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第四章『朝敵篇』
第八十八話『奪還』 破
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埜愛瑠の体が東風美から離れた。
彼女は地面に膝を突き、体力の限界といった様相だった。
選手交代、ここからは東風美が道成寺と戦う。
「後は任せてください。埜愛瑠は黎子を頼みます」
「駄目。黎子は道成寺に洗脳されているらしい。道成寺を斃さない限り、助けられない」
「そこは大丈夫ですから……」
東風美は埜愛瑠を庇うように前へ出て、道成寺を真直ぐ見据えた。
「東風美、あいつは……」
「解っています。途轍もなく疾く重い拳でした。『椿流剛体術』の使い手とは戦ったことがありますが、道成寺はおそらく免許皆伝級の使い手でしょう」
東風美は目の前の男の強さを全身で感じていた。
産毛が総毛立ち、危険信号をけたたましくがなり立てている。
道成寺は長身も然る事ながら、祭服の下には鍛え抜かれた肉体を隠している。
痩躯に見える体格はその実、五十歳以上とは思えぬ程に贅肉を絞って練り上げられたものなのだ。
「ふっ、聞くところによると、鬼獄東風美君。君は皇國に於ける全国高等學校武術大会を女子ながら三連覇した程の手練れらしいね……」
「ええ、そうですよ。能力無しの純粋な格闘なら、新華族三羽烏で一番強いのは、はっきり言って私です」
自らの実績を肯定する東風美だが、その表情に嘗ての様な傲りは無い。
相手が相手だけに、傲る余裕などある筈がなかった。
対して、道成寺は歯を剥き出しにして狂気に歪んだ笑みを浮かべている。
「格闘技には自信があるようだね。だが我輩とて、椿流剛体術を極めた男。受けてみるかね、伝説の格闘術の神髄! 創始者をも超えし史上最強なる皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ!?」
道成寺は刃を地面に突き刺し、東風美に向かって猛然と突撃してきた。
東風美は道成寺の拳を交わし、懐へと潜り込む。
体躯の大きい道成寺に対し、この距離ならば小柄な東風美の方が有利に戦える。
しかし、東風美は違和感を覚えていた。
(変だ。まるで誘い込まれたかの様……)
そう脳裡に過った瞬間、東風美の眼前に道成寺の拳が飛んできた。
『爆拳斧肘撃・椿』
軌道の小さい右の拳と肘打ちが、刹那にも満たない間に二連撃で東風美の蟀谷を打った。
殆ど上半身の捻りのみで繰り出される、懐に入った相手を迎撃する技である。
しかし道成寺は、敢えて過剰に間合いを詰めることで故意にこの技の射程内へと東風美の顔面を捉えた。
一連の動きは、十二億の人口を誇る国家の大会優勝経験を持つ東風美ですら全く反応できない凄まじい速度だった。
更に、殆ど時間差の無い二連撃は、単純な足し算を大きく超えて破壊力を増大させる。
この攻撃を受けた東風美は一瞬意識を失ってしまった――それ程の威力だった。
しかしその瞬間、東風美は頭部の筋肉に力を込める。
揺れる脳を強引に固定し、意識を呼び戻したのだ。
「私にこれを使わせるとは……!」
「おやおや、技一つでその様かね? まだまだほんの序の口だよ?」
道成寺は両腕を振り上げ、手を組んでいる。
東風美は咄嗟に腕を頭上へ掲げて、防御の体勢を取った。
しかし、振り下ろされた道成寺の腕は、東風美の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面へと叩き付けた。
『爆肘鉞拳撃・榎』
両肘と両拳の刹那にも満たない二連撃――道成寺はそれを、腕を振り下ろす瞬間に肩の関節を外し、攻撃の軌道を大幅に伸ばすことで実現した。
驚異的な柔軟性によってのみ為し得る超人技――椿流剛体術の奥義の一つである。
両腕版の「爆拳斧肘撃・椿」に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。
東風美はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。
しかし消耗が大きく、すぐに起き上がることは出来ない。
「ぐ……!」
「おや、もう終わりかね……? つまらんね……」
道成寺は関節を嵌め直すと、左手で東風美の髪を掴んで無理矢理立たせた。
