日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十九話『惡の華』 急

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 彼は、生きているのか、死んだのか。
 定かでない中、おりりょうの意識だけが誰にも聞こえない独白を並べる。

 ……ムカついていた。
 あの何とかって冊子を読み終えた時からだ。
 そりゃあ、都合良くおれさらって逃げるチャンスをくれたことは感謝すべきかも知れねえ。
 だが、やつらは無法を働いておいて正義を自称する。

 こうこくの政府が良いのか悪いのかは知らねえ。
 実際、この世界にあらわれてから大概な事をやらかしているから、巨悪だとは思う。
 だが、その巨悪と戦うなら自分はどんな事をしても正義でいられると思っているのか?
 それとも、自分達はこうこくに比べてちっぽけで弱いから?

 悪の反対なら正義だなんて、そんな簡単な訳ねえだろうが、くそが。
 善悪と強弱は全く別の概念だろうが、けが。

 大体、「そうせんたいおおかみきば」って何だ?
 自分たちを戦隊ヒーローだとでも思っているのか?
 片腹痛えわ。
 人間攫って戦闘員にしようとする悪の組織の癖しやがってよ。

 悪は悪の自覚を持って、高らかに己の悪行をうたい上げてこそだ。
 それも出来ねえかすが、やれ義賊だ、抵抗者だ、弱者だ、被害者だと、悪以外の何かを装おうとする。

 美学がねえよ。

 だが、そんなことにこだわる時点で、おれも悪としては半端者だったのかも知れない。
 そう自分に言い聞かせないと、悪行に言い訳をしてしまいそうで怖かったのかも知れない。
 自分はそこまで悪くないのではないかと、そんな思い込みに逃げてしまいそうで、恐ろしかったのかも知れない。
 気を抜くとありもしない期待を抱いてしまう弱い人間だと、どこかで自覚していたのかも知れない。

 けんしん、あいつのことは嫌いだった。

 あいつはおれのことを、最後まで「人殺し」とは呼ばなかった。
 裁判で罪が確定するまではあくまで推定無罪だと、そう拘っていたんだろう。
 おれ自身、罪を否定しちゃいねえのにな。

 どこまで真面目なんだか。
 まあ、それがあいつの通すべき筋だってことだろう。

 それと、さきもりわたる、あいつもふざけた奴だ。

 おれなんかさっさとてれば良いものを、日本に連れて帰ることに拘った。
 本当にうっとうしかった。
 のぞみ通り行かなくて残念だったな、と、心の底からわらってやりてえ。

 だがあいつは、それ以上にただものじゃない気がする。
 あの巨大ロボットでいきなり戦闘し、自分がとされる前提の賭けに出るとは、正気じゃねえよ。
 もしかしたら、遠くない未来に何かすげえことを成し遂げるのかもな。
 まあ、おれにはもう関係ねえけどな。

 そして、まゆづきおれには貴女アンタまぶしい。

 貴女アンタが何か、おぞましい物を胸に抱えていることはすぐに分かった。
 貴女アンタに比べれば、おれの内面など小者も良いところだったのかも知れない。

 互いの胸の内、秘められた邪悪を比べたら、わざわざ自分を悪だと意識しなければならなかったおれなんて、きっ吹けば飛ぶ様な存在だったのだろう。
 自分の悪を確固たるものとするために殺し・悪徳を積極的に重ねてきたおれなんて、屹度むし螻蛄けらの様につぶされる程度の存在だったのだろう。

 これ、言い訳だな。
 やっぱりおれくそ以下の存在だ。
 美学なんてがましい。

 そんな貴女アンタが、おれとは違ってまっとうな人間として生きていけることが、おれには心底眩しかった。
 到底かなわないと思った。

 貴女アンタおれの女神だったんだなあ……。

 だから、貴女アンタに不届きを働いたわたりやモヒカンがムカついたのかも知れない。
 確かに、さっさとの方を殺して逃げりゃ良かったよ。

 ……いや、多分おれはしなかっただろうな。
 どういう訳か、あいつらを殺そうとは思えなかった。
 さきもりわたりから助けた時、椿つばきあぶした時、墜落をどうにか回避した時、おれは自分でもくやったと思った。
 あの操縦席の球体を壊した時、最後にモヒカンをぶっ壊した時、おれがやらなきゃならねえと思った。

 どうしてかな?
 どうでも良いか。
 所詮、おれはその程度の下らない存在だったということだ。

 だが、おれは悪党として死ぬ。
 さいまで人を殺して死ぬ。
 小者なりに美学を貫けただろうか。
 女神様に一矢でも報いられただろうか。

 だからという訳じゃないが、まゆづきよ、貴女アンタ貴女アンタで、ずっとおれの女神でいてくれないか。
 真当な人間のままで、眩しすぎる存在のままで、その人生を全うしてくれないか。

 んでいたよ、貴女アンタに。

 嗚呼ああ、何だか自分が消えていく気がする。
 本当に死ぬんだな。

 ……何処どこだ?

