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第四章『朝敵篇』
第九十三話『枯死』 急
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神瀛帯熾天王の三人が去ったホテルの駐車場では、根尾が次の指示を出す。
「岬守君、そのまま白檀を館内へ頼む。俺は繭月君に電話をしてから道成寺陰斗を運び込む。皇國の皆さんも、部屋へ戻っていてください」
「解りました」
「うぅ、岬守さん、お役に立てなくてすみませんー……」
航は白檀に肩を貸してホテルの入り口へと歩き出す。
脇では放心状態の東風美に埜愛瑠が手を貸して起き上がらせていた。
色々と衝撃的な襲撃だったが、あと一つだけ問題が残されている。
根尾はホテル内で待機している繭月に電話を掛けていた。
「繭月君、突然呼び出して済まなかった。頼み難いが、もう一つだけ厄介事を引き受けてくれないか?」
『もう一つ、ですか?』
「ああ。久住双葉の安否確認だ」
戦いの中で、八社女は双葉を使って魅琴をこの場から引き離したと言っていた。
彼の口振りでは双葉に手は出していないとのことだが、言葉の裏を読まずに放置しておく訳にも行くまい。
とはいえ、現状で根尾が動かせるのは繭月しか残っていない。
戦いで傷付いた航も根尾も白檀も動ける状態ではないだろう。
虻球磨新兒は気絶した椿陽子から離れられない。
唯一手が空いているのが繭月なのだ。
『久住さんの居所に心当たりはあるんですか?』
「申し訳無いが手掛かりは一切無い。麗真君と連携し、手分けして探してくれ」
『また無茶を言いますね……』
「すまん……。だが、頼まない訳にも行かない」
『解りました。乗りかけた船ですし、やってみましょう』
「ありがとう、恩に着る」
根尾は電話を切った。
そして、陰斗を抱えて航達の後へと続く。
「根尾さん、あいつらのことですけど……」
「ああ……」
戦いの終わりに、彼らは神瀛帯熾天王の成り立ちと目論見を本人達から聞かされた。
彼らの言うとおりだとすれば、身の毛の弥立つ様な恐怖と、途方に暮れる様な壮大さを孕んだ事実である。
日本の歴史の中、各々の時代で天皇に恨みを持つ者達の集まり。
彼らは永遠の命の中で、ずっと日本人を根絶やしにする機会を窺っていた。
その陰謀の果てに皇國を動かし、様々な世界で日本を吸収させ、この世界でも日本国との間に争いの火種を生んだ。
そして講和が見えた今になって尚、新たな神皇を使って計画を継続しようとしている。
「こうなってくると、もう我々だけの手に負える話ではないだろう。奴らの素性と目的は判明した、それを以て捜査は終了とするべきだろうな」
「ええ、そうでしょうね……」
「残るは首領Дこと道成寺太、狼ノ牙の首魁唯一人か……」
曇天が重く伸し掛かる、暗い昼下がり。
陰鬱な雲は彼らの居場所を侵そうとしていた。
疲労困憊の彼らに、不吉な花束と不穏な影を贈る様に。
太陽を仰ぎ見る大地の人々に、枯れ果てた死を齎さんとしているかの様に……。
⦿⦿⦿
時を少し遡る。
岬守航が根尾弓矢からの電話を受け、陽子に会いに行く少し前の話だ。
久住双葉は記者・綿貫千紗から再び取材を受けるべく、待ち合わせ場所の喫茶店「金糸雀」に向けて家を出た。
なんでも、今度は特別警察特殊防衛課そのものの違法活動について話を聴きたいということらしい。
嘗ての友を売る葛藤が無いではなかったが、双葉は敢えて受けることにしたのだ。
航も魅琴も目を覚ますべきだ。
その為には、自分が如何に異常な連中と付き合ってきたのかを徹底的に教える必要がある。
