日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十一話『迅雷』 急

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 街中の交差点は、逃げ惑う人々の悲鳴だけが残されていた。
 不幸中の幸いは、つい二箇月程前にこうこく軍の銀座侵攻を経験した人々が比較的早期に避難の必要性を認めてこの場を逃げ出したことだ。

「良かったな、うること。民衆を巻き込まずに済みそうだぞ?」

 つきしろは皮肉めいた言葉を投げ掛ける。
 この事態、人々の混乱はことが彼をスカイツリー中腹の高所から激しく投げ落とし、交差点の土瀝青アスファルトを崩壊させてしまったことで起きている。
 国の治安を守るべき立場にあるはずの彼女が、驚異的な暴力でそれを乱してしまったことをあげつらっているのだろう。
 だが、ことはそんな言葉を冷静に切り捨てる。

「日本におおかみきばなんかを招き入れて、あまつさわたしの大切な友人まで巻き込んでおいてよく言うわ。お前を落とす場所をわたしが選ばなかったとでも思う? お前はわるきでの民に犠牲を出すことすらかなわず、この場でわたしに処されることになる」

 ことの周囲に立ち込めるつちぼこりが勢い良く散滅した。
 今、彼女のしんじんのうとの戦いで消失したまま回復していない。
 つまり、ただの怒気が周囲に影響を与える程に身体から漏れ出しているのだ。
 たいするつきしろは冷や汗をきつつ、口元の笑みを保っていた。

おとの言うとおり、骨折で済めば御の字だな……」

 つきしろながやりを構えた。
 そのたたずまいはまぐれも無く武人のそれである。
 人気の消えた交差点の様相は、丸腰の女の周囲を大柄な男が武器を持って獲物に襲い掛かる機をうかがっているかの如く旋回しているという、恐ろしい惨劇を予感させるものだった。
 だが、それはつまり男は女に対してかつに手が出せないでいることを意味している。

「であああああッッ!」

 地響きの様なたけびと共に、つきしろが飛び出した。
 きよから繰り出される長やりの刺突が空気を震わせながらことに襲い掛かる。
 しかしことはこの攻撃を腕ではらけて懐に入り込んだ。
 そして、目にもとどまらぬはやさで十数発の拳を鳩尾みぞおちや脇腹にたたむ。

「ぐはぁっっ!!」

 つきしろは吐血して後方へ退くも、払い除けられた槍をなぎはらって反撃を試みる。
 だがことはこの攻撃も腕で止め、追撃の拳を見舞った。
 つきしろの身体は吐血をらしながらきりみ回転して大きく吹き飛び、更に折れた槍のほこことの背後で地面に突き刺さった。

「ぐはっ、やはり……恐ろしく強い……!」

 震える身体にむちち立ち上がろうとするつきしろもとへ、ことは冷酷な表情をたたえて歩み寄る。

「さっさと久住さんの居場所を吐きなさい。これ以上痛い目に遭いたくなければね」
「ぐぅぅっ……!」

 つきしろことにらみ上げると、瞬時に「きくすいりゅうながやり」を手に再形成して振り上げた。
 ことはこれを踏み折って、つきしろの顔面を蹴り飛ばす。

「ぐがァッ!! おのれ!」

 後方へ飛ばされたつきしろは宙返りして脚から着地し、そのままの勢いで再びことに飛び掛かってきた。
 その手には長槍もたび形成されている。

(この男、中々の耐久力だな……。ここまでこたえられた相手が果たしてどれだけ居たか……)

 ことは槍の刺突をくぐって再度つきしろの懐へ潜り込み、鳩尾と顔面に一発ずつ拳を叩き込んだ。

「グハッ……ゲホッ……!」

 殴り倒されたつきしろは、吐血しながらなおも起き上がろうとしている。
 その様に、ことは少しずつ不気味なものを感じ取り始めていた。

わたしは今まで多くの人間を暴力で破壊してきた。じんかいかいてんおおかみきばこうこく皇族、そしてわたる……。中にはそれなりに強い者たちも相手にしてきた。けれども、大抵の相手は何処どこをどれだけたたけば壊れるか簡単につかめた。だが、こいつは……)

 立ち上がったつきしろは口元から血を垂らしながらも不敵に笑っている。
 ことは過去、これだけ滅多打ちにした相手からこの表情を返されたことなど無い。
 これは彼女にとって、極めて異様な反応だった。

(こいつは全く壊れる気配が無い。こんな手応えは初めてだ……)

 つきしろは口元を拭い、歯を見せて笑った。
 ことが気取った異様な感覚、それはつきしろの立ち振る舞いにも現れている。
 この男、これだけ滅多打ちにされて尚、息一つ乱していないのだ。
 回復が早いなどと言う次元ではなく、傷そのものが意味を成していないかの様だった。

(まるでこの世の者ではない何かと戦っているみたい……)

