日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
322 / 339
第四章『朝敵篇』

第九十六話『無様』 序

 午後の光が差し込んでいる。
 目を覚ましたどうじようふとしの目に初めて映ったのは、石造りの白い鳥居だった。
 両脇にはこまいぬが鎮座している。
 秋の風が木々をざわめかせ、暗く分厚い雲が空を埋めていた。

(神社……だと……? 忌々しき日本風俗の象徴的施設……! 何故なぜ我輩が、よりにもよってこんな所に……)

 どうじようおぼろな記憶を辿たどる。
 首領補佐・おとせいの助言を受け、自らの魂を未来へつなための子を産ませる女として、ずみふたを手に入れようとしたはずだった。
 しかし、そこで邪魔が入った。

(そうだ! あの女、うること……! 我輩はあの化物に……!)

 全てを思い出したどうじようは、同時に全身の痛みを自覚した。
 すべも無く打ちのめされた体は、わずかに動かすだけで激痛にさいなまれ、満足に起き上がることも出来ない。
 寝返るだけでも苦痛で脂汗が滴り落ちる。

「はぁーっ……はぁーっ……」

 どうじようは焦っていた。
 つい先程まで気絶していたこと、おおが治り切っていないこと。
 そこから一つ、自らが置かれた状況に対する確信が生まれる。

まずい、まずいぞ。しんが失われておる。か、隠れなくては……! しんが戻るまで、かに身を潜めて大人しくしていなくては……!)

 どうじようふとしは生まれながらのしんの使い手である。
 彼自身が言っていたとおり、このような人間はとうえいがんを必要としない代わりに、一度しんを失うとその回復に長期間を要する。
 当分の間、彼はただの人間として超人的な力の一切に頼らず逃げ続けなければならない。

(ぐぅぅぅあの女め、ちやちやに暴行してくれおってぇ。って動くだけで全身が悲鳴を上げておるではないか。だがしかし、しくじりおったな。遠くへ蹴り飛ばしてくれたかげで、逃げられんこともなさそうだ……)

 ずりずりと、身長一九〇センチの男が芋虫の様に這いずっている。
 彼はどうにか狛犬の傍らまで辿たどいた。

ひとず……このままふくぜんしんでは日が暮れてしまう。何でも良いから支えにして立ち上がり、歩いて潜伏先を探さなくては……。まあ、この状態でも年寄りなら簡単に始末出来る。一人暮らしの老人の家を奪い取ってしまえば良い)

 どうじようは狛犬の台座にしがみ付き、全身の苦痛に顔をゆがめながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。

「ぐぐぐっ……! はぁーっっ……! はぁぁーっっ……!」

 台座に血と汗が滴り落ちる。
 清浄なる神域をけがしているこの状況、普段の彼なら愉悦に夢心地であろうが、今はそれどころでは全く無い。
 悲鳴を上げる四肢にかつを入れ、生まれ立ての子鹿の様に震えながら、必死の思いで体を動かす。
 どうじようは狛犬に体を預けながら、どうにか起き上がった。

(悔しいが、あの化物女を正面からたおすのは不可能と認めざるを得ん。だが我輩には無限に転生を繰り返す能力がある。あの女も今のじんのうも寿命を終えるまで世代を経て、その時こそを革命じようじゆの時とするのだ。今はしんしょうたん、我慢の時……!)

