日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十二話『青血』 破

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 ディスコに戻ってきたことびゃくだんだったが、入り口周りにひとだかりが出来ていた。

「なんでしょう、妙なことになっていますね?」

 びゃくだんは首をかしげた。
 見たところ、どうやら店が閉まっている。

「あ、あげねえさん、それとお友達のも、戻って来たんスね」

 ディスコでナンしてきた男が二人に声を掛けてきた。

「おや、こりゃどうも。何かあったんですかね? この時間で閉まる事って無いと思いますが」
「それがね、聴いてくださいよ姐さん。なんでも、この辺に大変な人が来るってんで、一帯のゆうきょう施設全部閉めろってわれちまったらしいんスわ」
「ええ!? 誰なんですか、そんなちゃな事云うのは?」
「よっぽどの人なんでしょうね、詳しくは聞いてねっスけど」

 一体どれ程の人物が横車を押したのだろうか。
 急に臨時で店を閉めるというのは、その日の客入りだけでなく客の信用も毀損する恐れがあり、おいそれとれられる話ではないはずだ。
 ただ金を出せばてん出来る損害とは限らず、店も良い迷惑だろう。

「そんな訳で、飲み直しに誘いてえところっスけど、店開いてねンで今日は失礼するっスわ」
「そうですか、残念ですねー。またよろしくお願いしますー」

 びゃくだんナン男に手を振って彼の背中を見送った。
 ことは男に酒席へ誘われなくてほっとしていたが、びゃくだんが状況を分かっていないように思えたので、確認してみることにした。

びゃくだんさん、はあまり良くないですね」
「え? どういうことですか?」

 やはり、分かっていないらしい。

「どうもこうも、そのだいじんが来るっていうことは、また無用な面倒事に巻き込まれるリスクがあるってことですよ。それに、わたし達は本来、あまり表立って活動出来る身分じゃ無いでしょう。まあ既に目立ち過ぎていてそこはわたしも反省が要りますけれど……」
「でも、さんには動くなって言われていますよ」
「事情を話して場所を変えてもらいましょう。ちゃんと話せばわかってもらえますよ」

 びゃくだんは渋々に電話を掛けた。

「と、いう訳で、うるさんがどうしても場所を変えたいと……」
『それはうる君が正しいな。もっとも、彼女もそれが解っているなら最初のトラブルからして避けてもらいたかったが』
「あ、ですよねー」
『言っておくが、お前に責任が無い訳じゃないぞ。むしろ、そういう不可抗力を事前に防ぐためにお前を付けているんだ』

 びゃくだん本人が承知している責任の所在を、指示したが解っていない筈も無かった。

かく、事情は分かった。おれは今、既にそちらへ向かう電車を待っている。このまま統京駅で降りるから、中央改札口前で落ち合おう』
「了解しましたー」

 びゃくだんは電話を切ると、胸をろした。

「いやあ、今日は一寸ちょっと小言を言われるくらいであまり怒られませんねえ、機嫌が良いのかなあ?」
あきれて怒る気力が無いだけだと思いますが」
「そうですか、それは良いことですねー」

 びゃくだんはあまりにものんであった。

「あ、安心したらトイレに行きたくなっちゃいました。出発前にそこの小売店コンビニで済ませてきますね」
「あ、一寸」

 ことの制止も聞かず、びゃくだんはさっさとその場を離れてしまった。
 人混みの中、誰か相当な人物が来るという状況の中、ことは再び一人になってしまった。

(何だ、この胸騒ぎは……。こんな感覚は初めてだ……)

 ことは言いようの無い不安の暗雲が胸に立ち込めていくのを感じていた。
 それは今にも雷鳴となって鼓動を響かせるようとしている気がした。
 不眠の大都市は街灯とビルの明かりでまばゆいろどられているが、対照的にことは独り漆黒の闇の中でたたずんでいる様なこころもとなさに包まれていた。

(六年前、こうこくあらわれた時に似ている……。でも、これ程ではなかった。まるで、決して出会ってはならない何かが目と鼻の先まで近付いてきている様な……)