それは善意というよりは、自分の正しさを思い知らせる欲求から来る行動だった。
しかしそんな彼女は、家を出てすぐに男達と遭遇した。
最初に立ち塞がったのは推城朔馬である。
「ここまで堕ちるとはな。見下げ果てた女よ」
推城の姿に、双葉は後退った。
二米に迫る筋骨隆々の大男の威圧感は、双葉に強い恐怖を与えたのだ。
しかし、そんな彼女の背後から別の男が声を掛ける。
「僕は別に、あれ以上の情報を売ってくれとまでは頼んでないんだけどな……」
「大恩ある筈の者達を積極的に売る不埒者めが」
立往生を余儀無くされた双葉は、推城に首根っこを掴まれてしまった。
偉丈夫に抑えられた双葉は悲鳴を上げようとした。
しかし、その口もすぐに八社女の掌に塞がれた。
「悪いが君のことを利用させてもらう。麗真魅琴を呼び出し、彼女を一人にする為にね。悪いが電話を借りるよ」
初めは恐れていた双葉だったが、八社女にスマートフォンを取り上げられると、莫迦莫迦しさが上回って眉を顰めた。
同時に口を塞いでいた手も離れたので、仰ぎ見つつ冷めた声で彼に告げる。
「私、もう麗真さんの番号もアドレスも消しちゃったし、着信も拒否してるから連絡は取れないよ」
「御心配無く。此方には電子機器を操る能力者が居る」
八社女は自信の背後から一人の青年の手を掴んで差し出した。
その顔は双葉も見覚えがある。
「道成寺陰斗……!」
忘れる筈も無い、陽子の弟・陰斗の姿がそこに在った。
双葉は皇國で彼に助けられている。
また、彼が自動車や飛行機を操縦する程に機械の扱いに長けていることも覚えていた。
陰斗の指から電流が双葉のスマートフォンに注がれる。
「電子媒体の記録というのは表面上消したようでも内部にしぶとく残っているものさ。それに、着信拒否は解除すればいいだけの話だ」
八社女はあっさりと双葉のスマートフォンのロックを解除し、復活させたデータから魅琴に電話を掛けた。
そして何やら挑発を告げると、通話を切って双葉にスマートフォンを返した。
「さ、終わったよ。では、僕達はこれで」
「え? 行かせてくれるの?」
双葉は意外に思った。
てっきり自分を人質にするのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「だって、本当に預かってしまったんじゃ戦って奪い返されてしまうだろう? それじゃ駄目なんだよ」
「貴様には我々とは無関係に、自由行動してもらう方が却って良いのだ。あの女は貴様を必死で探し回るだろうからな」
推城は険しい表情で見下ろしていた。
まるでこれからの苦難を予想して覚悟を決めているようだ。
しかし同時に、それは彼女に対する軽蔑の眼差しでもあった。
「麗真の負担を少しでも減らすならば、このまま家に帰ることだ。そうすればあの女は早い段階で探しに来るだろうし、安堵させることが出来るだろう。記者には取材を断る連絡を入れるが良い」
魅琴の為、そう言われると今の双葉は益々迷わなくなる。
双葉は彼女を見下ろす推城に強い口調で要求した。
「用が無いならどいてくれない? 約束があるから」
「……そうか。それが貴様の答えか……」
推城は心底汚らわしいものを見る目を向け、道を譲った。
彼女はそんなことを気にも留めず、わざとらしく足を踏み鳴らして推城の目の前を通り、待ち合わせの喫茶店へと向かった。
「莫迦な女だ」
「全くね」
八社女は双葉の後ろ姿を見ながらケラケラと笑った。
そんな彼に、陰斗は珍しく抑揚のある声で尋ねる。
「ウウウ……言ワレタ通リニシタ。姉サンハ何処?」
「君の姉なら一人で出頭するつもりだよ。嘗て苟且の仲間だった情に訴えて、自分だけ助かるつもりなのさ。僕らの棲み処も手土産にするだろう。お前は姉に裏切られたのだ!」
