日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十三話『枯死』 急

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 しんえいたいてんのうの三人が去ったホテルの駐車場では、が次の指示を出す。

さきもり君、そのままびやくだんを館内へ頼む。おれまゆづき君に電話をしてからどうじようかげを運び込む。こうこくの皆さんも、部屋へ戻っていてください」
わかりました」
「うぅ、さきもりさん、お役に立てなくてすみませんー……」

 わたるびやくだんに肩を貸してホテルの入り口へと歩き出す。
 脇では放心状態のが手を貸して起き上がらせていた。
 色々と衝撃的な襲撃だったが、あと一つだけ問題が残されている。
 はホテル内で待機しているまゆづきに電話を掛けていた。

まゆづき君、突然呼び出して済まなかった。頼みにくいが、もう一つだけ厄介事を引き受けてくれないか?」
『もう一つ、ですか?』
「ああ。ずみふたの安否確認だ」

 戦いの中で、おとふたを使ってことをこの場から引き離したと言っていた。
 彼の口振りではふたに手は出していないとのことだが、言葉の裏を読まずに放置しておく訳にも行くまい。

 とはいえ、現状でが動かせるのはまゆづきしか残っていない。
 戦いで傷付いたわたるびやくだんも動ける状態ではないだろう。
 あぶしんは気絶した椿つばきようから離れられない。
 ただ一手が空いているのがまゆづきなのだ。

ずみさんの居所に心当たりはあるんですか?』
「申し訳無いが手掛かりは一切無い。うる君と連携し、手分けして探してくれ」
『またちやを言いますね……』
「すまん……。だが、頼まない訳にも行かない」
『解りました。乗りかけた船ですし、やってみましょう』
「ありがとう、恩に着る」

 は電話を切った。
 そして、かげを抱えてわたる達の後へと続く。

さん、あいつらのことですけど……」
「ああ……」

 戦いの終わりに、彼らはしんえいたいてんのうの成り立ちともくを本人達から聞かされた。
 彼らの言うとおりだとすれば、身の毛のつ様な恐怖と、途方に暮れる様な壮大さをはらんだ事実である。

 日本の歴史の中、おのおのの時代で天皇に恨みを持つ者達の集まり。
 彼らは永遠の命の中で、ずっと日本人を根絶やしにする機会をうかがっていた。
 その陰謀の果てにこうこくを動かし、様々な世界で日本を吸収させ、この世界でも日本国との間に争いの火種を生んだ。
 そして講和が見えた今になってなお、新たなじんのうを使って計画を継続しようとしている。

「こうなってくると、もう我々だけの手に負える話ではないだろう。やつらのじようと目的は判明した、それをもつて捜査は終了とするべきだろうな」
「ええ、そうでしょうね……」
「残るはしゆりようДデーことどうじようふとしおおかみきばしゆかい唯一人か……」

 どんてんが重くかる、暗い昼下がり。
 いんうつな雲は彼らの居場所を侵そうとしていた。
 ろうこんぱいの彼らに、不吉な花束と不穏な影を贈る様に。
 太陽を仰ぎ見る大地の人々に、枯れ果てた死をもたらさんとしているかの様に……。



    ⦿⦿⦿



 時を少しさかのぼる。
 さきもりわたるきゆうからの電話を受け、ように会いに行く少し前の話だ。

 ずみふたは記者・綿わたぬきから再び取材を受けるべく、待ち合わせ場所の喫茶店「かな」に向けて家を出た。
 なんでも、今度は特別警察特殊防衛課そのものの違法活動について話を聴きたいということらしい。
 かつての友を売る葛藤が無いではなかったが、ふたえて受けることにしたのだ。

 わたることも目を覚ますべきだ。
 そのためには、自分がに異常な連中と付き合ってきたのかを徹底的に教える必要がある。
 それは善意というよりは、自分の正しさを思い知らせる欲求から来る行動だった。

 しかしそんな彼女は、家を出てすぐに男達と遭遇した。
 最初にふさがったのはつきしろさくである。

「ここまでちるとはな。見下げ果てた女よ」

 つきしろの姿に、ふたあと退ずさった。
 二メートルに迫る筋骨隆々の大男の威圧感は、ふたに強い恐怖を与えたのだ。
 しかし、そんな彼女の背後から別の男が声を掛ける。

ぼくは別に、あれ以上の情報を売ってくれとまでは頼んでないんだけどな……」
「大恩あるはずの者達を積極的に売るらちものめが」

 立往生を余儀無くされたふたは、つきしろに首根っこをつかまれてしまった。
 偉丈夫に抑えられたふたは悲鳴を上げようとした。
 しかし、その口もすぐにおとてのひらふさがれた。

