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第四章『朝敵篇』
第九十一話『迅雷』 急
街中の交差点は、逃げ惑う人々の悲鳴だけが残されていた。
不幸中の幸いは、つい二箇月程前に皇國軍の銀座侵攻を経験した人々が比較的早期に避難の必要性を認めてこの場を逃げ出したことだ。
「良かったな、麗真魅琴。民衆を巻き込まずに済みそうだぞ?」
推城は皮肉めいた言葉を投げ掛ける。
この事態、人々の混乱は魅琴が彼をスカイツリー中腹の高所から激しく投げ落とし、交差点の土瀝青を崩壊させてしまったことで起きている。
国の治安を守るべき立場にあるはずの彼女が、驚異的な暴力でそれを乱してしまったことを論っているのだろう。
だが、魅琴はそんな言葉を冷静に切り捨てる。
「日本に狼ノ牙なんかを招き入れて、剰え私の大切な友人まで巻き込んでおいてよく言うわ。お前を落とす場所を私が選ばなかったとでも思う? お前は悪足掻きで無辜の民に犠牲を出すことすら叶わず、この場で私に処されることになる」
魅琴の周囲に立ち込める土埃が勢い良く散滅した。
今、彼女の神為は神皇との戦いで消失したまま回復していない。
つまり、唯の怒気が周囲に影響を与える程に身体から漏れ出しているのだ。
対峙する推城は冷や汗を掻きつつ、口元の笑みを保っていた。
「八社女の言うとおり、骨折で済めば御の字だな……」
推城は長槍を構えた。
その佇まいは紛れも無く武人のそれである。
人気の消えた交差点の様相は、丸腰の女の周囲を大柄な男が武器を持って獲物に襲い掛かる機を窺っているかの如く旋回しているという、恐ろしい惨劇を予感させるものだった。
だが、それはつまり男は女に対して迂闊に手が出せないでいることを意味している。
「であああああッッ!」
地響きの様な雄叫びと共に、推城が飛び出した。
巨躯から繰り出される長槍の刺突が空気を震わせながら魅琴に襲い掛かる。
しかし魅琴はこの攻撃を腕で払い除けて懐に入り込んだ。
そして、目にも留まらぬ疾さで十数発の拳を鳩尾や脇腹に叩き込む。
「ぐはぁっっ!!」
推城は吐血して後方へ退くも、払い除けられた槍を薙払って反撃を試みる。
だが魅琴はこの攻撃も腕で止め、追撃の拳を見舞った。
推城の身体は吐血を撒き散らしながら錐揉み回転して大きく吹き飛び、更に折れた槍の鋒が魅琴の背後で地面に突き刺さった。
「ぐはっ、やはり……恐ろしく強い……!」
震える身体に鞭打ち立ち上がろうとする推城の許へ、魅琴は冷酷な表情を湛えて歩み寄る。
「さっさと久住さんの居場所を吐きなさい。これ以上痛い目に遭いたくなければね」
「ぐぅぅっ……!」
推城は魅琴を睨み上げると、瞬時に「菊水龍尾ノ長鑓」を手に再形成して振り上げた。
魅琴はこれを踏み折って、推城の顔面を蹴り飛ばす。
「ぐがァッ!! おのれ!」
後方へ飛ばされた推城は宙返りして脚から着地し、そのままの勢いで再び魅琴に飛び掛かってきた。
その手には長槍も三度形成されている。
(この男、中々の耐久力だな……。ここまで持ち堪えられた相手が果たしてどれだけ居たか……)
魅琴は槍の刺突を掻い潜って再度推城の懐へ潜り込み、鳩尾と顔面に一発ずつ拳を叩き込んだ。
「グハッ……ゲホッ……!」
殴り倒された推城は、吐血しながら尚も起き上がろうとしている。
その様に、魅琴は少しずつ不気味なものを感じ取り始めていた。
(私は今まで多くの人間を暴力で破壊してきた。崇神會廻天派、狼ノ牙、皇國皇族、そして航……。中にはそれなりに強い者達も相手にしてきた。けれども、大抵の相手は何処をどれだけ叩けば壊れるか簡単に掴めた。だが、こいつは……)
立ち上がった推城は口元から血を垂らしながらも不敵に笑っている。
魅琴は過去、これだけ滅多打ちにした相手からこの表情を返されたことなど無い。
これは彼女にとって、極めて異様な反応だった。
(こいつは全く壊れる気配が無い。こんな手応えは初めてだ……)
推城は口元を拭い、歯を見せて笑った。
魅琴が気取った異様な感覚、それは推城の立ち振る舞いにも現れている。
この男、これだけ滅多打ちにされて尚、息一つ乱していないのだ。