斯くして、陰斗は八社女によって岬守航及び根尾弓矢を襲撃する為の刺客に仕立て上げられた。
そして推城はこの後魅琴と相対し、戦いを挑むのだ。
⦿⦿⦿
時を戻す。
久住双葉は先月末に続き、取材を受ける為に待ち合わせの喫茶店へと向かっていた。
スマートフォンで地図アプリを開き、現在地と目的地の場所を確認する。
(この辺、高校の近所だ……)
フリーの記者・綿貫千紗に指定された喫茶店は、嘗て双葉が通っていた高校の近辺に位置している。
嘗て、麗真魅琴と根尾弓矢が相席し、崇神會廻天派が襲ったあの喫茶店だ。
双葉は入ったことが無かったが、偶に級友が話題にしていたことを思い出した。
そう、嘗て仲が良かった航や魅琴の記憶と共に。
(麗真さん……岬守君……。初めての友達だったな……)
秋の昼には、食堂のテラスで一緒に昼食を摂ったものだった。
弁当を持参していた双葉、日替わり定食を頼んでいた航、そしてあんぱんばかり食べていた魅琴――取留めも無い話題に花を咲かせて日々が、昨日のことの様に思い出される。
思えばあの頃が一番楽しかったかも知れない。
(今頃になってこんなこと……もう絶交しちゃったのに……)
双葉は輝石の様な記憶を振り切る様に早足で歩いた。
出来るなら、今日の取材は手短に済ませてしまいたい。
この街に長居すると、押し寄せる懐かしい記憶に溺れてしまいそうだ。
(えと……此処は真直ぐ行って、次の角を曲がれば良いんだよね)
双葉は画面を見ながら、前も見ずに急いでいた。
なるべく景色に眼を向けたくなかった。
しかし、やはり道を歩くときには周囲へ気を配るべきだろう。
前を確り見ていれば、避けられる危険は沢山在るのだ。
「痛っ!」
突然、誰かが双葉と正面からぶつかった。
余りの勢いに、双葉はその場に尻餅を搗く。
よくあることだった。
小柄な双葉は頻繁に衝突されて吹き飛ばされ、そんな日常に少し嫌気が差していた。
「おい、歩きスマホしてんじゃねーよ」
双葉は声に驚いて顔を上げた。
今までぶつかってきた相手とは少し様子が違う。
聞き覚えのある女の声、見覚えのある女の顔。
相手は明確に双葉を見下し、批難していた。
「曽良野……さん……?」
嘗て双葉を虐めていたと思われる同窓生・曽良野千果もその場に坐り込んでいた。
双葉とぶつかったのは、よりにもよって一番嫌な相手だった。
「足挫いたじゃん、ふざけんなよお前さー」
「ご、ごめん……!」
双葉は青褪めた。
ただでさえ苦手な相手に弱みを作ってしまった。
これからどんな嫌がらせを受けるかと思うと、吐き気が込み上げてくる。
どうしてこんな所で出くわしたのかと、自分の運命を呪わずにはいられなかった。
尤も、二人の出会いは全くの偶然という訳ではない。
千果はつい先程まで、まさに双葉が向かっている喫茶店「金糸雀」に姉と居たのだ。
その姉というのが、双葉が取材を受ける記者・綿貫千紗である。
千果はもうすぐ姉の取材相手が来るということで、一足先に帰路に就いたところだった。
「あーあ、こりゃ治療費と慰謝料たっぷり貰わないとなー」
「うぅ……」
双葉は目の前が真っ暗になる思いだった。
しかし、彼女にとって真に最悪の運命はこれではない。
もっと別の、次元の違う厄災がひたひたと彼女に忍び寄っていた。
「グフフフフ、まさかおまけでもう一人女が付いてくるとは、運が我輩に向いてきたね」
背後からの声に、双葉は背筋が凍り付いた。
紳士を装っているが、邪悪さが滲み出ている声――双葉はどこかで聞いたことがあった。
千果は双葉の頭上に視線を釘付けにし、目を見開いて怯えている。
「こいつ知ってる……! 指名手配犯の道成寺太……!」
