日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十二話『本能』 急

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 しんから連絡を受けたまゆづきは即座に退勤を申し出た。
 彼からくも兄妹の滞在するホテルが敵襲を受けたと報された彼女は、仕事に優先して其方に従うべきと判断。
 自身の飛行能力を駆使し、最短距離でホテルの裏側から双子の居る部屋へ直接入った。

「よく来てくださいました、まゆづきさん」
なか先生、二人は無事ですか?」

 医師・なかただたけ――うることくも兄妹の主治医だった老翁で、初代そうすいうるいるの友人としてしんに関する医療を請け負っていた男である。
 病院がはなたまに襲われたことで、狙われた双子がホテルに移されて以来、もしもの時のためにホテルに詰めていた。

「ええ、敵はまだホテルまで入ってきていません。幸いなことにね」
「そうですか、良かった間に合って……」

 まゆづきはほっと胸をろした。
 そんな彼女の服を、二人の小さな手が後ろから軽く引く。
 振り向くとそこには、く知る男女の双子がそっくりな顔を並べていた。

「あ、そういえば目を覚ましたのよね。こんにちは」
「お久し振りなのです、まゆづきさん」
「ふにゅぅ……」

 長らく眠りに就いていたくも兄妹は一週間程前に目を覚ましていた。
 但し、しんまでは回復していない。
 今の二人は、見た目ただの幼い子供に過ぎない。
 もし誰かがこの部屋を襲撃してきたとして、二人からしんを借りることは出来ないのだ。

「外はどうなっていますか?」
「今、さんとさきもりさんが敵を抑えてくれています」
「成程、彼らを信じるしかありませんね……」

 この部屋の窓は駐車場と反対側を向いている。
 様子を見るには、一旦部屋を出なければならない。

 とその時、部屋の外から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「敵襲でしょうか、まゆづきさん」

 なかおびえた様子でまゆづきに尋ねた。
 はなたま襲撃のトラウマが残っているのだろう、恐怖するのも無理は無い。

わたしが見てきます」

 まゆづきは部屋の扉をわずかに開け、隙間から外をのぞいた。
 廊下では三人の女が何やらめている。

ぞうじようてん様、どうして……?」
「良いか、決して手を出すなよ。我々はどうじようかげに手を出さんと約束しておる」

 廊下で慌ただしくしていたのはこうこく貴族達だった。
 ごくが早足で廊下を行き、とおどうあやひらつじがそれに続いている。
 彼女達は自分達の部屋から外の様子を見たのだ。

(そうか、襲撃者の一人はおとせいごくさんは彼の無実を信じている……)

 にとって、おとは「ぞうじようてん」と呼ばれるそうの同志である。
 曾祖父はごく家でこうこく建国の立役者として尊敬され、「こくてん」と呼ばれている。
 つまり彼女にとって「ぞうじようてん」とは、曾祖父同様に敬われるべき人物なのだ。
 彼女は「ぞうじようてん」がそうせんたいおおかみきばの首領補佐・おとせいと同一人物だという情報を頑なに否定している。

 しかし、今その当人がおおかみきばしゆりようДデーどうじようふとしの息子であるかげを連れて自分達の居るホテルを襲撃してきている。
 としては、自ら真相を確かめたかったのだろう。
 そしてそれを、とおどうも許した。

(面倒なことにならなければ良いけど……)

 まゆづきは一抹の不安を覚えながら三人が部屋の前を通り過ぎるのを見送り、扉を閉めた。



  ⦿⦿⦿



 ホテル前の駐車場、わたるは息を切らしながららいていと化したかげの突撃を紙一重でかわし続けていた。

くそ、こう動き回られたんじゃ、そうがんを飲ませようが無い……!)

 わたるは迅雷さながらの速度でじゆうおうじんに動き回るかげに手を焼いていた。
 現状、問題点は主に二つである。

 かげは戦っている最中、定期的にしんを増幅させる。
 それはすなわち、彼が完全に壊れて絶命に至るまでの十三階段を一歩一歩昇るに等しい状態である。
 そしてもう一つ、しんを増幅させたかげの速度はわたるですら対応困難な水準に達しており、戦っているうちにわたるの体力をじわじわとらしているのだ。

(正直、勝てなくはない。勝つだけならそこまで無理難題じゃない。これくらいの動きの相手なら、光線砲をてることは出来る。だが、それじゃかげの命を保障出来ない。これが厄介なんだ……!)

 わたるは考える。
 生かしたままかげを無力化させる手段はそうがんを飲ませるしか無い。
 それは今、受け取った小瓶の中にある。
 だが、飲ませるには覚悟を決めなければならなかった。

(動き回られるから飲ませられない。なら、動きを止めれば良い……)

 わたるは考える。
 おそらくわたるも無傷では済まないだろう。

「だが、やるしか無いか……!」

 わたるは身構えてかげの動きを目で追う。
 そして、地上に降りた相手に正面から向き合って腰を落とした。

「来い!」

 かげもまたわたると向き合い、膝を曲げて腰を落とす。
 全力の飛び出しによる、最高速度のましを繰り出そうとしている。

「ヴォオオオオオッッ!!」

 たけびの後、一瞬の沈黙。
 そして、かげかつて無い速度で突進してきた。

 しかし、わたるは逃げない。
 真正面からかげを迎え撃つ。
 いや、それどころか、かげましを真正面から身体で受け止めた。

「ぐおおおおっっ!!」

 すさまじい電撃がわたるを襲う。
 だがわたるは歯を食い縛って耐えしのぎ、そしてかげにしがみ付いた。

「グガッ!? グウウウウッッ!」

 かげわたるほどこうとする。
 しかし、わたるは離そうとしない。
 むしろ余計に捕縛する四肢の力が強くなっていく。
 かげは何かに気が付いたのかどうもくし、身体からの放電を止めた。