そして、右手には先程地面に突き刺した刃の柄を握る。
このまま真横に刃を振るわれれば、東風美の身体は稲を刈るように真二つにされるだろう。
「東風美!」
東風美を救ったのは埜愛瑠の短剣だった。
武装神為に因って形成される彼女の短剣は道成寺には通用しないが、東風美の髪を切り裂くことなら可能である。
まさに間一髪、東風美は地面に伏せて道成寺の刃を回避したのだ。
「ぬぅッ……!?」
そして、東風美は全身の発条を躍動させて道成寺の脛に回し蹴り、腿に踵蹴り、肝臓に三日月蹴りを立て続けに浴びせた。
まさに武術大会優勝者の面目躍如、流れる様な連続蹴りである。
「ぐうぅ……!」
これには流石の道成寺も顔を歪めたが、体勢は崩れていない。
それどころか、即座に反撃の左拳を繰り出してきた。
東風美は紙一重のところでこれを回避する。
だが次の瞬間、彼女の眼前には道成寺の膝があった。
『爆膝鎌蹴撃・楸』
蹴り上げる膝と足、ほぼ同時の二連撃である。
要領は先程繰り出した二発の奥義と同じだが、足の力は腕の六倍。
そして技の破壊力は、その倍率を大幅に超えて東風美の顔面を打ち付ける。
「グハッ……!!」
東風美は顔から血を撒き散らしながら宙を舞った。
白目を剥き、今度こそ完全に気を失っている。
勝負あったといったところだろう。
「東風美!」
意識の無い東風美の体を、埜愛瑠が空中で受け止めた。
埜愛瑠はそのまま着地するも、二人分の重さを支え切れずに膝から崩れ落ちる。
「往生際が悪いね、全く……」
道成寺はゆっくりと二人に躙り寄る。
万事休す、二人には最早為す術は無い。
否、実はこの時、勝者は道成寺ではなく、寧ろ二人であった。
正確には「特殊防衛課の最低限の目的は果たされた」と言うべきか。
「二人共、伏せて!」
この場に居ない筈の、別の女の声が響いた。
同時に、燃え盛る炎の結晶が道成寺に向かって降り注ぐ。
道成寺は不意打ちにその場で立ち竦む。
「誰だ!?」
道成寺は結晶弾の飛来した方向を見上げた。
彼の上空では、炎の翼を広げた繭月百合菜が、両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。
「しまった‼」
道成寺は気が付いた。
繭月が抱えている女の一人は別府幡黎子だ。
黎子は繭月の右脇で眠りに落ちている。
突然の事態に道成寺は動揺を隠せない。
「莫迦な……! 別府幡黎子は我輩の虜にしていた筈……! 何故攫われる時一言も声を上げなかった……ハッ、そうか!!」
繭月が抱えているもう一人の女に気が付いた時、道成寺は全てを察した。
「水徒端早辺子……扇小夜として組織に潜り込んでいた雌狗……! あの女の能力は確か……!」
扇小夜、それは水徒端早辺子が武装戦隊・狼ノ牙に潜入する際に用いた偽名である。
その彼女の術識神為による能力は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。
強力な神為の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、黎子は道成寺によって神為を封じられていた。
これによって眠らされた黎子は、全く騒がずに道成寺の手を離れたのだ。
「そうか。東風美が言っていたのはこれだった……。だから黎子を助けられると……」
肩で息をする埜愛瑠は、遠くから一台のワゴン車が近付いてくるのを見ていた。
運転しているのは白檀揚羽――普段の彼女からは想像も付かない形相でハンドルを握り、明らかなスピード違反で接近してくる。
どうやら特殊防衛課で連携し、黎子を救出するを手立てを打っていたらしい。
一方、道成寺は怒りを剥き出しにして埜愛瑠と東風美を睨み付ける。
その姿からは、今までにも増してどす黒い闇が立ち上がっていた。
「おのれぇ……。こうなれば貴様ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」
道成寺はいきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す。
しかしその時、この場の空気が景色を極彩色に包み込んだ。
「こ、今度は何だ!?」
道成寺は極彩色に幻惑され、東風美と埜愛瑠の姿を見失った。
これは白檀の能力である。
