日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十二話『本能』 破

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 弓を引くおとの姿は思いのほか絵になっていた。
 さながら、自称するように奈良時代から千二百年の時を生き、けんさんを積んだかのようなちだ。

きゆう、今からきみぼくそうしんけずりゆみ』と『』の恐ろしさをとくと味わわせてやろう」

 ただならぬ猛威を感じ取った。
 そうしんに特殊な能力は無い。
 極めて強力な武器ではあれど、それ以上の付随効果は発揮しない。
 だが、おとのすることに大人しく手をこまねいていてはいけないような気がした。

(この構えはこれまでとは違う。一気につぶした方が良いな)

 は駆け出し、おととの間合いを一気に詰めて肉薄した。
 一瞬のうちにおとの眼前へと手を掛けんとする。
 しかしおとも後転で素早く攻撃をかわし、転がりながら矢を放った。
 は連射された矢を躱しながらおとを追い掛ける。

「良い事を教えよう、きゆう。極まった基礎は無限の応用につながるのだ」

 おとから逃げながら、文字通り矢継ぎ早に射撃する。
 その間隔は機関銃よりも圧倒的に早い。
 先程とは打って変わって体勢も構えもちやちやだが、狙いはの脳天や心臓へと正確に定められている。
 ひとえにそれは、千年以上にも及ぶ鍛錬の成果なのだろう。

(恐ろしい数と精度だ。だがむしろやりやすい)

 は飛んで来る無数の矢を時に躱し、時に腕で払いながら、おとに何度もつかかる。
 振るう腕がおとの朝服を切り付けた。
 の動きが少しずつおとに追い付こうとしている。

「くっ、はやい……!」

 おとは必死の形相での追撃を躱しつつ、驚異的な体勢で矢を放ち続ける。
 はや普段の人を食ったような薄笑いの面影などじんも残っていない。
 だがは少しずつ違和感を強めていた。

「これは……まさか!」

 は矢を腕で振り払った。
 の心臓を狙っていた三本の矢がまとめてれる。
 この現象が何を意味するか――少しずつ、おとの矢の間隔が短くなっているのだ。

(三本の矢が纏めて飛んで来ている。だがやつは相変わらず一本ずつ矢を射ている。つまり奴の連射速度は、矢が数センチ飛ぶ程度の間隔まで短縮されている……!)

 そしてもう一つ、には違和感があった。
 おとに掴み掛からんと、相手の速度を上回ろうとしている。
 実際、紙一重の所でつかめそうになっている。
 だがしかし、逆に言えば一向に追い付けていない。

おれは速度を上げている。なのにいまだ追い付けない。つまり、奴も加速している!)

 おとが白い歯を見せて笑った。

「言っただろう? ぼくの『まがつひがみ』はしんを増幅させることが出来る、と」

 おとの動きはの周囲を残像で半球状に覆う程になっていた。
 そしてそんな状態で、おとは過去最高の速度で連射する。
 の周囲、半球状の空間を「」が隙間無く埋め尽くしていた。

「ははははは、どんな気分だ、きゆう! 追ったつもりが、追い詰められて! 終わりだ!」

 おとは勝利を確信したかの様に高笑いを上げた。
 無数の矢がの身体を貫く。
 しかし、にはもう一つの防御手段があった。
 矢が突き刺さる瞬間、の身体は泥になって崩れ落ちた。

「ちっ、その手があったか。つまらない防御手段だから忘れていたよ」

 の石化能力は相手だけを変化させるものではない。
 また、石の状態もある程度自由に設定することも出来る。
 これを応用することで、は自らの身体を泥化させて攻撃をやり過ごすことも可能なのだ。

 但し、自分を状態変化させるには危険も伴う。
 あらかじめ解除を意識しておかなければ、石や泥になったまま元に戻らなくなってしまう。
 これはしんを大幅に消耗してしまうので、あまり多用は出来ない。

おと、お前にはどうも言い訳癖が有るようだな。自分がミスしたときに、相手の程度が低すぎて想定出来なかったなどとほざく。それだからお前は何度もヘマをするんだ」

 おとはそれ以上の矢を射てこない。
 どうやら今の攻撃で打ち止めになったらしい。
 それを見計らい、は身体の泥かが解除されて元の姿に戻った。
 実体化したのはおとのまさに眼前だった。

そうしんの破壊はしんを大幅に消耗する。そして、過剰なしんは精神をむしばむのならば、自分を強化するにも限度があるだろう。矢をつがえないところを見ると、どうやら限界らしいな」

 そうしんという遠距離攻撃の手段を失ったおと――ここから先は格闘戦を挑むしか無い。
 触れた相手を石化させるを相手にするのは非常に分が悪いだろう。
 勝負はほぼ決まった、かに思われた。
 しかし、おとは再び口角をゆがめ上げた。

め! きみも忘れているぞ!」

 おとは素早い動きでの心臓目掛けてぬきを放った。
 が、は簡単に手首を掴んで受け止めてしまう。

「立体駐車場で最初に会った時は素手だったな。つまり、お前は徒手格闘も出来る。だが、それがどうした? 弓の腕と比べればこの程度、大した事が無いのは織り込み済みだ。それを奥の手に取っておいたのなら間抜けとしか言い様が無いぞ」
「くっ……!」

