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第四章『朝敵篇』
第八十八話『奪還』 序
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土曜日、夕暮れの街中。
一人の女が肩で風を切って歩いていた。
この日、彼女は仕事で大きな収穫を得たのだ。
(予想以上だった! 会ってみて良かったわ!)
この日、彼女は友人から紹介を受けた一人の男から、政府のスキャンダルを知る女と会見する場を与えられた。
取材相手の久住双葉は武装戦隊・狼ノ牙によって皇國へ拉致された人物の一人で、帰国後は防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の下で働いていたこともあるという。
記者を生業とする彼女・綿貫千紗は、長年政権与党を追及してきた有名な反体制ジャーナリストである。
(違法薬物「東瀛丸」の強制投与に、過激派組織「崇神會」との黒い関係……。これだけのことを暴露すれば、皇奏手に完全な止めが刺せる! 平和国家たる日本を壊して戦争へと追い遣った国賊を地獄送りに出来る!)
綿貫は気鋭の記者であったが、誇大妄想のきらいがある癖者であった。
しかし、この業界には彼女の様な人物を重用する場所も腐る程ある。
今回の取材内容も、喜んで掲載する週刊誌はすぐに見付かるだろう。
(次は特殊防衛課自体も追求したいわね。悪しき体制の残滓は根刮ぎ焼き払わないと。それが、ジャーナリズムの使命だもの)
彼女にとって、報道の価値とはそれによって齎される影響力である。
中身の確からしさより、世の中を善導する変革性こそが重要だと信じていた。
権力の監視と打倒こそが報道の使命だと考える、典型的な倒錯者であった。
久住双葉は、そんな綿貫を自分の味方だと思っているのだろうか。
一つ、ここに事実がある。
彼女は結婚しており、姓が変わっている。
そして、実家には歳の離れた二人の妹を残している。
綿貫千紗の旧姓は、曽良野。
曽良野千果と千絵は、彼女の妹である。
そして綿貫は、勧善懲悪の理念に基づいて悪を徹底的に攻撃するが善には阿って已まない人物である。
但し、その善悪の判断基準は著しく偏った党派制に依る。
日本の保守的な体制に与する者は悪で、それを攻撃するのに都合が良い勢力は善だと思っている。
ある意味で彼女もまた、世の中の為と称して人を迫害する性質の人間なのだ。
この歪な精神は、後にとんでもない災禍を招くことになる。
しかしそれは、もう少し先の話である。
⦿⦿⦿
雑居ビルの裏側で、皇國新華族令嬢の一人・枚辻埜愛瑠は武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太と対峙していた。
目的は勿論、ビルの中で囚われている別府幡黎子を奪還する為だ。
「お友達を助けたいかね、枚辻埜愛瑠?」
「助ける、当然」
「君如きに出来ると思うかね? 陽子に不覚を取る程度の分際で、父親である我輩の相手になると?」
道成寺は下卑た笑みを浮かべて埜愛瑠に躙り寄る。
「逃げておけば良かったものを、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。今度捉えた時は、二度と脱走する気が起きぬように君も我輩の虜にしてやろう。別府幡黎子は決して自分から逃げることは無い。彼女は今や、我輩の術識神為で我輩を四六時中求めるようになっているのだよ。君も彼女と仲良く我輩の物になり給え」
埜愛瑠は嫌悪感に顔を顰めた。
同時に、親友を穢された怒りにも燃えている。
埜愛瑠は無数の短剣を形成し、道成寺に向かって投げ付ける。
「フン、下らんね!」
しかし、短剣は道成寺に到達する寸前に消えてしまった。
「無駄だよ。我輩の周囲に於いて神為の使用は禁じられている。それが我輩の第二の術識神為・神威詐無! 君の武装神為の能力によって造られた短剣は、我輩に届く直前で禁足事項に引っ掛かり、消滅するという訳だ!」
これには流石の埜愛瑠も一瞬怯んだ。
しかし、彼女は諦めない。
彼女は体格こそ小さいものの、戦闘一族・枚辻家として仕込まれた戦闘術がある。
素早い動きで翻弄し、仕込んだ暗器で急所に攻撃を中てられれば勝機はある。――埜愛瑠はそう考えていた。
埜愛瑠は道成寺に直接飛び掛かる。
しかし、接近するとどうにも動きから普段の切れが失われる。