道成寺太――その千果が漏らしたその名に、双葉は恐る恐る振り向いた。
加特力の正装を思わせる黒服を着た、胡散臭い髭の壮年男が、狂気を湛えた邪悪な笑みを浮かべて立っている。
双葉はこの男を見たことがある。
間違い無く、皇國で狼ノ牙の訓練場を見学に来ていた首領Д・道成寺太その人だ。
「八社女には感謝せねばなるまい。我輩の子を産む孕み袋を二つも差し出してくれるとは……」
双葉は状況を察した。
道成寺は自分を攫い、性奴隷として飼う為に此処へ来たのだ。
しかし、双葉は自分でも恐ろしい程冷静に、この場を切り抜ける為の手立てを瞬間的に導き出した。
「え、何? 私達、どうなっちゃうの?」
千果は突然現れた凶悪犯への恐怖に動揺し切っていた。
自然な仕草で立ち上がった双葉の行動に気付いていない程取り乱している。
双葉にとっては好都合だった。
「曽良野さん、ごめんね」
双葉はそう言い残すと、千果の足首を踏み付けてその場から走り出した。
「いぎっ!? ちょっと嘘でしょ!? 久住! 置いてくな! ふざけんなよお前!」
「おやおや、身代わりを残して逃げたか。まあ、我輩としては女が居れば誰でも良い訳だがね」
「嫌! やめて! 来ないで!」
千果は尻餅を搗いたまま後退る。
しかし、腰を抜かしたままで逃げられる訳が無かった。
道成寺は狂気と欲望に顔を歪め、節榑立った手を振り上げる。
穢らわしい手が千果に掴み掛かろうとした、その時だった。
「ヌゥッ!?」
突如、黒い影が道成寺と千果の間に割って入った。
一人の女が長い髪を靡かせ、道成寺の手を腕で止めていた。
「麗真……魅琴……!」
道成寺の腕を振り払った魅琴は、彼の狂気に満ちた眼に対して冷厳な視線を返し、毅然と立ちはだかっていた。
「岬守君、そのまま白檀を館内へ頼む。俺は繭月君に電話をしてから道成寺陰斗を運び込む。皇國の皆さんも、部屋へ戻っていてください」
「解りました」
「うぅ、岬守さん、お役に立てなくてすみませんー……」
航は白檀に肩を貸してホテルの入り口へと歩き出す。
脇では放心状態の東風美に埜愛瑠が手を貸して起き上がらせていた。
色々と衝撃的な襲撃だったが、あと一つだけ問題が残されている。
根尾はホテル内で待機している繭月に電話を掛けていた。
「繭月君、突然呼び出して済まなかった。頼み難いが、もう一つだけ厄介事を引き受けてくれないか?」
『もう一つ、ですか?』
「ああ。久住双葉の安否確認だ」
戦いの中で、八社女は双葉を使って魅琴をこの場から引き離したと言っていた。
彼の口振りでは双葉に手は出していないとのことだが、言葉の裏を読まずに放置しておく訳にも行くまい。
とはいえ、現状で根尾が動かせるのは繭月しか残っていない。
戦いで傷付いた航も根尾も白檀も動ける状態ではないだろう。
虻球磨新兒は気絶した椿陽子から離れられない。
唯一手が空いているのが繭月なのだ。
『久住さんの居所に心当たりはあるんですか?』
「申し訳無いが手掛かりは一切無い。麗真君と連携し、手分けして探してくれ」
『また無茶を言いますね……』
「すまん……。だが、頼まない訳にも行かない」
『解りました。乗りかけた船ですし、やってみましょう』
「ありがとう、恩に着る」
根尾は電話を切った。
そして、陰斗を抱えて航達の後へと続く。
「根尾さん、あいつらのことですけど……」
「ああ……」
戦いの終わりに、彼らは神瀛帯熾天王の成り立ちと目論見を本人達から聞かされた。
彼らの言うとおりだとすれば、身の毛の弥立つ様な恐怖と、途方に暮れる様な壮大さを孕んだ事実である。
日本の歴史の中、各々の時代で天皇に恨みを持つ者達の集まり。
彼らは永遠の命の中で、ずっと日本人を根絶やしにする機会を窺っていた。