 どうじようはゆっくりと足を擦り動かし、歩き出そうとする。
 しかし、その時だった。
 彼の背後に、猛然と駆けて来る小さな影があった。
 そして、次の瞬間。

「うわぁっ!?」

 突如、どうじようは犬に激しくえられた。
 驚いた彼は足を滑らせ、辛うじて狛犬にしがみ付いた。
 後を向くと、そこには大きな傷を負った黒い大型犬だった。
 犬種はおそらくドーベルマンである。

「こらミッキー! 何やってるの!」

 飼い主らしき中年の女が慌てて駆け寄ってくる。
 どうやらリードを振り切られてしまったらしい。
 愛犬が突然走り出し、見ず知らずの他人に激しく吠えだしたとあっては、さぞかし驚いていることだろう。

 いや、彼女にとってどうじようは決して「見ず知らず」ではなかった。
 彼の顔を見た瞬間、彼女は愛犬が突如このような行動に出た理由を理解してどうもくした。
 ボロボロになってはいるが、特徴的なひげづらしようが無い。

「ど、どうじよう……ふとし……!」
「ぐっ、このばばあ!」

 彼女の正体ははらもみじどうじようが自ら拉致した少女・はらひなの母親である。
 愛犬「ミッキー」は、その際どうじように大怪我をさせられていた。
 それで、ミッキーはどうじようのことを覚えていたのだ。

 どうじようは焦っていた。
 もみじ一人だけならどうにでもなるが、大型犬は厄介だ。
 普段ならいざ知らず、しんを失ってまんしんそうの今では蹴散らすことなど出来ない。

「け、警察に! 一一〇番!」
「おいやめろばばあ! ブチ殺すぞ!」

 もみじはスマートフォンを取り出した。
 どうじようは焦る余り、紳士を装う鍍金めっきげて野卑なぞうごんを吐いてしまう。
 今警察を呼ばれては一巻の終わりである。

退け、この犬!」

 どうじようは犬を蹴ろうと足を出す。
 だが達人級の武術は見る影も無く、情けない蹴りが地面を打つばかりだった。

「ひぎぃっ!」

 当然、足からは激痛が上ってくる。
 どうじようは涙目で狛犬にしがみ付かざるを得なかった。

「あっちだ! 居たぞ!」

 そして、通報するまでも無く数人の警察官が駆け寄ってきた。
 うることの要請で、この近辺には既に捜査官が配備されていたのだ。

(ま、まずいっ……! まずいぞぉぉぉっっ!)

 どうじようは焦燥から心臓を激しくどうさせ、体中から汗を噴き出させた。
 しんを失ったばかりか大怪我を負っている今の彼では、警官を制することなど到底不可能だ。
 どうじようは狛犬にしがみ付きながら、どうにか裏側に回り込もうとする。
 何の意味も無いが、はや彼にはそれが精一杯だった。

「お巡りさん、こっち! こっちです!」
「御婦人、危ないですから離れてください!」

 数人の警官がどうじようもとへ駆け寄って取り囲む。
 その際、もみじは退避の指示に従ってその場を離れた。
 彼女の愛犬も、大柄な警官に抱えられてもみじに引き渡される。

どうじようふとし、大人しくしろ!」
「我輩に近寄るな!」

 どうじようは半狂乱となり、口角泡を飛ばしてわめき散らしていた。

「貴様らに我輩に手を出す権限は無い! 逮捕には令状が必要な筈だ!」
「逮捕状なら既にあるわよ」

 警官達の後から、一人の女が歩み寄ってきた。

「き、貴様は……!」
「久し振りね、どうじようふとし

 まゆづきが道場寺に向けて逮捕状を突き付けた。

貴方あなたが監禁していたびゅまんれいさんの証言にり、雑居ビル乗取りに際して多数の人間を殺害していることがわかっているわ。その他、不法入国から邦人拉致監禁まで多くの容疑が掛かっている。裁判所も迅速に逮捕を認めてくれたという訳よ」
「なっ……! くっ……!」

 どうじょうは何も言い返せなかった。
 彼は雑居ビルをてる際、殺害した遺体を放置して逃走している。
 つまり、現場には彼が大量殺人を犯した証拠がそのまま残っているに違いなかった。

「そういう訳だ。どうじょう、お前を連行する」
「ふざけるな! こんなことが……こんなことが許される訳が無い! 日本民族の浄化と真の革命に八十年も心血を注いできた我輩が! 悪を正すことだけを考え生きてきた我輩が! こんな目に遭って良い筈が無い!」
「話は署で聞く」
やかましい! 我輩は行かんぞ! からでも動かんぞぉっ!」

