日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十七話『奸計』 急

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 川岸に残された三人の内、憤慨していたはおりりょうである。

「畜生! あの野郎ふざけやがって! ずみさらったらおれの手が自由にならねえだろうが!」

 おりが向こう岸に向かってわめき散らすのは、極めて切実な事情からだ。
 六人の中で、彼だけは帰国を望んでいない。
 日本で待っているのは殺人犯として死刑回避が望み薄の裁判であり、日本政府の人間と接触する前にどうにかして姿を眩まそうと思っていた。

「やはり何かをたくらんでいたのかよ……」

 はそんなおりの様子にあきれていた。
 普段は皮肉的でこうかつおりが取り乱す様は滑稽に見える。
 何せ、見た目の体格に反してしんを持たないおりは彼らの誰にもかなわないのだ。
 そんな状況で逃亡など、最初から望むべくもない。

おり、諦めるのだよ。お前は公正な裁判をれるべきなのだよ」
「ああ!?」

 おりは激しい形相でにらける。
 自身の方が圧倒的に優位なはずが、そのすさまじい殺気にされた。

「ん?」

 いやは気付いた。
 不測の事態に冷静さを欠いたおりは一つのミスを犯したのだ。

おり、お前しんが……」
「しまった……!」

 自身のしんを隠蔽するのは高等技術である。
 内面への意識を常に高い水準で保っていなくてはならない。
 取り乱したおりはそれを怠り、しんを身に付けたという事実をばくしてしまったのだ。

「こうなったら!」

 おりまゆづきもとへ走った。
 両手が自由でない状態では戦っても不利だと判断し、彼女を人質に取ろうという判断だろう。
 だが、その時一人の男が三人の前に現れた。

「操縦士の小僧は追い掛けて行っちまったか。まあ良い、どの道あの餓鬼はわたりの獲物だ。おれは手前ら三人で憂さ晴らしさせてもらうぜ」

 土生はぶあきの巨体が川辺のじゃを踏み荒らした。
 おりも、敵襲に意識を向けざるを得なかった。

じゅつしきしん惨尽爆光装甲サンジンバッカーアーマー

 土生はぶの体が青白い光に包まれ、こんぺきのパワードスーツを身にまとった。

「言っておくが、このおれきゅうどうしんたいよりも弱いと思ったら大間違いだぜエ? おれは根っからの戦士で操縦士。じゅつしきしんも敵をはらう兵装なのさ!」
「くっ、おりも放っておけないが、こいつからやるしかないのだよ」

 にとって、難しい戦いが始まろうとしていた。



    ⦿⦿⦿



 くも研究所に足を踏み入れたわたるしんは二手に分かれた。
 二つの研究棟のどちらに双葉がとらわれているか、手分けして探すことにしたのだ。

 南館に侵入したわたるは、一階の部屋を開ける。

は……事務室か……」

 そこには個人計算機パソコンらしきものが並べられ、演算結果が表示されている。

こうこくの文明力だ、パソコンくらいあるか……。多分、別室のスパコンにつながってるんだろうな。何の研究施設なんだ?」

 おおかみきばの施設を破壊した関係で、少しだけこの研究所の用途が気になったわたるだが、今はふたを探す方が優先である。

ずみさん居るか? 居たら返事してくれ!」

 わたるは余計な興味を胸に押し込めて部屋を一回りする。
 この部屋が終われば別の部屋、一階が終われば二階、二階が終われば三階と、順々に部屋を巡っていく。
 だが、ふたの姿は一向に見付からない。

くそ、居ない……!」

 わたるは三階のサーバールームを後にした。
 一応、人が隠れそうな場所は一通り探した筈だが、ふたの姿は影も形も無かった。

「もう一巡したら、向こうの棟であぶと落ち合おう……」

 わたるは階段を降りていく。
 ここまで、わたるは一人として施設の人間を見ていない。
 考えてみれば、これは不気味なことだ。

(パソコンが動いていたってことは、はいきょじゃないんだよな? てっきりおおかみきばのアジトで、敵と遭遇するだろうと思って覚悟していたんだが……)

 わたるはそんな疑念を感じながら一階の廊下へ戻ってきた。
 わざわざ誘い込んでおいて、何も仕掛けてこないというのはいささか不可解である。
 それとも、わたるは全く見当違いの場所を探しているのだろうか。

「いや……」

 最初の事務室に再び足を踏み入れたわたるは、考えを改めた。
 そこではふたを攫ったものと同じ型のきゅうどうしんたいが待ち構えていたのだ。

「……何処どこに潜んでいたか知らないが、ずみさんもこの近くに居そうだな。さっき返事がなかったのはよく分からないが……」

 丸腰のわたるは構える。
 思い出すのは、六年前の学校占拠事件だ。
 あの時は、たまたま仲間割れした敵が残したパワードスーツでなんとかしのいだ。
 今は、全て自力でどうにかしなくてはならない。

(何か……武器が欲しいな)

 そうのうあやまった瞬間、わたるの手には日本刀が握られていた。
 いや、よく見ると刀身が薄らと光っており、普通の刀ではなさそうだ。

「やはりこれがぼくじゅつしきしんか。戦いにも使えるのは有難い!」

 わたるは刀を構えた。
 扱い方はよく分かっていないが、何も武器が無いよりははるかにマシである。

 きゅうどうしんたいが四本の腕をひろげ、机や個人計算機パソコンを蹴散らしながらわたるに向かって来た。
 二対の腕に備わったドリル・鎌に対し、ちらにあの時の装甲は無いが、むしろ脅威は薄かった。