回復が早いなどと言う次元ではなく、傷そのものが意味を成していないかの様だった。
(まるでこの世の者ではない何かと戦っているみたい……)
魅琴は息を整えて構え直す。
「やれやれ、思っていたより骨が折れそうね」
「その言葉、貴様の側から聞けるとは思っていなかったぞ」
戦いそのものは終始魅琴が圧倒しているが、戦場の向かい風は彼女の方へと強く吹付けていた。
⦿⦿⦿
陰斗は全身から放電し、火花を散らす。
その姿に、航は一つの嫌な予感を覚えていた。
「こいつ……神為が消費されるどころか増してないか……?」
航の言葉に、根尾と対峙する八社女が北叟笑んだ。
「気付いたか、岬守航。今の陰斗は神為の暴走状態にある。この状態では双子の相乗効果がなくとも神為の増幅がある程度維持されるのさ。その増幅速度が消費速度を上回っている限り、陰斗はいつまでも斃せないどころかどんどん強くなっていく」
八社女の言葉を証明する様に、陰斗は火花を散らしながら航へと飛び掛かってきた。
「ガアアアアアッッ!!」
「うおっ!?」
航は陰斗の拳の連打を辛うじて躱し続ける。
だがその攻撃に航は異変を感じた。
「こいつ、拳に電撃が……!」
「ほう、陰斗はまた更なる能力の扉を開いたか。どうやら天稟があるらしい。これは嬉しい誤算だったよ」
八社女は根尾のことを其方退けで陰斗の戦い振りを嬉しがっている。
根尾がその隙に攻撃を仕掛けるが、八社女は大きく後方へ跳んで間合いを取り、弓に矢を番える。
「そう慌てるなって。君の相手は後でじっくりしてやるよ。陰斗が凡夫を殺した後でたっぷりとね」
「飛び道具で距離を取って戦うつもりか……」
根尾は放たれた矢を紙一重で躱した。
そして反撃すべく一気に間合いを詰めようとするも、八社女は既に第二の矢を番えて更に距離を取っていた。
「臆病で面倒な戦い方だ」
「僕は戦いの専門家ではないからね。安全且つ効率的な手段で確実に仕留めてあげるよ」
冷笑を向ける八社女に対し、根尾は攻め手を見出そうと眼を凝らす。
一方で航と陰斗の攻防。
航の拳が陰斗の顔面をカウンターで捉えた。
陰斗は大きく仰け反る。
少しずつ陰斗の動きに慣れてきた航に傾き始めていた。
「ゴオオオオッッ!!」
小さい軌道の拳が航の蟀谷に向けて振るわれる。
椿流剛体術の奥義「爆拳斧肘撃・椿」の動きだ。
航は屈んで拳を躱し、振り終わりに合わせて陰斗の顎を拳で打ち上げた。
「ガッ!?」
「駄目かっ……!」
航はどうにか陰斗を気絶させようとしていた。
顎を狙ったのはその一環である。
以前魅琴から、相手の意識を効率良く失わせるには顎を打ち付けて脳を揺らすのが有効だと聞かされていたからだ。
(とはいえ、僕の格闘技術じゃ厳しいかもな……)
しかし、だからといって躊躇ってはいられない。
暴走状態の陰斗を止めるには、気絶させるしか無いのだ。
その為に、考えられる手は打つ必要がある。
「グゥゥゥ……ヨクモ……」
後退った陰斗は血走った目を恨めし気に航へ向ける。
相手も相手で、攻め倦ねていることに苛立ちを募らせているようだ。
だがどうやら、陰斗の怒りはそれだけではないらしい。
「ヨクモ姉サンヲ……誑カシテ……クレタナ……」
「姉さん? 椿のことか」
陰斗は呂律が回りきっていない口で辛うじて言葉を紡いだ。
涎を垂らしながら怒りの唸り声を上げ、航に怒りをぶつける。
「僕ヲ……守ッテクレテ……イタノニ……! ズット……守ルッテ……言ッテイタノニ……! オ前ラガ……! 姉サンヲ唆シタ……! 姉サンニ……僕ヲ売ラセタ……!」
「何を言っているんだ、お前……!」
辿々しい陰斗の言葉は誤解に満ちていた。
航はすぐに状況を察した。
離れた場所で弓を引く八社女が邪悪に北叟笑むのを認めたからだ。
「八社女がそう言ったのか。莫迦野郎が……!」
航の心に火が点いた。
八社女のことも勿論、陰斗にも無性に腹が立ってきた。
「椿がお前を売っただと? ずっとお前を守り、助けようとしてきた実の姉貴より、あんな糞野郎の言うことを信じるのかよ!」
航は陰斗の足下に手を向けた。
土瀝青を突き破り、木の蔓が大量に伸びて陰斗を取り囲む。
そしてあっという間に陰斗の身体を縛り上げてしまった。
