日本と皇國の幻争正統記

坐久靈二

文字の大きさ
74 / 297
第一章『脱出篇』

第二十四話『化爲明瞭』 序

しおりを挟む
 倒れ伏すさきもりわたるが傷を負ったのは二箇所、左脇と右腹である。
 双方共に肉のやりで貫かれ、外傷だけでなく内臓も傷付いている。

 彼にとって幸いだった点は二つ。
 一つはしんによって常人離れしたかいふく力を身に付けていること。
 もう一つは、ずみふたの絹糸で簡易とはいえ止血が出来ており、恢復のためしんは少なく済むことだ。

 だが、それでも重傷には違いない。
 元々のしんが少ないわたるにとっては、充分致命傷になり得る大傷だ。

 わたるは今、燃え盛る土瀝青アスファルトしゃくねつに枕している。
 そのかたわらで相争うは、不死鳥が如きほのおの天使とたのおろちが如き異形の悪魔――は地獄か、終末か。
 わたるの意識は闇の中、死のふちへとまれようとしていた。

「胴部の被弾も慣れてきたぞ。これなら顔面さえ守れば事足りる。槍は半分で充分だろう。つまり、他は攻撃に転用出来るというわけだ!」
「くっ……!」

 一方で、まゆづきは徐々に押され始めていた。
 というのも、彼女のじゅつしきしんは強力だが、狙いの精度が悪いのだ。
 わたりりんろうじゅつしきしん毘斗蛇邊倫ビートジャベリンけいたいさん』と呼ばれる姿は胴部にじゃばらの様な装甲を形成しており、有効打を与えられる部位は首から上しかない。
 言ってしまえば、そこ以外に飛来する結晶弾は無視出来るのだ。

 わたりは結晶弾の対処に慣れ始め、一部の肉槍を少しずつ他へと回し始めていた。
 防御に使っているのは八本のうち四本、他はずみふたけんしんあぶしんへ向けて一本ずつ、そしてまゆづきへの攻撃に一本が差し向けられていた。

「あうっ!!」
「ガッ!? くそ!」
「ぐあっ!!」

 ふたしんの三人はわたりの攻撃に肉を削られた。
 が三人の為に防御壁を生成してはいるが、すぐに破られてしまう。

「うぐっ……!」

 まゆづきの肩と腰を槍がかすめた。
 焔の翼を生やしている彼女だったが、空中の機動力はそれほど高くない。
 しかも、攻撃の際もばたく必要がある為、回避に集中するとかえって敵の攻め手が増えてしまう。
 四人とも必死で防御・回避を行うものの、着実に削られ続けていた。

 このままではジリ貧必至だった。
 皆、必至で打開策を考える。

ずみ、もう恢復しただろう。もう一度わたりを縛れないのか?」
さきもり君の止血で手一杯だから無理だよ。君こそ、まゆづきさんのことも守れないの?」
「距離が離れ過ぎていて無理なのだよ」
「おい二人共、言い争ってる場合じゃねえぞ」

 口論の空気が漂った瞬間、しんくぎを刺した。
 また、彼はこのりで状況を察したようだ。

「ならおれがなんとかするしかねえな!」

 しんは走った。
 ふたそばへと駆け寄った。

「うおおおっ!!」

 しんは二本の槍をつかみ、動きを止めた。
 ふたへの脅威を封じたのだ。
 そして残る一本の槍に対してを凝らすと、刺突の瞬間を見計らってわきに挟み止めた。
 ひとえに、しんの動体視力のせる業である。

「何ィ?」

 わたりは驚いてしんへと注意を向けた。
 瞬間、額へと被弾して大きくける。
 もちろんしんの狙いはただ一回切りの隙を作ることではない。

! 今の内だ! まゆづきさんを!」
「っ、わかったのだよ!」

 今度はまゆづきの足下へと走った。
 彼がまゆづきを守る障壁を生成出来ないのは、距離が開き過ぎていたからだ。
 そこでしんは、が対処していた三本の槍を封じ、を自由にした。
 まゆづきを守れるようになれば、彼女も攻撃に集中出来る。