 女神様の腕の中か。

 おかしいな。

 人間、死ぬ時は漆黒の闇に墜ちていくものだと思っていたが。

 ……。

 光りあふれて、眩しいなあ……。



    ⦿⦿⦿



    ⦿⦿



    ⦿



 川の細流せせらぎが沈黙に死別の音色を添えていた。
 おりりょうの死体を抱き抱えるまゆづき、傍らに立ち尽くすけんしん
 死んだ極悪人の顔に女の涙がこぼちる。

「この人ね、わたりひどくされたわたしを慰めてくれたの」

 まゆづきはいつかの夕刻を思い出す。
 処刑されかかったさきもりわたるや、なぶり物にされたはたの陰に隠れてしまったが、彼女もまたわたりに尊厳をにじられた。
 その傷に寄り添ったのが、今彼女の腕の中で眠るおりである。

「確かに、ろくでもない人だったと思う。でも、この人のお陰で助かったこともあったよね」

 けんしんが何も言えないのは、こうなった原因は自分だという自責の念からだろうか。
 自分に油断され無ければ、おりを解き放つ事も死なせる事も無かったかも知れない。

 まゆづきおりの目蓋を閉ざした。
 彼女が立ち上がってから、ようやく思い口を開く。

さきもりが来たらすぐに出発しましょう。おりの死を無駄には出来ない。宿に着いたら此処で起きた全てのてんまつを話す。そうして公的機関に処断を仰ぐ。それまでは、下手に現場をいじらない方が良いでしょう」
「そうね。死体遺棄になっちゃうかも」
こうこくの法律は分かりませんが、隠蔽を疑われるのは間違い無いでしょうね」

 まゆづきは天を仰ぐ。
 おりの最期の思いは、彼女に届いているのだろうか。
 いつだったか、おりは「内面はどうあれ、まっとうに生きる人間は真当なのだ」と告げた。
 まゆづきおりの為に出来るのは、真当に生き続けることだろう。

「変かな? わたし、この人のこと、そんなに嫌いじゃなかった」
「そういうこともあるでしょう。内面は人それぞれなんだから」

 川の細流せせらぎなさの旋律を奏でていた。



    ⦿⦿⦿



 くも研究所の地下室に足を踏み入れたわたるは、驚くべき光景を目撃した。
 混凝土コンクリート詰めの部屋一面に、大量の花が狂い咲いている。

「なんだこりゃ?」

 明らかに異様な光景だ。
 花の咲き方は明らかに部屋と不釣り合いで、元からこうだったとは到底考えられない。
 間違い無く、後から予定外に植え付けられたものだ。

「これは……まさか……」

 わたるは茎をけて地下室の奥へと進む。
 部屋の半ば程まで歩くと、二人の男がだらしのない半笑いを浮かべてあおけに倒れていた。

「いざ……闘……わん……」
「我ーらがーもーのォー……」

 どうやら、寝言で歌っているらしい。
 原因はこの花だろうか。

「どうなってんだ?」

 二人の命に別状は無さそうだ。
 奇妙な姿が気になりはしたものの、わたるは先程の気掛かりを確かめる為に奥へと進んだ。
 もし、この花が何らかのじゅつしきしんによって咲き乱れているとしたら……。

「あはははは、あはははははは」

 笑い声が聞こえる。
 わたるは最後の茎を掻き分け、地下室の最奥へと辿たどいた。
 そこで待っていたのは、何処か浮き世離れした笑みをたたえ、少女の様に朗らかな姿で舞い踊るずみふただった。

「く、ずみさん!?」
「あ、さきもり君」

 ふたは困惑するわたるに気が付くと、普段の彼女からは想像も付かないわくてきな表情で近寄って来た。

「ねえ見て、さきもり君、すごいでしょ?」

 ふたは誇らしげに腕を振るい、辺り一面の花を見る様に促してきた。
 まるで、立派な砂の城を作って見せびらかそうとする子供の様な振る舞いだった。

「これ、ずみさんがやったの?」
「そうだよ。わたし、今とっても気分が良いの。とても力が溢れて、何だって出来そう!」

 まるで美酒に酔いしれるかの様に妖艶な立ち振る舞いを見せるふたの様子に戸惑うわたるは、周囲に原因を探る。
 目に付くのは、壁際に二つ立て並べられた人間大のカプセルである。
 大量の配管と電線がつながれ、モニターと上下水に接続されたカプセルは、この場の全てをつかさどるかの様な存在感を放っていた。

「これは……」

 その時、わたるのうに人の気配がひらめいた。
 どうやら、二つのカプセルの中に誰かが入れられている。
 わたるは異様な気配をいぶかしんだ。

「そこに……誰か居るのか?」

 わたる何故なぜカプセルに問い掛けてみようと思ったのか、自分でも分からない。
 カプセルの中に人間が入っていたとして、声による意思の疎通など出来る様には見えない。
 だがその予想に反して、何かがわたるの意識に直接反応を返す。

『居ます、此処に居るのです』
『来てくれてありがとう。ぼく達はずっと、誰かを待っていた』

 同時に、二つのカプセルがゆっくりと扉を開いていく。
 中にはそれぞれ小さく非常によく似た少年と少女が鎮座していた。

 瞬間、わたるは自らの脳裡に記憶の本流がほとばしるのを感じた。
 特に少年の方は、かつて見たことがある気がする。

「桜色の……髪……?」

 嘗てうることの家で見た写真、そこに映っていた桜色の髪の少年。
 その彼とそっくりな顔の少年と少女は、両目を開きおもむろに立ち上がった。

「初めまして。貴方あなたさきもりわたるさん、ちらずみふたさん?」

 口を開いたのは少女の方だった。

わたしちらは兄のたか。男女ですが、元は同じ遺伝子から生まれた双子なのです。この『くも研究所』で生まれた、くもたかくも……」

 異様な双子の兄妹は、事態をめないわたるもとへゆっくりと歩み寄って来た。
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