「そこまで正気を失ったのか、陰斗!」
陰斗は身動きが取れない。
これでは航の攻撃を躱しようがない。
「ガッ! ウガアアアアアッッ!!」
「終わりだ!」
陰斗は放電して蔓を焼き払おうとする。
しかし電撃で蔓を焼くよりも疾く、航の渾身の拳が陰斗の顎を捉えた。
実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度には航は腕を上げていた。
陰斗は航の一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。
どうやら完全に意識を失ったらしい。
終わってみれば実にあっけない決着だった。
「良し、後は八社女を片付けて、白檀さんが扶桑丸を持って来てくれれば……」
「おやおや、もうやられてしまったのか。少し期待外れだったね」
八社女が倒れた陰斗の傍へと降り立った。
正面は根尾、背後は航が取り、挟み撃ちの状態に位置している。
「僕と陰斗の戦いが決着したら根尾さんの相手をするんだったか。だが、残念ながら根尾さんだけでなく、陰斗が始末してくれる筈だった凡夫まで相手にしなければならないみたいだな」
「うん、そうだね。これは確かに予想外だったと認めよう」
八社女はそう言いつつも、不敵な笑みを表情から消していない。
まだ彼の企みは終わっていないのだ。
「君達は何処まで知っていたかな? 僕には神為とは異なる『穢詛禍終』という力があって、自分や他人の神為を増幅させることが出来るんだ」
「なっ……!」
航は思わず身構えた。
「じゃあお前が陰斗の神為を……!」
「いや、やったのは間違い無く父親の道成寺太さ。だが、僕が言いたいのは同じ事が僕にも出来るということでね……」
八社女は陰斗の身体に手を翳した。
『穢詛禍終・美地過神』
陰斗の身体が紫色の毒々しい闇に包まれた。
航には解る。
今、陰斗の神為はこれまでと比較にならない程増幅させられたのだ。
「八社女、お前!」
「さて、僕の見込みではそろそろなんだがな……」
八社女が見下ろす中、陰斗は徐に立ち上がる。
起き上がった彼は白目を剥き、口から黒い靄を吐いて前傾姿勢を取っていた。
「ウゥ……ウゥゥウッ……!」
陰斗は火花と禍々しい気配を全身から漏らしている。
そして両腕を拡げ、大きく身体を仰け反らせて叫んだ。
「ヴォオオオオオオオオッッッッ!!」
「来た! 神為過多による精神汚損は今、陰斗に無意識下での活動を可能にさせた!」
「なんだと!?」
八社女はその場から大きく跳び退きつつ、高笑いを上げる。
「ははははは、君達は今、完全に勝ち目を失った! 陰斗の神為は完全に限界を超えた! 結果どうなるか! 意識を失い、寝た切りになる? 違う! 意識を失った状態で、本能のままに暴れ回る状態となるのだ!」
陰斗は状態を揺らしながらゆっくりと前傾し、航を睨み上げる。
そして、そのまま周囲に向けて激しく放電した。
「ヴォアアアアアアアッッ!!」
「こいつ……確かに今までと様子が違う! 意識が無いのに戦いをやめないのか!」
「さあ、楽しくなってきたな二人共! 陰斗を止めるには意識を奪うしか無いが、今の彼は意識が無い状態で暴れ回る! 否、最早意識という概念すら無い状態になったというべきか! つまり、彼を止めるには殺すしか無い! だが、出来るかな? 椿陽子の大事な弟を、殺してでも止めようというのかな、岬守航・根尾弓矢!」
「くっ……!」
陰斗は迅雷の様な凄まじい速度で航に体当たりしてきた。
「ぐあっ!!」
航は体に電流が奔ったような衝撃を受けて膝を突く。
陰斗はまるで雷霆の様な速さで駐車場を縦横無尽に動き回り、航に何度も突進攻撃を仕掛けてくる。
「ぐああああっっ!!」
「ほう、陰斗はまた一つ新たなる能力の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。岬守航、如何に君が力を付けたとはいえこの動きには付いて行けまい」
航は雷霆と化した陰斗に成す術無く滅多打ちにされていた。
これが強化された陰斗の力なのか。
(強い……! 今までとは次元が違う! この強さ、殺す気でやらなきゃこっちが殺られる!)