道成寺に近付くと神為の使用が禁じられ、強化を抜きにした生身の動きになってしまうのだ。
「くっ……!」
「諦めが悪いお嬢さんだ。ならば我輩も武装神為にて御相手しよう」
道成寺の術識神為は革命で三つの能力を披露している。
この上、武装神為まで使うというのか。
「一体どれだけの能力を……!」
「安心し給え、武装神為は一つだけだよ。なんのことは無い、簡単な武器だ。しかし、我輩が最初に目覚めた能力でもあり、熟練度は最も高い」
道成寺は右手を拡げ、その手に巨大な「くの字型」の剣を形成した。
大剣、というよりは別の武器を彷彿とさせる姿形をしている。
『武装神為・飛去来刃』
道成寺はその刃を横に構え、振り被って埜愛瑠に投げ付けた。
物凄い速度で回転しながら飛んで来る刃。
しかし、埜愛瑠にとって回避は難しくなかった。
埜愛瑠は刃を軽々躱し、素早く不規則な動きで道成寺に接近し、急所を狙う。
だが道成寺は不気味な笑みを浮かべた。
同時に、埜愛瑠の後方へ飛んで行った筈の刃が背後から襲い掛かってきた。
「うっ……!」
埜愛瑠は類い稀なる戦闘勘を発揮し、間一髪でこれを躱した。
しかし彼女の攻撃は中断を余儀なくされ、体勢に大きな隙が生じる。
道成寺はそれを逃さず、今度は掴み取った「くの字型の刃」で直接攻撃してきた。
「ぐぅっ!!」
刃の先端が埜愛瑠の肩を掠め、血が流れる。
そして道成寺はそのまま追い打ちを掛けるべく、左半身の格闘技で攻撃を仕掛けてきた。
(拙い!)
埜愛瑠は直感した。
道成寺は自分の周囲に於いて、他者の神為の使用を禁じてしまう。
つまり、接近戦に於いて神為に依る超常的な恢復力は失われる。
普段ならば難なく修復して戦闘を継続する程度の負傷でも、今は大傷となり命に係わるのだ。
道成寺は左手で埜愛瑠の首元を狙い、掴み掛かろうとしている。
埜愛瑠は慌てて道成寺から距離を取った。
首を掴まれてしまっては力で逃れることは出来ず、傷も恢復出来なくなる。
間一髪で危機を脱したといえるだろう。
そして空かさず、道成寺は刃を投げ付けてくる。
埜愛瑠は遠距離攻撃を封じられ、一方で道成寺は見るからに破壊力のある投擲武器による一撃死を狙ってくる。
接近しようにも、神為が一切使えなくなっては勝機は薄い。
この戦い、埜愛瑠には圧倒的に不利であった。
否、抑も道成寺太自身が恐るべき男なのだ。
一人で四つもの能力を使い熟し、戦いの要となる神為を封じてくる。
更に、恵まれた体格に加えて身の熟しも素人のそれではない。
「強い……!」
刃が道成寺の手に戻った。
投げては戻って来る武器を自在に操る道成寺の技量は相当のものだ。
おそらく、前世から長らく血の滲む様な努力を重ねてきたのだろう。
埜愛瑠は行き詰まりを感じていた。
彼女の戦術は素早い身の熟しと短剣の合わせ技による攻略の難しさにこそ強みがある。
しかし、短剣は道成寺に近づくと消滅し、動きは互角。
これでは埜愛瑠の利点が消えてしまう。
「顔色が悪いぞ『殺戮人形』。何本もの短剣を失い、更に先程『飛去来刃』で負った傷が深かったと見える。最早戦いの行く末は見えたな」
道成寺は三度刃を投げ付けてきた。
流石に何度も見せられると軌道も読めてくる。
しかし、道成寺は投げた瞬間に間合いを詰めてきた。
その動きは今までの比ではなく、埜愛瑠よりも遙かに疾かった。
「何!?」
「ハッハッハーッ、少し本気を出すと付いて来られないかね!」
道成寺の拳の連打が埜愛瑠に叩き込まれた。
怒濤の攻撃を前に、埜愛瑠はこれを防ぐ手立てが無かった。
「ぐはっ!!」
埜愛瑠は激しく吐血して吹き飛び、仰向けに倒れ込んだ。
その頭上では、道成寺が戻ってきた刃を手に取り振り上げている。
「終わりだ!」
「くっ……!」
万事休す、このままでは確実に埜愛瑠は真二つにされてしまう。
しかしそこに、一つの人影が割って入った。
「ぬっ!?」
乱入者は蹴りで刃の軌道を変え、間一髪の所で埜愛瑠を救った。
道成寺は拳で迎撃する。
乱入した女は腕で道成寺の拳を止めると、埜愛瑠を担いで道成寺から距離を取った。
「成程成程、態々御友人を助けに来たという訳かね、鬼獄東風美……」
格闘少女・鬼獄東風美が埜愛瑠に肩を貸して立っていた。
栗毛色の長い髪が風に靡く。
戦いは第二幕へと移行しようとしていた。
一人の女が肩で風を切って歩いていた。
この日、彼女は仕事で大きな収穫を得たのだ。
(予想以上だった! 会ってみて良かったわ!)