「うおおおっ!!」

 速さは互角、だがわたるには数日前にわたりりんろうと戦った経験がある。
 死線をくぐけたわたるは、生身の戦闘勘があの時よりも格段にえていた。

 鎌の大振りを避け、敵の背後に回り込む。
 この型の機体は六年前に破壊した経験がある。
 わたるはあの時と同じように、刀をきゅうどうしんたいの肩口から深々と突き立てた。
 しんによって強化されたりょりょくは、六年前よりも遥かに容易に機体の内部を穿うがつ。

「ぶっ壊れろ!」

 わたるは床を踏締め、刃を引いて機体を切り裂いた。
 光る刃は驚く程の切れ味であっさりとあの「さつりくロボット」を破壊した。

 わたるは火花放電を散らす機体を蹴り飛ばした。
 かつての経験から、破壊されたきゅうどうしんたいがどうなるかは予想出来た。
 案の定、どうしんたいは爆発四散して破片や窓硝子ガラス、部屋の備品を飛び散らせる。
 わたるは机の影に身を伏せ、衝撃から自分の身をかばった。

て、早くずみさんを探さないと……」

 その時、わたるは床に映る巨体の影に気が付いた。
 どうやら敵は一機だけではなかったらしい。
 とっにその場から跳び退かなければ、わたるは振り下ろされた鎌で真っ二つにされていただろう。

すがにあれで終わりじゃないか……」

 わたるは膝立ちで刀を構えた。
 周りを見ると、ざっと十機のきゅうどうしんたいわたるを取り囲んでいる。

「これは……結構なピンチだな」

 ドリルの腕がわたるに襲い掛かる。
 わたるは刀身で軌道をらし、機体の懐に潜り込んだ。
 ドリルがさらったようで、左肩から血が流れる。

「ぐっ!」

 わたるは痛みを堪えながら機体を下から切り付けた。
 しかし、どうやら刃筋が悪かったらしく、機体に食い込んだ刀が途中で折れてしまった。

「駄目か!」

 わたるは蹴りで折れた刃を押し込み、脚をつかんで振り回し、周囲の敵機を殴打した。
 そしてジャイアントスイングの要領で機体を窓の外へ投げ飛ばした。

「ハァ……ハァ……そうくは行かないみたいだな。剣術の心得なんか無いからなぼくは……」

 そう言いつつも、わたるの手には再び同じ様な日本刀が握られていた。

「とはいえ、ここはこれで切り抜けるしかない……!」

 わたるは深呼吸して再び刀を構えた。



    ⦿⦿⦿



 所長室の自席に腰掛け、じがむらもりはモニターを見ながら咖哩カレーを食べていた。
 映し出されているのは、別館で戦うわたるきゅうどうしんたいの様子だった。

「うーん、これは自動操縦機能を改良する余地があるね。今一つ、同志土生はぶの操縦データを再現し切れていない」

 自機が次々と撃破される光景を前に、じがは余裕に満ちた様子で咖哩カレーに舌鼓を打っている。
 事務室の破壊も特に気にしてはいなさそうだ。

「それにしても、あの餓鬼の様子……。おそらく、無自覚にじゅつしきしんを使っている。つまり、第三段階に手が届きかけ、半覚醒状態に至っているということ。完全に覚醒されると面倒だな……」

 じがさじを皿に置いた。

「仕方が無い。今の内にぼくが出向いて始末しておくか」

 そうつぶやいて、面倒臭そうにじがが席を立った、その時だった。

「オラァッ!!」

 突然、扉を蹴破ってあぶしんが入って来た。

「な、なんだねきみは!」
「お、ボス部屋か? ラッキー!」
「ラッキーって、此処が所長室だと分かって来たんじゃないの!?」
「んにゃ、適当。昔からこういう時運が良いんだ、おれは」

 じがは頭を抱えてヒステリックに喚く。

「大体、いきなり扉を蹴破るやつがあるか! 土生はぶですら普通に入室したのに! どんだけ野蛮なんだよ!」
「お前だな。味方と敵が同じなわけないだろ」
「誰が莫迦だ!!」

 謎の口論を繰り広げるしんじがだったが、ふとしんは何かに気が付く。

「んん? お前、何処かで見たことあるな」
「ああ? 知る訳ないだろうきみの様な野猿!」
「いや、絶対会ってるって」

 しんは目を凝らしてじがを見詰め、そして思い出した様に手を打った。

「ああ! そうだ! 確かおれのことを攫いやがった連中に居たよお前!」
「何?」

 じがも目を凝らしてしんを見返した。
 そして、どうやあしんの言うことが事実であると認めたらしい。

「ああ、そうかそうだった! そういえば、ぼくが部下に指示して攫った一人はきみの様な野蛮人だったね!」

 武装戦隊・おおかみきばは日本国でわたる達を拉致した。
 その主導的な役割を果たしたのははっ衆の内四人である。
 わたりわたるまゆづきを、土生はぶおりを、しゅりょうДデーが自らはらひなを拉致し、内通者として椿つばきようを潜り込ませた。
 そして残る二人、このじがふたしんを拉致したのだ。

「そうそう、確かお前には家族旅行に水を差された恨みがあったよな。いや、弱そうな奴だったんでぶちのめすのも気が引けたんだが、そういうことなら遠慮は要らねえ。リベンジマッチってことになるし、まあそもそひとさらいの悪党だしな」
「何ィ?」

 じがけんしわを寄せた。
 彼は研究員であり、拉致も部下に指示しただけだが、はっしゅうの一員であり、戦闘能力も決して皆無ではない。

「お前なんかにめられる覚えは無い。邪魔で不愉快だからさっさと片付けて、もう一人も始末してやる」
「こっちの台詞せりふだ! さっさとぶちのめして、ずみちゃんの居場所を吐いてもらうぜ!」

 狭い所長室内で、二人の戦いの火蓋が切られようとしていた。
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