航は全神経を研ぎ澄まして陰斗の動きを直感的に読み取る。
そして、第六感を信じて我武者羅に拳を繰り出した。
拳は見事に陰斗の顔面を捉え、身体をホテルの壁まで吹き飛ばして叩き付けた。
「こんなところで負けてるようじゃ、魅琴に顔向けできないよな!」
航は思い出す。
帰国の直前に戦った皇族・狛乃神嵐花の手に負えなさはこの程度ではなかった。
そしてその狛乃神をも力でねじ伏せた魅琴。
航は今まで、もっと遙かに強い者達を見てきたのだ。
「その通りだ、岬守君」
一方で根尾も、八社女の方へと再び向き直る。
「やることは何も変わらん。陰斗には扶桑丸を飲ませる、八社女はこの場で捕える。その為にも、白檀が戻って来るまで俺達がやられる訳には行かん」
「そうですね、根尾さん」
陰斗は恐るべき状態になっているが、扶桑丸で神為が失われれば流石に止まらざるを得まい。
航は立ち上がらんとする陰斗と、根尾は距離を取る八社女と、依然として対峙し続けていた。
不幸中の幸いは、つい二箇月程前に皇國軍の銀座侵攻を経験した人々が比較的早期に避難の必要性を認めてこの場を逃げ出したことだ。
「良かったな、麗真魅琴。民衆を巻き込まずに済みそうだぞ?」
推城は皮肉めいた言葉を投げ掛ける。
この事態、人々の混乱は魅琴が彼をスカイツリー中腹の高所から激しく投げ落とし、交差点の土瀝青を崩壊させてしまったことで起きている。
国の治安を守るべき立場にあるはずの彼女が、驚異的な暴力でそれを乱してしまったことを論っているのだろう。
だが、魅琴はそんな言葉を冷静に切り捨てる。
「日本に狼ノ牙なんかを招き入れて、剰え私の大切な友人まで巻き込んでおいてよく言うわ。お前を落とす場所を私が選ばなかったとでも思う? お前は悪足掻きで無辜の民に犠牲を出すことすら叶わず、この場で私に処されることになる」
魅琴の周囲に立ち込める土埃が勢い良く散滅した。
今、彼女の神為は神皇との戦いで消失したまま回復していない。
つまり、唯の怒気が周囲に影響を与える程に身体から漏れ出しているのだ。
対峙する推城は冷や汗を掻きつつ、口元の笑みを保っていた。
「八社女の言うとおり、骨折で済めば御の字だな……」
推城は長槍を構えた。
その佇まいは紛れも無く武人のそれである。
人気の消えた交差点の様相は、丸腰の女の周囲を大柄な男が武器を持って獲物に襲い掛かる機を窺っているかの如く旋回しているという、恐ろしい惨劇を予感させるものだった。
だが、それはつまり男は女に対して迂闊に手が出せないでいることを意味している。
「であああああッッ!」
地響きの様な雄叫びと共に、推城が飛び出した。
巨躯から繰り出される長槍の刺突が空気を震わせながら魅琴に襲い掛かる。
しかし魅琴はこの攻撃を腕で払い除けて懐に入り込んだ。
そして、目にも留まらぬ疾さで十数発の拳を鳩尾や脇腹に叩き込む。
「ぐはぁっっ!!」
推城は吐血して後方へ退くも、払い除けられた槍を薙払って反撃を試みる。
だが魅琴はこの攻撃も腕で止め、追撃の拳を見舞った。
推城の身体は吐血を撒き散らしながら錐揉み回転して大きく吹き飛び、更に折れた槍の鋒が魅琴の背後で地面に突き刺さった。
「ぐはっ、やはり……恐ろしく強い……!」
震える身体に鞭打ち立ち上がろうとする推城の許へ、魅琴は冷酷な表情を湛えて歩み寄る。
「さっさと久住さんの居場所を吐きなさい。これ以上痛い目に遭いたくなければね」
「ぐぅぅっ……!」
推城は魅琴を睨み上げると、瞬時に「菊水龍尾ノ長鑓」を手に再形成して振り上げた。
魅琴はこれを踏み折って、推城の顔面を蹴り飛ばす。
「ぐがァッ!! おのれ!」
