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第一章『脱出篇』
第二十五話『人外の暴威』 序
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土瀝青を燃やす焔の勢いが弱まっている。
宛ら、覚めやらぬ戦いの熱だけが残されているといった様相だった。
山際に沈んだ太陽もまた、薄明が尽きようとしている。
夜が来る。
立っているのは岬守航。
しかし全てを出し尽くして、歩く足取りもままならなかった。
「みんな、行こう」
航は仲間達に声を掛けた。
彼らもまた、戦いでボロボロになっている。
比較的傷が浅いのは回転によって弾き飛ばされた虻球磨新兒と、薙ぎ払われた久住双葉である。
二人はどうにか起き上がり、それぞれ虎駕憲進と繭月百合菜の許へ歩いていく。
急所を外したとはいえ、回転錐と化した槍に刺し貫かれた虎駕と繭月は自力で起き上がれない。
虎駕は新兒、繭月は双葉に肩を借りた。
「僕は……幽鷹君を」
自力で移動出来ないのはあと一人、戦いの前から眠っている雲野幽鷹だ。
航は地面に寝そべる幼い少年を抱えようとする。
気絶する際に刺し貫かれた傷が心配だったが、どうにか塞がっていた。
神為によるこの脅威的な恢復力が無ければ、航達は誰一人として助からなかっただろう。
「岬守航さん……!」
幽鷹の双子の妹・雲野兎黄泉が航の背後を指差している。
航は刺された腹が冷えるのを感じた。
刺し貫かれた傷さえも修復する神為――それが航に嫌な予感を過らせる。
「ぐ……う……!」
航は背後の呻き声に驚いて振り向いた。
「そ、そんな……!?」
見開いた航の眼に映ったのは、震えながら立ち上がった屋渡倫駆郎だった。
腹部を光線砲で貫かれた筈の宿敵は、まだ息絶えていなかったのだ。
「ハァ……ハァ……」
屋渡は呼吸を荒らげている。
術識神為も完全に解除されて元の姿に戻っているし、決して無事というわけではなさそうだ。
しかし、彼以上に航達は満身創痍だ。
もうこれ以上、屋渡と戦う力など残されてはいない。
「不覚……だった……! この俺としたことが……完全に不覚を取った……! 油断は無かったが、勝利を確信してしまった……! これは教訓とせねばなるまい……!」
息も絶え絶えに反省の弁を述べる屋渡。
だが、血が垂れる口元は徐に上がっていく。
「だが! 貴様も抜かったな! 俺はこの通りっ!」
屋渡の体が光に包まれた。
体の各部が避け、伸縮自在の槍と蛇腹の装甲が再び形成される。
屋渡は尚も『形態惨』に変身する神為を残していたのだ。
「全力で貴様らの粛正を再開出来るぞ!」
それはあまりにも絶望的な光景だった。
双葉などは膝から崩れ落ちてしまった。
「う、嘘でしょ……? もうみんな限界だよ……。どうにもならないじゃない……」
力無く呟いた双葉と、心境は皆概ね同じだった。
ただ一人、この男を除いては。
「みんな、先に行ってくれ」
航は前へ踏み出し、尚も屋渡と対峙する。
「岬守! 無茶だぜ!」
新兒の叫びに、航は首を振った。
「こうなったのは僕のせいだ。責任は僕が取らなきゃいけない。僕はどうにか屋渡を食い止める。その間に、みんなはなるべく遠くまで行ってくれ。もう街に入る。宿には辿り着けなくても、誰かに助けを求めてくれ」
航には悔恨があった。
屋渡が立ち上がったのは己が不覚悟だという自覚があった。
それは屋渡も指摘する通りだ。
「能く解っているじゃないか」
屋渡は光線で貫かれた腹部に手を添えた。
出血していた位置には既に蛇腹の装甲が再形成され、傷を塞いでいる。
「一流の戦士たる俺に地を舐めさせた貴様の力と知略は見事なものだった。それは褒めてやろう。だが悲しいかな、精神面では未だその域に達してはいなかったということだろう。もう少し肘を曲げ、腹部ではなく心の臓を撃ち抜いていれば、俺は絶命を免れなかった。しかし、貴様はそれを忌避してしまった。殺しを躊躇ってしまった貴様の落ち度・甘さが、この絶体絶命の危機的状況を招いたのだ!」
