日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

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第一章『脱出篇』

第二十二話『襲来』 破

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 川岸へ戻ってきたわたる達は息をんだ。
 まみれのおりりょう、バラバラの土生はぶあきが相打ちとなり、死んでいる。
 凄惨な死体の様子に、わたるは眉をひそめ、しんは手で口を覆い、そしてふたは顔を背けつつもくも兄妹のを両手で覆った。
 二人分の死体の傍らでわたる達の帰りを待つけんしんまゆづきは、重苦しい空気に染められるがままたたずんでいた。

 一目見れば、不在の間に起きた事は充分察せられた。
 土生はぶが襲ってきたこと、最初は土生はぶと交戦したこと、何かの拍子におりの拘束が解けたこと、おりは逃げずに土生はぶと戦い、共倒れとなったこと――状況からそんな筋書きが見えてくる。
 わたるしんも、そしてふたさえもを責めようとはしなかった。

「悪い。全てはおれの責任なのだよ」

 は硬くまぶたを締め付け、深々と頭を下げた。
 わたるはそんなの痩せた肩に手を置き、首を振る。

「大変だっただろう。よく生き延びてくれたよ」

 とっに背負わされた役割は大変なものだった。
 土生はぶの襲撃からまゆづきおりを守りつつ、その守る対象の一人であるおりが逃げ出さないように気を配り続ける。
 何なら、おりの出方によってはまゆづきを守らなければならない相手が二人になる。
 そんなややこしい多重責務をこなせと言われたら、わたるも自信が無い。

「この場でお前に出来ないことは、多分他の誰にも出来ない」
「すまん、さきもり。すまんのだよ」

 は肩を震わせていた。
 おりを帰国させたかったのは、日本で法の下の裁きを受けさせたかったのは、とて同じである。
 そんなの真面目さをわたるはよく知っている。

ぼくにもっと力があれば……にばかり押し付けずに済むような、何か別の選択肢があったかも知れない……)

 わたるは考える。
 そもそも、ほったんふたきゅうどうしんたいさらわれたことだ。
 何故なぜそんなことになったかというと、ふたまきを用意してもらおうと、集団から一人呼びつけたのが原因である。
 また、きゅうどうしんたいが現れたとき即座に破壊することが出来ていれば、その時点で解決していた。
 その後に土生はぶが出てきたとしても、だけでなくわたるしんも加えて迎え撃てた。

(約束、守れなかったな……)

 昨日、たつかみに威勢良くたんを切ったものの、結果がまるで伴わなかった。
 短時間話し合った様子だけでも、彼女がこれでへそを曲げる人間だとは思えない。
 しかし、わたるが彼女にとって口先だけの人間になってしまったことは言い訳のしようがない。

(別に様に良く思われたいとかじゃない。自分の通すべき筋を通せなかったことが問題なんだ)

 わたるは拳を握り締めた。
 自分の無力を思い知り、悔しさで顔から火が出そうだ。

 と、そんなわたるの脇を小さな人影が擦り抜けた。
 うつむいていたわたるおりの死体へ近付くくもたかの姿を見て慌てて止めようとする。

「あっ! 何をやっているんだきみ! あまり見るもんじゃないよ」

 くも兄妹の実年齢は十代後半だが、精神的にはその半分程の年齢だと思われる。
 到底、この残酷な光景を見せるべきではないだろう。
 兄妹の視界を遮っていたふたもそう思っていたのだろうが、本人もショックを受ける中で振り切られてしまったらしい。

 しかし、そんな彼らの心配などどこ吹く風と、たかは泰然自若とした様子でおりを見詰めている。
 妹のくもも、平然とした顔で兄を見守りつつ口を開く。

「この人、死んでしまったのでしょう? 魂がかに行ってしまってもう居ないのが分かるので、隠す必要は無いですよ」
「いや、そういう問題じゃなくてね……」

 困り果てるわたるを尻目に、たかおりに手を触れようとする。

「あ、こら!」
「ふにゅ!?」

 制止しようとするわたるの声に驚いたたかだったが、はそんな兄の肩に手を置いておびえを制する。

にいさま、続けてください。さきもりわたるさん、この人をこのままにしておくのはわいそうなのです。もっとちゃんと眠らせてあげるべきです」

 の言うことが分からないわたるではない。
 しかし、やすく首を縦には振れなかった。

「気持ちは分かるけど、駄目なんだよ。ちゃんと警察の人に見てもらわないと、勝手に余計なことはしちゃいけないんだ」
「はい、御兄様もも子供じゃないですので、それくらいわかるのですよ」