後方へ飛ばされた推城は宙返りして脚から着地し、そのままの勢いで再び魅琴に飛び掛かってきた。
その手には長槍も三度形成されている。
(この男、中々の耐久力だな……。ここまで持ち堪えられた相手が果たしてどれだけ居たか……)
魅琴は槍の刺突を掻い潜って再度推城の懐へ潜り込み、鳩尾と顔面に一発ずつ拳を叩き込んだ。
「グハッ……ゲホッ……!」
殴り倒された推城は、吐血しながら尚も起き上がろうとしている。
その様に、魅琴は少しずつ不気味なものを感じ取り始めていた。
(私は今まで多くの人間を暴力で破壊してきた。崇神會廻天派、狼ノ牙、皇國皇族、そして航……。中にはそれなりに強い者達も相手にしてきた。けれども、大抵の相手は何処をどれだけ叩けば壊れるか簡単に掴めた。だが、こいつは……)
立ち上がった推城は口元から血を垂らしながらも不敵に笑っている。
魅琴は過去、これだけ滅多打ちにした相手からこの表情を返されたことなど無い。
これは彼女にとって、極めて異様な反応だった。
(こいつは全く壊れる気配が無い。こんな手応えは初めてだ……)
推城は口元を拭い、歯を見せて笑った。
魅琴が気取った異様な感覚、それは推城の立ち振る舞いにも現れている。
この男、これだけ滅多打ちにされて尚、息一つ乱していないのだ。
回復が早いなどと言う次元ではなく、傷そのものが意味を成していないかの様だった。
(まるでこの世の者ではない何かと戦っているみたい……)
魅琴は息を整えて構え直す。
「やれやれ、思っていたより骨が折れそうね」
「その言葉、貴様の側から聞けるとは思っていなかったぞ」
戦いそのものは終始魅琴が圧倒しているが、戦場の向かい風は彼女の方へと強く吹付けていた。
⦿⦿⦿
陰斗は全身から放電し、火花を散らす。
その姿に、航は一つの嫌な予感を覚えていた。
「こいつ……神為が消費されるどころか増してないか……?」
航の言葉に、根尾と対峙する八社女が北叟笑んだ。
「気付いたか、岬守航。今の陰斗は神為の暴走状態にある。この状態では双子の相乗効果がなくとも神為の増幅がある程度維持されるのさ。その増幅速度が消費速度を上回っている限り、陰斗はいつまでも斃せないどころかどんどん強くなっていく」
八社女の言葉を証明する様に、陰斗は火花を散らしながら航へと飛び掛かってきた。
「ガアアアアアッッ!!」
「うおっ!?」
航は陰斗の拳の連打を辛うじて躱し続ける。
だがその攻撃に航は異変を感じた。
「こいつ、拳に電撃が……!」
「ほう、陰斗はまた更なる能力の扉を開いたか。どうやら天稟があるらしい。これは嬉しい誤算だったよ」
八社女は根尾のことを其方退けで陰斗の戦い振りを嬉しがっている。
根尾がその隙に攻撃を仕掛けるが、八社女は大きく後方へ跳んで間合いを取り、弓に矢を番える。
「そう慌てるなって。君の相手は後でじっくりしてやるよ。陰斗が凡夫を殺した後でたっぷりとね」
「飛び道具で距離を取って戦うつもりか……」
根尾は放たれた矢を紙一重で躱した。
そして反撃すべく一気に間合いを詰めようとするも、八社女は既に第二の矢を番えて更に距離を取っていた。
「臆病で面倒な戦い方だ」
「僕は戦いの専門家ではないからね。安全且つ効率的な手段で確実に仕留めてあげるよ」
冷笑を向ける八社女に対し、根尾は攻め手を見出そうと眼を凝らす。
一方で航と陰斗の攻防。
航の拳が陰斗の顔面をカウンターで捉えた。
陰斗は大きく仰け反る。
少しずつ陰斗の動きに慣れてきた航に傾き始めていた。
「ゴオオオオッッ!!」
小さい軌道の拳が航の蟀谷に向けて振るわれる。
椿流剛体術の奥義「爆拳斧肘撃・椿」の動きだ。
航は屈んで拳を躱し、振り終わりに合わせて陰斗の顎を拳で打ち上げた。