 に掴まれたおとの右腕が徐々に石化していく。
 あとはこのまま命じれば、おとはもうその言葉に逆らえない。

「自爆はするなよ。石化はすぐに解除するが、その時にはしやべってもらう。お前ら『しんえいたいてんのう』とやらの正体と、何をたくらんで暗躍し続けてきたのか、何から何まで全部だ。覚悟しろよ、良いな」

 は石化させる際に命じた言葉に相手を従わせることが出来る。
 発動条件は、命令の最後に相手へ念を押すこと。
 つまりこれで、おとは石化した上に全てを吐かされることになる。
 だがおとはここで予想外の行動に出た。

「ガァッッ!!」

 おとは左の手刀で自らの右腕を肩から切り離した。
 血が大量に噴き出るが、石化は切られた腕だけにとどまってしまう。
 そしてその様な大傷を負ったにもかかわらず、おとは不敵な笑みを浮かべている。

「ふふふふふ、自爆による逃走は警戒していたみたいだけど、今のは自傷だからね。詰めが甘かったようだね」

 おとの石化した腕を投げ捨てた。
 対するおとの右腕は、瞬く間に元通り再生した。
 通常、しんかいふく力でも欠損した四肢が生えることは無い。
 自爆しても生きていることといい、彼は明らかにしんとは別形態の異様な力に頼っている。

「その異常な再生能力……。それも『まがつひ』とやらの力か?」
「ま、そんなところだね」
「歯切れが悪いな……。何か裏があるのか? どうやら完全な不死身という訳ではなさそうだ」


 は再び構えを取った。

「どちらにしろ、おれはお前を再び石化させるだけだ。もう命令はしてしまったからな。ここから先は、しんを大量に使い触れた一瞬で石化させる」
「フン、ぼくを追い詰めたつもりか?」

 おとは再び高笑いを上げた。

「元々ぼくの本命はかげの方だ! 殺す訳にはいかないきみ達には絶対に止められない、無限に強くなる不敗の戦士! さきもりわたるもいつまでつかな?」

 二人の脇ではわたるかげの突撃を躱し続けている。
 どうやら強化され続けたかげの速度を前に、攻撃を会わせる余裕が無くなってしまっているようだ。
 だが、の表情は揺るがない。

「やってくれるさ、さきもり君はな。止める手段ならある」
そうがんを焼き尽くされたのにか? 言っておくが、あれもぼくの計算通りだよ」

 おとは得意気に語り出す。

「まず、匿名の通報を装ってきみ達に椿つばきようの居場所を伝える。するときみ達は必ず確保に動くはずだ。必然、彼女はきみ達の拠点へと連れて行かれる。そしてかげには、姉のようもとへと一瞬で飛べる能力がある。これを使えば、きみ達に対して確実に奇襲を掛けられる。更に、厄介なうることずみふたの身の危険を臭わせることであらかじめ分離しておく……」
「何!? 貴様ら、ずみふたに何かしたのか!」

 ずみふたの名を出されたは心が揺れた。
 彼女に危険が迫っているとなれば、うることが動くのは理解出来る。
 しかしおとはそんなの焦燥を冷笑する様に答える。

「いいや、別に何もしていないよ。ただ少し、電話を貸してもらっただけさ。用が済んだら解放し、彼女はとっくに自由さ」

 言葉とは裏腹に、おとの表情には悪意がにじんでいた。
 わざわざうそを吐くにしても、事実だとしても、狙いがわからない。

「ぐあっ!!」

 その時、脇で戦うわたるが声を上げた。
 どうやらかげの攻撃が身体をかすめてしまったらしい。
 少しずつ、だが確実に分が悪くなっていた。

「ふふふ、この調子ならいずさきもりわたるは倒れるね。その気になればかげたおせはするんだろうが、殺す訳にもいかないよねえ。そうがんを飲ませたいけど、少なくともこの場には無い。て、困ったねえ……」

 おとは悪辣な笑みを浮かべた。
 自らの戦いでは追い詰められている筈が、大局で勝ちを確信している、そんな笑みだ。
 だがその時、道路から暴走するワゴン車が駐車場に走り込んできた。

さーん! お待たせしましたー!」

 びやくだんあげの運転するワゴン車である。
 彼女は法定速度を大幅に上回り、短時間でホテルとすめらぎ事務所を往復してきたのだ。
 ワゴン車はかんだかいブレーキ音を上げて場内に停車した。
 運転席のサイドガラスが開き、興奮した表情のびやくだんが顔をのぞかせる。

びやくだんよくやった! そうがんさきもり君に渡してくれ!」
「アイアイ!」

 車内のびやくだんから小瓶が投げられる。
 わたるかげの突撃を躱しながら、飛んでそれをつかった。

「ありがとうございます、びやくだんさん!」
「どういたしまして! さあ、とっととその男をやっつけちゃってください!」

 かげが動きを止め、たけびを上げて更にしんを高める。
 一刻も早く、彼にそうがんを飲ませなければならない。

さきもり君、頼んだぞ」
「ええ、やってやりますよ!」

 わたるかげと向き合った。
 戦いの決着は近い。
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