「悪いがきみのことを利用させてもらう。うることを呼び出し、彼女を一人にする為にね。悪いが電話を借りるよ」

 初めは恐れていたふただったが、おとにスマートフォンを取り上げられると、しさが上回って眉をひそめた。
 同時に口を塞いでいた手も離れたので、仰ぎ見つつ冷めた声で彼に告げる。

わたし、もううるさんの番号もアドレスも消しちゃったし、着信も拒否してるから連絡は取れないよ」
「御心配無く。ちらには電子機器を操る能力者が居る」

 おとは自信の背後から一人の青年の手を掴んで差し出した。
 その顔はふたも見覚えがある。

どうじようかげ……!」

 忘れる筈も無い、ようの弟・かげの姿がそこに在った。
 ふたこうこくで彼に助けられている。
 また、彼が自動車や飛行機を操縦する程に機械の扱いにけていることも覚えていた。
 かげの指から電流がふたのスマートフォンに注がれる。

「電子媒体の記録というのは表面上消したようでも内部にしぶとく残っているものさ。それに、着信拒否は解除すればいいだけの話だ」

 おとはあっさりとふたのスマートフォンのロックを解除し、復活させたデータからことに電話を掛けた。
 そして何やら挑発を告げると、通話を切ってふたにスマートフォンを返した。

「さ、終わったよ。では、ぼく達はこれで」
「え? 行かせてくれるの?」

 ふたは意外に思った。
 てっきり自分を人質にするのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「だって、本当に預かってしまったんじゃ戦って奪い返されてしまうだろう? それじゃ駄目なんだよ」
「貴様には我々とは無関係に、自由行動してもらう方がかえって良いのだ。あの女は貴様を必死で探し回るだろうからな」

 つきしろは険しい表情で見下ろしていた。
 まるでこれからの苦難を予想して覚悟を決めているようだ。
 しかし同時に、それは彼女に対する軽蔑のまなしでもあった。

うるの負担を少しでも減らすならば、このまま家に帰ることだ。そうすればあの女は早い段階で探しに来るだろうし、あんさせることが出来るだろう。記者には取材を断る連絡を入れるが良い」

 ことの為、そう言われると今のふたますます迷わなくなる。
 ふたは彼女を見下ろすつきしろに強い口調で要求した。

「用が無いならどいてくれない? 約束があるから」
「……そうか。それが貴様の答えか……」

 つきしろは心底汚らわしいものを見る目を向け、道を譲った。
 彼女はそんなことを気にもとどめず、わざとらしく足を踏み鳴らしてつきしろの目の前を通り、待ち合わせの喫茶店へと向かった。

な女だ」
「全くね」

 おとふたの後ろ姿を見ながらケラケラと笑った。
 そんな彼に、かげは珍しく抑揚のある声で尋ねる。

「ウウウ……言ワレタ通リニシタ。姉サンハ何処どこ?」
きみの姉なら一人で出頭するつもりだよ。嘗て苟且かりそめの仲間だった情に訴えて、自分だけ助かるつもりなのさ。ぼくらのところも手土産にするだろう。お前は姉に裏切られたのだ!」

 くして、かげおとによってさきもりわたる及びきゆうを襲撃する為の刺客に仕立て上げられた。
 そしてつきしろはこの後ことと相対し、戦いを挑むのだ。



  ⦿⦿⦿



 時を戻す。
 ずみふたは先月末に続き、取材を受ける為に待ち合わせの喫茶店へと向かっていた。
 スマートフォンで地図アプリを開き、現在地と目的地の場所を確認する。

(この辺、高校の近所だ……)

 フリーの記者・綿わたぬきに指定された喫茶店は、嘗てふたが通っていた高校の近辺に位置している。
 嘗て、うることきゆうが相席し、じんかいかいてんが襲ったあの喫茶店だ。
 ふたは入ったことが無かったが、たまに級友が話題にしていたことを思い出した。
 そう、嘗て仲が良かったわたることの記憶と共に。

うるさん……さきもり君……。初めての友達だったな……)

 秋の昼には、食堂のテラスで一緒に昼食をったものだった。
 弁当を持参していたふた、日替わり定食を頼んでいたわたる、そしてあんぱんばかり食べていたこと――取留めも無い話題に花を咲かせて日々が、昨日のことの様に思い出される。
 思えばあの頃が一番楽しかったかも知れない。

(今頃になってこんなこと……もう絶交しちゃったのに……)

 ふたは輝石の様な記憶を振り切る様に早足で歩いた。
 出来るなら、今日の取材は手短に済ませてしまいたい。
 この街に長居すると、押し寄せる懐かしい記憶に溺れてしまいそうだ。