が! これでおれの槍を封じたつもりか!」

 槍のきっさきがピクリと動き、槍はしんの背後へと伸びていく。
 しんは逆に攻撃をかわせる状態でなくなっていた。
 が、それはしんも織り込み済みである。

「オラアアアアッッ!!」

 しんは力一杯振り返り、わたりに背負い投げを敢行しようとする。
 二人の間で槍の引き合いになり、わたりの体は硬直した。
 その間に、まゆづきの結晶弾が数発頭部にさくれつし、わたりはとうとう膝を突いた。

「おのれ……!」

 三本の槍がしんに襲い掛かる。
 しんは手を放し、間一髪の所で躱した。

「危ねえ……!」
「ぐおおおっ、貴様らァ……!」

 わたりに更なる結晶弾の追撃が浴びせられる。
 まゆづきが機を逃すまいと全力で攻勢に出たのだ。
 狙いの制度も少しずつ良くなっている。
 守勢に回ったわたりいらちを募らせていた。

げんにしろ貴様らァ!! 反抗ばっかりしやがって!! 親が死ねと言ったら大人しく死ねエ!!」
「訳解んねえこと言ってんじゃねえ! 手前テメエおれ達の親なんかじゃねえだろ! それに仮令たとえ家族でも、互いの幸せを阻む権利なんかねえよ! 離れ離れになっても互いをおもい幸せを願うもんだ! 少なくとも、おれの家族はそうしてくれたぜ!」

 しんの反論にわたりは怒りで顔をゆがませる。
 そんな彼を、今度はふたが木のつるで拘束した。
 槍の攻撃が途切れた分、少し余裕が生まれたのだ。
 動けないわたりに、燃える結晶弾の雨が降り注ぐ。

「ガッ!? くそおオオオッッ!!」

 流れが変わった。
 一時は劣勢だったが、今は逆にわたりを追い詰めている。
 そんな中、は倒れ伏したわたるに呼び掛ける。

さきもり死ぬな! ここさえ乗り切れば帰れるのだよ! 生きろぉっ!」

 わたるの意識は依然闇の中である。



    ⦿⦿⦿



 わたるは不思議な感覚に包まれていた。
 この感覚は知っているような気がする。

さきもり!!』
さきもりィ!!』
さきもり君!!』

 遠くで叫び声が響いている。
 みんなが声を張り上げて戦っている。
 もうろうとした意識の中で、わたるは無力さをめていた。

(こんな時に何をしているんだ。結局、ぼくは役立たずなのか)

 そんな彼の目の前に、おぼろな人影が揺れている。

貴方あなた、莫迦じゃないの?』

 その姿は知っている。
 前の時も、同じように夢の中にあらわれた。

嗚呼ああ、また来たのかこと。またたたこしに来ると、何となくそんな気がしたよ)

 うることあきれたような眼でわたるを見下ろしていた。
 おおかみきばに拉致されて以来、もう何度もことを夢に見ている。

(解っているさ、寝ている場合じゃない。ぼくに出来ることなんてたかが知れているけど、それでも起きて戦わなきゃ駄目だ)

 わたるは懸命に起き上がろうとする。
 例の如く体に力が入らないが、なんとか全身に木を行き渡らせようと意識する。
 そんなわたるに、こと悪戯いたずらっぽくほほんだ。

『ふふ、何故なぜ来るか分かる?』

 少し、わたるうれしくなった。
 久々にことの掴みどころの無い微笑みを見た気がした。
 たまらなく懐かしくいとおしい、慣れ親しんだ彼女の微笑みだ。

(そりゃあぼくが駄目なやつだからだろう? きみに尻をたたかれないといちねんほっ出来ないヘタレがぼくだ。みんなとは大違いだよ)

 わたるは自嘲した。

『そうね』

(おいおい、否定してくれよ)

『でも貴方あなただってそれを望んでいるでしょう? 貴方あなたわたしに叱られるのが大好きだものね。だからこうして夢に出て来てあげるのよ。本当に、世話の焼ける男』

 図星だった。
 だが、全く悪い気がしない。
 むしろ見透かされるのが心地良くすらあった。

(ははは、成程。いつもすまないねえ……)

 そんなわたるを見下ろし、ことは意味深に首をかしげる。

『あのね、まだ分からない? わたしは今でも生きていて、幽霊でも何でもないのよ? そんなわたしが、わざわざ貴方あなたの夢枕に立つと思う?』

(え? どういうこと?)

