日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十六話『颯爽たる姫騎士』 序

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 時を少し戻し、七月一日十五時頃。
 はたは自動車を休憩拠点サービスエリアに入れ、どうじょう親子から離れて一人になった。
 周囲を伺い、誰にも聞かれていないことを確認して電話を掛ける。

「もしもし、様。さきもりわたるの件、とはなる意味で御座いましょう」

 電話の相手はれん――そうせんたいおおかみきばの最高幹部「はっしゅう」の一人である。
 運転中、の電話端末はから「さきもりわたるの件で話がある」というメッセージを受け取っていたのだ。
 だが、そのメッセージには気になるもんごんがあった。

「それと『わたくしの同類』とは?」
貴女あなたそうぞうの通りですよ、はたさん』

 から返ってきた言葉に、は驚きと確信を抱いた。
 おおかみきばいて「おうぎ」の偽名を使っている。
 それを見抜き、本名を呼び掛けてきたということは、の潜入を見抜いているということだ。

「どうしてそれを?」
『失礼ですが、ちょうほうという分野に於いてわたしはプロです』
「では、様もわたくしと同様に?」
『はい。日本政府……失礼、めいひのもと政府のかたから密命を受け、おおかみきばという組織を探っておりました。もっとわたしの場合、名を偽る必要はありませんでしたがね』

 は再び周囲を見渡した。
 予感してはいたが、万に一つも聞かれてはならない通話だ。

『ここ一箇月は、我が国の拉致被害者を解放すべく動いていました。それで、脱出を敢行した彼らの安否を確認すべく土生はぶと連絡を取ったのです』
「結果はどうだったのですか?」
『十中八九、全員無事かと』

 はほっと胸をろした。
 土生はぶあきが搭乗したガルバケーヌ改の機動力が向上していると聞いた時から、ずっとわたる達の事は気掛かりだった。

「良かった……」
『そして忠告しましょう。はたさん、今すぐおおかみきばから離脱なさい。どうやら土生はぶ貴女あなたの裏切りを感付かれました』
「……どういうことですか?」

 プロを名乗るはいざ知らず、他の者に自分の正体を知られたというのはにわかに信じがたかった。
 特に、土生はぶがそこまで賢いとは思えない。

『どうやらさきもりわたるが頑張り過ぎたようです。何せ土生はぶのガルバケーヌ改を撃墜したのですからね。その操縦技術から、土生はぶさきもりわたるどうしんたい操縦のイロハをたたんだ者が居るという結論に達してしまった。そうなると、候補は貴女あなたしかいない』
ようで御座いますか……」

 は目を閉じた。
 どうやらの言う通り、彼女の潜入捜査はここまでらしい。
 探し求めていた姉の消息――その辿たどった末路も判明した。
 気に掛けていた者の消息――そのつかんだ活路も判明した。

 もう思い残すことは何も無い――やることがあるとすればあと一つだと、は己の胸に言い聞かせる。

『ですから、はたさん、これ以上おおかみきばと行動を共にするのは危険です。いつ貴女あなたに粛正の裁断が下ってもおかしくはない』
様、づかいありがとうございます。しかし、御心配には及びません。どうせ土生はぶは己の失態を自分から首領に報告などしません。どうにかしてわたりに責を押し付けようとするでしょう。その算段の間だけ、まだわたくしに猶予は残されている」

 がやり残したこと、それは姉のあだちに他ならない。
 もちろん、相手は逆賊としてちゅうした者ではない。
 姉を唆し、はんぎゃくの道にとしたしゅりょうДデーことどうじょうふとし、あの男だけは刺し違えてでも殺す――一度押し込めたふくしゅうしんが再び沸々と込み上げてきていた。

はたさん、何をお考えですか!』
わたくしじょうを調査済みでしたら、何のためにこんな組織へ潜り込んだかもおわかりではないですか? 目的は今し方達成いたしました。すなわち、わたくしにははや何も無いのです」
『お待ちなさい! 早まってはいけません!』
様、感謝いたします」