 全身の細胞が、速やかに此処を離れろと言っている。
 ふと、周囲を見渡したことは一つ違和感に気が付いた。
 いつの間にか、人集りが彼女の後方に移動している。

 その時、ことが振り返るとほぼ同時に、数発の銃声と悲鳴が駆け巡った。
 ことは人混みをけて音の方へと向かう。
 これだけの人が居る中で発砲されたとすれば周囲に危害が及ぶ可能性が高く、捨て置くことは出来ないと思ったからだ。

 だが、騒ぎの中心で待っていたのは、誰かを守るように群衆にふさがる二人の女だった。
 それぞれ、背の高い女が、ゴスロリ服とメイド服に日本刀を携えて周囲へ目を配っている。
 見たところ、ゴスロリ服の女は刀を使い終えて納刀したところらしい。

あたくしじゅつしきしんで不届きな鉛玉の速度は全て殺しましたわ。しきしまちゃん、後は宜しく頼むわね」

 妖艶に、余裕たっぷりに、ゴスロリ服の女が自らの成果を朗々とうたい上げた。
 彼女の言葉通り、足下には鉛玉が散らばっている。

「引き受けた、りゅういん殿」

 相方の指名を受け、メイド服の女は腰の刀に手を掛ける。

「逃げ隠れしても無駄だ! 銃弾の方向より、既にしゅにんは割れている!」

 いっせんすさまじい速度の踏み込みと抜刀により、雑踏に紛れていた一人の男がぶきを上げて倒れた。

「おのれ……体制の……そう共め……。これで終わりと……思うなよ……。おれの名前は……」

 瞬間、それ以上の発言をゆるさず、メイド服の女が暴漢の口に刃を突き立てた。

「貴様に名乗る資格は無い。己が何者なのかも、目的の如何いかんも、何一つとして明かせぬまま、誰一人にとて知られぬまま、生まれてきた事実さえもうしなってこの世から消えろ」

 女の無慈悲な始末に、周囲の群衆から歓声が上がった。

すがは近衛侍女様方! 格好良い!」
「過激派の凶悪犯にさわしい末路だ!」

 どうやらこの暴漢は、この場に来た高貴な人物の暗殺をくわだて、その意志をくじかれたらしい。
 わば反体制派のテロリストだが、この場の全員が死した暴漢を憎しみに任せて痛罵している。

こうこくではおん便びんな反政府活動など出来ない』

 ことこうこくへ来る前に聞いた母の言葉を思い出していた。
 尤もこと自身が懸念した様に、この場の者達は皆テロリストによって身の安全を脅かされたのだ。
 そんな相手を痛罵するのは当然の心理かも知れない。
 それに「テロリストに名を与えるな」と、暴力に訴えることを許さない原則を謳うのは、文明国として正しい態度ではある。
 
 しかし、反政府活動に対してこのように暴力で鎮圧され、更に民衆の憎しみもあるから真当に訴えることが出来ないのか、はたまた、過激な手段に訴えるから体制側も強権的な対応に出ざるを得ず、民衆の憎しみを買ってしまうのか。
 鶏が先か卵が先か、ことには計りかねていた。

 メイド服の女は暴漢の死体に背を向け、刀に付いた血を拭き取っている。
 そんな彼女に、ゴスロリ服の女が冷笑を浮かべて話し掛ける。

しきしまちゃん、走狗ですって。嫌ねえ」
「相変わらず、やつらのごとはいつまでっても同じだな、りゅういん殿」

 飛んでくる弾丸を完璧に無力化した女と、下手人を一瞬で切り伏せた女。
 だが、ことの注意はその二人に向いていなかった。

(違う。この二人は確かに強い。けれどもこの不気味な気配の主じゃない)