航は目を眇め、屋渡の駄目出しに甘んじる他無かった。
全く以て、敵の言う通りだった。
「早く行け!」
航は仲間達に逃走を促す。
しかし、彼らにはここで航を見棄てることなど出来ないようだ。
「クク、そう言うな岬守。普通に考えれば貴様の攻撃は止めとして充分な筈だった。だから俺もすぐには立ち上がれなかった。今俺がこうしていられるのは俺自身の機転に因るものも大きい。それを聴かなければ、仲間達は貴様の失態を呪ったまま死んでいくことになる。だから俺がどうやって戦線復帰を叶えたのか、冥土の土産に今から教えてやろう」
屋渡は得意気に右腕を曲げると、腕と肩の槍を蜿らせる。
「俺の術識神為、その本質はこれだ。『体の一部を自在に蜿らせ、撓らせる』こと、それこそが俺の能力の神髄なのだ。それは何も、形成した槍に限らない。細長いものならば例えば髪の毛、例えば血管、そして例えば腸でも、思い通りに操ることが出来るのだ」
二重螺旋形状の槍頭がそれぞれ別々に蠢いている。
屋渡の語り口から、航は既に充分どうやって耐えられたのかを思い知らされていた。
「あの時、そんなことを……!」
「そう、俺は貴様の光線に因るダメージを最小限に抑える為に、腸を蜿らせて光の通り道を開けたのだ。同時に、敢えて自ら術識神為を解除し無防備な状態で受けることによって、神為の消耗も節約した。これにより、俺は恢復と継戦の為に必要な神為を温存することに成功したのだ!」
屋渡は両腕を拡げ、歓喜を示した。
「尤も、これは俺にとって初めての試み! 一か八かの賭けだった! 理論上出来ることは知っていたが、今までそんな無意味なことをやってみる機会など無かった! だが俺は危機に遭って戦いの切り札を増やすことに成功した! 咄嗟の機転によって更に成長し、戦士として超一流の高みへと飛躍することが出来たのだ!」
おどろおどろしい高笑いが夜の闇に響いていた。
航にとって、あまりにも痛恨の不覚である。
万事休す。
最早航達に生存の目が無いことは誰の目にも明らかだ。
双葉は泣き崩れ、虎駕は呆然と立ち尽くしている。
新兒は悔しさから歯噛みし、繭月は天を仰いでいた。
唯一人、航だけは腰を落として構えていた。
神為を失った身で、勝てる筈の無い暴威を纏った相手に尚も抗おうとしていた。
「みんな、行ってくれ。今屋渡が言ったとおりだ。この事態は僕が責任を取らなきゃいけないんだ」
「出来る訳ねえだろ! 誰のお陰で此処まで来れたか、みんな分かってる! そのお前を見殺しになんか出来っかよ!」
叫ぶ新兒だったが、彼も航を助けられるわけではない。
見棄てなかったところで、心中する羽目になるだけだ。
尤も、見棄てたとしても屋渡からは到底逃げられまい。
航達は完全に詰んでいた。
しかし、である。
「死なない!!」
航は自分に言い聞かせるように叫んだ。
彼はこの期に及んで尚も諦めようとはしなかった。
だが、航は脇から血を滲ませて膝を突いた。
叫んだことで傷口が開いてしまったらしい。
「往生際の悪いことだ。貴様のそういうところ、少し癇に障るな。だが安心しろ。一瞬で楽にしてやる」
屋渡は大袈裟に、見せ付けるように八本の槍を振り回す。
「我が宿敵よ、さらばだ!」
凄まじい速度で飛び掛かってくる屋渡。
航達の命運は尽きた、かに思われた。
だがその時、屋渡は何かに反応する様に跳び退いて下がった。
瞬間、夜空から人影が舞い降り、土瀝青を蹴り砕いた。
一人の美女の攻撃が航達を間一髪のところで救ったのだ。
「何だァ、貴様は……?」
突如現れた長い黒髪の女に、屋渡は怪訝そうな視線を向けていた。
紫紺のホルターネックレオタード姿で降り立った謎の乱入者。
しかし、この場で三人は彼女を知っている。
「魅……琴……?」
