日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十二話『本能』 序

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 びやくだんあげの運転するワゴン車はあぶしん椿つばきようを載せ、すめらぎかなの選挙事務所へとやってきた。
 道中では法定速度をかなり上回る危険な運転で走り続けたが、幸いにして何故か警察に捕まることもなく無事に目的地まで辿たどいた。

「ささあぶさん上がってください。椿つばきようは一旦で安静にさせておきましょう」
「おお!」

 彼らは小さな事務所へと足を踏み入れた。
 長らく使われていなかったためか、古いままのポスターがそのまま掲げられている。

「なんか、全然使われてないって感じだぜ」
「先生はもつぱら省庁か議員会館の方の事務所に詰めていましたからねー」
「あんま片付いてねえなあ。おれの部屋と良い勝負じゃねえか」
「定期的に軽く掃除はしてますよー。あ、のソファ使ってくださいねー」

 ようをソファに寝かせるしんを尻目に、びやくだんは隅に置かれた金庫の前でかがんだ。

「その中にそうがんがあんのか?」
とうえいがん以上に貴重なものですからねー。わずかな数をいくつかの小瓶に分けて複数箇所に保管しているんですよー。それこそ、さっきみたいなことになって全部無くなったら捕虜を無力化する手段が完全に失われる訳ですからねー」

 びやくだんは金庫のダイヤルを回し続ける。

「おいおい、一体何桁あるんだよ?」
「十六桁ですねー」

 金庫が解錠された。
 中にはてのひらにすっぽりと収まってしまいそうな小瓶が寂しく置かれている。
 おそらく、中に入っているのは多くて三錠だろう。

あぶさん、ティッシュ持ってますー?」
「いんや、持ってねえな」
「じゃあわたしのを使いましょう。普段から手巾ハンカチと一緒に持ち歩いた方が良いですよー」

 びやくだんはテーブルの上にティッシュを敷くと、小瓶から取り出したそうがんを一錠その上に置いた。

椿つばきようが目を覚ましたらそれを飲ませてくださいねー」
「残りは貴女アンタが一人で持っていくのか?」
「そうなりますねー」

 びやくだんない表情と仕草で小瓶を懐にしまい込んだ。

まゆづきさん、こっちに呼ぶか? 来るまで待って、一緒に行った方が良いんじゃねえか?」
づかいは有難いんですけど、彼女はさんの指示通りホテルに向かわせてください。あっちは今人手が足りないんでー」
「大丈夫なのか?」
「行くしかないですからねー。多分、これはわたしに課せられた運命なんですよー」

 しんは溜息を吐いて椅子にすわんだ。
 びやくだんの後ろ姿から静かな覚悟が見て取れたからだ。
 彼女は察している。

「多分、最初から仕組まれていたんですよね。椿つばきようを捕まえられたことも、弟のかげが突然あらわれたことも。だとすると、仕掛け人は一人しか居ないじゃないですかー」

 椿つばきようどうじようかげそうせんたいおおかみきばに残されていた数少ない戦力である。
 二人の父親はしゆりようДデーことどうじようふとし
 しかし彼とは別に、おおかみきばには裏から操る黒幕が存在する。
 しんえいたいてんのうの一人、首領補佐・おとせいびやくだんの同僚であるれんの殺害をくわだて、葬り去ったいんねんの相手でもある。

「じゃ、あぶさん、椿つばきようを頼みますねー」
「ああ、気を付けてな」

 びやくだんしんようを残して事務所を後にした。



  ⦿⦿⦿



 ホテル前、駐車場。
 さきもりわたるは意識を失ったままで戦い続けるかげたいしていた。
 腐屍徊ソンビの様に体を揺らしながらゆっくりと近寄ってくるかげ
 わたるは警戒して構えを取る。

 今のかげは迅雷の速度でじゆうおうじんに動き回る。
 集中力を一瞬でも切ってしまうと、その速度と攻撃力で一気に命に手を掛けられてしまう。

 わたるの周囲四方八方に、再び雷鳴が駆け巡る。
 こんなことをされては、常人では戦いにもならない。
 しかし今のわたるは違った。
 拳が、蹴りが、襲い来るかげを正確に捉える。

(行ける!)