この日、彼女は友人から紹介を受けた一人の男から、政府のスキャンダルを知る女と会見する場を与えられた。
取材相手の久住双葉は武装戦隊・狼ノ牙によって皇國へ拉致された人物の一人で、帰国後は防衛大臣兼国家公安委員長・皇奏手の下で働いていたこともあるという。
記者を生業とする彼女・綿貫千紗は、長年政権与党を追及してきた有名な反体制ジャーナリストである。
(違法薬物「東瀛丸」の強制投与に、過激派組織「崇神會」との黒い関係……。これだけのことを暴露すれば、皇奏手に完全な止めが刺せる! 平和国家たる日本を壊して戦争へと追い遣った国賊を地獄送りに出来る!)
綿貫は気鋭の記者であったが、誇大妄想のきらいがある癖者であった。
しかし、この業界には彼女の様な人物を重用する場所も腐る程ある。
今回の取材内容も、喜んで掲載する週刊誌はすぐに見付かるだろう。
(次は特殊防衛課自体も追求したいわね。悪しき体制の残滓は根刮ぎ焼き払わないと。それが、ジャーナリズムの使命だもの)
彼女にとって、報道の価値とはそれによって齎される影響力である。
中身の確からしさより、世の中を善導する変革性こそが重要だと信じていた。
権力の監視と打倒こそが報道の使命だと考える、典型的な倒錯者であった。
久住双葉は、そんな綿貫を自分の味方だと思っているのだろうか。
一つ、ここに事実がある。
彼女は結婚しており、姓が変わっている。
そして、実家には歳の離れた二人の妹を残している。
綿貫千紗の旧姓は、曽良野。
曽良野千果と千絵は、彼女の妹である。
そして綿貫は、勧善懲悪の理念に基づいて悪を徹底的に攻撃するが善には阿って已まない人物である。
但し、その善悪の判断基準は著しく偏った党派制に依る。
日本の保守的な体制に与する者は悪で、それを攻撃するのに都合が良い勢力は善だと思っている。
ある意味で彼女もまた、世の中の為と称して人を迫害する性質の人間なのだ。
この歪な精神は、後にとんでもない災禍を招くことになる。
しかしそれは、もう少し先の話である。
⦿⦿⦿
雑居ビルの裏側で、皇國新華族令嬢の一人・枚辻埜愛瑠は武装戦隊・狼ノ牙の首領Д・道成寺太と対峙していた。
目的は勿論、ビルの中で囚われている別府幡黎子を奪還する為だ。
「お友達を助けたいかね、枚辻埜愛瑠?」
「助ける、当然」
「君如きに出来ると思うかね? 陽子に不覚を取る程度の分際で、父親である我輩の相手になると?」
道成寺は下卑た笑みを浮かべて埜愛瑠に躙り寄る。
「逃げておけば良かったものを、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。今度捉えた時は、二度と脱走する気が起きぬように君も我輩の虜にしてやろう。別府幡黎子は決して自分から逃げることは無い。彼女は今や、我輩の術識神為で我輩を四六時中求めるようになっているのだよ。君も彼女と仲良く我輩の物になり給え」
埜愛瑠は嫌悪感に顔を顰めた。
同時に、親友を穢された怒りにも燃えている。
埜愛瑠は無数の短剣を形成し、道成寺に向かって投げ付ける。
「フン、下らんね!」
しかし、短剣は道成寺に到達する寸前に消えてしまった。
「無駄だよ。我輩の周囲に於いて神為の使用は禁じられている。それが我輩の第二の術識神為・神威詐無! 君の武装神為の能力によって造られた短剣は、我輩に届く直前で禁足事項に引っ掛かり、消滅するという訳だ!」
これには流石の埜愛瑠も一瞬怯んだ。
しかし、彼女は諦めない。
彼女は体格こそ小さいものの、戦闘一族・枚辻家として仕込まれた戦闘術がある。
素早い動きで翻弄し、仕込んだ暗器で急所に攻撃を中てられれば勝機はある。――埜愛瑠はそう考えていた。
埜愛瑠は道成寺に直接飛び掛かる。
しかし、接近するとどうにも動きから普段の切れが失われる。
道成寺に近付くと神為の使用が禁じられ、強化を抜きにした生身の動きになってしまうのだ。
「くっ……!」
「諦めが悪いお嬢さんだ。ならば我輩も武装神為にて御相手しよう」
道成寺の術識神為は革命で三つの能力を披露している。