「ガッ!?」
「駄目かっ……!」
航はどうにか陰斗を気絶させようとしていた。
顎を狙ったのはその一環である。
以前魅琴から、相手の意識を効率良く失わせるには顎を打ち付けて脳を揺らすのが有効だと聞かされていたからだ。
(とはいえ、僕の格闘技術じゃ厳しいかもな……)
しかし、だからといって躊躇ってはいられない。
暴走状態の陰斗を止めるには、気絶させるしか無いのだ。
その為に、考えられる手は打つ必要がある。
「グゥゥゥ……ヨクモ……」
後退った陰斗は血走った目を恨めし気に航へ向ける。
相手も相手で、攻め倦ねていることに苛立ちを募らせているようだ。
だがどうやら、陰斗の怒りはそれだけではないらしい。
「ヨクモ姉サンヲ……誑カシテ……クレタナ……」
「姉さん? 椿のことか」
陰斗は呂律が回りきっていない口で辛うじて言葉を紡いだ。
涎を垂らしながら怒りの唸り声を上げ、航に怒りをぶつける。
「僕ヲ……守ッテクレテ……イタノニ……! ズット……守ルッテ……言ッテイタノニ……! オ前ラガ……! 姉サンヲ唆シタ……! 姉サンニ……僕ヲ売ラセタ……!」
「何を言っているんだ、お前……!」
辿々しい陰斗の言葉は誤解に満ちていた。
航はすぐに状況を察した。
離れた場所で弓を引く八社女が邪悪に北叟笑むのを認めたからだ。
「八社女がそう言ったのか。莫迦野郎が……!」
航の心に火が点いた。
八社女のことも勿論、陰斗にも無性に腹が立ってきた。
「椿がお前を売っただと? ずっとお前を守り、助けようとしてきた実の姉貴より、あんな糞野郎の言うことを信じるのかよ!」
航は陰斗の足下に手を向けた。
土瀝青を突き破り、木の蔓が大量に伸びて陰斗を取り囲む。
そしてあっという間に陰斗の身体を縛り上げてしまった。
「そこまで正気を失ったのか、陰斗!」
陰斗は身動きが取れない。
これでは航の攻撃を躱しようがない。
「ガッ! ウガアアアアアッッ!!」
「終わりだ!」
陰斗は放電して蔓を焼き払おうとする。
しかし電撃で蔓を焼くよりも疾く、航の渾身の拳が陰斗の顎を捉えた。
実戦では技術不足でも、動けない的であれば実践できる程度には航は腕を上げていた。
陰斗は航の一撃を受け、蔓が焼け落ちるのと同時にがっくりと膝を突いた。
どうやら完全に意識を失ったらしい。
終わってみれば実にあっけない決着だった。
「良し、後は八社女を片付けて、白檀さんが扶桑丸を持って来てくれれば……」
「おやおや、もうやられてしまったのか。少し期待外れだったね」
八社女が倒れた陰斗の傍へと降り立った。
正面は根尾、背後は航が取り、挟み撃ちの状態に位置している。
「僕と陰斗の戦いが決着したら根尾さんの相手をするんだったか。だが、残念ながら根尾さんだけでなく、陰斗が始末してくれる筈だった凡夫まで相手にしなければならないみたいだな」
「うん、そうだね。これは確かに予想外だったと認めよう」
八社女はそう言いつつも、不敵な笑みを表情から消していない。
まだ彼の企みは終わっていないのだ。
「君達は何処まで知っていたかな? 僕には神為とは異なる『穢詛禍終』という力があって、自分や他人の神為を増幅させることが出来るんだ」
「なっ……!」
航は思わず身構えた。
「じゃあお前が陰斗の神為を……!」
「いや、やったのは間違い無く父親の道成寺太さ。だが、僕が言いたいのは同じ事が僕にも出来るということでね……」
八社女は陰斗の身体に手を翳した。
『穢詛禍終・美地過神』
陰斗の身体が紫色の毒々しい闇に包まれた。
航には解る。
今、陰斗の神為はこれまでと比較にならない程増幅させられたのだ。
「八社女、お前!」
