日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第十九話『惡の華』 破

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 おりりょうが自由になった――それは土生はぶの双方にとってうれしくない状況である。
 基より拉致被害者全員と敵対しているはっしゅうの一人・土生はぶにとっては言うまでもない。
 加えて、拉致被害者の中でも唯一帰国を拒むという理外の不一致から、にとっても今やおりは味方でないのだ。

 おりの危険性は土生はぶよりも寧ろの方がく知っている。
 この男は平気で人を殺す性根の持ち主で、土生はぶの方が属性は近い。
 連続殺人事件を起こしたとされる被告人――その凶悪なる男はゆがんだ笑みを浮かべ、に向かって駆け出した。

「うわぁっ!!」

 は鏡の障壁を生成し、おりの行く手を阻む。
 しかし、おりじゅつしきしんの前では意味を成さない。

「無駄だ」

 おりは障壁に手を触れた。
 鏡に映ったおりの像がひびれ、障壁は粉々に砕け散る。
 触れたものにしんを送ることでひび割って破壊するおりの能力に対し、の能力は相性が悪かった。
 その破壊力は、おそらく土生はぶの切り札だった大光弾にも匹敵するだろう。

「くっ!」

 は死を覚悟した。
 既に鏡を生成出来る間合いの内側に入られている。
 薄い金属の刃で迎撃する他無いが、おりの腕はが動くよりもあつ倒的に速かった。

「邪魔だ!」

 しかし、意外にもおりを振り払うだけだった。
 はじばされたは尻餅をいたものの、大きなダメージは負わなかった。
 何故なぜじゅつしきしんを使わなかったらしい。

おり?」

 は驚いて顔を上げた。
 どうも、最初からおりの狙いはでなかったらしい。

 おりが向かった相手は土生はぶだった。
 距離はわずかだったが、土生はぶは素早く対応し、左手の指先をおりに向ける。

めるなよこの野郎!」

 土生はぶは指先から散弾を飛ばした。
 再びおりが爆煙に包まれる。

「ぐはあっっ!!」

 おり土生はぶの攻撃を正面かららった。
 つちぼこりの中から大の男が倒れる音が鳴る。
 すすまとってひしがれた姿をさらおりに、土生はぶは歪んだ笑みを浮かべて歩み寄った。

が。自由になったとほざくなら、さっさと逃げれば良いものを」

 土生はぶには弱った相手を必要以上になぶり物にするというどうしようもない悪癖がある。
 ちょうきゅうどうしんたいでの戦いではそれがたたってさきもりわたるに不覚を取ったというのに、彼はまだ懲りていなかった。
 土生はぶは倒れたおりを何度も踏み付けにする。

おれも深手を負った。餓鬼のじゅつしきしんは厄介だし、この場は一旦出直すしかないだろうな。だが、このままでは済まさんぞ。研究所に引き上げたら、ずは研究所に捕えた女と追って来た男二人を殺す。その後、じがと共に弐級を引き連れて貴様らをみなごろしにしてやる! そういえばわたりやつは来ねえな。何をチンタラやってやがるんだあいつは」

 土生はぶは脚を大きく振り上げた。

「まあ良い、ひとずこの場で貴様を殺す。おれの腕を奪ったんだ、三人とも楽に死ねると思うなよ?」
「やめろ!」

 土生はぶを止めようと立ち上がって駆ける。

「莫迦め、二度も貴様に不覚を取るか!」

 土生はぶの左全指がに向けられる。
 光弾を防ぐ障壁を生成するために、は一旦立ち止まらざるを得なかった。
 しかし、に気を取られたこの一瞬が土生はぶにとって命取りとなる。

「油断大敵だぜ、デカブツモヒカン野郎」

 おり土生はぶの軸足をつかんだ。
 土生はぶがその感触に気付いてどうもくした時は既に遅く、おりの能力によって土生はぶの片足は罅割れてバラバラになった。

「ぎゃあああああっっ!!」

 土生はぶはバランスを失って転倒した。
 おりかさず土生はぶへ馬乗りになる。

「悪いな、どうしても目の前に居る奴から一人は殺さねえと気が収まらねえたちなんでな。逃げる前に手前テメエをやっちまうことにしたのさ」

 おりの口角が上がり、端から血がこぼれる。
 どうやらダメージは到底回復し切っていないらしい。

「この野郎、離れろ!」

 土生はぶは至近距離で左指から散弾を発射し、おりの上半身を爆煙で包み込む。

「が……は……。くそが……!」

 煙を纏うおりの顔面は天を仰いでいた。
 その姿はまるで、自らの運命を悟ったかの様に見える。
 実際、これだけ高威力の爆撃をまとに受ければ、彼の命運は尽き果てただろう。
 だが、すぐさまおりは狂気に満ちた笑みを目下の土生はぶに向ける。