 ことは息を整えて構え直す。

「やれやれ、思っていたより骨が折れそうね」
「その言葉、貴様の側から聞けるとは思っていなかったぞ」

 戦いそのものは終始ことが圧倒しているが、戦場の向かい風は彼女の方へと強く吹付けていた。



    ⦿⦿⦿



 かげは全身から放電し、火花を散らす。
 その姿に、わたるは一つの嫌な予感を覚えていた。

「こいつ……しんが消費されるどころか増してないか……?」

 わたるの言葉に、と対峙するおとほくんだ。

「気付いたか、さきもりわたる。今のかげしんの暴走状態にある。この状態では双子の相乗効果がなくともしんの増幅がある程度維持されるのさ。その増幅速度が消費速度を上回っている限り、かげはいつまでもたおせないどころかどんどん強くなっていく」

 おとの言葉を証明する様に、かげは火花を散らしながらわたるへと飛び掛かってきた。

「ガアアアアアッッ!!」
「うおっ!?」

 わたるかげの拳の連打を辛うじてかわし続ける。
 だがその攻撃にわたるは異変を感じた。

「こいつ、拳に電撃が……!」
「ほう、かげはまた更なる能力の扉を開いたか。どうやらてんぴんがあるらしい。これはうれしい誤算だったよ」

 おとのことをそつ退けでかげの戦い振りを嬉しがっている。
 がその隙に攻撃を仕掛けるが、おとは大きく後方へ跳んで間合いを取り、弓に矢をつがえる。

「そう慌てるなって。きみの相手は後でじっくりしてやるよ。かげが凡夫を殺した後でたっぷりとね」
「飛び道具で距離を取って戦うつもりか……」

 は放たれた矢を紙一重で躱した。
 そして反撃すべく一気に間合いを詰めようとするも、おとは既に第二の矢を番えて更に距離を取っていた。

「臆病で面倒な戦い方だ」
ぼくは戦いの専門家ではないからね。安全且つ効率的な手段で確実に仕留めてあげるよ」

 冷笑を向けるおとに対し、は攻め手をみいそうとを凝らす。

 一方でわたるかげの攻防。
 わたるの拳がかげの顔面をカウンターで捉えた。
 かげは大きくる。
 少しずつかげの動きに慣れてきたわたるに傾き始めていた。

「ゴオオオオッッ!!」

 小さい軌道の拳がわたる蟀谷こめかみに向けて振るわれる。
 椿つばき流剛体術の奥義「ばっけんちゅうげき椿つばき」の動きだ。
 わたるかがんで拳を躱し、振り終わりに合わせてかげの顎を拳で打ち上げた。

「ガッ!?」
「駄目かっ……!」

 わたるはどうにかかげを気絶させようとしていた。
 顎を狙ったのはその一環である。
 以前ことから、相手の意識を効率良く失わせるには顎を打ち付けて脳を揺らすのが有効だと聞かされていたからだ。

(とはいえ、ぼくの格闘技術じゃ厳しいかもな……)

 しかし、だからといってためってはいられない。
 暴走状態のかげを止めるには、気絶させるしか無いのだ。
 そのために、考えられる手は打つ必要がある。

「グゥゥゥ……ヨクモ……」

 あと退ずさったかげは血走った目を恨めし気にわたるへ向ける。
 相手も相手で、攻めあぐねていることにいらちを募らせているようだ。
 だがどうやら、かげの怒りはそれだけではないらしい。

「ヨクモ姉サンヲ……タブラカシテ……クレタナ……」
「姉さん? 椿のことか」

 かげれつが回りきっていない口で辛うじて言葉を紡いだ。
 よだれを垂らしながら怒りのうなごえを上げ、わたるに怒りをぶつける。

ボクヲ……守ッテクレテ……イタノニ……! ズット……守ルッテ……言ッテイタノニ……! オ前ラガ……! 姉サンヲソソノカシタ……! 姉サンニ……ボクヲ売ラセタ……!」
「何を言っているんだ、お前……!」

 辿たどたどしいかげの言葉は誤解に満ちていた。
 わたるはすぐに状況を察した。
 離れた場所で弓を引くおとが邪悪に北叟笑むのを認めたからだ。

おとがそう言ったのか。野郎が……!」

 わたるの心に火がいた。
 おとのことももちろんかげにも無性に腹が立ってきた。

椿つばきがお前を売っただと? ずっとお前を守り、助けようとしてきた実の姉貴より、あんなくそろうの言うことを信じるのかよ!」

 わたるかげの足下に手を向けた。
 土瀝青アスファルトを突き破り、木のつるが大量に伸びてかげを取り囲む。
 そしてあっという間にかげの身体を縛り上げてしまった。

「そこまで正気を失ったのか、かげ!」

 かげは身動きが取れない。
 これではわたるの攻撃を躱しようがない。

「ガッ! ウガアアアアアッッ!!」
「終わりだ!」

 かげは放電して蔓を焼き払おうとする。
 しかし電撃で蔓を焼くよりもはやく、わたるこんしんの拳がかげの顎を捉えた。
 実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度にはわたるは腕を上げていた。