 に謝意を述べ、電話を切ろうとした。
 しかしそんな彼女の耳に滑り込む様に、の叫び声が聞こえてきた。

貴女あなたねえさまは生きています!!』

 の手が止まった。
 時が止まったような気さえした。

「今、何と?」
はたは生きている、と言ったのです! 確かな情報です!』
どうじょうは……姉は死んだと……そうっていましたが?」
『繰り返しますが、わたしは諜報活動のプロです。調査対象自身の情報網ですら掴みきれない、そんな事情にさえ通じる、そこにアマチュアとの差があるのですよ』

 の目に涙があふれた。

「信じて……よろしいのですね?」
『はい。そして、御姉様は最早おおかみきばへ戻りません。ですから、一刻も早く組織を抜けるのです』
「どうしてそれを……わたくしに?」
はたさん、貴女あなたは我が国民の恩人だ。その貴女あなたが誤解から命を落とすことなど許容出来ない。図らずもわたしの任務の協力者となった以上、貴女あなたの身の安全を確保することはプロとしてのわたしの責務です。どうか、生きてください』

 の心に火がともった。
 燃え盛るふくしゅうの炎が温かな希望の灯に変わったのだ。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 に心からの感謝を伝え、電話を切った。
 その時、彼女の背後で靴の擦る音が聞こえた。

「ふーん……。貴女アンタ、本名ははたっていうんだ。それに、さんも内通者だったんだね」

 が驚いて振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた椿つばきようが立っていた。

まずい、聞かれたか!)

 くなる上はようを始末して速やかに離脱するしかない――そう考えては構えた。
 しかし、ようが発したのは意外な言葉だった。

「良いって良いって、そんなに怖い顔しなくても。聞かなかったことにしてあげるよ。その代わり、あたし達のことはちゃんと送り届けてもらうよ。その後は勝手にしな」
「何……?」

 不可解なようの言葉に戸惑うは警戒を解かない。
 そんなに対し、ようは自分に従うよう促す。

「やめときなって。せっかくあの夜、さきもりやつに格好良く助けてもらったんだ。命は無駄にするもんじゃない。さきもり、それにそのなんとかってお姉さんが悲しむよ」
「成程。あの夜のことを知っているということは、貴女あなたわたくしじゅつしきしんは通用しない、と……」

 わたりりんろうに襲われた夜、彼女はこうてんかんの拉致被害者全員をじゅつしきしんで眠らせた。
 その効果は、わたるがそうした様に、強いしんか精神力で破ることが出来る。
 つまりようは、自身もまたじゅつしきしんを破ったと言外に伝えたのだ。

「まあね。勿論、弟やおやに試したところで同じだろうね」

 のうに疑念が渦巻く。
 ようはどういうつもりなのだろう。
 ひとずはいわ支部まで運転手として利用し、用済みになってから裏切り者として始末しようとしているのか。

「大丈夫大丈夫。本当に貴女アンタを告発する気は無いから安心しなって。あたしそもそも、組織や革命になんかこれっぽっちも興味が無いんだ。親父のことも嫌いだしね」

 は考える。
 確かに、椿つばきようどうじょうふとしの関係が良好では無い、というのは事実だろう。
 それはどうじょうも認めていたし、何より兄弟で姓が違うその名前が複雑な家庭事情を表している。

 勿論、だからといってようの言葉を素直に信じるには至らない。
 だがいつまでも態度を決めかねていられるという訳でもなかった。

「何の話をしているのかね、ようおうぎ君?」

 しゅりょうДデーことどうじょうふとしが二人のもとへ現れた。
 どうやら二人の会話は聞かれていないようだ。

「なんでもないよ、親父。電話が終わったみたいだから声を掛けただけ」

 ようは父親に見えぬよう、に向かってウィンクした。
 に選択肢は残されていない。
 ようの言葉をれなければこの場で戦うことになるし、裏切られればいわ支部で戦うことになる。
 助かる可能性は、ようが裏切らない場合のみである。

「はい、なんでも御座いません。では、参りましょうか」

 は一先ず、この過激派テロサーの姫に運命を預ける他無かった。
 覚悟を決め、再びいわ支部へ向けて自動車を走らせた。
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