 え?――そう疑問符を声に出す間もなく、たかの体が光を放った。
 それはさながら、彼がしんしんを貸し与えたときと同じである。

「この人には何もしません。ただ、良い事が起こるようにしてあげるだけです」
「良い事が起こる?」

 わたるは首をかしげた。
 たかに起きた現象がしんのときと同じ「しんを貸し与える」行為なら、死んでしまった命無き「モノ」にそんなことをしてどうなるというのか。
 その疑問に、が言葉を続けて答える。

しんとは、神様のごとなのです。それを与えるというのは、相手を神様に見立てる意味もあるのです。例えば、古い木や大きな岩が神様だったりするように。そしてその相手は、元々人間だった死体でも可能なのです」

 わたるは何となく解る気がした。
 が出したたとえ以外にも、例えば神像や仏像が信仰の対象になることはある。
 そしてそれは、聖人や偉人の遺体にも時折見られる。

「成程……。でも、それで一体どうなるんだい?」
「神様になったモノは、奇跡が起きて色々な不幸から守られます。そういう木や岩は、たまに信じられないくらい長持ちすることがあるでしょう? たまたま嵐が避けたり、地震でもたった一つ無事に済んだり……。つまりこれは、お巡りさんにく見付けてもらう為のおまじないみたいなものです。雨でみずかさが増えた川に流されたりしたら大変ですから」

 つまり、なるべくおりが死者としての尊厳を保てるように守ってあげようということだろうか。

「そっか……」

 わたるは眼を閉じた。
 何処か、このままおりを置いて行くことに後ろめたさがあった。

 思えば、おりの言動の端々には仲間意識をうかがわせるものがあった。
 椿つばきようとの交戦、墜落時の機転、なおだまの破壊、そしてさいまでわたる達に手を掛けようとしなかった事実――最終的に逃げようとしたのは間違い無いだろうが、それらの行動も無視出来まい。

「『人は何を言うかより、何をやったか』だったっけか、おり?」

 そしてそれは、鏡に映すようにわたるの意識にもかたどられた。

ぼくおりを仲間だと思っていたのか……。きっ、一緒に帰りたかったんだな……」

 感傷的なわたるに、たか土生はぶの死体にも寄っていく。

「その人もですか、御兄様?」
「うん。悪い人だけど、死んだ人はみんな同じだから……」
は別に良いですけど、御兄様、三回目になっちゃいますよ?」

 たかは無言でうなずき、そして再び光に包まれた。
 死者の尊厳に生前の行いは関係無い、等しく弔われるべき――たかにはそんな感性が強いのだろう。
 もしかするとそれは、人よりも霊魂が身近だからかも知れない。

さきもりわたるさん、それともう一つお伝えしたいのです」

 わたるの裾を引っ張る。

「なんだい?」
「実は一箇月程前、一人のお姉さんの死体が研究所に運び込まれたのです。その人の魂が、達にさきもりわたるさん達の事を教えてくれたのです」

 わたるは眼をみはった。
 薄々、くも兄妹が何故かわたる達の事を知っているのは不可解だと思っていた。
 は、わたる達を知る人物の霊魂から聞いたのだという。
 丁度一箇月前に死んだ、わたる達を知っている人物と言えば、一人しか居ない。