(えと……まつぐ行って、次の角を曲がれば良いんだよね)

 ふたは画面を見ながら、前も見ずに急いでいた。
 なるべく景色にを向けたくなかった。
 しかし、やはり道を歩くときには周囲へ気を配るべきだろう。
 前をしつかり見ていれば、避けられる危険は沢山在るのだ。

「痛っ!」

 突然、誰かがふたと正面からぶつかった。
 余りの勢いに、ふたはその場に尻餅をく。
 よくあることだった。
 小柄なふたは頻繁に衝突されて吹き飛ばされ、そんな日常に少し嫌気が差していた。

「おい、歩きスマホしてんじゃねーよ」

 ふたは声に驚いて顔を上げた。
 今までぶつかってきた相手とは少し様子が違う。
 聞き覚えのある女の声、見覚えのある女の顔。
 相手は明確にふたを見下し、批難していた。

……さん……?」

 嘗てふたいじめていたと思われる同窓生・もその場にすわんでいた。
 ふたとぶつかったのは、よりにもよって一番嫌な相手だった。

「足くじいたじゃん、ふざけんなよお前さー」
「ご、ごめん……!」

 ふたあおめた。
 ただでさえ苦手な相手に弱みを作ってしまった。
 これからどんな嫌がらせを受けるかと思うと、吐き気が込み上げてくる。
 どうしてこんな所で出くわしたのかと、自分の運命を呪わずにはいられなかった。

 もつとも、二人の出会いは全くの偶然という訳ではない。
 はつい先程まで、まさにふたが向かっている喫茶店「かな」に姉と居たのだ。
 その姉というのが、ふたが取材を受ける記者・綿わたぬきである。
 はもうすぐ姉の取材相手が来るということで、一足先に帰路に就いたところだった。

「あーあ、こりゃ治療費と慰謝料たっぷりもらわないとなー」
「うぅ……」

 ふたは目の前が真っ暗になる思いだった。
 しかし、彼女にとって真に最悪の運命はこれではない。
 もっと別の、次元の違う厄災がひたひたと彼女に忍び寄っていた。

「グフフフフ、まさかおまけでもう一人女が付いてくるとは、運が我輩に向いてきたね」

 背後からの声に、ふたは背筋が凍り付いた。
 紳士を装っているが、邪悪さがにじている声――ふたはどこかで聞いたことがあった。
 ふたの頭上に視線をくぎけにし、目を見開いておびえている。

「こいつ知ってる……! 指名手配犯のどうじようふとし……!」

 どうじようふとし――そのが漏らしたその名に、ふたは恐る恐る振り向いた。
 加特力カトリックの正装を思わせる黒服を着た、さんくさひげの壮年男が、狂気をたたえた邪悪な笑みを浮かべて立っている。
 ふたはこの男を見たことがある。
 間違い無く、こうこくおおかみきばの訓練場を見学に来ていたしゆりようДデーどうじようふとしその人だ。

おとには感謝せねばなるまい。我輩の子を産む孕み袋を二つも差し出してくれるとは……」

 ふたは状況を察した。
 どうじようは自分をさらい、性奴隷として飼う為に此処へ来たのだ。
 しかし、ふたは自分でも恐ろしい程冷静に、この場を切り抜ける為の手立てを瞬間的に導き出した。

「え、何? あたし達、どうなっちゃうの?」

 は突然現れた凶悪犯への恐怖に動揺し切っていた。
 自然な仕草で立ち上がったふたの行動に気付いていない程取り乱している。
 ふたにとっては好都合だった。

さん、ごめんね」

 ふたはそう言い残すと、の足首を踏み付けてその場から走り出した。

「いぎっ!? ちょっとうそでしょ!? ずみ! 置いてくな! ふざけんなよお前!」
「おやおや、身代わりを残して逃げたか。まあ、我輩としては女が居れば誰でも良い訳だがね」
「嫌! やめて! 来ないで!」

 は尻餅を搗いたまま後退る。
 しかし、腰を抜かしたままで逃げられる訳が無かった。
 どうじようは狂気と欲望に顔をゆがめ、ふしくれった手を振り上げる。
 けがらわしい手がつかかろうとした、その時だった。

「ヌゥッ!?」

 突如、黒い影がどうじようの間に割って入った。
 一人の女が長い髪をなびかせ、どうじようの手を腕で止めていた。

うる……こと……!」

 どうじようの腕を振り払ったことは、彼の狂気に満ちた眼に対して冷厳な視線を返し、ぜんと立ちはだかっていた。
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