睫毛の豊かな切れ長の目で屋渡を睨み、凜とした立ち姿で対峙するその美女のことは、他ならぬ航が誰よりも知っていた。
麗真魅琴――航が誰よりも会いたかった幼馴染が今、絶望的な戦場に舞い降りた。
宛ら、覚めやらぬ戦いの熱だけが残されているといった様相だった。
山際に沈んだ太陽もまた、薄明が尽きようとしている。
夜が来る。
立っているのは岬守航。
しかし全てを出し尽くして、歩く足取りもままならなかった。
「みんな、行こう」
航は仲間達に声を掛けた。
彼らもまた、戦いでボロボロになっている。
比較的傷が浅いのは回転によって弾き飛ばされた虻球磨新兒と、薙ぎ払われた久住双葉である。
二人はどうにか起き上がり、それぞれ虎駕憲進と繭月百合菜の許へ歩いていく。
急所を外したとはいえ、回転錐と化した槍に刺し貫かれた虎駕と繭月は自力で起き上がれない。
虎駕は新兒、繭月は双葉に肩を借りた。
「僕は……幽鷹君を」
自力で移動出来ないのはあと一人、戦いの前から眠っている雲野幽鷹だ。
航は地面に寝そべる幼い少年を抱えようとする。
気絶する際に刺し貫かれた傷が心配だったが、どうにか塞がっていた。
神為によるこの脅威的な恢復力が無ければ、航達は誰一人として助からなかっただろう。
「岬守航さん……!」
幽鷹の双子の妹・雲野兎黄泉が航の背後を指差している。
航は刺された腹が冷えるのを感じた。
刺し貫かれた傷さえも修復する神為――それが航に嫌な予感を過らせる。
「ぐ……う……!」
航は背後の呻き声に驚いて振り向いた。
「そ、そんな……!?」
見開いた航の眼に映ったのは、震えながら立ち上がった屋渡倫駆郎だった。
腹部を光線砲で貫かれた筈の宿敵は、まだ息絶えていなかったのだ。
「ハァ……ハァ……」
屋渡は呼吸を荒らげている。
術識神為も完全に解除されて元の姿に戻っているし、決して無事というわけではなさそうだ。
しかし、彼以上に航達は満身創痍だ。
もうこれ以上、屋渡と戦う力など残されてはいない。
「不覚……だった……! この俺としたことが……完全に不覚を取った……! 油断は無かったが、勝利を確信してしまった……! これは教訓とせねばなるまい……!」
息も絶え絶えに反省の弁を述べる屋渡。
だが、血が垂れる口元は徐に上がっていく。
「だが! 貴様も抜かったな! 俺はこの通りっ!」
屋渡の体が光に包まれた。
体の各部が避け、伸縮自在の槍と蛇腹の装甲が再び形成される。
屋渡は尚も『形態惨』に変身する神為を残していたのだ。
「全力で貴様らの粛正を再開出来るぞ!」
それはあまりにも絶望的な光景だった。
双葉などは膝から崩れ落ちてしまった。
「う、嘘でしょ……? もうみんな限界だよ……。どうにもならないじゃない……」
力無く呟いた双葉と、心境は皆概ね同じだった。
ただ一人、この男を除いては。
「みんな、先に行ってくれ」
航は前へ踏み出し、尚も屋渡と対峙する。
「岬守! 無茶だぜ!」
新兒の叫びに、航は首を振った。
「こうなったのは僕のせいだ。責任は僕が取らなきゃいけない。僕はどうにか屋渡を食い止める。その間に、みんなはなるべく遠くまで行ってくれ。もう街に入る。宿には辿り着けなくても、誰かに助けを求めてくれ」
航には悔恨があった。
屋渡が立ち上がったのは己が不覚悟だという自覚があった。
それは屋渡も指摘する通りだ。
「能く解っているじゃないか」
屋渡は光線で貫かれた腹部に手を添えた。
出血していた位置には既に蛇腹の装甲が再形成され、傷を塞いでいる。
「一流の戦士たる俺に地を舐めさせた貴様の力と知略は見事なものだった。それは褒めてやろう。だが悲しいかな、精神面では未だその域に達してはいなかったということだろう。もう少し肘を曲げ、腹部ではなく心の臓を撃ち抜いていれば、俺は絶命を免れなかった。しかし、貴様はそれを忌避してしまった。殺しを躊躇ってしまった貴様の落ち度・甘さが、この絶体絶命の危機的状況を招いたのだ!」
航は目を眇め、屋渡の駄目出しに甘んじる他無かった。
