日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第四章『朝敵篇』

第九十三話『枯死』 破

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 ホテルのエントランスから三人の女が飛び出して来た。
 慌てふためいた様子で駐車場を駆けて来るごくを、とおどうあやひらつじが追い掛ける。
 彼女はこの場にしんえいたいてんのうが集まった光景にきようがくを隠せない様子だった。

ぞうじようてん様だけじゃない……もんてん様、それにこくてん様まで、どうして……?」

 この場の視線がに集まる。
 わたるには彼女が動揺しているその訳がわかった。
 慌ててこの場へやって来たことから察するに、おとどうじようかげと共闘している様子を見ていたのだ。
 それは彼女にとって信じられない光景だったに違いない。

 一方で、そんなが誇りに思っている「こうこく建国の導き手達」こと「しんえいたいてんのう」は、彼女を無感情に見据えていた。
 取分け、そうたる「こくてんうるみつなりは、まごを疎まし気に見ていた。

「そう言えば、お前はちらへ来ていたんじゃったな。すっかり忘れておったわ。命拾いしたのう……」
「命拾い……?」

 の顔が一気にあおめた。
 彼女は既に、自分の家族が何者かに襲撃されて鏖にされたことを知っている。
 目の前に居る曾祖父の口振りは、まるで自分がそれに巻き込まれなかったことを残念がっているかの様だ。
 いな、それどころか、もっと悪い想像も容易に想起させる。

「まあ良いわ、元々何も知らん愚かな小娘じゃからのう。ただちようはなよとおだてられて世界の中心が自分だと勘違いしているだけの、ごく家にとっての『愛玩人形トイ・ドール』がお前じゃ。掃除し損じたとしても大差は無いじゃろう」
「どういうことですか……?」

 震えるに対し、うるは侮蔑に満ちた嘲笑を向ける。
 それはおおよそ、自分を除いた家族のほとんどをうしなって弱っている肉親に対して向ける表情ではなかった。

「フン、わしは元々ごく家など作るつもりは無かった。最初の息子・いるだけが居れば事足りた。あやつさえ裏切らなければ、代わりの手駒を用意する必要など無かったのじゃ」
「代わりの……。いるって、めいひのもとうる家を作った大叔父様のことですか……? わたし達は……うるいるの代わりだって言うんですか……?」
「そう、ごく家はわしら『しんえいたいてんのう』の目的のために、暗躍する上での手駒とすべく作り上げたものじゃ。うるいるなどと名を変えてこうこくに盾突いたあ奴の、本来の役目を引き継がせる為にのう。あ奴の組織結成能力も、元々はその為にわしが仕込んだものじゃ。しかしうる家とごく家、両者が築き上げたものと成果を見るに、出来の違いは一目瞭然じゃのう

 うつむ、見下すうる――その対比関係は極めて残酷なものだった。
 立ち会うわたるは思わず拳を握り締める。
 けんしわを寄せ、不快感を隠せていない。
 そんな二人を尻目に、うるへ更に追い打ちを掛ける。

「その癖、ごく家は知り過ぎておった。わしら『しんえいたいてんのう』の真の目的をのう。有能でなくとも、手駒として使えるならば良かった。しかし、たびの戦争でやすはその無能を露呈させた。それがこうもくてんひめさまげきりんに触れて始末された。そして翻ってごく家をかんしたとき、やす以上にこうこく社会で出世している者がおらんではないか。無能な癖に秘密は知っている手駒など怖くて使えんし、負債になるだけじゃ」

 うるは年老いた顔を邪悪にゆがめて笑った。

「だから、一掃したのじゃ。このわし自らの手でのう

 瞬間、は絶叫してうるに殴り掛かった。
 曾孫の憤怒と殺意が存分に込められたこんしんの拳が曾祖父を襲う。
 だがうるはこれをやすかわすと、の首筋目掛けて手刀を振り下ろす。
 丸太であろうと両断出来る程の鋭い一撃だ。