はらひなか!」

 初日、わたりが起こした崩落に巻き込まれて死んでしまった少女・はらひな
 その遺体はくも研究所に運び込まれていたということか。

「じゃあ……!」
「はい。行先で研究所のことを話してくれれば、あの人のことも見付けてもらえます。そうすれば、あの人も故郷に帰れるのです」

 奇跡だろうか――わたるは天を仰いだ。
 命が戻ってくるわけではないが、彼女も日本に帰れるというだけでほんの少しだけでも救われる。

すごいな、きみ達のじゅつしきしんは。まるで双子の天使だ」
「ふみゅ? じゅつしきしんってなんです?」

 は小さく首を傾げた。
 わたるの眼が潤んでいる理由も、く解らないのかも知れない。

「あ、あのさ……」

 そんなわたる達に、まゆづきが恐る恐る声を掛けてきた。

「さっきからこの子達、何?」
「あ、えーと……。実はですね……」

 わたるくも研究所で双子と出会った経緯を簡潔に語った。
 一通り聞き終えたまゆづきは目頭を押さえている。

「えっと、一つ一つ確認して良い、さきもり君?」
「どうぞ」
「この子達、としは幾つだっけ?」
「十八歳です」

 双子の声がハモった。

「どう見ても年齢一桁か、多くても十歳くらいに見えるんだけど……?」
「多分、肉体年齢はそれくらいですね。魂を入れ替えられたそうなんで」
「いや、言動も幼過ぎるでしょ」
「それは、何年も意識を失ってたからじゃないですか?」

 まゆづきは頭を抱えてもだえ始めた。

「え!? マジで!? ヤバいってそれ!! 心も体も十歳以下! でも実年齢は十八歳! つまり、合法ロリショタパーフェクト!! マジヤバいマジヤバい!! 犯罪的過ぎて頭おかしくなる!!」

 発狂したかのように金切り声を上げるまゆづきに、わたる達はった笑みを浮かべる他無かった。
 ふたなどは、白い目すら向けている。

「ふにゅ?」
「ふみゅ?」

 たかは同時に首を傾げた。
 その愛くるしさにやられてしまったのか、まゆづきは横転してしまった。

「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……。あの子達、私に近付けないで……」

 わたるは意味が分からないと思いながら、まゆづきを起こし上げた。
 と、その背後でたかうつうつらと揺れ始めた。
 ぶたは半開きになり、今にも眠ってしまいそうな面持ちだ。

「どうしたの?」
「ふにゅう……眠たいゆ……」
「御兄様は力を一日に三回使うと眠くなってしまうのです。は一日に一回しか使えませんが、眠気は平気なのです」

 どうやら何でもありに思えたくも兄妹も万能ではないらしい。
 の言う通りだとしたら、限界まで力を使ってしまった今の二人はただの幼い子供に過ぎないということだ。

「どうする? 眠いなら一旦休もうか?」
「大丈夫、頑張る……」

 ほうけたたかは、どう見ても大丈夫な様子ではない。
 フラフラと足下をふらつかせ、まゆづきに抱き付く。

「うわ! ちょ! 待って! 無理! 待って待って!」

 まゆづきはパニックを起こしている。
 そんな彼女に助け船を出す様に、しんたかを抱え上げた。

「そうか、眠いか! なら寝てて良いぞ! おれぶって行ってやるからな!」

 しんたかを背負っていく事に、わたる達も異存は無かった。

「ま、確かにあぶ君は二人に恩があるかもね」
ずみさきもりの話だとそれはお前も同じなのだよ」
「それはそうだけど、こういう力仕事は男がやるもんでしょ」
「いや、おれが言っているのはお前のごとな態度の話で……」
「おい!」

 ふたに争いの気配を感じたわたるは、二人へ強めにくぎを刺してたしなめた。
 二人は不服そうな表情を見せたものの、ただ互いの顔を背け合っただけでそれ以上は続かなかった。
 げん、学習してきたのかも知れない。

「じゃ、行こうか」

 随分と余計な時間を食ってしまった。
 わたる達は、最後の旅路へと出発した。
 帰国への長い長い道のり、その終わりを目指して。

 だが、わたる達は誰一人として気付いていなかった。
 そんな彼らの行く手を阻まんと、はるか遠くから恐るべき男が狂気に満ちた視線を向けている事に……。
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