「いけねえなァ、いけねえ手だなァ。じゃ、こっちもつぶさねえとなァ」
「ま、待て!」

 青褪める土生はぶだったが、懇願を聞き入れるおりではない。
 パワードスーツを纏った土生はぶの左手首が掴まれ、能力で装甲ごと粉々に砕け散る。

「グギャアアアアアアッッ!!」
「あーあ、ピーピーえ奴だなオイ。手前テメエが焼いてくれた頭に響くんだよ、ったくよォ……」

 おり土生はぶの胸に右手を当てた。

「こんな奴がさいの殺したァ少し味気ねえな。出来ればべっぴんの姉ちゃんが良かったぜ。ま、悪党にぜいたくなんざ望めねえのかも知れねえな」

 土生はぶいた。
 だが、ひんの筈のおりは信じにくい力で押さえ込み、逃れられない。

「おいおい、こりゃまた懐かしい光景だな。深手を負って暴れるとすぐに死んじまうんだぜ」
「うあ、あ……!」

 下手に暴れるものだから、土生はぶの切れた手首と足首から激しく出血する。
 はや土生はぶの命運も尽きただろう。
 偶然にもそれは、おりが初めて殺意を抱いた父親の最期に似ていた。

「やめろ! 分かった、おれの負けだ! 頼む、命だけは助けてくれ!」
「もう助からねえよ。それに、この状況でやめる訳がねえ」
「な、何故だ! 何故おれを狙った! お前はあいつらの味方じゃないんだろ? 誰かを殺したいなら、何故えておれなんだ!」

 土生はぶは必死の命乞いの中で、まゆづきも抱いたであろう疑問を問い掛けた。
 もしかすると、おりまゆづきに、拉致被害者達に仲間意識を抱いていたのか。
 だが、その期待はおりの口から否定される。

「何故って、誰でも良いなら一番弱え奴を狙った方が殺しやすいじゃねえか」
「一番弱いだと!? このおれがか!?」

 不可解に思ったのは土生はぶだけではないだろう。
 どう考えても、じゅつしきしんに覚醒していない女のまゆづきの方が弱いに決まっている。
 それに、実際おり土生はぶと戦った事で致命傷を負っているのだ。
 おりは笑って答える。

おおして弱った奴が一番弱えに決まってんだろォが!!」

 土生はぶの胸にしょう圧が加わる。
 土生はぶは恐怖で震えていた。

「そんな……! 何故わざわざ……致命傷を負ってまで……おれのことを……!」

 軍人時代からおおかみきば時代に至るまで、ずっといたずらに誰かを殺す側だった土生はぶが、今初めて逆の立場に置かれていた。
 おりはそんな土生はぶの経歴を知ってか知らずか、残酷な言葉を突き付ける。

「無駄な殺しをする理由、か。そんなもん、いつだって同じだ。面白半分でついっちまうんだよォ!!」
「やめろ!! やめてくれ!! やめろやめろやめろやめろやめろオオオオオッッ!!」

 絶望に歪んだ表情で絶叫する土生はぶの体を、おりは容赦無く砕いた。
 大量の鮮血が飛び散り、おりの全身をあかく染める。

「フフフ……ははははは、ハーッハッハッハッハッハァーッッ!!」

 返り血塗れのおりはおどろおどろしい高笑いを上げた。
 差詰め、断末魔の中で上げた絶叫ならぬ絶笑と言ったところだろうか。
 やがておりは力の抜けた腕をだらりと垂らしてうつむく。

おり!」
おりさん!」

 何事かを察したまゆづきおりに駆け寄った。
 彼の命が危ない事は明らかだったが、鬼気迫る様子から立ち入れなかったのだ。
 そんな二人に、おりは血塗られた顔を向ける。

「あー楽しかった……」

 おりは心底からの感想といった調子でそうつぶやくと、あおけに倒れて大の字になった。
 駆け寄ったまゆづきが見たものは、まるで遊び疲れた子供の様に無邪気な笑みを浮かべた死顔だった。

おり…………」

 ぼうぜんと立ち尽くす。

おり……さん……」

 まゆづきおりの体を抱き抱えた。

 おりりょうは最後まで己の悪を貫き、殺したい者を殺したい様に殺してその残忍な生涯を終えた。
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