 とつに、一人の男が彼女をかばった。
 の背中がうるの手刀に斬り裂かれ、痛々しい傷跡が刻まれていた。
 倒れ込んだうるにらみ上げる。

「こうも簡単に肉親を殺そうとするのか……! 血も涙も無い鬼とは貴様のことだなごくさぶろう、いや、うるみつなり!」
「当たり前じゃ。そもそも肉親とは、本来は己の死後に家を残す為に造り生かすもの。不死なる我らにとっては、ただ目的に利用する為のものに過ぎん。用済みになればてるまでよ」

 に返された視線は恐ろしく冷酷なものだった。

「おい、ろうぜきもの共」

 小柄な女貴族・とおどうあやが前へ出た。

「さっきから言うておる貴様らの『目的』とは何じゃ? 答えによっては貴様ら全員我の手で消してくれようぞ」
「六摂家当主か、この場で最も厄介なのはお前じゃろうのう。だが、とおどうあやの能力とはいえわし等の『そまつひ』に効くとは思わぬことじゃ」
「何?」
とおどうあや、お前の能力は自身にとって理にかなった別宇宙をこの場に召喚し、絶対的に有利な法則下で環境を制するというものじゃろう? しかし、そまつひとは抑も宇宙の理の外側に存在する力。故にお前の力は受け付けんのじゃよ」

 しんえいたいてんのう三人の周囲を薄黒い泡の様な皮膜が覆った。
 つきしろが腕を点に向けている。
 これはつきしろの能力ということか。

そまつひたたろう

 皮膜は少しずつ小さくなっており、つきしろの額から汗が流れる。
 どうやらこの皮膜を維持する上で無理をしているらしい。

こくてん、この状態では長くたん。話すなら手短に、さっさと話してしまえ」
「承知いたしました」

 うるは再びを向けた。

「先程も語ったように、ごく家はしんえいたいてんのうこうこくで暗躍する手駒として作ったものじゃ。全ては一つの壮大な悲願の為に、わしが日本国より世界の境界を越えて行き来し、こうこくの建国を助けたのはその為じゃ。こうこくの、じんのうの強大な力を利用し、世界をわしらにとってのらくえんへと導く為に……」
らくえんだと……?」

 わたるうるの言葉に、背筋を百足むかでうごめく様な強いむずがゆさを覚えた。
 らくえんという聞こえの良い目的が、何処どこまでも不穏でおぞましいもののように感じる。

「それは……どういう意味だ?」
「ヒヒヒ……」

 うるは目を皿の様に見開いた。
 血走った眼球に、百年以上も蓄え続けたかの様な狂気が宿っている。

「日本人の存在しない世界、日本の足跡が消え去った歴史だ! その為にこそわしこうこくに目を付けた! こうこくを動かし、汎ゆる世界で日本を吸収させ、そしてひとまとめに絶滅へと追い込む為にのう!」

 わたるは戦慄を禁じ得なかった。
 かつかみせいが高らかにうたい上げた、こうこくの行動原理にも大いに脅威を感じたものだったが、その裏には更に恐るべき悪意が潜んでいたとは。

 余りの物言いに、その場は静まりかえっている。
 わたるはやっとの思いで辛うじて尋ねた。

何故なぜ……そんな恐ろしいことを……」
ごく単純な理由じゃよ。わしらは恨んで恨んで、恨み尽くしておるからじゃ。日本という国の何たるかを象徴するみかど、天皇というものをのう

 うるの脇に控えるおとつきしろは眉間に皺を寄せ、憎しみに顔をしかめた。
 すさまじい表情だった。
 その皺の一本一本に、積年の恨みが刻まれているかの様だ。

わしらは皆、それぞれに生きた時代で帝から筆舌に尽くし難い無念を味わわされた。皇位をさんだつせんとする不届きなる怪僧のせいちゆうに尽力した恩人もろとも島流しに遭った者。二つに分かれた皇統の争いに巻き込まれ、武士としての生き方を奪われた者。そして、君側のかんを除き親政を築かんとする忠義を認められず、逆賊の汚名と共に処刑の裁きを下された者」
「じゃあお前らは本当に……奈良時代や南北朝時代から生きて、ずっと天皇を恨み続けてきたっていうのか……!」
「その力を与えられたのじゃ! こうもくてんひめさまのう!」