 どうじようは狛犬の後に隠れた。
 騒ぎに顔を出したぐうげんそうな顔でこの滑稽な様子を見ている。
 神域を穢れとけんそうに侵され、嘸かし迷惑に違い無い。

「どうします、まゆづき特別警察官」
「確保しましょう。見てのとおり、今の彼は無力化されています。通常の対処で問題ありません」

 まゆづきの言葉を受け、警官達は互いに顔を見合わせてうなずいた。

「良し、容疑者確保!」

 警官達がどうじようの体をつかみ、狛犬から引き離そうと引張る。
 どうじようは首を振り、ねる幼児の様に喚き散らす。

「やめろぉぉぉっ! 我輩に触れるなぁぁぁっっ! やめろぉぉぉっっ!! あああああああっっ! ああああああああああっっ!!」

 全力を振り絞って狛犬にしがみ付くどうじようだったが、抵抗むなしくその腕はがされた。
 血塗られた長い両腕がしやごり惜しむ様に空を切る。

 そして、警官の一人が手錠を掲げた。
 鳥居から降り注ぐ陽光が金属に反射し、ある種のこうごうしさすら感じさせる。

「あああぁぁやめろぉぉおおおぉっっ!! このっっ……いぬ共があああああああっっ!!」

 どうじようの腕に手錠が掛かった。
 こうこくを革命しようとした彼は、この異国の地で単なる凶悪犯罪者として逮捕された。

「十四時三十分、容疑者確保」

 そしてそのまま通常の法にのつとって裁かれ、二度とこうこくの地を踏むことは無いだろう。
 今に、そうせんたいおおかみきばは完全なる崩壊を喫した。

 かつこうこくの地にヤシマ人民民主主義共和国を建国した男・どうじようきみ
 その孫にして転生者・どうじようふとしは長年にわたって再度の革命を目指し、そうせんたいおおかみきばを率いて数々のろうぜきを働いてきた。
 しかしその末路は、くも惨めでざまなものとなった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

俺のレベルが常人では到達不可の領域にある件について ~全ユーザーレベル上限999の中俺だけレベル100億いった~

仮実谷 望
ファンタジー
ダンジョンが当たり前のようにある世界になって3年の月日が流れてずっとダンジョンに入りたいと願っていた青年が自宅にダンジョンが出現する。自宅の押し入れにダンジョンが出現する中、冷静に青年はダンジョンを攻略する。そして自分だけがレベル上限を突破してレベルが無尽蔵に上がり続けてしまう。そうしていづれは最強への探索者として覚醒する青年なのであった。

現代社会とダンジョンの共生~華の無いダンジョン生活

シン
ファンタジー
 世界中に色々な歪みを引き起こした第二次世界大戦。  大日本帝国は敗戦国となり、国際的な制約を受けながらも復興に勤しんだ。  GHQの占領統治が終了した直後、高度経済成長に呼応するかのように全国にダンジョンが誕生した。  ダンジョンにはモンスターと呼ばれる魔物が生息しており危険な場所だが、貴重な鉱物やモンスター由来の素材や食材が入手出来る、夢の様な場所でもあった。  そのダンジョンからモンスターと戦い、資源を持ち帰る者を探索者と呼ばれ、当時は一攫千金を目論む卑しい職業と呼ばれていたが、現代では国と国民のお腹とサイフを支える立派な職業に昇華した。  探索者は極稀にダンジョン内で発見されるスキルオーブから特殊な能力を得る者が居たが、基本的には身一つの状態でダンジョン探索をするのが普通だ。  そんなダンジョンの探索や、たまにご飯、たまに揉め事などの、華の無いダンジョン探索者のお話しです。  たまに有り得ない方向に話が飛びます。    一話短めです。

ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった

仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。 そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。