全く以て、敵の言う通りだった。
「早く行け!」
航は仲間達に逃走を促す。
しかし、彼らにはここで航を見棄てることなど出来ないようだ。
「クク、そう言うな岬守。普通に考えれば貴様の攻撃は止めとして充分な筈だった。だから俺もすぐには立ち上がれなかった。今俺がこうしていられるのは俺自身の機転に因るものも大きい。それを聴かなければ、仲間達は貴様の失態を呪ったまま死んでいくことになる。だから俺がどうやって戦線復帰を叶えたのか、冥土の土産に今から教えてやろう」
屋渡は得意気に右腕を曲げると、腕と肩の槍を蜿らせる。
「俺の術識神為、その本質はこれだ。『体の一部を自在に蜿らせ、撓らせる』こと、それこそが俺の能力の神髄なのだ。それは何も、形成した槍に限らない。細長いものならば例えば髪の毛、例えば血管、そして例えば腸でも、思い通りに操ることが出来るのだ」
二重螺旋形状の槍頭がそれぞれ別々に蠢いている。
屋渡の語り口から、航は既に充分どうやって耐えられたのかを思い知らされていた。
「あの時、そんなことを……!」
「そう、俺は貴様の光線に因るダメージを最小限に抑える為に、腸を蜿らせて光の通り道を開けたのだ。同時に、敢えて自ら術識神為を解除し無防備な状態で受けることによって、神為の消耗も節約した。これにより、俺は恢復と継戦の為に必要な神為を温存することに成功したのだ!」
屋渡は両腕を拡げ、歓喜を示した。
「尤も、これは俺にとって初めての試み! 一か八かの賭けだった! 理論上出来ることは知っていたが、今までそんな無意味なことをやってみる機会など無かった! だが俺は危機に遭って戦いの切り札を増やすことに成功した! 咄嗟の機転によって更に成長し、戦士として超一流の高みへと飛躍することが出来たのだ!」
おどろおどろしい高笑いが夜の闇に響いていた。
航にとって、あまりにも痛恨の不覚である。
万事休す。
最早航達に生存の目が無いことは誰の目にも明らかだ。
双葉は泣き崩れ、虎駕は呆然と立ち尽くしている。
新兒は悔しさから歯噛みし、繭月は天を仰いでいた。
唯一人、航だけは腰を落として構えていた。
神為を失った身で、勝てる筈の無い暴威を纏った相手に尚も抗おうとしていた。
「みんな、行ってくれ。今屋渡が言ったとおりだ。この事態は僕が責任を取らなきゃいけないんだ」
「出来る訳ねえだろ! 誰のお陰で此処まで来れたか、みんな分かってる! そのお前を見殺しになんか出来っかよ!」
叫ぶ新兒だったが、彼も航を助けられるわけではない。
見棄てなかったところで、心中する羽目になるだけだ。
尤も、見棄てたとしても屋渡からは到底逃げられまい。
航達は完全に詰んでいた。
しかし、である。
「死なない!!」
航は自分に言い聞かせるように叫んだ。
彼はこの期に及んで尚も諦めようとはしなかった。
だが、航は脇から血を滲ませて膝を突いた。
叫んだことで傷口が開いてしまったらしい。
「往生際の悪いことだ。貴様のそういうところ、少し癇に障るな。だが安心しろ。一瞬で楽にしてやる」
屋渡は大袈裟に、見せ付けるように八本の槍を振り回す。
「我が宿敵よ、さらばだ!」
凄まじい速度で飛び掛かってくる屋渡。
航達の命運は尽きた、かに思われた。
だがその時、屋渡は何かに反応する様に跳び退いて下がった。
瞬間、夜空から人影が舞い降り、土瀝青を蹴り砕いた。
一人の美女の攻撃が航達を間一髪のところで救ったのだ。
「何だァ、貴様は……?」
突如現れた長い黒髪の女に、屋渡は怪訝そうな視線を向けていた。
紫紺のホルターネックレオタード姿で降り立った謎の乱入者。
しかし、この場で三人は彼女を知っている。
「魅……琴……?」
睫毛の豊かな切れ長の目で屋渡を睨み、凜とした立ち姿で対峙するその美女のことは、他ならぬ航が誰よりも知っていた。
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