日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十五話『激突』 急

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 一台の自動車があおもり州の道を走っていた。
 長い山道を抜け、大通りを走り、ようやく高速道路に差し掛かった、という頃合いである。

 運転席には「おうぎ」ことはた、後部座席に「しゅりょうДデー」ことどうじょうふとしとその息子・どうじょうかげ、助手席に椿つばきようすわっている。
 ひそかにある話題を期待していたが、しゅりょうДデーの口からはまだ語られていない。
 しゅりょうДデーの妻の好きだったという歌だけが沈黙を包み込んでいた。

ちらから催促するのも妙な話、今日のところは諦めるか……)

 がそう考え始めた、その時だった。
 しゅりょうДデーためいき交じりにつぶやく。

「この歌手も飽きてきたね」
ようで御座いますか。変えましょうか」
「いや、曲を止めてくれたまえ。出発前の話の続きをしよう。そういえば忘れていた」

 来た――の心臓が強く脈打った。
 いよいよ姉のことが聞けるかも知れない、そう思うと体が震えそうになる。
 しゅりょうДデーはそんな彼女の心持ちなど露知らず、曲の停止と共に語り始めた。

かつて、おおかみきばわがはいを含めて四人の指導者が居た。一人ははっしゅうなわげん、一人は秘中の秘で、はっしゅうでないきみには明かせないが、後一人は組織の別働隊『じょうさそり』を率いていた」
「別働隊、初耳です」
「あくまでも嘗ての話だからね。じょうさそりは武力闘争に特化した精鋭部隊だった。その隊長、名をふみといった」

 精鋭部隊、という言葉には息をんだ。
 姉ならば、そこに入っても何ら遜色はないだろう。

「では、わたり様が繰り上がる前に首領に次ぐ実力者だったのは、そのなる方?」
「いいや、彼はあくまでもリーダーを務めていたというだけで、その婚約者の女性がじょうさそりで最強だった」
「その者の名をかせていただいても?」

 はや、自然な問いを取り繕う事も忘れていた。
 目的が目の前に迫っているという確信があった。

はた。嘗て全国高校剣術大会で女性として初めて優勝した経験を持つ、新華族はた家の才媛。正式な結婚はしていないが、後にを名乗っている」

 やった――は震えた。
 だが喜ぶのはまだ早い。
 問題は姉の現状である。

「それで、『じょうさそり』は……その女性はどうなったのですか?」
「六年前の蜂起で壊滅したよ。ふみはたはもうこの世に居ない」

 つかどうもくし、そしてその表情をもんゆがめた。
 覚悟はしていた。
 はんぎゃく者としての道をえらんだ以上、既にちゅうされていても何らおかしくはないと。

 だがいざ現実として突き付けられると、姉を喪失した痛みが有刺鉄線を巻かれた様に胸を締め付ける。
 耐え難い悲しみの中で、怒りと憎しみがふつふつと湧き上がってくる。
 姉さんが、強く優しく美しい姉さんが、その気高さに付け込まれて下衆共に利用され、そして殺された。

「彼女は……虐げられる弱者にいつも手を差し伸べてきた……。そんな彼女が……どんな思いで命まで投げ出したか……!」

 の目から涙がこぼちた。

「なんだおうぎ君、きみは彼女とだったのかね。まあ、あれはあれでぜいじゃくだったのだよ。きみの様な庶民と違い、貴族というものはその育ちの時点で弱者を虐げる弾圧の罪を背負っている、それをれさせるのには苦労した。きみの思い出を否定するのは心苦しいがね。その割に、思っていた程の役にも立たなかった。宝を持ち腐れてしまったことは、わがはいも反省すべきかな」

 殺す――しゅりょうДデーの言い草に、は静かに沸騰した。
 己が組織の理念に殉じた者を、形だけでもねぎらいすらしないのか、その怒りが殺意となってを駆り立てる。

 そんなの殺気に、助手席のよう以外は気付く素振りも見せない。
 ようは密かに横目での表情を見ていたが、特に動こうともしない。
 しゅりょうДデーようかげと戦って勝てないので、ようのこの態度は当然だった。
 おそらくじゅつしきしんも、しゅりょうДデーは難なく破るだろう。

 そんな時、の助手席で電話端末が震えた。
 画面に表示された名前とメッセージは助手席からも後部座席からも死角になっており、だけが確認出来る。

〈岬守航の件で話がある。私はあなたの同類だ。折り返されたし〉

 送り主は行方不明となっているはっしゅうの一人・れんだった。
 さきもりわたる――その名前がおもとどまらせた。
 自分の同類、つまり間諜スパイとして話があるというは黙殺しない方が良いだろう。

「首領、この後かで休憩させていただきたく存じます。今の電話、どうやら折り返さなければならないようです」
「まあ運転も長いからね。それは構わんが、何かあったのかね?」
「はい、今問題となっている件で、少し……」