『呆れた。自分の願望で作ったおさなじみにいくら問い掛けても自問自答でしかないわよ。好い加減認めなさい』

 驚きは無かった。
 自分の願望、妄想たる彼女から答えを告げたということは、薄々気付いていたということだ。
 ただ、少し残念だった。

(会いに来てくれていると思いたかったな……。ぼくは都合の良い妄想が大好きだから……)

『残念がる必要は無いでしょう。貴方あなたが夢の中でわたしに叱られて、尻を叩かれる。それで貴方あなたは立ち上がる。それらが貴方あなたの自作自演、茶番なら、結局は貴方あなたが自分一人で立ち上がっているということなのだから。貴方あなたはそう自分自身を卑下する様な人間でもないわよ』

(そんなこと言ってくれても、どうせそう思いたいというぼくの願望だろ?)

『あらあら重傷ね、まったく……』

 ことは小さく息を吐いた。
 あきてた様なこの仕草も、わたるが願望で作った妄想だ。
 普段通りの仕草だが、そんな普段通りの彼女こそをわたるは望んでいた。

『まあ良いわ。わたしが来たからには、どうせ起き上がってやることをやっちゃうんでしょう? だからもうしっげきれいは必要無い。ここからは貴方あなたの潜在意識として、貴方あなたに気付きを促す助言を与えるわ。耳の穴を穿ぽじってよく聴きなさい』

(気付き? 助言?)

貴方あなた、まだ自分のじゅつしきしんく解っていないでしょう?』

 確かに、他の仲間達と比較してわたるは自分の能力をいまだに把握し切れていなかった。
 じゅつしきしんの完全覚醒とは、能力を完全に理解して使い熟すことを意味する。
 半覚醒のわたるには、それが決定的に足りなかった。

『ヒントその一。貴方あなたが今まで作り出してきた道具。これらは全て、やりようによっては戦闘に武器として使用出来るの。包丁、点火棒、竿ざお、モップ……。一見日用品だけれど、武器に出来るイメージはあるでしょ?』

(……ああ、そうだね。実際、モップはそういう使い方をしたわけだし)

『それらは、貴方あなたが今まで実物を使った事があるものよ』

(成程、だから日本刀も作り出せるのか……)

 テロリストとの戦いで日本刀を手にした経験が、まさかこんな形で生きるとは思わなかった。
 しかし、ことはまだ何かを隠しているかの様ににんまりと笑った。

『実は、日本刀を使える理由は貴方あなたの想像と違うのよね。あの日本刀、刀身が光るでしょう? それに、あれだけ妙にしんを消費する。どうしてだと思う?』

(どうして? まあ確かに、普通の日本刀と比べると変だよな……)

『じゃあ、ヒントその二ね。貴方あなた、此処までどうやって来たんだっけ?』

(どうやってって、それが日本刀と何の関係が……)

 わたるはそう考え掛けて、一つの答えに辿たどいた。

(え……? あ……!)

『気が付いた? そうよ。それこそが、貴方あなたの使用した日本刀の正体。けれども残念ながら、しんに乏しい貴方あなたはその機能を充分に発揮出来ない』

(そうか! そういうことだったのか!)

 わたるの意識がはっきりしていく。
 この気付きが、わたるの体に強い意志を巡らせていく。

『そして、ヒントその三。二つの気付きは、貴方あなたにとって本当にさわしい強力な武器を教えてくれるはずよ』

(ああ! そっちならまだ使えそうだ! ありがとうこと!)

『良いわよ、お礼なんて。全部貴方あなたの自作自演だって言ったでしょう』

(いや、この際だから最後まで一人遊びをさせてくれよ)

『しょうがない人ね。まあ良いわ。そろそろ傷も動ける程度には癒えたでしょう。起きて戦いなさい』

(ああ。必ず生きて帰るからな!)

 ことの姿に後光が差す。
 自ら作り出した幻影が薄れ、わたるは光に包まれた。
 わたるは現実世界へと、地獄か終末の様な戦いの場へと帰還する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

合成師

あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。 そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。 それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。 彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。 シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。 それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。 すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。 〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟 そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。 同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。 ※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...