「気付いたか……」

 わたるひとあんした。
 そして、隙を突いて背後へと回り込み、羽交い締めで押さえ込む。
 かげは振り解かんとくが、放電しようとはしない。
 これはわたるの計算通りだった。

「人間の筋肉は感電で硬直する。捕縛された時、電撃は逆効果だと気付いたようだな。賭けだったけど、く行ってくれて良かったよ」

 わたるが自らの命運を賭したのは、かげがこのことに気付いて放電を止めることだった。
 本能のみで戦うかげだが、全く戦況を把握していない訳ではない。
 わたるの動きを見ながら人縦横無尽に動き回っては突撃を繰り返す――単純ではあるがそこには間違い無く何らかの「意図」があった。

 更に、状況によってはしんを増幅させて自らを強化する。
 ならば彼が捕縛されたら、逃れるべくわたるを振り解こうとするはずだ。
 更に、放電が逆効果だと気付けば自らの力だけで藻掻く筈。
 わたるはそこまで読んだ上でかげの突撃をえて受け止めたのだ。

(放電を続ければぼくを殺すことは出来るかも知れない。だが、そこまではしてこないだろうと思っていた。本能で戦うこいつは目の前の状況に対処はしても、二手三手先まで読んだ上でメリットとデメリットをてんびんに掛けたりはしない。拘束を解くよりもぼくを仕留める方を優先はしないと思っていたが、賭けに勝ったな)

 わたるかげを全力で押さえ込む。
 しんを加味したりよりよくでは、今はまだわたるかげを上回っている。
 このままでは、かげわたるの拘束を解けない。

「さあどうする? どうするんだ、ええ?」

 かげは獣のようなうめごえを鳴らす。
 今の膂力ではどうしてもわたるを振り払うことは出来ない。
 かといって放電では、わたるの筋肉を硬直させるだけだ。
 ならばかげに残された手段は一つしか無い。

「ウ……ヴァアアアアアアッッ!!」

 かげしんを増幅させ、りょりょくを上げようとほうこうする。
 その時だった。
 わたるかさず瓶のふたを開け、かげの口の中にそうがんを一錠押し込んだ。

「何!?」
「良し! よくやったぞ、さきもり君!」

 二人の戦いを脇見していたおとも、かげの口内にそうがんが入ったところをしっかりと目撃した。
 後はかげんでしまえば、勝負は決する。
 わたるかげの頭を上向きにし、口内に手をんだ。

「吐くな! 飲め、呑み込め!」

 わたるは思い出す。
 ことにそうしたように、そうがんを強制的にえんさせられればどれ程良かったか。
 しかし、わたるは自分に出来ることをやるしか無い。
 技術の有無を嘆いてはいられないのだ。

「ン……グッ……!」

 かげの喉が動いた。
 そうがんが食道を通って胃へ落ちたのだ。
 かげの身体から力が抜けていく。

「やった!」

 かげはそのまま目を閉じ、わたるに身を預けたまま意識を失った。
 しんを喪失し、本能のままに無意識下で戦うことが出来なくなったのだ。

「ふぅ……」

 わたるは安堵と同時に身体の力が抜けた。
 ここまでの戦いで相当消耗してしまっている。
 かげの無力化に成功し、気が抜けてしまったのだ。
 かげの身体はその場に倒れ伏した。

さん、すみません。後は頼みます……」
「ああ、任せろ」

 わたるに声を掛けた。
 それを受け、おとにらける。

な、かげが敗れたのか……。殺さずに無力化したというのか……!」
おと、お前の負けだ」

 おとにじる。
 おとにもまた戦う術は残されていない。
 二人は今、全ての裏で動く「しんえいたいてんのう」を追い詰めていた。

「くっ、この場は……退散するしか無いか……」
「悪いがそれは出来んぞ、おと

 撤退に切り替えようとしたおとに、は厳然と一つの事実を告げる。

「まさかきゆう、貴様……!」
「そうだ。おれはさっき、お前にこう命令したな。『自爆はするな』と。石化には失敗したが、あれは今も有効なんだよ」
「なんだと……!?」

 おとは焦燥の汗を額一杯に浮き立たせ、みする。
 しかし、はや彼には逃げることも出来ない。
 そうしんの大量消費により大幅に力を落とした今、の速度を振り切ることは出来ないだろう。

「おのれ、こんなことが……!」
「さあ、観念しろおとせい!」

 わたるもまた気力を振り絞っておとに迫る。

「もう逃げられませんよー」
びやくだん、お前今頃になって……。調子の良いやつだな」

 びやくだんもワゴン車を降りて参戦した。
 取り囲まれたおとは最早彼らの手に落ちたも同然である。
 しかし、その時だった。

『失敗したのか、おとよ』

 何処どこからともなく、聞き覚えのある声が響いてきた。
 わたるびやくだんは同時に空を見上げる。

「その声は……!」

 わたるが名を呼ぶ前に、一人の偉丈夫が何処からともなく地上へと降り立った。

「手を貸そうか、おと
つきしろさく!」

 あらわれたのはおとの同志・つきしろさくだった。
 傷だらけのその姿は、彼がここへ来る前に誰かと死闘を繰り広げていたことを雄弁に物語っていた。

「退くぞ、おと。我々はこんな所で終わる訳にはいかん。我々にはすべき悲願、向かうべきらくえんがあるだろう」
つきしろ、助かったよ……」

 つきしろは一歩ずつゆっくりとおとの側へと歩み寄っていく。
 しかしその歩みは如何にも弱々しく、とても戦える状態ではなさそうだ。
 奸計の幕引きを告げるように、秋の風が緩やかに吹き込んでいた。
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