その陰謀の果てに皇國を動かし、様々な世界で日本を吸収させ、この世界でも日本国との間に争いの火種を生んだ。
そして講和が見えた今になって尚、新たな神皇を使って計画を継続しようとしている。
「こうなってくると、もう我々だけの手に負える話ではないだろう。奴らの素性と目的は判明した、それを以て捜査は終了とするべきだろうな」
「ええ、そうでしょうね……」
「残るは首領Дこと道成寺太、狼ノ牙の首魁唯一人か……」
曇天が重く伸し掛かる、暗い昼下がり。
陰鬱な雲は彼らの居場所を侵そうとしていた。
疲労困憊の彼らに、不吉な花束と不穏な影を贈る様に。
太陽を仰ぎ見る大地の人々に、枯れ果てた死を齎さんとしているかの様に……。
⦿⦿⦿
時を少し遡る。
岬守航が根尾弓矢からの電話を受け、陽子に会いに行く少し前の話だ。
久住双葉は記者・綿貫千紗から再び取材を受けるべく、待ち合わせ場所の喫茶店「金糸雀」に向けて家を出た。
なんでも、今度は特別警察特殊防衛課そのものの違法活動について話を聴きたいということらしい。
嘗ての友を売る葛藤が無いではなかったが、双葉は敢えて受けることにしたのだ。
航も魅琴も目を覚ますべきだ。
その為には、自分が如何に異常な連中と付き合ってきたのかを徹底的に教える必要がある。
それは善意というよりは、自分の正しさを思い知らせる欲求から来る行動だった。
しかしそんな彼女は、家を出てすぐに男達と遭遇した。
最初に立ち塞がったのは推城朔馬である。
「ここまで堕ちるとはな。見下げ果てた女よ」
推城の姿に、双葉は後退った。
二米に迫る筋骨隆々の大男の威圧感は、双葉に強い恐怖を与えたのだ。
しかし、そんな彼女の背後から別の男が声を掛ける。
「僕は別に、あれ以上の情報を売ってくれとまでは頼んでないんだけどな……」
「大恩ある筈の者達を積極的に売る不埒者めが」
立往生を余儀無くされた双葉は、推城に首根っこを掴まれてしまった。
偉丈夫に抑えられた双葉は悲鳴を上げようとした。
しかし、その口もすぐに八社女の掌に塞がれた。
「悪いが君のことを利用させてもらう。麗真魅琴を呼び出し、彼女を一人にする為にね。悪いが電話を借りるよ」
初めは恐れていた双葉だったが、八社女にスマートフォンを取り上げられると、莫迦莫迦しさが上回って眉を顰めた。
同時に口を塞いでいた手も離れたので、仰ぎ見つつ冷めた声で彼に告げる。
「私、もう麗真さんの番号もアドレスも消しちゃったし、着信も拒否してるから連絡は取れないよ」
「御心配無く。此方には電子機器を操る能力者が居る」
八社女は自信の背後から一人の青年の手を掴んで差し出した。
その顔は双葉も見覚えがある。
「道成寺陰斗……!」
忘れる筈も無い、陽子の弟・陰斗の姿がそこに在った。
双葉は皇國で彼に助けられている。
また、彼が自動車や飛行機を操縦する程に機械の扱いに長けていることも覚えていた。
陰斗の指から電流が双葉のスマートフォンに注がれる。
「電子媒体の記録というのは表面上消したようでも内部にしぶとく残っているものさ。それに、着信拒否は解除すればいいだけの話だ」
八社女はあっさりと双葉のスマートフォンのロックを解除し、復活させたデータから魅琴に電話を掛けた。
そして何やら挑発を告げると、通話を切って双葉にスマートフォンを返した。
「さ、終わったよ。では、僕達はこれで」
「え? 行かせてくれるの?」
双葉は意外に思った。
てっきり自分を人質にするのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「だって、本当に預かってしまったんじゃ戦って奪い返されてしまうだろう? それじゃ駄目なんだよ」