 かげわたるの一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。
 どうやら完全に意識を失ったらしい。
 終わってみれば実にあっけない決着だった。

「良し、後はおとを片付けて、びやくだんさんがそうがんを持って来てくれれば……」
「おやおや、もうやられてしまったのか。少し期待外れだったね」

 おとが倒れたかげそばへと降り立った。
 正面は、背後はわたるが取り、挟み撃ちの状態に位置している。

ぼくかげの戦いが決着したらさんの相手をするんだったか。だが、残念ながらさんだけでなく、かげが始末してくれるはずだった凡夫まで相手にしなければならないみたいだな」
「うん、そうだね。これは確かに予想外だったと認めよう」

 おとはそう言いつつも、不敵な笑みを表情から消していない。
 まだ彼のたくらみは終わっていないのだ。

きみ達は何処まで知っていたかな? ぼくにはしんとは異なる『そまつひ』という力があって、自分や他人のしんを増幅させることが出来るんだ」
「なっ……!」

 わたるは思わず身構えた。

「じゃあお前がかげしんを……!」
「いや、やったのは間違い無く父親のどうじようふとしさ。だが、ぼくが言いたいのは同じ事がぼくにも出来るということでね……」

 おとかげの身体に手をかざした。

まがつひがみ

 かげの身体が紫色の毒々しい闇に包まれた。
 わたるにはわかる。
 今、かげしんはこれまでと比較にならない程増幅させられたのだ。

おと、お前!」
「さて、ぼくの見込みではそろそろなんだがな……」

 おとが見下ろす中、かげおもむろに立ち上がる。
 起き上がった彼は白目をき、口から黒いもやを吐いて前傾姿勢を取っていた。

「ウゥ……ウゥゥウッ……!」

 かげは火花とまがまがしい気配を全身から漏らしている。
 そして両腕をひろげ、大きく身体を仰け反らせて叫んだ。

「ヴォオオオオオオオオッッッッ!!」
「来た! しん過多による精神汚損は今、かげに無意識下での活動を可能にさせた!」
「なんだと!?」

 おとはその場から大きく跳び退きつつ、高笑いを上げる。

「ははははは、きみ達は今、完全に勝ち目を失った! かげしんは完全に限界を超えた! 結果どうなるか! 意識を失い、寝た切りになる? 違う! 意識を失った状態で、本能のままに暴れ回る状態となるのだ!」

 かげは状態を揺らしながらゆっくりと前傾し、わたるを睨み上げる。
 そして、そのまま周囲に向けて激しく放電した。

「ヴォアアアアアアアッッ!!」
「こいつ……確かに今までと様子が違う! 意識が無いのに戦いをやめないのか!」
「さあ、楽しくなってきたな二人共! かげを止めるには意識を奪うしか無いが、今の彼は意識が無い状態で暴れ回る! いなはや意識という概念すら無い状態になったというべきか! つまり、彼を止めるには殺すしか無い! だが、出来るかな? 椿つばきようの大事な弟を、殺してでも止めようというのかな、さきもりわたるきゆう!」
「くっ……!」

 かげは迅雷の様なすさまじい速度でわたるに体当たりしてきた。

「ぐあっ!!」

 わたるは体に電流がはしったような衝撃を受けて膝を突く。
 かげはまるでらいていの様な速さで駐車場をじゆうおうじんに動き回り、わたるに何度も突進攻撃を仕掛けてくる。

「ぐああああっっ!!」
「ほう、かげはまた一つ新たなる能力の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。さきもりわたるいかきみが力を付けたとはいえこの動きには付いて行けまい」

 わたるは雷霆と化したかげに成す術無く滅多打ちにされていた。
 これが強化されたかげの力なのか。

(強い……! 今までとは次元が違う! この強さ、殺す気でやらなきゃこっちがられる!)

 わたるは全神経を研ぎ澄ましてかげの動きを直感的に読み取る。
 そして、第六感を信じてしやに拳を繰り出した。
 拳は見事にかげの顔面を捉え、身体をホテルの壁まで吹き飛ばしてたたけた。

「こんなところで負けてるようじゃ、ことに顔向けできないよな!」

 わたるは思い出す。
 帰国の直前に戦った皇族・こまかみらんの手に負えなさはこの程度ではなかった。
 そしてそのこまかみをも力でねじ伏せたこと
 わたるは今まで、もっとはるかに強い者達を見てきたのだ。

「その通りだ、さきもり君」

 一方でも、おとの方へと再び向き直る。

「やることは何も変わらん。かげにはそうがんを飲ませる、おとはこの場で捕える。その為にも、びやくだんが戻って来るまでおれ達がやられる訳には行かん」
「そうですね、さん」

 かげは恐るべき状態になっているが、そうがんしんが失われればすがに止まらざるを得まい。
 わたるは立ち上がらんとするかげと、は距離を取るおとと、依然として対峙し続けていた。
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