「さて、僕の見込みではそろそろなんだがな……」
八社女が見下ろす中、陰斗は徐に立ち上がる。
起き上がった彼は白目を剥き、口から黒い靄を吐いて前傾姿勢を取っていた。
「ウゥ……ウゥゥウッ……!」
陰斗は火花と禍々しい気配を全身から漏らしている。
そして両腕を拡げ、大きく身体を仰け反らせて叫んだ。
「ヴォオオオオオオオオッッッッ!!」
「来た! 神為過多による精神汚損は今、陰斗に無意識下での活動を可能にさせた!」
「なんだと!?」
八社女はその場から大きく跳び退きつつ、高笑いを上げる。
「ははははは、君達は今、完全に勝ち目を失った! 陰斗の神為は完全に限界を超えた! 結果どうなるか! 意識を失い、寝た切りになる? 違う! 意識を失った状態で、本能のままに暴れ回る状態となるのだ!」
陰斗は状態を揺らしながらゆっくりと前傾し、航を睨み上げる。
そして、そのまま周囲に向けて激しく放電した。
「ヴォアアアアアアアッッ!!」
「こいつ……確かに今までと様子が違う! 意識が無いのに戦いをやめないのか!」
「さあ、楽しくなってきたな二人共! 陰斗を止めるには意識を奪うしか無いが、今の彼は意識が無い状態で暴れ回る! 否、最早意識という概念すら無い状態になったというべきか! つまり、彼を止めるには殺すしか無い! だが、出来るかな? 椿陽子の大事な弟を、殺してでも止めようというのかな、岬守航・根尾弓矢!」
「くっ……!」
陰斗は迅雷の様な凄まじい速度で航に体当たりしてきた。
「ぐあっ!!」
航は体に電流が奔ったような衝撃を受けて膝を突く。
陰斗はまるで雷霆の様な速さで駐車場を縦横無尽に動き回り、航に何度も突進攻撃を仕掛けてくる。
「ぐああああっっ!!」
「ほう、陰斗はまた一つ新たなる能力の扉を開いたらしいね。今の彼は雷そのものだ。岬守航、如何に君が力を付けたとはいえこの動きには付いて行けまい」
航は雷霆と化した陰斗に成す術無く滅多打ちにされていた。
これが強化された陰斗の力なのか。
(強い……! 今までとは次元が違う! この強さ、殺す気でやらなきゃこっちが殺られる!)
航は全神経を研ぎ澄まして陰斗の動きを直感的に読み取る。
そして、第六感を信じて我武者羅に拳を繰り出した。
拳は見事に陰斗の顔面を捉え、身体をホテルの壁まで吹き飛ばして叩き付けた。
「こんなところで負けてるようじゃ、魅琴に顔向けできないよな!」
航は思い出す。
帰国の直前に戦った皇族・狛乃神嵐花の手に負えなさはこの程度ではなかった。
そしてその狛乃神をも力でねじ伏せた魅琴。
航は今まで、もっと遙かに強い者達を見てきたのだ。
「その通りだ、岬守君」
一方で根尾も、八社女の方へと再び向き直る。
「やることは何も変わらん。陰斗には扶桑丸を飲ませる、八社女はこの場で捕える。その為にも、白檀が戻って来るまで俺達がやられる訳には行かん」
「そうですね、根尾さん」
陰斗は恐るべき状態になっているが、扶桑丸で神為が失われれば流石に止まらざるを得まい。
航は立ち上がらんとする陰斗と、根尾は距離を取る八社女と、依然として対峙し続けていた。
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
盾の間違った使い方
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その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
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