この上、武装神為まで使うというのか。
「一体どれだけの能力を……!」
「安心し給え、武装神為は一つだけだよ。なんのことは無い、簡単な武器だ。しかし、我輩が最初に目覚めた能力でもあり、熟練度は最も高い」
道成寺は右手を拡げ、その手に巨大な「くの字型」の剣を形成した。
大剣、というよりは別の武器を彷彿とさせる姿形をしている。
『武装神為・飛去来刃』
道成寺はその刃を横に構え、振り被って埜愛瑠に投げ付けた。
物凄い速度で回転しながら飛んで来る刃。
しかし、埜愛瑠にとって回避は難しくなかった。
埜愛瑠は刃を軽々躱し、素早く不規則な動きで道成寺に接近し、急所を狙う。
だが道成寺は不気味な笑みを浮かべた。
同時に、埜愛瑠の後方へ飛んで行った筈の刃が背後から襲い掛かってきた。
「うっ……!」
埜愛瑠は類い稀なる戦闘勘を発揮し、間一髪でこれを躱した。
しかし彼女の攻撃は中断を余儀なくされ、体勢に大きな隙が生じる。
道成寺はそれを逃さず、今度は掴み取った「くの字型の刃」で直接攻撃してきた。
「ぐぅっ!!」
刃の先端が埜愛瑠の肩を掠め、血が流れる。
そして道成寺はそのまま追い打ちを掛けるべく、左半身の格闘技で攻撃を仕掛けてきた。
(拙い!)
埜愛瑠は直感した。
道成寺は自分の周囲に於いて、他者の神為の使用を禁じてしまう。
つまり、接近戦に於いて神為に依る超常的な恢復力は失われる。
普段ならば難なく修復して戦闘を継続する程度の負傷でも、今は大傷となり命に係わるのだ。
道成寺は左手で埜愛瑠の首元を狙い、掴み掛かろうとしている。
埜愛瑠は慌てて道成寺から距離を取った。
首を掴まれてしまっては力で逃れることは出来ず、傷も恢復出来なくなる。
間一髪で危機を脱したといえるだろう。
そして空かさず、道成寺は刃を投げ付けてくる。
埜愛瑠は遠距離攻撃を封じられ、一方で道成寺は見るからに破壊力のある投擲武器による一撃死を狙ってくる。
接近しようにも、神為が一切使えなくなっては勝機は薄い。
この戦い、埜愛瑠には圧倒的に不利であった。
否、抑も道成寺太自身が恐るべき男なのだ。
一人で四つもの能力を使い熟し、戦いの要となる神為を封じてくる。
更に、恵まれた体格に加えて身の熟しも素人のそれではない。
「強い……!」
刃が道成寺の手に戻った。
投げては戻って来る武器を自在に操る道成寺の技量は相当のものだ。
おそらく、前世から長らく血の滲む様な努力を重ねてきたのだろう。
埜愛瑠は行き詰まりを感じていた。
彼女の戦術は素早い身の熟しと短剣の合わせ技による攻略の難しさにこそ強みがある。
しかし、短剣は道成寺に近づくと消滅し、動きは互角。
これでは埜愛瑠の利点が消えてしまう。
「顔色が悪いぞ『殺戮人形』。何本もの短剣を失い、更に先程『飛去来刃』で負った傷が深かったと見える。最早戦いの行く末は見えたな」
道成寺は三度刃を投げ付けてきた。
流石に何度も見せられると軌道も読めてくる。
しかし、道成寺は投げた瞬間に間合いを詰めてきた。
その動きは今までの比ではなく、埜愛瑠よりも遙かに疾かった。
「何!?」
「ハッハッハーッ、少し本気を出すと付いて来られないかね!」
道成寺の拳の連打が埜愛瑠に叩き込まれた。
怒濤の攻撃を前に、埜愛瑠はこれを防ぐ手立てが無かった。
「ぐはっ!!」
埜愛瑠は激しく吐血して吹き飛び、仰向けに倒れ込んだ。
その頭上では、道成寺が戻ってきた刃を手に取り振り上げている。
「終わりだ!」
「くっ……!」
万事休す、このままでは確実に埜愛瑠は真二つにされてしまう。
しかしそこに、一つの人影が割って入った。
「ぬっ!?」
乱入者は蹴りで刃の軌道を変え、間一髪の所で埜愛瑠を救った。
道成寺は拳で迎撃する。
乱入した女は腕で道成寺の拳を止めると、埜愛瑠を担いで道成寺から距離を取った。
「成程成程、態々御友人を助けに来たという訳かね、鬼獄東風美……」
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