「貴様には我々とは無関係に、自由行動してもらう方が却って良いのだ。あの女は貴様を必死で探し回るだろうからな」
推城は険しい表情で見下ろしていた。
まるでこれからの苦難を予想して覚悟を決めているようだ。
しかし同時に、それは彼女に対する軽蔑の眼差しでもあった。
「麗真の負担を少しでも減らすならば、このまま家に帰ることだ。そうすればあの女は早い段階で探しに来るだろうし、安堵させることが出来るだろう。記者には取材を断る連絡を入れるが良い」
魅琴の為、そう言われると今の双葉は益々迷わなくなる。
双葉は彼女を見下ろす推城に強い口調で要求した。
「用が無いならどいてくれない? 約束があるから」
「……そうか。それが貴様の答えか……」
推城は心底汚らわしいものを見る目を向け、道を譲った。
彼女はそんなことを気にも留めず、わざとらしく足を踏み鳴らして推城の目の前を通り、待ち合わせの喫茶店へと向かった。
「莫迦な女だ」
「全くね」
八社女は双葉の後ろ姿を見ながらケラケラと笑った。
そんな彼に、陰斗は珍しく抑揚のある声で尋ねる。
「ウウウ……言ワレタ通リニシタ。姉サンハ何処?」
「君の姉なら一人で出頭するつもりだよ。嘗て苟且の仲間だった情に訴えて、自分だけ助かるつもりなのさ。僕らの棲み処も手土産にするだろう。お前は姉に裏切られたのだ!」
斯くして、陰斗は八社女によって岬守航及び根尾弓矢を襲撃する為の刺客に仕立て上げられた。
そして推城はこの後魅琴と相対し、戦いを挑むのだ。
⦿⦿⦿
時を戻す。
久住双葉は先月末に続き、取材を受ける為に待ち合わせの喫茶店へと向かっていた。
スマートフォンで地図アプリを開き、現在地と目的地の場所を確認する。
(この辺、高校の近所だ……)
フリーの記者・綿貫千紗に指定された喫茶店は、嘗て双葉が通っていた高校の近辺に位置している。
嘗て、麗真魅琴と根尾弓矢が相席し、崇神會廻天派が襲ったあの喫茶店だ。
双葉は入ったことが無かったが、偶に級友が話題にしていたことを思い出した。
そう、嘗て仲が良かった航や魅琴の記憶と共に。
(麗真さん……岬守君……。初めての友達だったな……)
秋の昼には、食堂のテラスで一緒に昼食を摂ったものだった。
弁当を持参していた双葉、日替わり定食を頼んでいた航、そしてあんぱんばかり食べていた魅琴――取留めも無い話題に花を咲かせて日々が、昨日のことの様に思い出される。
思えばあの頃が一番楽しかったかも知れない。
(今頃になってこんなこと……もう絶交しちゃったのに……)
双葉は輝石の様な記憶を振り切る様に早足で歩いた。
出来るなら、今日の取材は手短に済ませてしまいたい。
この街に長居すると、押し寄せる懐かしい記憶に溺れてしまいそうだ。
(えと……此処は真直ぐ行って、次の角を曲がれば良いんだよね)
双葉は画面を見ながら、前も見ずに急いでいた。
なるべく景色に眼を向けたくなかった。
しかし、やはり道を歩くときには周囲へ気を配るべきだろう。
前を確り見ていれば、避けられる危険は沢山在るのだ。
「痛っ!」
突然、誰かが双葉と正面からぶつかった。
余りの勢いに、双葉はその場に尻餅を搗く。
よくあることだった。
小柄な双葉は頻繁に衝突されて吹き飛ばされ、そんな日常に少し嫌気が差していた。
「おい、歩きスマホしてんじゃねーよ」
双葉は声に驚いて顔を上げた。
今までぶつかってきた相手とは少し様子が違う。
聞き覚えのある女の声、見覚えのある女の顔。
相手は明確に双葉を見下し、批難していた。
「曽良野……さん……?」
嘗て双葉を虐めていたと思われる同窓生・曽良野千果もその場に坐り込んでいた。
双葉とぶつかったのは、よりにもよって一番嫌な相手だった。