 ことは警戒を強めた。
 そして、それは間もなく姿を現した。

「終わったか……」

 二人の女に守られていたであろう男が、強烈な存在感を伴って人波を縦に割った。
 一目見た瞬間、ことは警戒していた相手がこの男だと確信した。

 その男は見目形からして既に次元の違う唯一無二の特殊性をこれでもかと示していた。
 
 二メートルは優に超えるであろう長身に、よろいの様な筋の塊をまとった肉の摩天楼。

 絹糸の様になびく長髪と、こまやかに整ったしょうが、白金色にきらめいている。

 茶金色に艶立つ肌に彩られた顔は身震いする程に美しい。

 左右色違いの、りゅうりょくしんにはどもえの様な瞳孔が穿うがたれている。

 唇は青みを薄らと帯びており、その下に雪色の歯がのぞいている。

 からすが施された袖無しの長い上着は、よく見ると白金プラチナの毛波が光沢を散らせている。

 所々からかいえるきょうじんな筋肉を宿した肌には、無駄毛が一本も見られない。

 まるで神話の世界樹の様におおしく、とぎばなしの魔王の様にうるわしく。

 誰よりも異様で、幻想的な姿をした男が、刹那にして辺りの空気を支配した。

「しかし、しきしまよ」
「は」

 偉丈夫は暴漢を斬殺したメイドに語り掛けた。

「何も殺すことは無いだろう」
「畏れながら申し上げますが、わたくしわたくしの仕事をすいこうしたまでで御座います。貴方あなた様を己が身命を賭してまもりいたしまする旨、他ならぬ貴方あなた様御自身により畏れ多くも拝命いたしております」
「それはそうなのだがな。しかしこの場の皆も血など見たくはあるまい。それに、はんぎゃく者といえども臣民の命だ。掛ける情けがあっても良いと思うのだが……」

 しきしまと呼ばれるメイド服の女は改まって頭を垂れた。
 そんな彼女に、もう一人のりゅういんと呼ばれるゴスロリ女がわずかにほほみ、助け船を出す。

「あまりしきしまちゃんを困らせてもわいそうですわ。確かに、少々苛烈であったかも知れませんが、全ては貴方あなた様を、いてはこの場の臣民を御守りする一心からの処断に違いありません。万に一つ、あの男の銃弾が臣民に流れたと思いますと、考えただけでも恐ろしいではありませんか?」
「成程、りゅういんの言うことも尤もだ。ならば詮方も無しか」
「恐縮の至りに御座います」

 深く頭を下げるしきしまを尻目に、りゅういんは暴漢の死体へと歩み寄った。

「では、この者のしかばねあたくしが処理いたしましょう」

 りゅういんは抜刀し、切っ先を軽く死体に当てた。
 すると死体は瞬く間にぐずぐずとなって腐り落ち、跡形も無い程に分解されて消えてしまった。
 正しく、しきしまが言った様に生きた痕跡さえも消されてしまったのだ。
 その様子を、偉丈夫はひどれんびんの情に満ちた眼で見詰めていた。

しきしまよ、教えてくれ。何故なぜこれ程素晴らしき国に誇り高き民族して生まれ落ちたにもかかわらず、愚かな叛逆者としてような末路を辿たどらねばならんのだ。かの者にも光り輝く一生が約束された筈ではなかったのか」
貴方あなた様のしんじんなるいつくしみが、必ずや迷える魂を、いずれ誉れ高き来世へと導くでしょう」

 偉丈夫は摩天楼に切り刻まれた小さな星空を見上げた。

「そう願いたいものだ」

 そんな彼らの許に、納刀したりゅういんが歩み寄った。

「終わりましたわ。さあ、哀悼も程々に、楽しい酒宴と舞踏会へ参りましょう。きっ貴方あなた様のぎょうけいを、皆楽しみにしておりますわ」

 りゅういんの言葉を聞いた偉丈夫は、先程とは打って変わってうれいのかけも無い笑みを花咲かせた。

「それもそうだ。これから宴を共にする臣民も、辛気臭い空気など望むまいな。流れく過去より先に来る未来に思いをせねば」
「しかし、かしこかしこみも申し上げますると、どうやら区長が気を利かせて辺りの店を全て貸し切りにしてしまったようです」
「なんだと、それは誠かしきしま。うーむ、民草と触れ合う為にとの思い付きなのだが……。かと言ってそこまでさせておいて今更取り消すのも難だな」
「でしたら、この場で人を集められてはいかでしょう」
「成程、良い考えだりゅういん。しかし、誰も彼も連れ行くわけにもいくまい。さて、どうしたものか……」

 偉丈夫は付き人の女二人とそんな会話を交わし、眼で周囲を物色し始めた。
 そして、間の悪いことに彼の柳緑花紅の視点がことと合ってしまった。

「おおおっ!? これはなんという巡り合わせだ!」

 偉丈夫は両眼を輝かせて、きょことへ近付けてきた。
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