふたの味方である為にはふたもまた父親に降らせなければならない。

「解った……。呼び出して落ち合い、連れて来る」
「連れてくる必要は無いよ。またかげの能力でその娘ごとこちらへ飛ばせば良い。そうすれば、あの娘が尾行されていても安全だ。ではよう、すぐに行き給え」
「はい……」

 ようは立ち上がり、それ以上は何も言わずにビルから出て行った。



    ⦿⦿⦿



 ずみふたおとせいから衝撃的な事実を聞かされていた。

「じゃあようさんは……もうお父さんから逃げられない……?」
「そうだね。自分一人の力じゃまず無理だ。弟の新たな力、父親の支配力と狂気……。あらゆる条件が彼女に詰みを宣告している」
「そんな……」

 ふたうつむいて目に涙を浮かべた。
 そんな彼女を前に、おとの眼が妖しく光る。

「但し、ぼくから首領に言えば考えを変えてくれるかもしれない」
「ほ、本当?」
「ああ、本当さ。そもそも、彼に力を与えたのはぼくだからね。いくら彼が己の力に溺れているとて、ぼくの言うことは無下に出来ないはずさ」

 ふたすがる様な眼でおとを見上げた。
 最早希望は彼だけだった。
 そしておとは邪悪なたくらみを含んだ笑みで、ふたに持ち掛ける。

「そこで、一つ取引をしようじゃないか」
「取引?」
「今から言うことをきみがやってくれたら、ぼくからようかげ姉弟を解放するよう首領に言ってあげよう」

 ふたは少し考え込んだ。
 おとは決して信用できる人間ではない。
 ようおとを「さんくさい」と評した。
 だが、彼女には他に方法が思い浮かばなかった。

わたしは何をすれば良いんですか?」

 ふたは覚悟を決めた。
 ようかげを解放する為なら何でもすると言っていた。
 それ以外の事はどうでもいいと。
 だが、こうてんかんの日々によってふただけは例外になったと言ってくれた。

(ならわたしも、ようさんの為なら何だってしよう……!)

 ふたかたを呑んでおとの言葉を待っていた。
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