日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第八十九話『暴走』 破

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 九月二九日火曜日、衆議院総選挙後初めて特別会が召集され、首班指名選挙により与野党が逆転し政権が交代した。
 この特別会は通常、首班指名を最優先して行った後は短期間で終了するものだが、今回はかねてより重要法案の審議が予定されていたため、十一月十三日までの四十六日間に定められた。
 この会期は郵政民営化法案が提出された特別国会の四十二日を上回るが、先例では百日を超えたことも何度かある。
 今回提出されようとしているのは、前政権下で築き上げられた対こうこく用の法制度を廃止する為の諸法案である。

みながわかずゆき君を内閣総理大臣に指名します」

 くして、十三年振りの左派政党による連立政権が成立。
 特別警察特殊防衛課は廃止濃厚となった。

 記者会見を開く新総理・みながわかずゆきは一人の記者より質問を受けた。

「総理、運用の適法性に疑惑が指摘されている『特別警察特殊防衛課』ですが、内閣の指揮権を発動して制度廃止前に活動を停止すべきだとの声が上がっています。ちらにつきまして、いかお考えでしょうか」
「我が国の組織は全て法に基づいて運用されるべきものです。御指摘に関しましては適法性を慎重に議論し、活動停止も含めた全ての可能性を排除せず、適切に判断いたします。また特別警察特殊防衛課を含めた、所謂いわゆる『対こうこく制度』ですが、国民の皆様の声をく聴いて、適切な形に諸制度を改めるべく、早速動いて参ります」

 先週、すめらぎかなのスキャンダルが週刊誌にばくされた件は、新政権にとって追い風であった。
 特別警察特殊防衛課を始めとした「対こうこく制度」の廃止は新政権の公約であったが、国防や治安維持の観点から慎重論も強かった。
 世論の間に、制度の正式な廃止以前に指揮権を発動して活動を凍結させるべきではないという意見の割合も大きく、新政権は当面の間活動を維持するだろうと見られていた。
 しかし例の報道によって状況は一変し、みながわ新総理は一転して特殊防衛課活動凍結の大義を得たのだ。

「総理、特殊防衛課の活動は凍結すべきだとお考えですか?」
「適切に判断いたします」

 言質を取ろうとするこの記者・綿わたぬきは、週刊誌にスクープを持ち込んだ張本人である。
 彼女は自身の正義感に基づき、報道の力にって世の中が動くという確証を求めているのだろう。
 みながわは明言しない。
 しかし、彼は遠回しに彼女の言葉に対する肯定をほのめかしていた。

 この状況は綿わたぬきに情報提供があった為にもたらされた。
 情報を提供したのはずみふた、そして彼女へその様に持ち掛けたのはしんえいたいてんのうの一人・おとせいである。
 事はしんえいたいてんのうの思惑通りに進んでいるかに思われた。



    ⦿⦿⦿



 みながわは官邸に閣僚と数名の官僚や有識者を集め、意見を収集していた。
 目的は特別警察特殊防衛課の活動凍結プロセスの吟味である。
 だが新防衛大臣・うめみやけいいちは顔を青くしている。
 彼は同席している統合幕僚長・きょうろうや防衛省職員、警察庁幹部に何やら「説明」を受け、吹き込まれたらしい。

「総理、本当に特別警察特殊防衛課の活動を凍結なさるおつもりですか?」

 は厳しい眼でみながわを見据え、問い掛ける。

こうこくとは停戦交渉に入り、我が国に侵入したこうこくはんぎゃく組織もほぼ壊滅しています。これ以上、こうこくと戦う為と称した諸制度を維持する理由は無いでしょう。前政権による国権の乱用、権力の暴走は一刻も早く止めなければ」
「総理、所謂『対こうこく制度』は我々自衛隊や防衛省の要望も酌まれた上で作り上げられたものです。我々とてただ国民を抑圧し、好き勝手に振る舞うことを求めた訳では無い。我が国を守る為に、どうしても必要だったからこそ求めたのです」
「ですから、有事に必要性があったことは認めていますよ。しかし、それももう終わりでしょうと言っているんです」

 は自衛隊の長として、こうこくとの戦いの特殊性を充分に理解していた。
 こうこくの兵士や類似の力を持つ戦士に対抗する為にはとうえいがんを使うしかないことは重々承知している。
 そして、とうえいがんを扱うことが法的に定められているのが、自衛隊と連携している特別警察特殊防衛課だけであることも。
 警察庁の幹部達も、今日本を襲っている事態を完全に解決するには自衛隊と警察の連携を担う特別警察特殊防衛課の力が必要不可欠であると認めていた。