 強敵達の戦いの中で、わたるは大きく成長した。
 かつては恐るべき敵として数人掛かりでなんとか渡り合ったわたりりんろうを単独で圧倒できるようになった。
 今の彼はしんの使い手の中でも上澄み中の上澄みに位置していると言って良い。
 雷の速度ですら、全神経を研ぎ澄ませば捕捉出来るほどだ。

「グゥオオオッ!!」

 しかし、いくら打ってもかげの攻撃は収まらない。
 殴り飛ばそうが蹴り飛ばそうが、構わず次の攻撃を仕掛けてくる。

「しつこいな……」

 わたるかげを殴り倒して地面へとたたけた。
 だが、いくら一方的に圧倒してもかげの動きを止めることは出来ない。
 かげは初めから意識の無い状態で、本能だけで戦っている。
 彼を止める方法は三つ、殺すか、切り刻むか、彼の本能を突き動かしているしんを消滅させるかだ。

 かげは再び稲光となり、わたるの周囲を駆け巡った。

「またこれか。他には無いのか?」

 わたるは薄々気づき始めていた。
 今のかげは非常に画一的な戦術しか取れていない。
 本能だけで戦っているのだから当然と言えば当然である。

(能力は強力になった。速度も圧倒的に上がっている。だが、これならむしろ意識があった時の方が強くなかったか?)

 が、そう思ったのもつかかげは突如立ち止まり、獣の様なたけびを上げた。

「ウゥヴァアアアアアアッッ!!」
「なっ……! これは!!」

 異変にはすぐに気が付いた。
 かげしんが雄叫びと共に爆発的に増大したのだ。
 そして、再びの突撃。
 わたるは反応し切れず、迅雷のましをらってはじばされてしまった。

「ぐああああっっ!!」

 舞い上がったわたるを目掛け、かげが何度も体当たりを敢行する。
 滅多打ちにされたわたるは、電撃の威力に意識を失いかけていた。

「ぐっ、このっ……!」

 わたるは右拳の光線砲ユニットを構えた。

(死んでくれるなよ!)

 わたるが放った光線がかげの腹部を貫いて空の彼方かなたへとはしり抜けて行った。
 かげは体当たりの軌道を大きくらし、血をらしながらホテルの壁に激突する。
 同時に、滅多打ちから逃れられたわたるもまた地面に叩き付けられた。

「ぐっ……!」

 互いに倒れたわたるかげは、二人同時に立ち上がる。
 わたるは今の攻撃で大きなダメージを負ったが、かげの傷は既にふさがろうとしていた。
 増幅したしんが傷の治りを早めているのだ。
 だがそれは、かげにとって決して良いことではない。

(このまましんが上がり続けたらどうなる? ずっと本能だけで暴れ続けるのか? それとも、心が本能レベルまで完全に壊れてしまったら、今度こそ死んでしまうのか?)

 かげは再び身体を揺らし始める。
 このままの状況が続けば、わたるは次第に追い詰められていってしまうだろう。

  ⦿

 おとせいわたるかげの戦いを横目ににらんでいた。
 彼は以前、さきもりわたるについて盟友のつきしろさくと互いの見解の相違をわせていた。

さきもりわたるを放置するのは危険だ。可能な限り早急に始末した方が良い』

 そのように評していたのはつきしろの方だ。
 おとにはそれが理解出来なかった。

『それ程のものか? 彼には才能が無い。偶然が味方して環境に強くされただけだ』
『だからこそだ、おと。それはつまり、何らかの超常的な運命がやつを強くしている様ではないか。まるで歴史の表舞台に推し上げようとしているかの如く。それはすなわち、我々にとって最大の怨敵であるとすら言えよう。うることをも上回ってな……』

 おとは眉根を寄せた。
 さきもりわたるは今、確かにとんでもない存在へと成り上がった。
 らいていと化して縦横無尽に動き回るどうじようかげと渡り合っている。
 こうこくの立体駐車場で対峙した頃からは考えられない成長だろう。

「運命と歴史に愛された男か……。気に入らないね……」

 おとは嘆息した。
 だがそんな彼に、弓矢が一瞬にして肉薄する。
 慌てて飛び退いたおとだったが、の指がほおかすめた。
 がもし大量のしんを使っていたら、この一瞬の接触でおとは石化していただろう。

「そうなんだよね……。弓矢、きみの能力も何だかんだでヤバいんだよ。でも触れただけの一瞬では石にならなかったね」
「お前一人を捕らえるのなら無言で石にしてしまえばいいんだがな。お前には何か裏の目的を共有した秘密の仲間がいるだろう?」
「成程、じっくり石にしながら命令して情報を引き出そうということか。ぼくも甘く見られたものだ」

 おとは矢をつがえて弓を構える。

かげも苦戦しているようだし、ぼくもそろそろ本腰を入れてきみを始末するか。元々、本命はきみの方だからね」
「奇遇だな。おれもお前のことは必ず落とし前を付けさせなければならないと思っている」

 わたるかげの戦い、その裏でもう一方の戦いも動きを見せようとしていた。
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