景色が元に戻った時には彼の周りに誰の姿も無く、唯一台の車が道成寺の遥か前方を走っていた。
「小賢しいっ! 小賢しいっ!! 自動車如き我輩から逃れられると思っているのか!!」
道成寺はワゴン車を追いかけようとした。
しかしその時、再び燃える結晶が道成寺の足を止め、一瞬視界も奪う。
その隙に、ワゴン車は道成寺の視界から完全に消え去ってしまっていた。
「おのれ! おのれえエッッ!!」
道成寺は唯一人取り残され、怒りの叫びを黄昏時の天にぶつける他無かった。
彼女は地面に膝を突き、体力の限界といった様相だった。
選手交代、ここからは東風美が道成寺と戦う。
「後は任せてください。埜愛瑠は黎子を頼みます」
「駄目。黎子は道成寺に洗脳されているらしい。道成寺を斃さない限り、助けられない」
「そこは大丈夫ですから……」
東風美は埜愛瑠を庇うように前へ出て、道成寺を真直ぐ見据えた。
「東風美、あいつは……」
「解っています。途轍もなく疾く重い拳でした。『椿流剛体術』の使い手とは戦ったことがありますが、道成寺はおそらく免許皆伝級の使い手でしょう」
東風美は目の前の男の強さを全身で感じていた。
産毛が総毛立ち、危険信号をけたたましくがなり立てている。
道成寺は長身も然る事ながら、祭服の下には鍛え抜かれた肉体を隠している。
痩躯に見える体格はその実、五十歳以上とは思えぬ程に贅肉を絞って練り上げられたものなのだ。
「ふっ、聞くところによると、鬼獄東風美君。君は皇國に於ける全国高等學校武術大会を女子ながら三連覇した程の手練れらしいね……」
「ええ、そうですよ。能力無しの純粋な格闘なら、新華族三羽烏で一番強いのは、はっきり言って私です」
自らの実績を肯定する東風美だが、その表情に嘗ての様な傲りは無い。
相手が相手だけに、傲る余裕などある筈がなかった。
対して、道成寺は歯を剥き出しにして狂気に歪んだ笑みを浮かべている。
「格闘技には自信があるようだね。だが我輩とて、椿流剛体術を極めた男。受けてみるかね、伝説の格闘術の神髄! 創始者をも超えし史上最強なる皆伝者の技、その身に刻んでみるかねぇ!?」
道成寺は刃を地面に突き刺し、東風美に向かって猛然と突撃してきた。
東風美は道成寺の拳を交わし、懐へと潜り込む。
体躯の大きい道成寺に対し、この距離ならば小柄な東風美の方が有利に戦える。
しかし、東風美は違和感を覚えていた。
(変だ。まるで誘い込まれたかの様……)
そう脳裡に過った瞬間、東風美の眼前に道成寺の拳が飛んできた。
『爆拳斧肘撃・椿』
軌道の小さい右の拳と肘打ちが、刹那にも満たない間に二連撃で東風美の蟀谷を打った。
殆ど上半身の捻りのみで繰り出される、懐に入った相手を迎撃する技である。
しかし道成寺は、敢えて過剰に間合いを詰めることで故意にこの技の射程内へと東風美の顔面を捉えた。
一連の動きは、十二億の人口を誇る国家の大会優勝経験を持つ東風美ですら全く反応できない凄まじい速度だった。
更に、殆ど時間差の無い二連撃は、単純な足し算を大きく超えて破壊力を増大させる。
この攻撃を受けた東風美は一瞬意識を失ってしまった――それ程の威力だった。
しかしその瞬間、東風美は頭部の筋肉に力を込める。
揺れる脳を強引に固定し、意識を呼び戻したのだ。
「私にこれを使わせるとは……!」
「おやおや、技一つでその様かね? まだまだほんの序の口だよ?」
道成寺は両腕を振り上げ、手を組んでいる。
東風美は咄嗟に腕を頭上へ掲げて、防御の体勢を取った。
しかし、振り下ろされた道成寺の腕は、東風美の防御など全く無意味とばかりに彼女を地面へと叩き付けた。
『爆肘鉞拳撃・榎』
両肘と両拳の刹那にも満たない二連撃――道成寺はそれを、腕を振り下ろす瞬間に肩の関節を外し、攻撃の軌道を大幅に伸ばすことで実現した。
驚異的な柔軟性によってのみ為し得る超人技――椿流剛体術の奥義の一つである。
両腕版の「爆拳斧肘撃・椿」に重力も加えた、先程とは比べ物にならない威力の技だった。
東風美はまたしても一度意識を失ったが、今度は倒れた衝撃で気が付いた。
しかし消耗が大きく、すぐに起き上がることは出来ない。
「ぐ……!」
「おや、もう終わりかね……? つまらんね……」
道成寺は関節を嵌め直すと、左手で東風美の髪を掴んで無理矢理立たせた。
そして、右手には先程地面に突き刺した刃の柄を握る。
このまま真横に刃を振るわれれば、東風美の身体は稲を刈るように真二つにされるだろう。