「総理、話だけでも聞いてみては……」

 うめみや防衛相はみながわ総理と来訪客を取り成す。
 彼もまた、総理は変節すべきだと思っているらしい。

わかりました。お聞きしましょう」

 うめみやただならぬ様子に、みながわいぶかしみながらも来客達に意見を許した。
 ず、防衛省の職員がノートパソコンをひろげる。

「総理、ちらの動画を御覧ください」

 動画を見せられたみながわは初めこそ澄まし顔だったが、段々と表情をこわらせていく。

「これが……こうこくの兵士ですか……」
「総理、我々も動画を持参しました。続いてちらを御覧ください」

 今度は警察庁がみながわに動画を見せる。
 みながわの表情は見る見るあおめていく。

「こんな……こんな危険な男が今我が国の中に潜伏していると……?」
「はい。こうこくの革命動乱で見せた凶暴性は氷山の一角、どうじょうふとしは今や暴走状態にある、と報告を受けています」
「特殊防衛課のプロパガンダでは?」
おおかみきばは特殊防衛課設立以前から我が国で活動し、国民を拉致していたのですぞ」

 みながわは周囲に目線を泳がせる。

どうじょうの戦力は……先程防衛省の動画で見せられたこうこくの兵士並だと……?」
「大きく上回るでしょう」
「そ、そうですか……」

 みながわは考え込んだ。
 もしどうじょうが何か大きな事件を起こしたとなれば、世論は再び特殊防衛課必要論に傾くだろう。
 その時、内閣が指揮権を発動して彼らの活動を凍結させていたら、早くも政権存続に関わる大失策となってしまう。

「成程……確かに活動凍結は……一旦保留した方が良さそうですね……」

 今のみながわには、かく政権の安定が重要だった。
 前回の政権交代の如く早期に国民の支持を失って短命政権に終わることだけは避けたかった。
 彼は一旦安全策を採り、正式な制度改正まで特殊防衛課の活動を容認する方針を決めた。



    ⦿⦿⦿



 翌日、九月三十日水曜日。

「そうですか。御連絡ありがとうございます、統合幕僚長」

 ホテルの一室で、きゅうからみながわが凍結を見送ったとの報を得た。

「ということは、法案成立と施行まではまだ特殊防衛課として活動出来るということですね。しかし、急がねばなりません。ええ、感謝いたします。必ず、どうじょうを捕まえて見せます。では、失礼致します」

 電話を終えると、は一つ深呼吸した。

て、ひとず今後の方針を話し合うべく人を集めないとな」

 はそのままスマートフォンを操作し、グループにメッセージを送る。
 また会議室も予約し、おおかみきばの捜査を再開しようとしていた。

 どうじょうは都内にある左翼団体の拠点を乗っ取っていた。
 場所を移した彼は、やはり同じ様な雑居ビルに潜んでいると見て良いだろう。
 手掛かりを失った以上は、しらみつぶしに当たってみるしかない。
 ことに及んでは、泥臭く地道な手段が最後の手段である。

 しかしは絶望していなかった。
 ここまで、多くの者達から協力を得てきた。
 そして、自分達の活動を見守ってくれている人も居る。
 今までつながれてきた思いと国民の安寧を守る為にも、ここで諦める訳にはいかない。

 と、そんな時にの電話が鳴った。
 着信相手はびゃくだんあげだ。

「もしもし、どうした?」
さん、大変です! 双子が、くも兄妹が……!』
「何!?」

 びゃくだんから突然齎されたのは、眠りに落ちていたくもたかくもの兄妹が目を覚ましたというしらせだった。
 病院襲撃に遭って以来、くも兄妹はこのホテルでかくまい続けてきた。
 現在はびゃくだんの二人交代で襲撃から守っているのだが、びゃくだんが見守っている時間に目を覚ましたのだという。
 当時から若干覚醒の兆候は見られたが、とうとうその時が訪れたということらしい。

「解った、すぐ行く」

 は上着を羽織ると、急いで自室を後にした。
 行き詰まったかに思えた事態が首の皮一枚で繋がると同時に、何やら良い予兆が暗示され始めているかの様だった。

 事態が動いたのは一週間後のことだった。



    ⦿⦿⦿



 九月三十日夜。
 都内の住宅で住人が皆殺しにされる凄惨な事件が発生した。
 警察も警備会社の人間も駆け付けなかったのは、事件は通報する間も無くかんすいされてしまった為である。

「グフフフフ……たんまり蓄えておるわ。この資産は全て、新生おおかみきばの軍資金として我輩が有効活用してやろう……」

 たんから出てきた通帳と、金庫にわれていた現金を眺めながら、どうじょうふとしは両眼をらんらんと輝かせていた。
 びゅまんれいを奪還されて一人となった彼は、そまつひによって力を得た影響か、日に日に言動が狂気染みてきていた。

「本拠地、金、力……。あと必要なものは革命を次代に繋ぐための女だ……。そうだな、金もまだいくらあっても足りぬ……」

 にたり、とどうじょうの顔面に不気味な笑みが張り付いていた。

「兎に角、先ずは金だ。そうだな、久々にやってみるか。この国では初めてだな。しかし、我輩にはあの頃よりもはるかに大きな力がある。銀行強盗などやすせるだろう……」

 気味の悪い、狂気に満ちた高笑いが豪邸から夜の空へと響き渡った。
 無残にも殺害されたかつての家主達の死体は、突如訪れた理不尽な惨劇に対して無念のじゅを吐くことすら出来ずに、ただ打ち捨てられていた。
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