 まだちゃをする訳には行かない、わたるが無事に帰国したことを確認するまでは……。
 どうじょうふとし、それまでは命を預けておく――休憩拠点サービスエリアへと自動車を走らせた。



    ⦿⦿⦿



 とち州の森林地帯に着地したわたる達は、まずとの約束通りになおだまを破壊することにした。
 これで、わたりりんろう土生はぶあきなおだまを回収不能となり、そうせんたいおおかみきばはミロクサーヌ改を完全に喪失する。

 なおだまを囲み、そのことについてわたるは仲間達に相談した。
 ここで問題となったのは、誰がそれを行うか、である。

おれしか居ねえだろ……」

 手を挙げたのは折野だった。

「こいつァかなり頑丈だ。破壊するには結構なしんか適したじゅつしきが要る。今までの訓練から見るに、それが出来るのはおれ椿つばきくれぇのもんだ」

 だが、おりにはいくつかの問題がある。
 まず、おり椿つばきように不覚を取った傷がまだ癒えていない。
 その影響か、わたるに次いで彼の体からしんが消えていた。

さきもりとうえいがんしな」

 もう一つの問題点は、おりの人間性である。
 ここまでは利害の一致から共に行動していたものの、彼は人殺しの無法者である。
 力を得れば何をするかわからないのだ。

おり、本当にやってくれるんだな?」
「何をためってんだよ。ま、おれしんを身に付けたら困るよな? でも、おれは良いんだぜ? こんな物、別に放って置いても」

 わたるは渋々、おりとうえいがんを渡した。

「おい、大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だよ。おり、すぐにやってくれ」

 の心配をに、おりとうえいがんを口に入れた。
 彼の体にしんよみがえった。

「ククク、ありがとうよ」

 おりなおだまに手を当てると、ひびれてバラバラになった。
 彼のじゅつしきしんは、手で触れたものをひび割り破壊するという異能だ。

「こっちこそ、ありがとうおり。さて、じゃあさっまで野宿だ」
「あん? どういうことだ、野宿って」

 おりは首をかしげた。
 当然、なおだまを破壊したらすぐに街を目指して移動すると思っていたのだろう。

とうえいがんには用法上の注意点があってな。効果が切れた場合、次に飲むのは中一日空けないと、六時間しか効果が持続しないんだ」
「なんだと!?」

 おりは声を上げた。
 つまり、先んじてとうえいがんを飲んでしまったわたるおりは六時間で再びしんを失う、とっているのだ。

さきもりめやがったな……」
「そう言うな。とうえいがんの余りは後二つある。一錠はぼくが飲むけど、どうしても必要になったら最後の一錠を渡さないこともないさ」

 からもらったとうえいがんは、当初の人数に予備一つの八個、わたる以外の五人にとうえいがんが行き渡り残り三つ、その内の一つを今おりが飲んだから、残るは二つという訳だ。

「みんな、今日とうえいがんの効果が切れるはずだけど、明日は一日空けておいてくれ。明後日の朝、確実に二十四時間ってから飲もう」

 こうして、追加のとうえいがんを得るというおりたくらみはくじかれた、かに見えた。

(悪いなおり、お前のお陰で助かったのに。けどお前を好きにさせる訳にはいかない)

 後ろめたさを感じるわたるだったが、背後でおりは不気味な笑みを浮かべていた。

    ⦿

 日が沈みかけ、わたる達は予定通り野宿に入ろうとしている。
 その前にはらごしらえが必要と思い、わたるは準備を進めていた。
 食器にはミロクサーヌ改の破片を使う。

「出来てるか、家事担当?」

 採った山菜・釣った魚を包丁でさばわたるに、しんが話し掛けてきた。
 わたるはすぐさましんの狙いに気が付き、料理に伸びたしんの手を平手打ちで制した。

「へへ、バレたか」
「この一箇月でお前の厚かましさはよく解ったからな」

 わたるは食材を金串に刺し、集めた木材に点火棒で燃やして、料理に火を通し始めた。
 また、汲んで来た水もなおだまの残骸に溜め込んで煮沸しておく。

「ふーん、まあそれはどうでもいいんだけどよ」
「自分の行いを注意されて『どうでも良い』って云えるのも良い性格だよな」
「良いツッコミだな、さきもり一寸ちょっと妹みてえだ。ま、そんなことよりもよ……」

 しんは火にべられた魚と、熱される山菜に目を遣った。

「さっきから気になってたんだが、さきもり、その料理道具は何処から持って来たんだ?」
「え?」

 しんの疑問に、わたるは驚いて振り返った。
 わたるはその当然の疑問に気付いておらず、指摘されてぼうぜんとしてしまった。
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