「東風美!」
東風美を救ったのは埜愛瑠の短剣だった。
武装神為に因って形成される彼女の短剣は道成寺には通用しないが、東風美の髪を切り裂くことなら可能である。
まさに間一髪、東風美は地面に伏せて道成寺の刃を回避したのだ。
「ぬぅッ……!?」
そして、東風美は全身の発条を躍動させて道成寺の脛に回し蹴り、腿に踵蹴り、肝臓に三日月蹴りを立て続けに浴びせた。
まさに武術大会優勝者の面目躍如、流れる様な連続蹴りである。
「ぐうぅ……!」
これには流石の道成寺も顔を歪めたが、体勢は崩れていない。
それどころか、即座に反撃の左拳を繰り出してきた。
東風美は紙一重のところでこれを回避する。
だが次の瞬間、彼女の眼前には道成寺の膝があった。
『爆膝鎌蹴撃・楸』
蹴り上げる膝と足、ほぼ同時の二連撃である。
要領は先程繰り出した二発の奥義と同じだが、足の力は腕の六倍。
そして技の破壊力は、その倍率を大幅に超えて東風美の顔面を打ち付ける。
「グハッ……!!」
東風美は顔から血を撒き散らしながら宙を舞った。
白目を剥き、今度こそ完全に気を失っている。
勝負あったといったところだろう。
「東風美!」
意識の無い東風美の体を、埜愛瑠が空中で受け止めた。
埜愛瑠はそのまま着地するも、二人分の重さを支え切れずに膝から崩れ落ちる。
「往生際が悪いね、全く……」
道成寺はゆっくりと二人に躙り寄る。
万事休す、二人には最早為す術は無い。
否、実はこの時、勝者は道成寺ではなく、寧ろ二人であった。
正確には「特殊防衛課の最低限の目的は果たされた」と言うべきか。
「二人共、伏せて!」
この場に居ない筈の、別の女の声が響いた。
同時に、燃え盛る炎の結晶が道成寺に向かって降り注ぐ。
道成寺は不意打ちにその場で立ち竦む。
「誰だ!?」
道成寺は結晶弾の飛来した方向を見上げた。
彼の上空では、炎の翼を広げた繭月百合菜が、両脇に二人の長身女性を抱えて飛んでいた。
「しまった‼」
道成寺は気が付いた。
繭月が抱えている女の一人は別府幡黎子だ。
黎子は繭月の右脇で眠りに落ちている。
突然の事態に道成寺は動揺を隠せない。
「莫迦な……! 別府幡黎子は我輩の虜にしていた筈……! 何故攫われる時一言も声を上げなかった……ハッ、そうか!!」
繭月が抱えているもう一人の女に気が付いた時、道成寺は全てを察した。
「水徒端早辺子……扇小夜として組織に潜り込んでいた雌狗……! あの女の能力は確か……!」
扇小夜、それは水徒端早辺子が武装戦隊・狼ノ牙に潜入する際に用いた偽名である。
その彼女の術識神為による能力は、対象を深い眠りに落とすことが出来る。
強力な神為の持ち主には通用しないという使い勝手の悪さはあるが、黎子は道成寺によって神為を封じられていた。
これによって眠らされた黎子は、全く騒がずに道成寺の手を離れたのだ。
「そうか。東風美が言っていたのはこれだった……。だから黎子を助けられると……」
肩で息をする埜愛瑠は、遠くから一台のワゴン車が近付いてくるのを見ていた。
運転しているのは白檀揚羽――普段の彼女からは想像も付かない形相でハンドルを握り、明らかなスピード違反で接近してくる。
どうやら特殊防衛課で連携し、黎子を救出するを手立てを打っていたらしい。
一方、道成寺は怒りを剥き出しにして埜愛瑠と東風美を睨み付ける。
その姿からは、今までにも増してどす黒い闇が立ち上がっていた。
「おのれぇ……。こうなれば貴様ら二人のどちらかを新たな虜としてくれるわ……!」
道成寺はいきり立ち、二人に向かって一歩足を踏み出す。
しかしその時、この場の空気が景色を極彩色に包み込んだ。
「こ、今度は何だ!?」
道成寺は極彩色に幻惑され、東風美と埜愛瑠の姿を見失った。
これは白檀の能力である。
景色が元に戻った時には彼の周りに誰の姿も無く、唯一台の車が道成寺の遥か前方を走っていた。
「小賢しいっ! 小賢しいっ!! 自動車如き我輩から逃れられると思っているのか!!」
道成寺はワゴン車を追いかけようとした。
しかしその時、再び燃える結晶が道成寺の足を止め、一瞬視界も奪う。
その隙に、ワゴン車は道成寺の視界から完全に消え去ってしまっていた。
「おのれ! おのれえエッッ!!」
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