 うるは両腕をひろげた。

わしらは神なるとうえいに生まれ落ち、天の帝への愛のほのおを燃やす至高の忠臣! れど痛絶なる裏切りに遭いて愛はぞうに転じ魔の道へと至る! すなわち我ら『しんえいたいてんのうなり!」

 どんてんに雷が鳴り響いた。
 それはさながら、不遜なる三人に対して天が怒りたけっているかの様だ。
 しかし、雲は陽光を遮っている。
 よどんだ空は駐車場に不穏な影を落としていた。

「そうか……だが残念だったな」

 わたるうるに言い返す。

「頼みの綱のこうこくは、日本と講和を結びたがっている。こうこくを使って日本を滅ぼそうという魂胆ははや風前のともしだ。お前らの悲願はかなわない」
「そう思うか?」

 うるわたるの指摘を一笑に付した。

「何処までもおい奴じゃのう。忘れてはいまいか? 抑もこうこくは何を求めて世界を渡り、日本を吸収して回っているのか。六摂家当主・とおどうあや、お前はそれを知りながら交渉する中で、心苦しさは感じんのか?」
「三種の神器……!」

 そう、こうこくが日本国に戦争を仕掛けた目的、日本国を吸収しようとしている理由は、皇族のしんを安定的に継承するには三種の神器が必要だと言われたからだ。
 今回の交渉はその目的を棚上げにしており、ここが解決していない以上はその場凌ぎにならざるを得ないだろう。
 しかしこの時、とおどうは気が付いた。

「待て……それを先代じんのう陛下に伝えたのは、確か怪しげな巫女じゃった筈……。貴様らの言う『こうもくてんひめさま』とはまさか……!」
「それだけではないぞ。今のじんのうを産んだ卵子、それを提供した『りゅうすか』なる女もまた、ひめさまが手配したものじゃ。ならば今の展開もまた織り込み済みだとは思わんか?」

 稲光が空を覆った。

「予言しよう。世界一の超大国が甘やかしに甘やかした『絶対強者』、あの愚かな新じんのうは、いずれ日本人への愛を反転させて避け得ぬ滅びをもたらすじゃろう!」

 うるの言葉に誰もが息をんだ。
 取分け、こうこくの面々は強い衝撃を受けている。

 新じんのうが、かみえいが日本人の敵になる――その恐ろしさはこうこくの最上層こそ何よりも能く知っている。
 また、わたる達日本国の人間も彼の凄まじいはんらん鎮圧を目の当たりにしている。
 あの男が猛威を振るうとなると、確かにしき事態であるだろう。

「本当に……そんなことがあるというのか……!」
「それはお楽しみじゃ。しかし、ひめさまは既にその様に動いておる」

 しんえいたいてんのうを覆う薄黒い皮膜が急速にしぼんでいる。
 つきしろは再び片膝を突いていた。

こくてん、そろそろ終わりにしろ」
「これは失礼。では、そろそろ行きますかのう

 三人はその場でかかとを返した。
 そしてうるが両手を差し出すと、彼らの目の前に黒いもやが現れた。

そまつひしんのう

 おとつきしろが順に靄の中へと入った。
 二人の姿はその場からこつぜんと消えてしまった。
 うるもそれに続こうとする。

「待て!」

 わたるうるを呼び止めようとする。
 だが、満身創痍の彼らにはそれが精一杯だった。

「小僧共、お前達は今、歴史の枝の上におる。橿かしはらの地で芽吹いた大木のまつしようじゃ。だが、今や悠久の大木は枯れて死のうとしておる。わしらが枯らすのじゃ」

 うるは意味深なこと場を残して靄の中へと入っていく。

「長年励み続けた甲斐かいがあったわ。そまつひわしらに永遠の生を授けてくださったひめさまに、やっと報いることが出来る……」

 うるの姿は靄と共に消え去った。
 駐車場にはくたれ切ったわたる達と、大きな衝撃と傷を負ったこうこくの貴族達、そして利用されるだけされて棄てられたかげの身体が静かにたたずむばかりだった。
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