「足挫いたじゃん、ふざけんなよお前さー」
「ご、ごめん……!」
双葉は青褪めた。
ただでさえ苦手な相手に弱みを作ってしまった。
これからどんな嫌がらせを受けるかと思うと、吐き気が込み上げてくる。
どうしてこんな所で出くわしたのかと、自分の運命を呪わずにはいられなかった。
尤も、二人の出会いは全くの偶然という訳ではない。
千果はつい先程まで、まさに双葉が向かっている喫茶店「金糸雀」に姉と居たのだ。
その姉というのが、双葉が取材を受ける記者・綿貫千紗である。
千果はもうすぐ姉の取材相手が来るということで、一足先に帰路に就いたところだった。
「あーあ、こりゃ治療費と慰謝料たっぷり貰わないとなー」
「うぅ……」
双葉は目の前が真っ暗になる思いだった。
しかし、彼女にとって真に最悪の運命はこれではない。
もっと別の、次元の違う厄災がひたひたと彼女に忍び寄っていた。
「グフフフフ、まさかおまけでもう一人女が付いてくるとは、運が我輩に向いてきたね」
背後からの声に、双葉は背筋が凍り付いた。
紳士を装っているが、邪悪さが滲み出ている声――双葉はどこかで聞いたことがあった。
千果は双葉の頭上に視線を釘付けにし、目を見開いて怯えている。
「こいつ知ってる……! 指名手配犯の道成寺太……!」
道成寺太――その千果が漏らしたその名に、双葉は恐る恐る振り向いた。
加特力の正装を思わせる黒服を着た、胡散臭い髭の壮年男が、狂気を湛えた邪悪な笑みを浮かべて立っている。
双葉はこの男を見たことがある。
間違い無く、皇國で狼ノ牙の訓練場を見学に来ていた首領Д・道成寺太その人だ。
「八社女には感謝せねばなるまい。我輩の子を産む孕み袋を二つも差し出してくれるとは……」
双葉は状況を察した。
道成寺は自分を攫い、性奴隷として飼う為に此処へ来たのだ。
しかし、双葉は自分でも恐ろしい程冷静に、この場を切り抜ける為の手立てを瞬間的に導き出した。
「え、何? 私達、どうなっちゃうの?」
千果は突然現れた凶悪犯への恐怖に動揺し切っていた。
自然な仕草で立ち上がった双葉の行動に気付いていない程取り乱している。
双葉にとっては好都合だった。
「曽良野さん、ごめんね」
双葉はそう言い残すと、千果の足首を踏み付けてその場から走り出した。
「いぎっ!? ちょっと嘘でしょ!? 久住! 置いてくな! ふざけんなよお前!」
「おやおや、身代わりを残して逃げたか。まあ、我輩としては女が居れば誰でも良い訳だがね」
「嫌! やめて! 来ないで!」
千果は尻餅を搗いたまま後退る。
しかし、腰を抜かしたままで逃げられる訳が無かった。
道成寺は狂気と欲望に顔を歪め、節榑立った手を振り上げる。
穢らわしい手が千果に掴み掛かろうとした、その時だった。
「ヌゥッ!?」
突如、黒い影が道成寺と千果の間に割って入った。
一人の女が長い髪を靡かせ、道成寺の手を腕で止めていた。
「麗真……魅琴……!」
道成寺の腕を振り払った魅琴は、彼の狂気に満ちた眼に対して冷厳な視線を返し、毅然と立ちはだかっていた。
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大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
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とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
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